忘年会のシーズンとなりました。
この後はクリスマス、お正月とイベントが続き、新年会も控えていることでしょう。
おいしいごちそうの誘惑が多いこの時期には、ダイエットの話題が気になるところでしょうか。
最近は低炭水化物または低糖質ダイエットと呼ばれる方法がはやりのようです。
けれどもこの方法、本当に効果的なのでしょうか。
●低炭水化物ダイエットとは?
そもそも体重が増えるのは、エネルギーのとりすぎが原因です。
エネルギーは、私たちが動いたり、じっとしている間でも呼吸をしたり、臓器を動かしたりするために使われており、生きていくために必要なものです。
けれども、摂りすぎると体内で脂肪に変えられて蓄えられ、体重が増えます。
体内でエネルギーを産生させる栄養素には主に4種類あります。
炭水化物、たんぱく質、脂質、アルコールです。
このうち炭水化物は、体内でエネルギーを産生する糖質と、エネルギーを産生しない食物繊維をまとめた総称です。
この、炭水化物のうちの糖質から摂取するエネルギーを控え、ほかにエネルギーを産生する脂質やたんぱく質などからエネルギーを摂取しましょうというのが、低炭水化物ダイエットの考え方のようです。
低糖質ダイエットとも呼ばれているようですが、今回は「低炭水化物ダイエット」の呼び方を使います。
●ほかの方法に比べた効果は?
先ほど説明したように、体重が増える原因は、体内に余分なエネルギーが存在していることにあります。
単純に考えれば、エネルギー摂取量を減らせば体重は減るわけです。
それならば、炭水化物に限らず、たんぱく質でも脂質でも、他のエネルギーを産生する栄養素を減らしてもよいはずです。
それでも、低炭水化物ダイエットがはやりということは、他のダイエット食に比べて効果的なのでしょうか。
それを調べるには、低炭水化物食と他のダイエット食の効果を比較する必要があります。
図1は、肥満の人たちを低炭水化物食と他のダイエット食(低脂質等の対照食)を摂取する群に分けてそれぞれの群の体重変化を調べた、複数の研究結果をまとめた結果です(文献1)。
それぞれの研究(A~S)の研究期間は異なりますが、どの研究でも低炭水化物食群で体重の減少が見られます。
ところが、対照食群でも体重は減少していて、低糖質群の結果とほとんど変わりません。
この研究から、低炭水化物食でも他のダイエット食でも、効果はほぼ同じであることが分かります。
●減らすなら多すぎる栄養素を
このように、低炭水化物食に特別なダイエット効果は、多くの研究で見られていないようです。
結局、摂取している栄養素の内容に関わらず、エネルギーをとりすぎれば太り、摂取を控えればやせるのです。
そうであれば、炭水化物にこだわる必要はなく、今自分が摂りすぎている栄養素を減らす方法のほうが効果的で、体に必要な栄養素を誤って減らしすぎてしまうという危険性も減らせます。
そのためには、今年1年を通じてお話ししてきた「食べるをはかる」こと、そして自分が摂りすぎている栄養素を知ることが大切になってきます。
けれども、日常的にはそのような場がないところが問題点なのです。
●低炭水化物食は健康食?
ここまでのお話で、今のところ低炭水化物食をお薦めする強い根拠はないようです、と結論づけて締めくくりたいところでした。
ところが、低炭水化物食は非常に人気のようです。
最近ではダイエット以外の目的で、様々な健康によい影響があると薦める人たちもいるようです。
低炭水化物食を推奨する根拠として最近紹介されるようになったのは、今年の夏に発表されたある研究の結果です(文献2)。
この研究によると、炭水化物からのエネルギー摂取割合が高いことと、いくつかの健康状態に関連があるそうです。
しかしこの研究をじっくり読むと、色々な疑問や、この結果をそのまま日本人に当てはめて議論するのは難しいように感じる点がありました。
というわけで、私なりのこの研究の読み方をご紹介します。
●炭水化物が死亡率と循環器疾患の発症を上げる?
この研究は、世界の18の国で行われた大規模な観察研究です。
目的は、栄養素不足の問題が深刻な地域で、炭水化物や脂質からのエネルギー摂取割合が死亡率や循環器疾患の発症と関連があるかを検討することだとあります。
18の国は経済状況によって大きく3種類に分けられ、低所得国としてバングラデシュ、インド、パキスタン、ジンバブエ、中間所得国としてアルゼンチン、ブラジル、チリ、中国、コロンビア、イラン、マレーシア、パレスチナ、ポーランド、南アフリカ共和国、トルコ、高所得国としてカナダ、スウェーデン、アラブ首長国連邦が含まれています。
合計で13万人あまりの35~70歳の男女が解析対象となりました。
研究の開始時にそれぞれの人たちの食事を調べ、その後およそ7.4年間にわたり、その人たちの健康状態を調べていきました。
その結果、炭水化物からのエネルギーのとり方に従って対象者を5群に分けると、最も摂取割合の少ない人たちに比べて、最も多い群と次に多い群で、死亡率が高くなっていました(図2左)。
また、循環器疾患(心筋梗塞と脳卒中)の発症率を見てみると、炭水化物からのエネルギー摂取割合が高くなるにつれて、発症率が高くなっていました(図2右)。
低炭水化物食を推奨している人たちは、この結果を示して、低炭水化物食のほうが健康によい、と解釈しているようです。
●炭水化物と健康状態の関連、栄養疫学で読み解く!
