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サイド・アフター
本日、『用務員さんは勇者じゃありませんので』七巻が発売致しました。
これも皆さんが応援してくださったお陰です<(_ _)>
本当にありがとうございます<(_ _)>
それを記念して、というわけではありませんが一本更新させていただきました。
いつもアフターは次章の終わりですが、今回は章構成の関係上、こういう形となりました。
お読みいただければ幸いです<(_ _)>
構成としましては、
・南の迂回路へ行った勇者たち
・ラファルことゴウダの真意
・大星たちは今
となっております。(およそ一万三千字)
バーイェグ族と別れ、南の迂回路へと進んだ勇者の船はウバールで数泊したのち、黒竜の断崖へと差し掛かった。
「――黒竜に気づかれないように進みたいところだが、そう上手くはいかないだろう。その場合、まずオサムが『交渉』する。もしそれが駄目だった場合は、強行突破だ」
「オサムは失敗しても気にしないでください。相手は黒竜、高位魔獣一歩手前の難敵です。失敗してもなんらおかしくはありません」
徐々に近づく赤い断崖を前にハヤト、そしてトールが魔獣使いのオサム・オーコーチに声をかけた。
オサムはかたわらの六翼の白い飛竜、白桜の首元を撫でながら、緊張した面持ちで頷いた。
魔獣使いの加護は、無条件に魔獣を従えるというものではない。
基本的には、魔獣と意思を交わして力を貸してもらう『交渉』と、魔獣を強制的に従える『使役』という二つの方法がある。交渉はどんな魔獣に行うことができるが、知能の低い魔獣とはそもそも交渉が成立しにくく、強力な魔獣であるほどその条件も難しくなる。『使役』は弱い魔獣ほど長く従えることができ、強力な魔獣ほどその強制力は短くなる。黒竜ほどの魔獣が相手となれば一秒か二秒ほどしか従えられない。
オサムが緑鬣飛竜の変異種である白桜を卵の段階から得たのも、幼竜の頃であれば『交渉』のハードルが低くなる。しかも育てることによって親密度が増せば、条件はより低くなり、さらには魔獣使いの加護によって、通常の魔獣よりも強くなるというメリットがあった。
しかし、飛竜よりも強い魔獣、しかもその幼獣や卵となると手に入れるのは難しく、育てるのも容易ではない。それゆえに、オサムは白桜よりも強い魔獣を手に入れることがまだ出来ていなかった。
「……いえ、バレました。数頭の黒竜らしき存在が一定距離を保ってこちらを監視しているようです」
『不安定な地図と索敵』を自由に扱えるようになったアカリが警告すると、勇者たちの顔に緊張が走る。
そうして黒竜の視線をどこから感じながらも勇者の船はどんどんと先へ進み、切り立った崖が左右にそびえ立つ場所へと差し掛かった。
「……でかい」
誰かが息を呑んだ。
行く手を阻むように、一頭の大きな黒竜がホバリングし、こちらを睨みつけていた。
オサムが船の舳先に立ち、その目を見返すように『交渉』を始める。
が、オサムはすぐに一歩後退る。
黒竜の口の端には、紅蓮の焔が漏れ出していた。
「――行くぞっ」
交渉にすらならなかったと判断したハヤトが飛びだすと、カエデとエリカもそれを追う。
ハヤトは風に乗って、カエデは『弁慶』で生み出した無数の武器をまるで空中階段のように用いて、エリカは朱雷のブーツで速度任せに滑空する。
一瞬怯んだオサムもほんの数秒を稼ぐために、目の前の黒竜に『使役』をかけた。
黒竜の目が一瞬だけ瞑られ、口に溜めていた焔も消える。だが――。
――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
黒竜の目が見開かれ、その真っ赤な瞳がオサムを射貫く。
かろうじて後ずさりするだけで黒竜を見返したオサムだが、できたのはそれだけ。
交渉はやはり断ち切られ、黒竜の顎に再び炎、いや雷炎が溜め込まれる。
まるで黒竜と己しか存在しないかのような錯覚に陥っていたオサムは、結界のことなど忘れて絶望しかけたが、黒竜とオサムの視線を断ち切るように、六翼の白飛竜、白桜が割って入った。
そして既に口腔に溜め込んでいた風塊を放射する。
