性犯罪の加害者がよく言う、こんな言葉があるという。
「ちょっとくらい触ったからって、減るもんじゃない」
その言葉の背景には、殺人や強盗に比べたら性犯罪なんてたいしたことではない、と加害行為を過小評価し、被害者を「モノ化」する身勝手さがある。
12年前に日本で初めて性犯罪加害者に向けた再犯防止プログラムを立ち上げた斉藤章佳さん(精神保健福祉士 / 社会福祉士)は延べ1000人以上と向き合い、歪んだ捉え方をする加害者の治療に取り組んできた。
加害行為をやめ、回復したと言えるまでには、継続して来院する人でも最低3〜5年はかかるという。加害者臨床を続けることにどんな意味があるのか。BuzzFeed Newsは斉藤さんに話を聞いた。
![斉藤章佳さん(東京都大田区の大森榎本クリニック)](https://img.buzzfeed.com/buzzfeed-static/static/2017-12/3/21/asset/buzzfeed-prod-fastlane-03/sub-buzz-14084-1512354285-5.jpg)
斉藤章佳さん(東京都大田区の大森榎本クリニック)
逮捕で「生きがい」を失った
プログラムを受講する人の74%に逮捕歴があり、そのうち15%は実刑を受けている。被害者に「謝罪の手紙」を書いたり、服役中に法務省による性犯罪再犯防止指導を受けたりした人もいる。
しかし、二度と再犯したくないという危機感をもってプログラムを受講し続けている人であっても、「加害者記憶を放棄していることが多い」と斉藤さんは指摘する。
「加害行為をして傷つけた人は誰かと聞くと、最初に出てくるのが家族、そして次に職場の上司。最後にようやく被害者が出てきます。さほどたいしたことをしていないのに家族や職場に迷惑をかけてしまって申し訳ない、という認識なんです」
「もし、あなたのパートナーや娘が同じような性被害を受けたらどう感じますかと聞くと、少し時間をおいて『殺しに行くと思いますね』と言います。ではあなたは殺されてもおかしくないことをやったんですね、と言うと、ようやくハッとする加害者がいます」
「痴漢を繰り返していた人に、痴漢行為をやめることで失ったものは何かと聞くと『生きがい』だと言うのです」
「触ってやっているんだ」
想像力が欠如していて被害者の気持ちを考えられないのだろうか? いや、そういうわけではない、と斉藤さん。
「彼らの想像力はある意味豊かです。加害行為をする前にはシミュレーションし、どうやれば成功するかを具体的にイメージしますし、加害行為の記憶をたどってマスターベーションを繰り返します。被害者のことを想像できないのではなく、自ら想像することにストップをかけて記憶を都合よく上書きするのです」
性犯罪のなかでも痴漢に焦点をあてた著書『男が痴漢になる理由』では、何度も逮捕され、服役し、仕事や家族を失ってさえも、痴漢をやめられない人たちの実態を詳しく書いている。
被害者に責任転嫁する加害者、自己責任論を押し付ける加害者、身勝手な理由を並べる加害者は、驚くほど多い。
- 露出の多い服を着ていたから
- こちらをチラチラ見ていたから
- 最初はイヤがっていても、そのうち気持ちよくなるはず
- 女性専用車両に乗っていなかったから
- 仕事を1週間がんばったから
- まだ目標人数に達していないから
- 気づいたら「スイッチ」が入っていたから
斉藤さんは、このように加害者が現実を歪ませて捉えることを「認知の歪み」と呼んでいる。「触られることを嫌がっていない」→「触り続けても構わない」→「触ってやっているんだ」と都合よく解釈して正当化し、加害行為をしたという罪悪感や葛藤と向き合おうとしない。犯罪である痴漢行為を繰り返す状況に適応するような思考は、その動機とも深く関係しているという。
![『男が痴漢になる理由』](https://img.buzzfeed.com/buzzfeed-static/static/2017-12/4/8/asset/buzzfeed-prod-fastlane-01/sub-buzz-22402-1512395036-7.jpg)
『男が痴漢になる理由』
1日3回「助けて」と言う
2013年に約200人の痴漢加害者に聞き取り調査をしたところ、痴漢行為をしているときにペニスが勃起していないという人が過半数いた。痴漢行為のあとに駅のトイレなどでマスターベーションをする加害者はごく少数だ。性的欲求を満たすだけなく、優越志向やストレス解消、不安や孤独感からの逃避など、別の動機があることもわかってきている。
