羽生善治 永世七冠

将棋の羽生善治棋聖(47)が5日、第30期竜王戦七番勝負で渡辺明竜王(33)を破り、シリーズ4勝1敗でタイトルを奪取した。これで通算7期となり「永世竜王」の資格を得るとともに、すでに保持する六つの永世称号と合わせ、史上初の「永世七冠」を達成した。

永世称号は、同じタイトルを一定数獲得すると得られる。羽生棋聖は、永世称号の制度がある将棋界の7タイトルすべてを制覇したことになる。

竜王を奪取した羽生善治棋聖

羽生棋聖は1989年、初タイトルの竜王を獲得。その後も次々とタイトル戦で勝利を積み重ね、96年には前人未到の七冠同時制覇を果たした。永世称号では、95年の「永世棋王」を皮切りに、「永世棋聖」「名誉王座」「永世王位」「永世王将」と獲得し、2008年には永世名人(十九世名人)も得た。

残る永世竜王獲得まであと1期と迫っていた羽生棋聖は08年、渡辺竜王に挑戦するものの敗退。10年にも挑戦に失敗し、7年ぶり3度目となる今回の挑戦でものにした。

永世資格 獲得条件

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永世七冠までの軌跡

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永世称号を持つ棋士

将棋界のタイトル戦では、連続または通算して規定の数を獲得すると永世称号の資格が得られる(叡王戦は永世称号の規定なし)。厳しい基準を満たして名乗ることを許された有資格者は、これまで10人(終了棋戦を含む)だけ。最低でも通算5期、最大で通算10期獲得しなければならないため、有資格者たちはいずれも時代を代表する棋士と言える。

羽生は竜王を除く六つの永世称号の資格を持った時点で、大山、中原を抜いて史上最多の記録を樹立していた。ほかに現役の棋士で複数の永世称号を持つのは、二冠の渡辺。次に「永世七冠」を成し遂げるのは誰だろうか。

永世竜王 永世名人 永世王位 名誉王座 永世棋王 永世王将 永世棋聖
木村義雄(故人)
塚田正夫(故人)
大山康晴(故人)
中原 誠
米長邦雄(故人)
谷川浩司
羽生善治
佐藤康光
森内俊之
渡辺 明
永世竜王 永世名人 永世王位 名誉王座 永世棋王 永世王将 永世棋聖

※「九段戦」「十段戦」は竜王戦の前身。塚田は永世九段、大山・中原は永世十段

通算99期、進化続ける天才

プロデビュー戦に挑む羽生善治四段。相手は宮田利男六段。羽生四段の後ろにいるのが谷川浩司・現九段(日本将棋連盟提供)

10代で竜王、新時代の到来

羽生がプロデビューしたのは1985年、中学3年生の時。昨年に中学生プロとなった藤井聡太四段(15)が連勝記録を塗り替えて騒がれたが、当時、羽生はそれほど注目された存在ではなかった。

初めて脚光を浴びたのは、NHK杯戦で歴代名人を破って優勝した18歳の時。加藤一二三九段(77)との対局では、終盤に絶妙手を放ち、解説の故米長邦雄永世棋聖を感嘆させた。

「羽生マジック」と呼ばれる終盤の強さに加え、深い序盤研究で隙のない強さを発揮し、19歳で竜王を獲得すると、次々にタイトルを取っていった。当時としては先進的なパソコンでの棋譜(対局手順の記録)管理を採り入れ、「人生の経験と将棋には関係がない」と言い切り、その合理的な考え方は新時代の到来を感じさせた。

七冠、棋界超えたニュースに

羽生が初めて複数のタイトルを取ったのは1992年。初タイトルの竜王は谷川浩司九段(55)に敗れ1期で失冠をしたが、すぐに巻き返した。南芳一九段(54)から奪取した棋王に加え、福崎文吾九段(57)から王座を奪い、谷川九段からは竜王を取り返して三冠となった。

当時、中原誠十六世名人や故米長邦雄永世棋聖といった実績ある棋士に代わって台頭してきた、谷川九段をはじめとする一世代上の棋士たちから次々とタイトルを奪った。95年には「永世棋王」「永世棋聖」の資格を獲得した。

