筆者は日本で最も熾烈な通勤ラッシュとなる東急田園都市線の沿線に住んでいる。この線は、周辺住民の間では、よく遅延する電車として昔から有名であった。現に、今でもほぼ毎日10分から15分程度の遅れは当たりで、「今日は遅延しなかったな」とうれしくなるくらいである。
かつて関西で、分刻みの運行スケジュールを遵守するあまり、強迫観念にかられた運転手が焦ってスピードを出しすぎて脱線、通勤客を中心に多くの犠牲者を出すという痛ましい事故が起きたが、遅延が常態化した電車で通勤する筆者は、運行スケジュールにそこまでこだわる路線もあるのかと不思議な気分になったものだ(もっとも事故を起こすよりは多少遅れたほうがまだマシだが)。
そして、つい先日、田園都市線の連日の運転見合わせ事故が全国ネットのニュースでついに取り上げられた。筆者の実家のある九州の友人などからは、「お前が毎日乗っている通勤電車ってしょっちゅう止まるんだ、大変だなぁ」とそのとき初めて同情された。
ところで、ニュースで話題になったのは、停電や車両故障といった設備の老朽化が遠因と思われる事態で電車の運行停止が頻発しているということであった。これも問題といえば問題だが、沿線に20年弱住んでいる筆者にとって、設備の老朽化による遅延というのは、むしろ「平和な出来事」と感じられた。
そこで、今回は、「街角エコノミスト(街エコ)」の立場から、この点について考えてみることにした。
東急田園都市線では、数年前まで、遅延及び運行停止の主な理由は、「人身事故」であった。「人身事故」というのは婉曲的な表現であり、多くの場合は、「自殺」を意味する。すなわち、この沿線では数年前まで、「飛び込み」によって電車がストップする頻度が非常に高かったのである。
自殺に至る事情は人それぞれであるが、この沿線の住宅地が、高級住宅街として特に若い主婦層の間で「あこがれの場所」になっている、ということが大きく影響しているように思える。
この沿線は1980年後半のバブル期にトレンディドラマの舞台になったこともあり、不動産価値が高く、しかも、バブル期からそれほど大きく価値が下落していない(筆者はリーマンショック直後に、新築ではなく中古物件を比較的安い価格で購入したが、売買契約のときにちょうどバブル期終盤に購入していた前の家主さんの抵当権の設定状況をみて驚いた)。
しかも、筆者の感覚だと、「あこがれの場所」だけあってか、不動産価値の割に住民の年齢層は比較的若い。また、若年の富裕層がキャッシュで不動産物件を購入しているというよりも、それなりの「ステイタス」がある一流企業に勤めている30~40代くらいの「意識の高い」世代が多い印象が強い。
つまり、勤務している企業に倒産のリスクが小さいことから、多くの世帯が長期の住宅ローンを組んで物件を購入しているのではなかろうか。また、勤務先としては金融機関が多いようなので、行員向けに金利が優遇された住宅ローンで購入している可能性もある。
デフレが長期化する中で、住宅ローン金利も極めて低い状況が長期化している。また、金融機関は借り手不足に直面しており、比較的マージンの高い住宅ローンの獲得にしのぎを削っているという側面もあるだろう。そのため、田園都市線沿線の比較的高級な物件も、ひとまずは購入することが可能になる。
問題は、長期デフレの中で、これまでは「倒産するはずがなかった」、もしくは「経営危機に陥る可能性が皆無であった」はずの超一流企業までもが、倒産・経営危機のリスクに直面する事態が発生したことである。