けれども、この結果が示していることを、もう少し落ち着いて見てみたいと思います。
まず、図2の2つの図の、横軸の値を見てみましょう。
左の死亡率が上昇しているのは、炭水化物からのエネルギー摂取割合がおよそ65%を超えたあたりからですし、右の循環器疾患の発症が上昇しているのは、75%を超えたあたりからです。
日本人の現在の炭水化物からのエネルギー摂取割合は平均するとおよそ58%です(文献3)。
また、日本人の食事摂取基準(文献4)では、元々炭水化物からのエネルギーの摂取割合を50~65%にしましょうと定められており、その範囲では影響はないことが分かります。
死亡率や循環器疾患の発症に関して、多くの日本人は、現状の摂取状況より少ない割合にする必要はなく、それをはずれていても食事摂取基準を目指して改善すればよいわけです。
さらに、論文を読み進めると2点気になることがありました。
ひとつは、死因に関することです。
追跡期間中の全死亡者数は5796人で、このうち循環器疾患の死亡者数は1649人、残る3809人の人たちの循環器疾患以外の死因のほうが多くなっていました。
さらに循環器疾患以外の死因の内訳は、アフリカ以外の国ではがんが最も多く、次いで呼吸器疾患、一方アフリカでは感染症が最も多く、その次に呼吸器疾患だったとありました。
アフリカでは感染症が主な死因ということですから、栄養不足が深刻なのかなと想像ができました。
つまり、図2左の死亡率は、もしかしたら感染症による死亡の影響を強く受けているかもしれないということです。
実際、循環器疾患以外の死亡では炭水化物の影響は大きく、循環器の死亡に限ってみると、影響は見られていませんでした。
もうひとつは、この研究の研究者たちが「炭水化物の摂取割合が高いということが、貧困や十分な医療サービスを受けられない状態の代理指標となっている可能性がある」と指摘していることです。
その懸念を払拭するために、解析に工夫をしたと説明してはありますが、個人の経済状況まで丁寧に情報を収集して解析に盛り込んではいないようです。
これらの点から、この研究で炭水化物の摂取割合が高いほど死亡率や循環器疾患の割合が高く見えるのは、そのような集団ではエネルギーを穀物からの摂取に頼っていて、たんぱく質やビタミン、ミネラルなどの、死亡や循環器疾患の発症を予防する可能性のあるほかの栄養素が十分摂取できていないからではないか、といったことが考えられました。
けれども、この研究では、ほかの栄養素の影響を考慮した解析は行われていません。
それに、対象者がエネルギーやビタミン、ミネラルなどをどのくらい摂取しているのかといった、参考となる値も示されていません。
これらのことから、この結果をそのまま日本人に当てはめて、低炭水化物食を薦めるのは、とても無理があると感じるのです。
●低炭水化物食の影響を世界の食事情から考えたい
ところで、低炭水化物食を実現しようとすると、たんぱく質と脂質の摂取を増やす必要があるため、穀物を控えて動物性食品を摂取する献立になりがちです。
動物性食品の生産は穀物の生産に比べて多くの土地やエネルギー資源を投入する必要があるため、農地の生産性の低下につながるそうです(文献5)。
地球上にはまだ深刻な飢餓の問題が存在している中で、お金を出せば簡単に食事が手に入る私たちの都合で低炭水化物食を推奨してよいのか、ぜひとも心に留めておきたい視点です。
世界の18か国の栄養素不足の問題が深刻な地域での研究は、日本人に低炭水化物食の長所を訴えているというよりも、それらの地域でも穀物に頼らず様々なものを食べることができるように、先進国で暮らす私たち日本人がどう食べるべきかを今一度考えるきっかけを与えてくれているように感じます。
参考文献:
1. Naude CE, Schoonees A, Senekal M, Young T, Garner P, Volmink J. Low carbohydrate versus isoenergetic balanced diets for reducing weight and cardiovascular risk: a systematic review and meta-analysis. PLoS One 2014; 9: e100652.
2. Dehghan M, Mente A, Zhang X, Swaminathan S, Li W, Mohan V, Iqbal R, Kumar R, Wentzel-Viljoen E, Rosengren A, Amma LI, Avezum A, Chifamba J, Diaz R, Khatib R, Lear S, Lopez-Jaramillo P, Liu X, Gupta R, Mohammadifard N, Gao N, Oguz A, Ramli AS, Seron P, Sun Y, Szuba A, Tsolekile L, Wielgosz A, Yusuf R, Hussein Yusufali A, Teo KK, Rangarajan S, Dagenais G, Bangdiwala SI, Islam S, Anand SS, Yusuf S. Associations of fats and carbohydrate intake with cardiovascular disease and mortality in 18 countries from five continents (PURE): a prospective cohort study. Lancet 2017; [Epub ahead of print].
3. 厚生労働省. 平成27年国民健康・栄養調査. 2017
4. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2015年版. 2014.
5. 女子栄養大学出版. 栄養と料理2017; 83(7): 117-21.