漂着相次ぐ北朝鮮の船 背景に“危険な漁”
いま、日本海沿岸では北朝鮮からと見られる漁船の漂流や漂着が相次いでいます。11月だけでも28件と、データがあるこの4年間で最も多くなっています。日本海で操業する漁師の証言などから、北朝鮮側の危険な漁の実態が見えてきました。(金沢局記者 田中大善 おはよう日本部ディレクター原田季奈)
石川県能登半島にある能登町の小木港は、函館や青森の八戸と並んで、日本を代表するイカ釣り漁業の基地です。
大和堆に北朝鮮漁船
石川県能登半島にある能登町の小木港は、函館や青森の八戸と並んで、日本を代表するイカ釣り漁業の基地です。
イカ漁が始まる6月、港に所属する中型イカ釣り船団の13隻は、能登半島沖300キロにある「大和堆(やまとたい)」と呼ばれる海域に向かいました。大和堆は、日本屈指のスルメイカの漁場で、そのほとんどが日本のEEZ=排他的経済水域内にあり、本来、日本の漁船だけが操業できる場所です。
しかし、ことし、漁師たちはこの大和堆で北朝鮮の漁船と相次いで遭遇したのです。NHKが入手した映像には、漁師たちの目の前で、堂々と漁を行う北朝鮮の船が写っていました。
こうした北朝鮮の船はどれも木造で、冷凍設備がなく、釣ったばかりのイカを船の上に干していました。炊事用の釜も確認され、海上に長期滞在しながらイカを取り続けていると見られています。
また、小木港の漁師たちを最も驚かせたのは、彼らの漁の方法です。
日本の漁船は「集魚灯」と呼ばれる照明でスルメイカを集めて資源保護のため1匹ずつ針にかけて釣り上げます。ところが北朝鮮の漁船は、日本では禁止されている網でイカの群れを文字どおり一網打尽にしてつかまえていました。
日本の漁船は「集魚灯」と呼ばれる照明でスルメイカを集めて資源保護のため1匹ずつ針にかけて釣り上げます。ところが北朝鮮の漁船は、日本では禁止されている網でイカの群れを文字どおり一網打尽にしてつかまえていました。
さらに、夜になると北朝鮮の船は日本の漁船に接近して、その集魚灯で集まったイカを狙います。
レーダーでは、日本の船の周りを何十隻もの北朝鮮の船が取り囲む様子も確認されました。
レーダーでは、日本の船の周りを何十隻もの北朝鮮の船が取り囲む様子も確認されました。
互いの船の網がからまったり、最悪の場合、衝突したりするおそれもあることから、小木港の漁師たちは大和堆での操業を断念。7月には漁場を北海道沖に変更せざるを得ませんでした。こうした事態は戦後、初めてだということです。
海上保安庁が排除するものの…
これを受けて海上保安庁は違法操業の船に放水を行うなど取締りの強化に乗り出しました。8月までに、のべ800隻以上に対し海域から退去するよう警告すると、北朝鮮の船はどこかへ姿を消しました。
いったいどこへ行ったのか。取材班は、人工衛星で集められたデータをもとに、北朝鮮の船がいる場所や船の大きさなどを分析しました。
それによると、取締りが強化された8月には、小型船と見られる船が北朝鮮東北部の港町、チョンジン(清津)の沿岸に戻っていたことがわかりました。
それによると、取締りが強化された8月には、小型船と見られる船が北朝鮮東北部の港町、チョンジン(清津)の沿岸に戻っていたことがわかりました。
北朝鮮の船がいなくなったと知って、9月、小木港の漁師たちは大和堆に向かいましたが、そこには、なぜかまた北朝鮮の漁船。
漁師たちは再び操業断念に追いやられました。
漁師たちは再び操業断念に追いやられました。
イカの群れを追って集団で移動か
海洋問題に詳しい東海大学の山田吉彦教授に衛星の画像を見てもらったところ、いったん北朝鮮に戻っていた漁船団は9月には、日本海の中央に向けてまた移動を始めていました。
さらに10月になると、より多くの北朝鮮の船が大和堆の付近に迫っている様子も確認されました。
