わたしも向こう側にいたからわかるの──「女性版デヴィッド・ボウイ」St. Vincentが導く女性像

St. Vincentことアニー・クラークは、自身がホストを務めるラジオで人生相談を受けつけ、ファンとのエンパシーを生み出している。「強い女性」であることを自ら引き受けた「女性版デヴィッド・ボウイ」の静かなる矜持。(『WIRED』日本版Vol.30「IDENTITY デジタル時代のダイヴァーシティ」特集より転載)

TEXT BY JAY KOGAMI

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PHOTOGRAPH BY NEDDA AFSARI

ミュージシャンでマルチインストゥルメンタリストであるSt. Vincentことアニー・エリン・クラーク。アルバム 『Masseduction』が完成したばかりの彼女の来日を狙い都内の取材場所を訪ねると、スタッフから「先にこれを見てください」とショート動画を見せられた。流れたのは、ミニスカートで足を組んで椅子に座るクラークがフェイク取材を受けるという、B級映画のようなシュールな映像。無気力に質問に答えるその姿は、メディアが彼女に抱く先入観を揶揄する彼女なりのメッセージだろうか。

オリジナルで独創的な音楽性は、ますますクールさと知的さを増して異彩を放つ。そうした彼女の一面をもって、海外メディアは「女性版デヴィッド・ボウイ」と紹介することもある。

しかし、そうした前衛的な音楽、ファッションのイメージが強いクラークが、Apple Musicの24時間ラジオ「Beats 1」で「Mixtape Delivery Service」と称した自身の番組をホストしていることは、意外なほど知られていない。さらにこの番組が、多くの人が彼女に抱くイメージを覆えすような内容なのに驚く。彼女自身が人生に憤りや迷いを抱えるリスナーと電話で対話し、励ましながら、彼らの思いを代弁する曲を選曲するという、いわば人生相談番組なのだ。

「彼らのストーリーを聴く側に立ってみて、エンパシー(共感)が生まれる瞬間を何度も体験してきた。やりがいのある番組だと思っているわ」とさらりと語るクラーク。自らの作品の解釈をあえてファンにゆだねるからこそ生まれる連帯感が、そこにある。

「あるとき、わたしのファンのひとりだという小さな女の子からメールが来たのだけど、彼女は自分がカーリーヘアだから学校でいじめられていたと話してくれたの。でも、同じようなカーリーヘアのわたしがライヴで自由に演奏している姿を見て、安堵して自信がもてたって言うの。わたしの音楽と出合い、自殺を思いとどまったと教えてくれる人もいた。好きな音楽家と自分だけが秘密を共有できたと感じられることで自分が救われたり、あるいは誰かが語りかけてくれていると感じたりする経験は、大切だと思う。わたしも向こう側にいたからわかるの」

グラミー賞をはじめ数々のアワードを受賞してきたクラークだが、「わたしのつくるどんな作品でも、リスナーに行動を指示するようなことは一切しない」と語るほど、音楽産業の成功者によくあるエリート主義とは一線を画したアート活動を続けている。だからこそ、音楽家や作家が個を表現できる環境は公平に提供されるべきとも語る。

「音楽業界は、ほかの業界に比べればチャンスがオープンにあると思う。音楽家として、偏見の被害者になったと感じることはないわ。でも、映画業界には違うイメージをもっている。ある映画スタジオでは、ダイヴァーシティが必要だと経営者が感じて、女性監督を起用したそうなの。でも、その映画は期待していた興行収入に届かなかった。そうしたら、その経営者たちは『女性監督はだめだ。今後起用は止めよう』という結論に至ったっていうの。狭い視野の人たちがいる限り、現状を変えるのは難しいかもしれない」

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PHOTOGRAPH BY NEDDA AFSARI

2017年、シリコンヴァレーをはじめ、メディア業界、映画業界ではセクハラと性差別が浮き彫りとなり、被害を受けたと女性たちが次々と名乗り出ている。そんななかで、クラークはオスカー・ワイルドの長編小説『ドリアン・グレイの肖像』の映画化作品で長編監督デビューする予定だ。彼女は原作を再構築し、男性だった主人公を女優に置き換える挑戦的な試みで、彼女なりに現代社会と向き合う。

「映画業界で女性監督は数えるほどしかいない。確かにダイヴァーシティやアイデンティティを巡る議論は起きている。だけど、全体を俯瞰的に見ることが忘れられがちだと思う。たとえば、性別に対する議論が湧き上がっても、その人の経験値や思考まで考慮した議論はされにくい状況がある。でも、人のアイデンティティって、色々な角度から確立されるものでしょう? 映画業界も、女性監督を増やせばジェンダー問題が解決されるわけではまったくない。問題へのアプローチとして、語るべき個人が自由にストーリーテラーとなっていくことが解決につながると思う。業界内の誰かが『それが売れる』と指示してつくる企業主導のクリエイティヴは、間違っている」

偏見の顕在化が止まらないいま、クラークの示唆する個人の意識が照らす道は、あらゆる世界に存在するはずだ。「どういった自分でありたいか」に目を向けることへの大切さについて、彼女はこう語った。

「プレゼン資料にリストをつくって発表したって、問題が解決できるわけはないわ。いま、わたしたちはとても難しい選択を強いられていると思う。でも、どんな分野においても、強い女性が見本を示さなければならない時代なの。わたしもひとりの強い人間として、つくりたい作品を望む表現方法でつくる。そうした行動が“変化”につながっていけばいいと思っているわ」

セイント・ヴィンセント|ST. VINCENT
1982年、米国オクラホマ州生まれ。本名はAnnie Erin Clark(アニー・エリン・クラーク)。ニューヨーク・ブルックリンを拠点にSt. Vincent名義で活動する女性シンガー・ソングライター。Beckをはじめ、Grizzly Bearがファンを公言するなど、アーティストからの支持も厚い。2017年10月、最新アルバム『Masseduction』をリリース。

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