[書評] PSYCHO-PASS GENESIS 1〜4(吉上亮)
アニメの『PSYCHO-PASS(サイコパス)』が私は好きで、シリーズ1と2を通して4回は見た。というか、その世界の前史にあたる小説『PSYCHO-PASS GENESIS』(参照)の読後、1度通して見て、しみじみその深みを味わった。この小説はあくまでアニメ本体の外伝として描かれているのだが、それ自体が本体の批評的な解釈も緻密に含んでいる。本体アニメと非整合性なくさらにその本質を掘り下げてくれる。
アニメのシーズン1では、人間であることの意味を再び問うために、天才的かつ異常体質の槙島聖護が犯罪の創出によって、シビュラに支配される世界に対して挑戦を行うなか、彼を個人的な執念から追い詰める執行官・狡噛慎也と、シビュラ君臨世界を法の視点から批判しつつも是認せざるをえない、若い女性の監視官・常守朱の三者の相克の物語となる。
これに、若い監視官・宜野座伸元と中年の執行官・征陸智己の物語が絡み合う。この二人の関係には深い前史が示唆されているが、本書『PSYCHO-PASS GENESIS』の1巻と2巻はその前史である征陸智己の物語となる。征陸はちょうどシビュラの君臨が始まる時代、同時にまだ警視庁が残る時代に若い刑事としてこの物語に登場する。物語の目的はなぜ刑事であった征陸が潜在犯に堕ちてしまったのかということと宜野座との関係になる。こちらの物語は、主に征陸とその上司である八尋和爾の対決の物語となる。が、物語を読み進めると、アニメ1シリーズの槙島と狡噛をなぞっているかのようにも思えるが、その関係は微妙に異なる。そのあたりがこのパートの面白さになる。
パート1となる1と2巻の小説としての完成度は高い。個人的には荒廃し尽くした東京の地名が随所に現れて、海外SFを読むときとは違う親密感も楽しめた。
さてこれでパート2の3巻と4巻はどうなるのだろうかと気になる。いや、すでにパート1のエピローグにやや異様な挿話があり、ぐっと心惹かれる。ここに東金美沙子が登場している。アニメのシリーズ2を見ているならすでにわかるだろう。このパートの物語を読み進めると、アニメのシリーズ2に対応している。すでに述べたことにもなるが、征陸智己の物語であるパート1はアニメのシリーズ1に対応していた。この小説構造に気がつくととても面白い。
そしてパート1最終の、次パートへのつなぎの挿話には、もう一人なぞの女性が登場する。このなぞの女性が、できるだけスポイラーは避けるために比喩的に書くのだが、鹿矛囲桐斗と常守朱の原型になっていくところに、『PSYCHO-PASS』という世界の全貌が現れる。
パート2はさらにパート1の前史として描かれる。世界が崩壊しはじめ、日本が孤立していく世界である。この世界は、リアルな歴史としての日本の戦前と戦後の暗喩となっていることも興味深い。作者の意図ではないだろうが比喩的に読むなら、日本人の歴史期無意識の暗部の物語というより、朝鮮人の無意識の物語にも重なっている。特に、高麗人などを連想すればその比喩への近接線がひけるだろう。
パート2の物語は、映像的にも美しい。アニメ『PSYCHO-PASS』のファンとしては、このパートの映像化、あるいは映画化はぜひ見たい。厚生省麻薬取締局の捜査官・真守滄はなんというか、萌える。惚れる。
パート2は全体として、アニメのシリーズ2の鹿矛囲桐斗への暗喩的な統合がある。アニメとしては、鹿矛囲を介して常守の法の立場としてシビュラが対立的に描かれていたが、パート2はむしろこのアニメのなかの東金朔夜に暗喩的に真守が対立することで、シビュラの内面が逆転して描かれる。この逆転性が知的な興奮を伴う。
アニメの側からはシビュラは、ある種全体合理性の化身しかも犯罪を超克した理性のように描かれているが、『PSYCHO-PASS GENESIS』を含めた『PSYCHO-PASS』全体のなかでシビュラとは、日本国民へのいわば愛と理想として現れる。
そのことに読後愕然と気が付き、これは、天皇制の愛着と日本国憲法の理念ではないだろうかと思えてきた。そして、現行の暴走しつつある日本のリベラルは日本国憲法というシビュラの忠実な執行官なのではないか。そう連想したとき、個人的にだが、私は深い絶望に堕ちた。八尋のようにお堕ちなければならないような奇妙な衝動すら感じた。
日本国憲法をシビュラにしてはならないなら、そして、堕ちることに耐えるなら、日本国憲法という法を、市民の意思として法としてたらしめなおすべきなのだろう。また天皇制が内在する親密な国民の宥和(それこそまた今のリベラルが心情的に融合しつつある)といったものも新しい法のなかで疎外していくべきなのではないか。
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