山田教授は「イカの群れを追うように大和堆など日本の海域に向けて北朝鮮の船が次々に出港している。海上保安庁などの取締りは対症療法にすぎず、海保の巡視船がいなくなればすぐに戻ってくる。その繰り返しだ」と指摘しています。
荒波で転覆する船も
日本海が荒れる11月下旬、ようやく大和堆での操業を再開した小木港の漁師たちの前に現れたのは目を覆うような光景でした。
波間に浮かんでいたのは転覆した数多くの木造船。
いずれも北朝鮮からの漁船と見られています。NHKの取材に対して、漁師たちは「大和堆の南側で裏返っている木造船を見た。ほかの場所ではもっと多いのではないか」とか「北朝鮮からの船のおよそ1割が転覆している。60隻ぐらいにのぼるかもしれない」と口々に証言しました。
漁師たちの目撃と一致するタイミングで、いま、日本の沿岸に木造船が流れ着いているのです。
波間に浮かんでいたのは転覆した数多くの木造船。
いずれも北朝鮮からの漁船と見られています。NHKの取材に対して、漁師たちは「大和堆の南側で裏返っている木造船を見た。ほかの場所ではもっと多いのではないか」とか「北朝鮮からの船のおよそ1割が転覆している。60隻ぐらいにのぼるかもしれない」と口々に証言しました。
漁師たちの目撃と一致するタイミングで、いま、日本の沿岸に木造船が流れ着いているのです。
10月から11月中旬にかけての気象状況は、台風や低気圧が相次いで近づいたことで、日本海は例年にない悪天候に見舞われていました。波の高さを示すデータを見ると5メートルを超える高い波で、海域はしけていました。
赤色の部分が5メートルを超える高波
このとき、大和堆付近にとどまっていた北朝鮮の船が高波にのまれて転覆した可能性が指摘されています。
小木港の漁師は「日本の場合、10月の日本海に小さな木造船では絶対に出ない。商売上は本当に憎たらしかったが、あんな状況でも漁に出なければならないとは、ちょっとかわいそうな気もする」と話します。
小木港の漁師は「日本の場合、10月の日本海に小さな木造船では絶対に出ない。商売上は本当に憎たらしかったが、あんな状況でも漁に出なければならないとは、ちょっとかわいそうな気もする」と話します。
背景に北朝鮮の政策
北朝鮮情勢に詳しい聖学院大学の宮本悟教授は無理な漁を行う背景には、北朝鮮が2013年から推し進めている漁業拡大政策が挙げられるとしています。
北朝鮮でも魚はヘルシー食材として富裕層向けの需要が高まっているほか、中国への輸出も基幹産業となっています。その一方で、北朝鮮の漁業者の多くは経済的に貧しく、農民までもが農閑期に現金収入を得ようと、危険を冒して漁に出ています。
計画経済の北朝鮮では、漁船ごとにノルマが課され、ノルマを達成するまで漁を続けなければならないということです。
計画経済の北朝鮮では、漁船ごとにノルマが課され、ノルマを達成するまで漁を続けなければならないということです。
そしてイカはいなくなった
小木港のイカ釣り船団は現在も日本海で操業しています。船団長を務める平塚秀樹さんによりますと、ここ最近は大和堆で北朝鮮の漁船を見なくなったものの、肝心のイカも見あたらず、不漁だということです。
聖学院大学の宮本悟教授は「今後、北朝鮮だけでなく中国なども日本の海に進出が激しくなり、水産資源の保護や安全な操業の維持のためにも海上の警備態勢をしっかりしなければならない。それは、危険な操業に駆り立てられている北朝鮮の人のためにもなる」と指摘しています。
聖学院大学の宮本悟教授は「今後、北朝鮮だけでなく中国なども日本の海に進出が激しくなり、水産資源の保護や安全な操業の維持のためにも海上の警備態勢をしっかりしなければならない。それは、危険な操業に駆り立てられている北朝鮮の人のためにもなる」と指摘しています。
