ありがたいことに、『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』は発売2週間で4刷りが決まりました。僕自身、どうしても書きたかった本なので喜びもひとしおです。
9回出撃して9回生きて帰ってきた、陸軍第一回の特攻兵、佐々木友次さんにどうしようもなく僕は惹かれました。
札幌に入院していた92歳の佐々木さんに会いに行く時、僕の心は弾みました。忙しい仕事の合間を縫って、強引なスケジュールで札幌に飛んでも、少しも嫌な気持ちになりませんでした。
どうして、こんなに惹かれるのか。どうしてこんなに、佐々木さんの生涯を本にしたいと熱望したのか。自分でもその感情の強さが不思議でした。
それが、担当編集者が本の宣伝のために書いてくれた文章を読んでハッとしました。
最後の「命を消費する日本型組織」という表現が胸に突き刺さりました。そして、すとんと腑に落ちました。
そうか。だから僕は佐々木友次さんの生涯を描くことに熱中したのか。
本書の中で紹介しているエピソードがあります。
『天皇明仁の昭和史』(高杉善治 ワック)からの引用なのですが、1945年8月2日、奥日光に疎開していた明仁皇太子が戦況の見通しを説明に来た有末精三中将に、「殿下、何かご質問はありませんか」と聞かれて、「なぜ、日本は特攻隊戦法をとらなければならないの」と質問しました。
有末中将は、かなり困った顔をしたものの、すぐに気を取り直し、平然と次のように答えたと言います。
「特攻戦法というのは、日本人の性質によくかなっているものであり、また、物量を誇る敵に対しては、もっとも効果的な攻撃方法なのです」
後半の「特攻は有効な戦法だった」ということが、どれだけ間違っているかは、『不死身の特攻兵』の中で書きました。
拙劣な機材で未熟な操縦士を、ただの一回だけ送り出す戦法は、フィリピン戦の初期において、なんとか結果を出すことができていても、すぐに有効ではなくなりました。
その事実に目をつぶったことはとても問題なのですが、僕はそれよりも、陸軍中将の前半の言葉に震えます。
「特攻戦法というのは、日本人の性質によくかなっているものであり」
いったい、特攻戦法がよくあう性質の国民とは、どんな人々なのでしょう。
それは、理論よりは感情を、個人の都合よりは集団の大義を、自我よりは「集団我」を大切にする国民と言えるのではないかと思います。
僕は講談社現代新書で今まで二冊の本を出しています。『「空気」と「世間」』と『クール・ジャパン!?』です。
この二冊は、日本という国の「同調圧力」の強さと、日本人の「個人としての自我」の弱さを追及した本でした。
前著は、「社会」と「世間」という日本社会の構造を分析し、「世間」は日本固有のものであり、代表的には5つのルールから成立しているとしました。
それは、「長幼の序」「共通の時間意識」「贈与・互酬の関係」「差別・排他的」「神秘性」の5つで、それによって日本人は世間とは「所与」なものとして生きていると分析しました。
自分が生まれる前からそこにあり、そして、これからもずっと続いていく強力な「世間」。
そこからはみ出ようとすると、一神教にも似た「同調圧力」を生む。あなたが生きる世界は変わらない。それが強固な「所与性」を持つ「世間」でした。