「休眠預金活用法」の実態を解説してもらいます(写真 : Graphs / PIXTA)

長期間利用されずに放置された預金、いわゆる「休眠預金」は、これまで一定期間経過後に金融機関の収益となってきたが、2018年1月より新たな用途に使われることになる。その使い道とは? 『経済がわかる 論点50 2018』(みずほ総合研究所著)の執筆者の1人である藏原千咲氏に、「休眠預金活用法」の実態と問題点を解説してもらう。

「休眠預金」や「睡眠預金」といった言葉を、耳にしたことがあるだろうか。「休眠預金」や「睡眠預金」とは、その名のとおり、長期にわたって預け入れや引き出しなどの取引がない、まさに「眠っている」預金のことをいう。

誰もが保有している可能性がある休眠預金


こうした預金が発生する要因はいくつかある。

たとえば、読者の中にも、「学生時代、アルバイト先から指定された銀行に預金口座を開設したものの、就職して以降まったく利用していない」、あるいは「引っ越しのために家を整理していたら、昔開設した預金口座の通帳を発見した」といった経験のある人は少なくないと思われる。

日本国内の銀行・信用金庫に存在する個人預金口座の総数は約9億口座とも言われており、日本の総人口で単純に割ったとしても、1人当たり約7.5もの預金口座を保有していることになる。果たして、すべての口座を利用している人はどのくらいいるのだろうか。

また、仮に、自分の預金口座については適切に管理できていたとしても、家族の預金口座についてはどうだろうか。たとえば、自分の両親が預金口座をどの金融機関に保有しているか、完全に把握している人はほとんどいないのではないだろうか。実際、相続の対象となる預金口座の中には、相続手続きが行われないまま金融機関に長期間放置されているものも少なからず存在している。

このように長期間取引がない預金は、これまで、最終的に金融機関の収益として計上されてきた。金融庁によれば、直近5年間(2011~2015年度)において、平均1000万口座、金額にして1000億円を超える休眠預金が毎年新たに発生している。

こうした処理は、あくまでも会計上・税務上の要請にもとづく決算上のものであり、金融機関は、収益計上後であっても預金者から請求があれば支払いに応じている。しかしながら、それらを差し引いたとしても、平均して毎年600億円を超える金額が金融機関の収益として計上されている状況にある。

こうした休眠預金をめぐる状況などを踏まえ、2010年以降、政府において、休眠預金を有効活用し、たとえばNPOなどを通じて被災地の人々や困っている人々の支援に役立てることはできないかといった議論がなされるようになった。

その後、政権交代などにより一時的に議論が下火になったこともあったが、紆余曲折を経て、2016年12月、休眠預金の有効活用を目的とした「民間公益活動を促進するための休眠預金等に係る資金の活用に関する法律」、通称「休眠預金活用法」が成立し、2018年1月に施行されることとなった。

国や地方公共団体が対応困難な社会的課題の解決に活用

休眠預金活用法により、今後、休眠預金はいったいどのように取り扱われることになるのだろうか。

休眠預金活用法では、預け入れや引き出しなどの最終取引があった日から10年を経過した預金を「休眠預金等」と定義し、法施行後に新たに発生する休眠預金を、国や地方公共団体が対応困難な社会的課題の解決に資する活動に活用していくとされている。

具体的には、�子ども及び若者の支援に係る活動、�日常生活又は社会生活を営む上での困難を有する者の支援に係る活動、�地域社会における活力の低下その他の社会的に困難な状況に直面している地域の支援に係る活動、に限定して活用されることとなる。ここでは、実際に想定されている休眠預金の活用事例をいくつか紹介したい。

・恵まれない子どもへの対応

まず、貧困家庭の子ども、孤立した子どもの増加への対応である。近年、18歳未満の未婚の子どもを抱える世帯のうち、ひとり親世帯が増加傾向にあり、全体の約7%を占めている(厚生労働省「平成28年国民生活基礎調査」)。

ひとり親家庭は経済的に厳しい状況にあるほか、その子どもたちは1人で夕食を取ることを余儀なくされている場合も多い。休眠預金の活用範囲には、そのような子どもたちのために「子ども食堂」を開設し、地域の住民が無料または低価格で栄養価の高い食事を提供するといった活動が想定されている。

このほか、子どもの外遊びが減ってきているといった課題を解決すべく、住宅地の中にある公園の一角で、地域の住民が子どもの外遊びをサポートする「プレーパーク」を運営するなどの活動も想定されている。

・介護者負担の増加への対応

次に、急速な高齢化に伴う介護者負担の増加への対応である。

日本では65歳以上の高齢者の人口が年々増加しており、内閣府や厚生労働省の資料によれば、2016年10月現在、全人口に占める高齢者の割合は約3割で、その数は3000万人にも達している。

その内、介護保険制度における要介護者(要支援者を含む)は600万人を超えているが、厚生労働省「平成28年国民生活基礎調査」によれば、こうした要介護者との同居を余儀なくされている家族は多く、その約7割が悩みやストレスを抱えているとのことで、介護者負担の増加は深刻な社会的課題の1つとなっている。

休眠預金の活用範囲には、こうした介護者の精神的負担を少しでも軽減するために、介護者の悩み相談や介護者同士が悩みを共有できる交流の場としてのカフェなどの運営といった活動が想定されている。また、介護者からの悩み相談に対応する人材の育成など、介護者が社会から孤立しないような体制づくりに活用することも想定されている。

上記のほかにも、増加する空き家や古民家などへの対応として、これらを宿泊施設やカフェ店舗などにリフォームし、観光客や若者を呼び込むことを通じて、地域の活性化を図る取り組みへの活用などが想定されている。

このように、今後は有効活用される休眠預金であるが、仮に、自分の預金が休眠預金となり、実際に活用された場合に、自らの預金に対する権利はどのようになるのだろうか。

結論としては、預金者の権利は引き続き保護されるため、心配は無用だ。この点について、休眠預金活用法では、預金者が、金融機関の窓口で休眠預金の支払いを請求すれば、元本と利息に相当する金額の支払いを受けることができるとされている。これは、休眠預金口座を相続した場合であっても同じ取り扱いとなる。

透明性の高い活用の枠組みを構築することが重要

一見するといいことずくめのようにも思える休眠預金の活用であるが、もちろん課題もある。

たとえば、資金使途の透明性の確保が挙げられる。休眠しているとは言え、活用される預金は、元を辿ればわれわれ国民の財産でもあることから、不正に活用されていないかなど、使途をきちんと把握することが重要となる。現在、政府では、休眠預金活用の具体的スキームやその活用成果の評価基準などの検討を行う会議の様子をHPにて公開する取り組みなどを行っているが、いまだ道半ばである。

実際に休眠預金の活用が開始されるのは2019年秋ごろの見込みだが、それまでに、休眠預金に対する国民の認知を高めるとともに、透明性の高い活用の枠組みを構築することができるか、今後の動向が注目される。