川底をちょろちょろと動くザリガニ。その動きに気づいた魚のコクチバスが、しめしめこれは楽にご馳走にありつけるぞ、と潜っていった。
すると奇妙なことが起こった。バスが餌を突いたら、まるで漫画で誰かが姿を消すときのように、相手がいきなり白い煙になったのだ。煙にびっくりしてバスはその場を去った。まさかその瞬間、無数のイシガイの幼生に寄生されたとも知らずに。(参考記事:「不思議でふしぎな寄生生物“勝手にベスト5”」)
バスがザリガニだと思ったものは、実は米国の河川に生息するイシガイの仲間Villosa irisが仕掛けたわなだ。自分の身のひだを疑似餌としてひらひらとさせて、まさに魚を「釣る」のである。
「擬態の技は、まさに信じられないほど見事です」と、米ニューヨークにある生態系のNPO研究機関「the Cary Institute of Ecosystem Studies」の淡水生態学者デビッド・ストレイヤー氏は言う。「外見だけではなくて、動きまでザリガニそっくりなんです」
しかしイシガイは、「グロキジウム」と呼ばれる幼生を世に送り出すために、どうしてここまで大げさなことをするのだろうか。
魚の体の中で幼生が変態
グロキジウム幼生が単体でいる場合、生息期間はわずか数時間、長くてもせいぜい2日に過ぎない、と米ミズーリ州立大学の軟体動物学者M・クリストファー・バーンハート氏は説明する。
「とても小さな体をしていますし、自分で餌を見つけられない上に、泳ぐこともできません。ですから、メスが手をかけたほうが、幼生が生き延びる確率が上がります」
こういう事情で、イシガイは我が子を何も知らない宿主に押しつけるのだ。(参考記事:「新種の寄生バチを発見、宿主を操り頭を食い破る」)
母さんイシガイが全ての幼生を魚に向かって噴出すると、極小の赤ん坊たちは魚のエラやヒレ、皮膚にぎゅっとしがみつく。それから赤ん坊たちは魚の体に身を潜め、宿主からごく微量の糖やその他の液体状の栄養を吸い上げる。
魚にヒッチハイクしている間に、幼生のまま多少なりとも成長するものも中にはいるが、多くの幼生は稚貝へと姿を変える(変態する)。幼生にとって宿主はその間の隠れ家だ。(参考記事:「ノミがハサミムシにヒッチハイク、奇妙な理由」)
個体によって異なるものの、数週間から数カ月経つと、小さなイシガイは魚の体から跳び出して、川底にすみつく。そして通常、宿主である魚にはさほど悪い影響はない。(参考記事:「アリを「ゾンビ化」する寄生菌、脳の外から行動支配」)
「下流にしかイシガイが見つからない、という事態にならないのは、こういうわけなんです」と、米アラバマ大学の生態学者カーラ・アトキンソン氏は説明する。「この方法でイシガイは、あちこちに分散します」