「やめっ――」
吐き出さされた風塊は巨大であった。
だが、勝てない。
それを直感したオサムであったが、現実は違っていた。
黒竜の遥か上から、まるで隕石のような大岩が黒竜の顔を直撃する。
ハヤトが放った一撃は黒竜の顎に溜め込まれていた雷炎を散らす。
そこへ、白桜の巨大な風塊が飛来し、黒竜を吹き飛ばした。
赤茶けた断崖に叩きつけられた黒竜であるが、さしてダメージを負った様子を見せず、しかし烈火のごとき怒りを見せる。
――ルガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
黒竜は喉奥から怨嗟まみれの咆哮を放つ。
すると、それを合図に黒竜が一斉に姿を見せた。
「団体さんのご到着ってか。ったく、でかいトカゲごときが喚くなよ」
「飛ぶやつは面倒だ。叩き落としてくれ」
カズマ・ウツギが『飛行鎧』を発動させながら悪態をつき、その相棒であるダイ・モロズミも同じように『重装鎧』を纏いながら、呟いた。
「はっ、その太いだけが取り柄の大砲じゃあ役に立たねえか。おまえのアレと一緒だな」
「手数だけが頼りの豆鉄砲よりマシだ。……あ、すまん。おまえのアレのことを言ったわけじゃない。憐れすぎて言う気にもならないからな」
「使いもんになるだけマシだろ」
「相手を選ぶんだよ。おまえみたいに手当たり次第おっ立てるような安いもんじゃないんだ」
二人は口げんかしながらも、黒竜へ向って飛び立った。
まるで戦闘機のように空をかけて敵を追い詰める飛行鎧のカズマ。
鉄壁の鎧と一撃必殺の大砲でもって敵を屠る重装鎧のダイ。
性格や品性はともかくとして、いくつもの遺跡を踏破した二人の力は、召喚者の中でも指折りであった。
「こちらは焦らず、的確に支援をしましょう」
残った支援系と魔法系の者たちはトールの指揮の元にそれぞれが力を発揮する。
『治癒の千手』と『魔力譲渡』が高速戦闘を行う前衛たちに遅れることなく支援し、アリスを筆頭にした魔法士部隊が黒竜を近づけまいと精霊魔法を放つ。
「――ぅてぇっ!」
野太い大声を合図に、帆船創造の力で具現化されていた大砲が砲弾を発射する。威力こそ重装鎧にも劣るが、船体の左右に並んだ砲列の斉射は黒竜を寄せ付けない。
傀儡創造で帆船を補強し、自走させているレンは帆船を最大加速させ、この黒竜の縄張りを抜けようとしていた。
恐ろしい。いち早くここを抜けたい。
そんな怯えが、しかし加護に力を与えていた。
だが勇者たちが総力を持ってしても、黒竜は硬く、しぶとく、その連携は強固であった。
太陽が中天に上った頃から戦い初め、太陽が完全に没した頃、ようやく勇者たちは黒竜の断崖を抜けた。
――ぐるるっ
「……危険性がないならいいですが」
トールは呆れたような、諦めたような口調でそう言った。
「それは問題ない。それに黒竜の襲撃ももうないだろう。こいつは黒竜たちの主らしいからな」
なぜかあのひときわ大きな黒竜がハヤトに懐いてしまった。ちなみに、雌である。
そんな黒竜にエリカがおっかなびっくり近づいてみたり、すでにクーなどは黒竜の頭上に座って足をぷらぷらさせていた。
「……しかし、今の戦闘の間に、先を越されたでしょうね」
北の迂回路を回ったはずのアルバウムの横断部隊がこの機会を逃すはずがない。
トールのそんな心配を余所に、ハヤトがニヤリと笑う。
「――ほっとけ。この砂漠を出入り出来る程度の土地が確保できればいい。黒竜がこっちについた今、迂回路を通る必要もないしな」
「……どういうことですか」
ハヤトの言葉の真意がわからないトール。
これから東端へ向い、そこで土地を確保して、国を作るのが計画である。
「――ここからさらに東、東端も海も越えて東へ行く。そこが目的地だ」
何を言っているのか。
確かにミド大陸の諸国、特にアルバウム王国を筆頭とする北部三国、その裏で蠢く勢力が目指すのは東端のさらに東であるとされている。
だが今はどの国も、そんなあるかないかわからない最東の地よりも、東端を得ようと鎬を削っている。
トールたちもそれをどうにか出し抜いて、『建国』しようとしているのではないか。
「――ベアトリクス」
