1871年に建てられた民家で
 明るい茶色の塀に囲まれた民家を目指した。福岡県糸島市にあるこの家は、周囲の民家と田んぼ、そして裏山といった風景に完全に溶け込み、カーナビに住所を入力しても、うっかり通り過ぎてしまうほどだ。

 明治時代始めの1871年に建てられたこの古民家は今、九州大の学生向けの寮になっている。たたきの土間に階段たんす、かまどの跡もある昔ながらの住居。ここが学生寮だと言われても、多くの人はピンとこないだろう。

 でもこの空間は、想像以上に可能性にあふれている。

 床面積約500平方メートルの木造家屋には、ラウンジやリビングを含めて11部屋ある。定員8人の募集を始めたのは8月。すでに7人が暮らし、最後の入寮者も決まりつつある。ノルウェーからの学生もいる。

 「熱風寮・糸」と名付けられたこの空間を運営するのは「合同会社よかごつ」 (通称・九州熱風法人よかごつ、糸島市)。今年4月に設立されたばかりだ。代表を務める大堂良太さん(35)と初めて出会ったのはその1カ月前の3月、東京で開かれたコワーキングスペースの内覧会でのことだった。

 九州大大学院を卒業後、大手商社の丸紅に入社し、約10年間勤めた後、教育に携わるNPO法人に移った大堂さん。「実はもうすぐ福岡に戻って、古民家で学生寮をやるんです」という言葉に、正直に言うと最初は「??」だった。ビジネスになるのだろうか、と。

 「熱風寮・糸」はただの寮ではなく、地域を盛り上げる機能を備えた学生寮だった。大堂さんが着目したのは、家主が維持管理に苦心している古民家。学生が維持管理を担いながら、地域に溶け込み生活できる、うってつけの場所と考えたという。市街化調整区域だったため用途変更が必要だったが、地域再生を掲げることで県の開発許可を取り付けた。

 家主にとって、家賃収入はもちろん、人が住むことによって掃除や風通しなど維持管理にかかる手間も省ける。寮の家賃は九大周辺の1Kアパートの相場よりも低い月額2万5000円程度からで、敷金や礼金はゼロ。学生の経済負担も軽い。