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いま、日本海沿岸では北朝鮮からと見られる漁船の漂流や漂着が相次いでいます。11月だけでも28件と、データがあるこの4年間で最も多くなっています。日本海で操業する漁師の証言などから、北朝鮮側の危険な漁の実態が見えてきました。(金沢局記者 田中大善 おはよう日本部ディレクター原田季奈)
大和堆に北朝鮮漁船
石川県能登半島にある能登町の小木港は、函館や青森の八戸と並んで、日本を代表するイカ釣り漁業の基地です。
イカ漁が始まる6月、港に所属する中型イカ釣り船団の13隻は、能登半島沖300キロにある「大和堆(やまとたい)」と呼ばれる海域に向かいました。大和堆は、日本屈指のスルメイカの漁場で、そのほとんどが日本のEEZ=排他的経済水域内にあり、本来、日本の漁船だけが操業できる場所です。
しかし、ことし、漁師たちはこの大和堆で北朝鮮の漁船と相次いで遭遇したのです。NHKが入手した映像には、漁師たちの目の前で、堂々と漁を行う北朝鮮の船が写っていました。
こうした北朝鮮の船はどれも木造で、冷凍設備がなく、釣ったばかりのイカを船の上に干していました。炊事用の釜も確認され、海上に長期滞在しながらイカを取り続けていると見られています。
また、小木港の漁師たちを最も驚かせたのは、彼らの漁の方法です。
日本の漁船は「集魚灯」と呼ばれる照明でスルメイカを集めて資源保護のため1匹ずつ針にかけて釣り上げます。ところが北朝鮮の漁船は、日本では禁止されている網でイカの群れを文字どおり一網打尽にしてつかまえていました。
日本の漁船は「集魚灯」と呼ばれる照明でスルメイカを集めて資源保護のため1匹ずつ針にかけて釣り上げます。ところが北朝鮮の漁船は、日本では禁止されている網でイカの群れを文字どおり一網打尽にしてつかまえていました。
さらに、夜になると北朝鮮の船は日本の漁船に接近して、その集魚灯で集まったイカを狙います。
レーダーでは、日本の船の周りを何十隻もの北朝鮮の船が取り囲む様子も確認されました。
レーダーでは、日本の船の周りを何十隻もの北朝鮮の船が取り囲む様子も確認されました。
互いの船の網がからまったり、最悪の場合、衝突したりするおそれもあることから、小木港の漁師たちは大和堆での操業を断念。7月には漁場を北海道沖に変更せざるを得ませんでした。こうした事態は戦後、初めてだということです。
海上保安庁が排除するものの…
これを受けて海上保安庁は違法操業の船に放水を行うなど取締りの強化に乗り出しました。8月までに、のべ800隻以上に対し海域から退去するよう警告すると、北朝鮮の船はどこかへ姿を消しました。
いったいどこへ行ったのか。取材班は、人工衛星で集められたデータをもとに、北朝鮮の船がいる場所や船の大きさなどを分析しました。
それによると、取締りが強化された8月には、小型船と見られる船が北朝鮮東北部の港町、チョンジン(清津)の沿岸に戻っていたことがわかりました。
それによると、取締りが強化された8月には、小型船と見られる船が北朝鮮東北部の港町、チョンジン(清津)の沿岸に戻っていたことがわかりました。
北朝鮮の船がいなくなったと知って、9月、小木港の漁師たちは大和堆に向かいましたが、そこには、なぜかまた北朝鮮の漁船。
漁師たちは再び操業断念に追いやられました。
漁師たちは再び操業断念に追いやられました。
イカの群れを追って集団で移動か
海洋問題に詳しい東海大学の山田吉彦教授に衛星の画像を見てもらったところ、いったん北朝鮮に戻っていた漁船団は9月には、日本海の中央に向けてまた移動を始めていました。
さらに10月になると、より多くの北朝鮮の船が大和堆の付近に迫っている様子も確認されました。