ハヤトが告げると、ハヤトの影から銀髪の長い髪を持つ女、ベアトリクスが姿を見せた。
ハヤトのパーティメンバーとなっていたベアトリクス。トールが調べてなお、その正体はわからなかった。
「ベアトリクスは吸血種。サウラン大陸のさらに東にある大陸の出身だ。どうもあっちの遺跡の罠にかかって、アンクワールの遺跡の最奥まで飛ばされたらしい」
「それは言わないで。でも、嘘は言わないわ。この件に関しては古の盟約に従い、真実だと誓います。恩人をハメるようなことはしないし、私も家に帰りたいのよ」
「……色々と言いたいことはありますが、それを鵜呑みにしたのですか?」
「まさか。ただ、色々と調べた結果、ある、と信じた。アルバウムもだから東へ行こうとしていたんだろ?」
確かに、嘘をつく意味はない。
「……古の盟約とは?」
「一万年前。私たちの祖先は貴方たちの言うところの、ミド大陸に住んでいたと私たちには伝わっています。しかし、大規模な戦争が起こり、私たちは追い詰められた。そこに現れたのが、ジロウ様だった。ジロウ様はご先祖様と共に戦い、ミド大陸の勢力を追い詰めたが、神々の介入により敗北。ミド大陸からサウランへと逃れました」
ベアトリクスはさもそれが事実であったかのように、語っていく。
「ジロウ様はさらに東を目指し、離反や脱落に心を痛めながら、この東端へ辿り着き、そしてここからさらに東へと我らを導きました。ジロウ様が死すとき、ご先祖様たちは一つの盟約を交わしました。同じ境遇の者がこの世界に迷い込んだとき、助けてやって欲しい、と」
「それが、盟約ですか。ジロウ……普通に考えれば次郎で、日本人、いや日系人でしょうか。しかし、そんなに都合の良いことが起こるとは。……ん?」
トールは何かに気づいたように、そして黙り込む。
そしてしばらくして、ようやく口を開いた。
「……なるほど。それが事実かどうかはさておくとして、歴史は繋がりますね。
ジロウとは、つまり勇者ミドと戦った『魔王』。魔王は勇者ミドとの戦いに敗れ、そのままケイグバードに逃れた。そこから離反した者がアスハム教を起こした。アスハムとは古いサウランの言葉で『貴き黒の導き』を意味しますからね。そして、バーイェグ族やこの地の部族が一定の敬意を示している古の王、黒賢王もまた魔王でしょう。よって、かつて一万年前に『召喚された』のは勇者ミドではなく、魔王であり、それは名前から日本人と推測される、と。その魔王が、いえジロウさんがいつかこの世界に召喚された者のために、ベアトリクスさんのご先祖さまと約束したということですか」
できすぎだろうと思う反面、すでに起こってしまっている歴史を神のごとく俯瞰して見ているのだから、それも当然なのかもしれない。
「……なぜ、黙っていたのですか」
「敵を騙すには、まずは味方からっていうだろ。実際、どこに誰の目があるかわからなかった」
ハヤトは懐から一枚のカードを取り出して、トールに放り投げた。
「……これは『行商人互助会』の紋章。いえ、違いますね」
一般人もよく知るのは行商人互助会の紋章は『右向きの魔獣車に乗った御者』だが、このカードは左向きであった。
通称、『互助会』。
トールがかつて対峙したレシハームの怪物、ギディオンもそのメンバーの一人だと言われている。ミド大陸を裏から牛耳る組織という噂だが、その全貌ははっきりしない。
確かに、『互助会』が相手ならば一部の隙も見せられない。
かつてトールがギディオンに一矢報いたのとて、現代知識を用いた後出しジャンケンが可能だったからであって、その組織力や情報力に正面から勝ったわけではなかった。
「……皆へ話すのは東端についてからにしましょう。ただ、東端についたら、すこし時間をください」
かすかな怒気を滲ませたトールはそれだけ言うと、帆船の内部へと降りていった。
そして勇者たちは東端へ到達する。
案の定、アルバウムの横断部隊に先を越されていたが、北の迂回路を回ったために、南までは到達していないようで、広大な土地が手つかずで残っていた。
原住民もいない。これなら建国も出来る、と勇者たちは安堵した。
だが、その夜。
手つかずの広大な平野に、ハヤトとトールの姿があった。