「性暴力のトリガー(引き金)には、自暴自棄もあります。仕事で失敗したり、プライベートで大きな喪失体験があったり。そのときのコーピング(ストレス対処法)として、自分よりも弱い存在をいじめ、支配し、抑圧や排除をすることで優越感や達成感を得て、自分自身を取り戻す。コーピングは性暴力として表れなければ、自死を選択する場合もあります」
「おそらく、弱さを認めると自分が崩壊してしまうのではないかという恐怖もまた、彼らの中にはあるのです。弱さをさらけ出した途端、自分が下に見られて、ちっぽけな存在、男らしくない存在になってしまうという恐怖がある。他者に依存するのは弱い人間がやることだという根強い価値観が、男性社会では共有されていますから」
斉藤さんは新人のころ、指導担当者から「あなたは周りに助けを求めることが下手だから、1日に3回必ず『助けて』と言いなさい」と指示された。指示通りに「助けて」を繰り返すうちに、助けを求めることや他者に依存しても構わないという考え方が、一種のスキルとして身についたという。
自分の弱さをオープンにすることが相手の力になったり、自分自身が楽になったりするといった体験が乏しければ、助けを求めようとすら思わないのも無理はない。これは、男性が性的被害やDV被害に遭った場合にも言えるのかもしれない。
性的被害に遭ったことがあるという複数の男性に聞くと、「誰にも言わない」あるいは「男同士で飲み屋のネタにする」のだと言う。「自分はたいしたことだとは思っていない」と笑って済ませて楽になるということもあるのだろう。
一方で、Twitterのハッシュタグ「#MeToo」で性暴力被害の体験を告発している女性たちに対して、「女性だけが被害に遭っているわけではない」「男が加害者、女が被害者という単純な構図ではない」といった問題提起が、男性から届くことがある。自ら声をあげたり助けを求めたりはしないが、別のSOSの形なのかもしれない。
「実は私はこういうことが怖いんだ、こういうことが不安なんだ、と言えるようになることは、誰にとっても楽になることのはずです。自暴自棄になったときに暴力にも自殺にも向かわない人は、ちゃんと周りに『助けて』とSOSを出せているのです」(斉藤さん)
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どのように回復や更生に向かうのか
加害者の話に戻る。
性犯罪や性依存症の治療では、再発防止プログラムと薬物療法を合わせると、問題行動を止めることはある程度はできるという。自己分析をし、犯行パターンを洗い出して悪循環のサイクルを知る。各リスク段階で対処行動をとる。つまり「トリガー」を明確にし、適切なタイミングで問題行動を防ぐのだ。
加害者本人の内面を変えることはひとまず置いておいて、まずは問題行動を止め、被害者を出さないスキルを学ぶこと。これは加害者臨床における「変化のステージモデル」の第1段階だという。
第2段階では、身勝手で都合よく現実を解釈する「認知の歪み」を修正する。問題行動を反復・継続しないようにするためだ。
第3段階でようやく、性差別や支配欲といった加害者本人の価値観の歪みにアプローチする。ここまでくるのに3〜5年かかるが、そもそもこの段階までプログラムを続けることができる人は少ない。
性犯罪被害に関する記事や情報に自分からアクセスしたり、被害者の気持ちを理解しようと努力したり。加害行為を何度も振り返り、相手を尊重しようとする言動が次第に現れてくるが、それも「3歩進んで2歩下がるの繰り返し」だと斉藤さんは言う。
長く参加している人に、なぜ参加し続けるのかと聞くと「事件のことを忘れないため」と答えるという。
「性犯罪の加害者には時効があるのに、被害者には時効がありません。被害者はずっと苦しみ続けます。加害者臨床にはここで終わりということはなく、変化し続けることを求めます」
斉藤さんは「被害の記憶はずっとなくならない。加害者臨床のゴールもない」と言い切った。
BuzzFeed Japanはこれまでも、性暴力に関する国内外の記事を多く発信してきました。Twitterのハッシュタグで「#metoo(私も)」と名乗りをあげる当事者の動きに賛同します。性暴力に関する記事を「#metoo」のバッジをつけて発信し、必要な情報を提供し、ともに考え、つながりをサポートします。
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