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カルチャー

売れなかった傑作? カルト映画の続編『ブレードランナー2049』|「現場目線のハリウッド」第6回

Text by Kohei Obara & Kanehira Mitani
小原康平 映画/アニメーション・プロデューサー。東映アニメーションの企画職を経て渡米、全米映画協会映画大学院を卒業。現在は米ディズニーで映像企画制作に携わる。翻訳・通訳業もこなす。ロサンゼルス在住。
三谷匠衡 映画プロデューサーの卵。東京大学文学部卒業後、映画製作を志し南カリフォルニア大学大学院映画学部へ留学、MFA取得。現在は『沈黙-サイレンス-』をはじめ、アメリカ映画の製作クルーに入る。

英国ロンドンの『ブレードランナー2049』上映館
Photo: George Rose / Getty Images

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世間に存在するあらゆる映画関係の読み物のなかで、日本語のテキストではいま最も濃厚だ、と評される本連載。今回もハリウッドの現場で奮闘してきた2人の、切れ味鋭い対談をお届けします。……2人? もう1人いるような……。

傑作すぎて参りました! でもビジネスと芸術の狭間で…


小原 前回分の掲載のあとに、娘が生まれたよ。ついにぼくもお父さんになりました!

三谷 第一子誕生、おめでとう! 赤ちゃんがいる生活、変わった?

小原 まるっきり……。昨日でちょうど生後1ヵ月を迎えたんだけど、夕方6時にはお風呂に入れて、7時前には寝かしつけていて。だから、もう夕方には家中が真っ暗(笑)。クリブの横には、風の凪ぐ音や鳥のさえずりの音源を鳴らすようにしてあるし、雰囲気変わりました。

そんなわけで、腕に赤ん坊を抱きながらの対談です!

三谷 大丈夫?

小原 ぐずらない限りは。いやー、自分の子でも、新生児はかわいいときと手に負えないときの差が激しい……。

三谷 そうなのか(笑)。

小原 そんな話をしているのも、今回のお題と無関係でもないからね。「人間とは何か」を問う映画だし。

三谷 いかがでしたか、『ブレードランナー2049』。

小原 いやー、すごい映画だったね! あれはよくできてた。

三谷 個人的には『マッドマックス 怒りのデス・ロード』以来の余韻で、参りましたと言わざるを得ない傑作だった。



小原 でも、興行的な問題と切り離して語れないのは間違いないよね。『怒りのデス・ロード』は興行的に大成功だったわけだし。同じ続編でも、当たっている映画とそうでない映画とでは、見方を変えていかざるを得ないというか。

三谷 予算規模はそれぞれ165億円(1ドル110円換算、以下同様)くらいで、『怒りのデス・ロード』は全世界420億円弱、『2049』は全世界275億円弱の興行収入だから、どちらも大成功とはいえないんだろうけどね。それだけに、興行の結果の厳しさをみると、哀しい気持ちが倍増しちゃう。

小原 でも420億円と275億円の違いで製作側が元を取れるか否かが変わってくるのだとしたら、違いは大きい。これは、文化的な意味での映画の価値と、興行的なそれとのバランスを考えさせられる、ケース・スタディとして見るべきだと思う。

三谷 一歩戻って、この映画の興行の座組みをおさらいしよう。『2049』の製作費は、実質的なプロデュースに携わるアルコン・エンターテイメントと、世界配給権を取得したソニー・ピクチャーズの2社が主に出資している。

ニュース媒体によって数字に開きはあるけれど、両社およそ100億円ずつ拠出したあと、撮影地ブダペストから税制優遇措置として支払われる還付金との差し引きで、「総製作費165億円」と報じられている。

小原 これに加えて、映画を公開するにはP&A費(配給および宣伝費)がかかる。だから、興行ではその経費分の収益も上げないといけない。『2049』の配給は、制作費を折半したソニーが海外を、そして競合スタジオのワーナー・ブラザースがアメリカ国内を担当しているから、大手配給会社2社のP&A費の総額もリクープする必要があった。

三谷 そんなアルコンの経営者たちのインタビュー記事によると、『2049』の損益分岐点は、「全世界での興行収入440億円」という話だったよね。

小原 うん。さらに込み入った話をすると、『2049』でのソニーは、興行収入から生じた純利益をアルコンよりも先に回収する取り決めを交わしていた。ワーナーには配給手数料が支払われる仕組み。ということで、全世界275億円の興収を上げた『2049』だけど、その収益の大半はソニーの財布に収まることになっていた。