「……みんな、文字どおり人生を賭けて建国に賛同し、そしてここまできた。一歩間違えれば、誰かの首すら飛ぶ可能性だってあった。いや、今もアルバウムで僕たちを信じて待つアキカワ先生やタジマ先生、アオイさんやイサナさんは断頭台の下にいると言っても過言ではない」
「……すまない。相談すべきだった」
「謝らないでください。君は自信を持って、そうしたのでしょう? ここまで揺らがないで来たのなら、最後まで揺らがないでください。揺らがないままに、僕たちを信じさせて欲しい。――独断専行を自負するその力を、僕に、僕たちに示してくれ」
ここからそう遠くない場所でマモルが結界を張り、他の勇者たちがハヤトとトールを見つめていた。
トールの目的はいくつかあったが、何よりも、トール自身、ハヤトが担ぐに足る神輿なのかどうかを、見極めたかった。
トールはいつも持っている長杖を構え、ハヤトを見据えた。
「――その力を、示してくれ」
「……わかった」
ハヤトは背に差した二本の長剣を抜こうともせず、まるで剣を持っているかのように構えた。
トールが眉を顰めるのも無視し、おもむろに振るった。
一閃。
赤い残光だけが、宵闇に尾を引く。
ハヤトが何かを振るった直後、その手には赤く輝く剣があった。
だが二人の立ち位置は長剣の間合いではない。
にも関わらず、赤く輝く剣身はトールへと届いていた。
『聖剣』の力である伸縮自在の光剣と、『精霊の加護』で用いた火精魔法を融合させた魔法剣。光剣はアンデッドにしか効果はないが、そこに火精魔法を加えることで『光炎剣』として、殺傷能力を持たせたものであった。
「――手加減のつもりならば、片腹痛いというしかありませんね」
トールは冷ややかな怒気を、ハヤトに向けた。
勇者に加護は通じない。それは火精魔法を纏った聖剣とて同じことで、光炎剣はトールを焼き切ることなく、通り過ぎるはずであった。
だが、トールはそれを受け止めていた。
受け止めたのはトールの杖、いや杖から抜き放たれた青白い刀であった。
「仕込み杖か……」
ハヤトが怪訝な顔をする。
刀というものは存外脆い。日本で作られた名刀とてしょせんは鉄で、人を斬るために生まれた剣であることにはかわりはない。人にはないしなやかな毛、硬い鱗、人よりも強靱な筋肉や骨を持つ魔獣を相手にすることは想定していなかった。
それこそ歴史に名を連ねるレベルの達人が名刀を振るうならばある程度は通用したかもしれないが、召喚者の中にはそんな達人はいなかったし、名刀も存在しなかった。
魔法金属でそれを克服しようとした者も召喚者の中にはいたが、いかに天性の鍛冶師であるドワーフに依頼したとて、日本人が千年以上もかけて生み出した刀を再現するには至らなかった。召喚者の知識とドワーフの技術により鉄で名刀に近い物を作るところまではできたが、それをもっと強度のある魔法金属で作るには至らなかったのである。
「これは刀なんていえない代物です。まあ、魔法刀、いえ障壁刀とでも言うのでしょうが、これを刀というのは少し抵抗がありますね。こうなってしまえば、刀の形状である必要などありませんからね」
加護の攻撃を貫き、防ぐことが出来るのは、物理障壁と魔法障壁を重ねたものだけ。
防御手段はあっても攻撃手段がないとされていたが、トールは『演算』の加護を持つユキコの協力のもとで二つの『障壁』を重ね、それを剣とする魔法式を開発し、魔法具にまで作りあげていた。
だからこそ、加護である光炎剣を受け止めることが出来たのである。
「君にとって僕らは守るべき存在らしいですが、その程度の力ならば自惚れという他ありませんね」
トールはあからさまに落胆して見せ、そして続けた。
「――加護の中には、いくつか例外とでもいうべきものがあります。飛行鎧といった武装系、朱雷のブーツといった属性系、帆船創造といった創造系、劣化模倣や演算の特殊形。どんな加護であろうと、およそ神の加護である限りは逃れられないルールというものがありますが、例外もまた存在します」
「……」
ハヤトもそれに気づいていた。自らが、暴走したときに。
「勇者に加護は通じない。そう言われていますが精霊の最愛、精霊召喚、魔獣使いは違います。おそらくは直接相手に作用するものではなく、精霊や魔獣といったものを間に挟むせいでしょうが、その意味がわかりますか?」