そして96年、前人未到の七冠同時制覇を達成する。当時25歳。前年に六冠をひっさげて谷川王将(当時)に挑戦したが、激闘の末、敗れていた。1年間、他のすべてのタイトルを防衛し、再度王将戦の挑戦権を得て戦った七番勝負で谷川九段を圧倒し、将棋界を超えたニュースとなった。

将棋の王将戦の第4局で谷川浩司王将(左)を破って7冠を達成、対局をふり返る羽生善治名人

同世代ライバルと激しい攻防

羽生の本当のすごみは「七冠達成以降にある」というのは、プロデビュー時から羽生をよく知る島朗九段(54)。不調の時期があってもすぐに立ち直り、着実にタイトル数を積み上げる。王座戦19連覇(「名誉王座」獲得)、棋王戦12連覇、王位戦9連覇(「永世王位」獲得)と、タイトル防衛がたいしたことのないような錯覚を与えるほど、90年代から2000年代にかけては安定した強さを発揮した。

この間、戦ったのは谷川九段や羽生と同世代のライバルたち。佐藤康光九段(48)、藤井猛九段(47)、丸山忠久九段(47)、郷田真隆九段(46)らと激しい攻防を繰り広げた。中でも森内俊之九段(47)には苦しめられた。04年に立て続けにタイトルを奪われ、王座のみの一冠に後退。2人は名人戦では9回戦い、羽生の4勝5敗。羽生は08年に永世名人(十九世名人)の資格を満たしたが、森内はその前年に十八世名人を手にしており、羽生が永世称号獲得で同年代に先を越されたのは初めてだった。

上段左から森内俊之九段、郷田真隆九段、佐藤康光九段、下段左から丸山忠久九段、藤井猛九段、谷川浩司九段。肩書は2017年12月

新世代台頭、大台達成なるか

七つの永世称号のうち、六つまでを取った羽生だが、残る「永世竜王」獲得には苦労した。立ちはだかったのが14歳年下の渡辺明竜王(33)だ。渡辺は15歳でプロ入りを決めた元「中学生棋士」。2005年に20歳で当時三冠だった森内九段を破り、初タイトルの竜王を獲得した。

竜王を通算6期獲得し、永世竜王まであと1期と迫っていた羽生は08年、竜王戦の挑戦者になり、4連覇中の渡辺竜王(当時)に挑んだ。渡辺もあと1期で永世竜王になるという七番勝負。羽生は開幕から3連勝で、永世七冠まであと1勝とした。しかしそこから渡辺に4連敗を喫し、大逆転負け。10年にも渡辺に挑戦したが2勝4敗で敗れている。一方の渡辺は12年まで9連覇を達成した。

2008年の竜王戦7番勝負で羽生(左)は渡辺に敗れた。

羽生は16年の名人戦で、17歳年下の佐藤天彦名人(29)に敗北を喫す。今年は菅井竜也王位(25)、中村太地王座(29)にタイトルを奪われた。

将棋界では、どんな棋士でもタイトル戦への登場が減ってくる45歳が一つの分岐点とされる。ただ大山十五世名人は59歳でもタイトルを取り、69歳で亡くなるまでA級に在位した。

羽生は今回の竜王奪取によって、通算のタイトル獲得数が史上最多の99期に達した。今後、若手世代台頭の流れに抗して巻き返し、大台を達成できるかに注目が集まる。(村上 耕司)

タイトル総獲得数

“プロになって約30年、
がむしゃらにやってきました”

プロ同士が対戦しているのだから、基本的に大きな力の差はない、微差でぎりぎりのところで対戦している……。常にそういう気持ちでいるということが一番大切なような気がします。長いこと棋士をして年齢が上がっていくと、考え方が古くなったりすることがある。ずっと変わらないと絶対に停滞する。だから、常にちょっとずつ何かに挑戦する。(2010年1月3日 囲碁の井山裕太名人との対談から)

橋本弦撮影
1995年 3月10日
永世棋王
1995年 7月8日
永世棋聖
1996年 9月25日
名誉王座
1997年 8月29日
永世王位
2007年 3月20日
永世王将
2008年 6月17日
永世名人
2017年 12月5日
永世竜王

2017年12月5日 公開

撮影:
堀英治
企画:
小山 茂樹
制作・デザイン:
朝日新聞メディアプロダクション
寺島 隆介、佐久間 盛大