結果、残されたアルコンは出資額のほとんどを回収できない。その損失額は、その他もろもろの経費を差し引いて、90億円という計算になっているらしい。

今回の『2049』のように、一番汗水を垂らした製作会社の経営が傾くほどの損をする映画の文化的価値って、なんだろう。レイオフされて明日食う飯がなくなるかもしれない人たちにとってはどういう意味を持つんだ? ぼくは今回の映画の結果を見て、程度ってものがあるんだろうと感じた。

三谷 公開されて1ヵ月くらいの時点ではそうだけれど、長期的に見ると価値が残っていく類の映画になると思うし、そうなってほしい。興行的にどうなるかは度外視してでも、こういう映画が作られるリスクを負える胆力をスタジオがもっていることへの希望を、ぼくは感じる。ビジネス一辺倒の映画が多いなかで、こういう映画こそが、長期的な財産になりうると思うから。

小原 その考え、好きだけど100%は乗り切れないな。ここは、あえて議論をしよう。

今回の映画は、続編なわけだ。後半部分で、1作目に入れ込んだ人たちへ必死にウインクをする様子も含めて、オリジナル作品ではない。だから、きわめて俗物的な動機で作ってるはずなんだよね。それだけに、長期的に見て残る作品になるかどうか? フランチャイズ的なフィルターを抜いても、後世に残るかどうか? いや、個人的にもすごく好きだったから残るとは思うんだけど(笑)、問題はそこではない。

「後世に残る映画になるから、いま、その映画のせいで破産して路頭に迷う人がいてもいい」という感覚につながるような考え方は、作っている人にとっては危険だと言いたくて。

三谷 「路頭に迷う人がいてもいい」は極論だと思うし、映画をつくる者がリスクを負うのは当然のことでしょう。できあがった作品を考えれば、恐れずにリスクをとったことは、決して無駄なことではなかったはず。

そもそも「当たる」と見込んだから、グリーンライト(製作の青信号のこと)が出たと思うんだよね。それが蓋を開けてみれば、想定ほど興行では結果を残さなかった。これ自体は往々にして起きることで。それでも「当てにいく」映画づくりをせず、むしろ1作目と真摯に向き合って続編を作ったことは、評価していいのでは。

フランチャイズばかりが量産される映画業界にあって、この姿勢は珍しい。それだけ真摯な作品になったとも思うから、ぜひとも報われてほしいし、報われるはず。ということを、ぼくは言いたい。

小原 細かいことだけど、リスクを負った映画製作者たちが仮に失敗したとき、直接的に割を食うのは製作者たち本人ではなく、そこで働く数多の被雇用者たちだから。彼ら・彼女らが職を失うことで、リスクは消化されることになる。

三谷 それは1980年の『天国の門』でも示されたことだね。ユナイテッド・アーティスツを潰したとされる映画。そういう極端なギャンブルは考えもので、すべきでない、ということを康平は言いたい。という理解でいいの?

小原 ぼくは「製作元がかき集めた165億円もの製作費を、本当に使うべきだったのか?」という問いかけを、しっかり認知しておきたいんだよね。結果から逆算しても仕方ないし、後出しジャンケンをしても意味はないんだけど。

でも、もし80億円とか、60億円の規模で同程度の映画を作れていたら、この映画も興行的に成功していたのかもしれない。そのためには、どうすれば良かったか、を具体的に考えられる人でありたい。リスクをとるな、と言っているわけじゃなくて。

三谷 でも「規模が違ったら」と考えるのも、結果的には後付けになっちゃうでしょう。そこは塩梅が難しいよ。

この話、以前に取り上げた『沈黙 -サイレンス-』にも通じると思う。興行的な採算性にかかわらず、世の中には存在「すべき物語」、「してほしい物語」というものがある。それを作るリスクを負えるものがいること、そうして、結果として存在「すべき映画」ができあがることは、長期的にみて報われるはずだと、ぼくは信じてる。

そういう試みを続けていく人たちが、文化としての「映画」を支えていく。だから、リスクをとることを止めてはならないと。

小原 これって、映画の内容に対する捉え方にも絡んでくることだと思う。具体的に入っていけば、このことについても掘り下げていけるよ。

三谷 中身に入りましょう(笑)。

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