トールは無言で、精霊魔法を放った。
ハヤトは咄嗟に勘に任せて飛び退くが、立っていた場所に深々と亀裂が走るのを見てしまった。
「――僕は空精と呼んでいます」
「……空間の、精霊か?」
ご名答とばかりに、トールは頷いた。
トールは『精霊召喚』の加護で、火精や水精を召喚するのと同じように、空間の精霊を召喚していた。もともと知覚できていたわけではないが、すべての精霊が判明しているわけではないのではないかという思いつきを実行すると、たまたま召喚できたというわけであった。
「おそらく今のところは僕にしか扱えない精霊でしょう。そもそも存在すら確認されていませんし、どうやって見つければいいかもわかりません。他にも星精や磁精なんてものいます。もっとも一つしか召喚できませんから初級魔法しかありませんが、十分な威力でしょう?」
かつてギディオンの屋敷を輪切りにしたのが、この空精による空間断裂であり、かつて自害して果てようとした『影なき牙』を抑え込んだのは星精による重力操作であった。
「この力を仲間に向けることができる。その責任の重さを、君は理解していますか?」
「……」
「何も僕たちが優れているなどと言いたいのではありません。耳を傾けてください。誰かに相談してください。僕たちは、君の枷ではないんです。いえ、かつてはそうだったかもしれない。だけど、今はもう違います」
すべてを背負っている気になっていた。
ハヤトはそれを気づかされた。
「さあ、小手先の力など無用です。全力を見せてください。その力で、僕たちを信じさせてください」
ここより東に大陸がある証拠などはどこにもないし、今ここで証明もできない。ならば、たとえ強引だったとしても、その圧倒的な力で、強引に導くべきだと、トールは暗に告げていた。
トールの魔力を、見慣れぬ精霊が食い始めた。
すでに魔力を与えられた精霊を奪うようなことは精霊の最愛とてできない。
「……暴走こそしなくなったが、手加減は出来ないからな」
ハヤトは聖剣を消し、そのまま光精と火精、さらには周囲の雷精に魔力を与える。
そして自分は、深く、深く呼吸した。
「さすがは精霊の最愛ですが。独力でそこまで会得してしまうとは」
「精霊が魔力を食えるんだ。人間だって食えるだろう?」
ハヤトの用いた呼吸。それは自分の魔力ではなく、空気中の魔力を取り込む特殊な呼吸法であった。
トールもほとんど同じ呼吸を行っているが、それはレシハームに密航してきた龍華人を保護したお礼として教えてもらったものである。
「――死ぬなよ」
ハヤトはそれだけ告げて、放った。
現象の根拠がわからないため、名づけるには至っていなかった。ただただ極大の威力を求めた結果の精霊魔法。
ハヤトの意思を最大限精霊がくみ取ってくれた、精霊の最愛による、融合精霊魔法。
「――さすが、ですね」
迎え撃つは、空精にすべての魔力を、さらには外部から取り込んだ魔力をすべて与えた放つ、極大の空間断裂。
――閃光が爆裂した。
そして、真っ二つに割れたキノコ雲が立ちのぼる。
相打ち。
二人のちょうど中間で炸裂した二つの魔法は、完全に拮抗し、大きな隕石でも落ちたかのようなクレーターを作りあげた。
「……さすがだな」
奇しくもトールと同じ言葉を呟いたハヤトの首元には、ハヤトを完全に仕留めるつもりで次の行動に移っていたトールの障壁刀が添えられていた。
「……わかりました」
トールがあっさりと障壁刀を杖におさめると、ハヤトは怪訝な顔で振り返るが、息を呑む。
顔の半分が爛れたトールが、そこにいた。
そこまでするのか、とハヤトは敗北感と無力感に打ちのめされるが――。
「――君はやはり王となるべきです」
唐突なトールの言葉であったが、ハヤトの顔は優れない。
だが、トールは続けた。
「――そして、僕たちに切り捨てられてください。その程度の力しかないなら、それがお似合いです」
冷徹にそう告げたトールであったが、その内心ではハヤトの力を認めていた。
トールは顔に、いや半身に重度の火傷を負いながら、どうにか相打ちにしたに過ぎない。身内に弱いハヤトの甘さ利用したともいえる。