山田教授は「イカの群れを追うように大和堆など日本の海域に向けて北朝鮮の船が次々に出港している。海上保安庁などの取締りは対症療法にすぎず、海保の巡視船がいなくなればすぐに戻ってくる。その繰り返しだ」と指摘しています。
荒波で転覆する船も
日本海が荒れる11月下旬、ようやく大和堆での操業を再開した小木港の漁師たちの前に現れたのは目を覆うような光景でした。
波間に浮かんでいたのは転覆した数多くの木造船。
いずれも北朝鮮からの漁船と見られています。NHKの取材に対して、漁師たちは「大和堆の南側で裏返っている木造船を見た。ほかの場所ではもっと多いのではないか」とか「北朝鮮からの船のおよそ1割が転覆している。60隻ぐらいにのぼるかもしれない」と口々に証言しました。
漁師たちの目撃と一致するタイミングで、いま、日本の沿岸に木造船が流れ着いているのです。
波間に浮かんでいたのは転覆した数多くの木造船。
いずれも北朝鮮からの漁船と見られています。NHKの取材に対して、漁師たちは「大和堆の南側で裏返っている木造船を見た。ほかの場所ではもっと多いのではないか」とか「北朝鮮からの船のおよそ1割が転覆している。60隻ぐらいにのぼるかもしれない」と口々に証言しました。
漁師たちの目撃と一致するタイミングで、いま、日本の沿岸に木造船が流れ着いているのです。
10月から11月中旬にかけての気象状況は、台風や低気圧が相次いで近づいたことで、日本海は例年にない悪天候に見舞われていました。波の高さを示すデータを見ると5メートルを超える高い波で、海域はしけていました。
このとき、大和堆付近にとどまっていた北朝鮮の船が高波にのまれて転覆した可能性が指摘されています。
小木港の漁師は「日本の場合、10月の日本海に小さな木造船では絶対に出ない。商売上は本当に憎たらしかったが、あんな状況でも漁に出なければならないとは、ちょっとかわいそうな気もする」と話します。
小木港の漁師は「日本の場合、10月の日本海に小さな木造船では絶対に出ない。商売上は本当に憎たらしかったが、あんな状況でも漁に出なければならないとは、ちょっとかわいそうな気もする」と話します。
背景に北朝鮮の政策
北朝鮮情勢に詳しい聖学院大学の宮本悟教授は無理な漁を行う背景には、北朝鮮が2013年から推し進めている漁業拡大政策が挙げられるとしています。
北朝鮮でも魚はヘルシー食材として富裕層向けの需要が高まっているほか、中国への輸出も基幹産業となっています。その一方で、北朝鮮の漁業者の多くは経済的に貧しく、農民までもが農閑期に現金収入を得ようと、危険を冒して漁に出ています。
計画経済の北朝鮮では、漁船ごとにノルマが課され、ノルマを達成するまで漁を続けなければならないということです。
計画経済の北朝鮮では、漁船ごとにノルマが課され、ノルマを達成するまで漁を続けなければならないということです。
そしてイカはいなくなった
小木港のイカ釣り船団は現在も日本海で操業しています。船団長を務める平塚秀樹さんによりますと、ここ最近は大和堆で北朝鮮の漁船を見なくなったものの、肝心のイカも見あたらず、不漁だということです。
聖学院大学の宮本悟教授は「今後、北朝鮮だけでなく中国なども日本の海に進出が激しくなり、水産資源の保護や安全な操業の維持のためにも海上の警備態勢をしっかりしなければならない。それは、危険な操業に駆り立てられている北朝鮮の人のためにもなる」と指摘しています。
聖学院大学の宮本悟教授は「今後、北朝鮮だけでなく中国なども日本の海に進出が激しくなり、水産資源の保護や安全な操業の維持のためにも海上の警備態勢をしっかりしなければならない。それは、危険な操業に駆り立てられている北朝鮮の人のためにもなる」と指摘しています。