潜在需要は「決して小さくはない」
 古民家は各地でカフェやゲストハウスなどに活用される事例が増えている。ただ客商売の場合、施設管理やサービスのための人件費がかさむのが難点。寮として「住まい」になれば、住人自らが住居を管理するためその負担は軽くなり、新たにビジネスとしての可能性が生まれる。

 単体で考えると、事業としての収益は決して大きくない。だが、この「古民家×学生寮」の潜在需要は「決して小さくない」と大堂さん。来年3月には糸島市内に2軒目がオープン予定で、そのほかの地域からも引き合いがあるという。背景にあるのは増加する空き家と、九大周辺の学生向け物件不足という二つの問題だ。

 大堂さんが寮にこだわるのは、自らの体験からだ。幼いころに小児ぜんそくを患ったが、療養施設での生活で健康になった。九大では、今はなき男子学生寮「田島寮」で過ごし、大学院時代も別の寮で暮らした。生活のリズムを保ち、地域と関わりながら、仲間と暮らすことで得られるものの大きさを実感していたという。

 「糸」の地域活動はすでに始まっている。学生たちによる地元の子どもたち向けの学習教室を開催。行事への参加のほか、イベントなどで寮を住民に開放することも検討している。

 大堂さんは「九大生の『バイトない問題』も解決できれば」とも話す。学生の中には、糸島地区にアルバイト先が少なく、少し離れた福岡市西区の姪浜などに住むケースもあるという。一方で、糸島地区の保護者には、遠方の学習塾に子どもを通わせることへの不安がある。その声に、寮生たちが応えられるかもしれない――というわけだ。

 大堂さんはさらに、企業が学生の寮費を支援するなどの奨学金モデルも考えている。企業にとっては学生支援というCSR(企業の社会的責任)になるだけでなく、人材不足の中で学生とつながりをつくるきっかけにもなるという視点だ。

 古民家と学生寮、両方ともありふれた存在だ。それを組み合わせることで、これだけの新しい価値が芽を出している。イノベーションって、こういうことなのだろう。ただそのヒントに気付くのは、簡単ではない。

 寮ではまだまだ、土間の奥にある倉庫を図書館にしたり、ビワの木を植えたりと環境づくりが続く。