今年の夏に発売されたのシリーズ新刊「アスペルガーと知らないで結婚したらとんでもないことになりました」の表紙(コスミック出版)

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 漫画家の野波(のなみ)ツナさんは、発達障害の1つ「アスペルガー症候群」の夫との日々を赤裸々に作品に描いている。

 コミックエッセー「旦那(アキラ)さんはアスペルガー」シリーズ(コスミック出版)で、すでに8巻を数える。描き続ける理由は何なのだろうか。

大切なことを共有できない

 発達障害は、生まれつき脳の機能に障害があるために起きると考えられている。アスペルガー症候群はその発達障害の1つで、「自閉症スペクトラム障害」に含まれる。人との意思疎通や交流が難しい、とされ、(1)社会性(2)コミュニケーション(3)想像力-に困難や障害があるのが基本的な特性だ。

 性格や環境によって個人差はあるが「特定のものごとに強いこだわり」「場にそぐわない言動」「他者の気持ちを想像できない」「規則や習慣にこだわる」-などの特性もみられる。

 野波さんは、1994年、編集者だったアキラさんと結婚した。アスペルガー症候群だとは気づかなかった。

 物事の優先順位が付けられず、思ったことをそのまま言ってしまうアキラさんの行動は、次第にトラブルを引き起こすようになる。

 自宅の購入は任せきりにされた。突然仕事を辞めた。将来のことを話し合いたくてもできなかった。否定されるのが怖いのか、黙ってしまうからだ。知らぬ間に300万円の借金。結局、自宅は売却する羽目に…。

 「悩んだり、困ったりしているときに話し合いができなかった。大切なことを共有できない生活に疲れました」

 野波さんは振り返る。

「ほかにもいるはず」とエッセー漫画に

 結婚から16年が過ぎた2010年、知人から宮尾益知(みやお・ますとも)医師を紹介された。発達障害に詳しい宮尾医師は、アキラさんがアスペルガー症候群だと診断した。

 「アスペルガーという言葉は知っていましたが、もっと特別だと思っていました。アキラさんは普通の学校に通い、普通に就職していた。だから診断を受けて驚いたし、同じような人がほかにも大勢いるはずと考えました」

 だから、アキラさんとの日々を漫画に描いた。そして、11年1月に1巻「旦那(アキラ)さんはアスペルガー」が発売されると想像以上の反響があった。

 「うちの夫のことかと思った」

 野波さんのブログにも100通を超えるメッセージが届いた。その年の秋には2巻目を出版。その後も、子供たちの視点から描いたり、アスペルガーの夫やパートナーを持つ女性の悩みを取り上げたりと、さまざまな角度から描き続けて8巻まできた。

 「メディアに取り上げられるのは、就労や人間関係に困難を抱える重篤な状態の方であることが多い。だから、アキラさんのように発達障害でも仕事をしていたり、結婚をしていたりというと、『たいしたことがない』と思われてしまいがち」

 しかし、アスペルガーは、言語能力や会話能力に明らかな問題がないから発見されにくく、周囲から「男の人ってそういうもの」「よくある話よ」と苦しみを理解されないがゆえに追い詰められてしまう家族も少なくないのだ。

 「発達障害の人と暮らす人がいる、ということを知ってもらえたら」

 アスペルガーの夫との日々を描き続ける、切実な理由を語る。

短所が長所に…恋愛時代は気づけなかった

 最新の8巻「アスペルガーと知らないで結婚したらとんでもないことになりました」では、さかのぼって出会いから結婚までを描いた。

 「どうして気づかなかったの?」

 アスペルガーの夫やパートナーを持つ人がよく言われる言葉だが、「アスペルガーの人は恋愛時期に魅力的に映るんです」と説明する。

 最新刊では、「結婚前に分からないことがある、ということを言いたかった」。

 流れに逆らわないアキラさんの生き方を、野波さんは「ガツガツしていない」と好ましく感じた。披露宴では野波さんを「私の宝」と熱烈に表現してくれた。思ったことを迷わず口にするのがアスペルガーの特性だとは、後から知った。

 「今なら気づくことがたくさんある。当時は何も知らなくて、思い違いをしていた。そのことに向き合わなくちゃいけないのはつらい作業でもありました」

家族の記録…「誰も悪くない」と思えた

 シリーズは8巻20万部と出版不況と呼ばれるなかで支持を集めている。今年になって電子書籍版も発売され、新たな読者の獲得も続いている。

 家族にも変化があった。11年の春にアキラさんと別居したのだ。おかげで関係は改善されたし、これまでに起こったことを落ち着いて振り返る機会にもなった。

 「『普通』にとらわれていたことに気づきました。普通の夫婦、普通の家族、と理想を追っていた。でも、普通なんてどこにもないし、よその家庭をまねする必要もない。よそと違うから不幸でもない」

 アキラさんに家族が振り回されたのは確かだが…。

 「別居して、お互いにストレスから解放された。子供2人も良い子に育ってくれている。『普通』の形にこだわって一緒に住み続けていたら、子供もストレスだったでしょう」

 アキラさんの特性を理解することで責める気持ちも、自分を嫌いになることもなくなった。

 「誰かが悪いわけではない、と見つめ直せたのが良かったですね」

 しかも、お互いが過ごしやすくなるヒントも見つけた。

 「私たちが日常で無意識にやっていることでも、できないことがある。アキラさんは『ごちそうさま』とか『いただきます』とか言えなかった。ならば、ルール化すればいいだけ」

 近所に住むアキラさんは、野波さんの家に子供を訪ねたり、突然お菓子を持ってきたりする。

 新刊をアキラさんに見せ、「描いてほしくないことがあったら言ってね」と感想を求めると、「4コマ漫画なのにオチが弱いですね」と返ってきた。「感想を聞いても、批評が返ってくるんですよね」と野波さんは苦笑いする。

 「描き終えるたびに、これで最後と思うんですが、しばらくすると描きたいことが出てきます」

 “家族”の記録は、まだまだ続きそうだ。(文化部 油原聡子)

 アスペルガー症候群 人との意思疎通や交流が難しい「自閉症スペクトラム障害」(ASD)の1つ。生まれつきの脳機能障害が原因とされる。「社会性」「コミュニケーション」「想像力」に困難がある。言語能力や会話能力に明らかな問題がないため発見されにくい。幼少期に見過ごされ、大人になってから「生きづらさ」を感じて気づくケースも増えている。大人の発達障害専門外来も出てきている。