農家で育つとアレルギーにならない:清潔を求めた現代人が失ったもの

農家で育つ子供(写真:アフロ)

hygene hypothesis (衛生仮説)

我が国を始めとして多くの先進国では、戦後、「アトピー」や「喘息」などのアレルギー性疾患が急激に増加し問題になっている。この現象についての一つの説が「hygene hypothesis(衛生仮説)」で、現代人が清潔を求めるあまり、子供時代に細菌や寄生虫に晒らされなくなったからだという考えだ。多くの方は「え!不潔な場所で育つ方がいいの?」と意外に思われるかもしれないが、支持する研究者は多い。例えば文明から取り残されたような原住民の腸内細菌叢(腸内に住み着いているバクテリア)と比べると、都会の住人では多様性が大きく低下している。これは、現代人が経験する細菌の種類が減っていることを示している。

不潔な環境の健康への効果を評価する

とはいえ、この仮説を確かめるために子供をわざわざ不潔な環境で育てようとする親はいない。従って、この仮説を無理なく確かめるためには、ちょっとしたアイデアが必要になる。例えば今年の7月に紹介した「指しゃぶりはアトピーを防ぐ」ことを報告したニュージーランドの研究は、不潔な習慣と思える指しゃぶりとアトピーの発症率を調べ、不潔な習慣がアトピーを防ぐことを示した。

農家暮らしの効果

今日、紹介するオーストラリアを中心にした国際共同論文は、農村の暮らしがアレルギーを防ぐ効果があるのではないかと考え調べた研究で、胸部疾患の臨床誌「Thorax」のオンライン版に掲載された。この研究が計画された背景には、都会で暮らすより農家で暮らすほうが「衛生的でない」という考えがある。農家の方が知ったら黙ってはいないと思うが、ここはお許しいただいて先に進もう。論文のタイトルは、「The effects of growing up on a farm on adult lung function and allergic phenotypes : an international population-based study(田舎で育つことの成人の肺機能とアレルギー形質に及ぼす影響:集団調査研究)」だ。

この研究はヨーロッパとオーストラリアの22カ国からリクルートされた成人が、5歳まで育った環境についてアンケート調査を行い、1)農家、2)小さな町及び郊外、3)都会のそれぞれの環境で育つことが、成人になってからのアレルギー疾患発症に及ぼす影響を調べている。

農家で成長するとアレルギーになりにくい

研究ではそれぞれの環境で育った人たちの喘息の罹患率、肺機能検査、メタコリン(気道過敏性検査薬)による喘息誘発試験、アレルゲン(抗原)に対する皮膚反応検査などを行い、農家での成長が成人になってからの喘息やアレルギーを防ぐかを調べている。

結果は期待通りで、都会、郊外、農家で成長した集団を比べると、気管支過敏性:18%、16%、12%、アトピー性質:38%、31%、18%、喘息:6.1%、5.5%、4.4%、鼻アレルギー:36%、32%、25%と、農家での成長はアレルギーを防ぐことがはっきりと示された。一方、肺機能検査で見ると3者に大きな差はなく、アレルギーはあっても肺を障害するまでには至っていない。

最後に、アレルギー全体のリスクを国別にしらべているが、農家で成長するとアレルギーが防げるこの傾向はどの国にでも共通に見られる。

なぜ農家での成長がアレルギーを防ぐのか原因究明が必要

以上の結果から、農家で育つことは間違いなくアレルギーを防止すると結論できる。

しかし、なぜそうなのかを説明するのは難しい。例えば新生児期に皮膚のバリアーが壊れると、アレルゲン(抗原)が侵入してアトピーになりやすいことも知られている。この結果は、アレルゲン(抗原)に晒されないようにした方がアレルギーにならないことを示唆している。

多くの研究者は皮膚からではなく、消化管を通して多くのアレルゲン(抗原)を経験することが、アトピーを防ぐ鍵になるのではと考えているが、さらに研究が必要だ。

いずれにせよ私たちはこの研究から、清潔を求めることだけが「衛生」ではないことを知る必要がある。一方、医学は、現象論だけでなく、新しい「衛生」的生活とはなにかについて、できるだけ早く示す義務がある。期待して待っている。