だが、ハヤトはほぼ無傷であった。
むろん、やり方次第で勝敗はいかようにも転がる以上、どちらが強いなどとは決められないが、少なくとも単純な力ではハヤトが上であった。
おそらくは、力ですべてをねじ伏せてもかまわないだけの力である。
仲間想いで、敗北を受け入れるだけの心もあり、かつての罪も捨てずに背負っている。
だからこそ、王となるべきであった。
足りない部分は、自分が補えばいいのだから。
ハヤトはトールの言葉の真意に気づき、目の前が開かれたような気がしていた。同時に冷徹な言葉の裏に秘められた友情にも。
罪の意識は、常にあった。
だが前へ進まなければ、すべてを失ってしまう。
だから、脇目も振らずに進んだ。
これでいいのかといつも自問自答していた。
だが不安は誰にも見せられない。それは弱みとなる。
そう信じていた。
しかし、トールの言葉で、霧が晴れたような心持ちであった。
自分が何をすべきかが、はっきりと見えていた。
翌朝。
ハヤトたちは何人かを残し、東端の海岸からさらに東へと船を出港させた。
ハヤトとトールの戦いを見ていた他の勇者たちに異論はなかった。
それぞれに思惑はあった。
だが、どうせこのままではまたアルバウムとやり合う必要がある。ほんのわずかな可能性、大きなアドバンテージを得ることに賭けてみてもいいだろう、と。
保険として、東端の土地は結界師のマモルが確保してくれているのだから、なんの問題もない。
トールが言うように、勇者たちは強かに成長していた。
*******
サウラン砂漠東部において発生した現地紛争にて、サウラン横断隊特務監察官ラファルと一部の精鋭部隊が行方不明となった。
この件はアルバウム王国の外征派議員たちによって東部総督の責任問題と騒ぎ立てられたが、コースケ・サトー特務官の告発により、ラファルの違法行為の数々が明らかになると、一転して外征派議員たちは窮地に陥った。
政府の方針に反する砂漠の民への工作活動や現地紛争への介入、特務官への虚偽命令にリサ・ハヤカワ特務官の死亡責任。
さらにはハヤトたちに出し抜かれたことや、アルバウム国内にいた勇者離反の責任までをもすべてラファルの、ひいてはそんなラファルを監察官として派遣した外征派の責任とされてしまった。
これにより、東部総督を派遣した懐柔派が大いに勢力を伸ばし、名実ともにサウラン砂漠東部の主導権を握ることになる。
「問題は、奴らがどこに行ったか、だが……」
アルバウム王国の首都スリーバニアにある豪邸の一室に、セーイチ・ゴウダの姿があった。
早朝、湯気を立てるコーヒーモドキを音もなく啜り、サウラン東部開拓における不祥事をセンセーショナルに書き立てている新聞を眺めながら、ゴウダは消えた勇者たちのことを考えていた。
もはやラファルの件は頭になかった。
実のところ、ラファルことゴウダにとって、サウラン砂漠東部の騒動はどちらに転ぼうとも損はなかった。
ゴウダは勇者を懐柔して用いようとする懐柔派議員と親しくしていたが、その一方で分体であるラファルを用いて外征派議員と密かに接触した。
カジノの構想を提案し、アルバウムの半ば植民地であるインステカの経営に助言をするなどして功績を作り、サウラン砂漠横断に参加するに至った。
横断を成功させると、今度は外征派の指令どおりに動き、そこで失敗することで、サウラン砂漠東部開拓の主導権を懐柔派に握らせる。
これが計画であったが、仮にラファルの活動が上手くいったとしても、それはそれで構わなかった。砂流航路の利権とて、莫大なものなのだから。
外征派の『ラファル』、懐柔派の『ゴウダ』。
そのどちらかが上手くいくならば、セーイチ・ゴウダ本体としては問題なかった。
懐柔派にゴウダを置いているのも、勇者を懐柔して上手く使っていこうと考える懐柔派のほうがゴウダとしても御しやすいというだけのことである。
どちらも本体でないのだから、死亡しようが失脚しようが、いくらでも替えは利く。
実のところ、こうしてアルバウムの私邸でコーヒーモドキを飲んでいるのも、本体ではない。
本体の居場所を知る者は誰もいなかった。
『双身』は公表しているが、この『分体』の力を知る者もいない。
かつてリサが知っていたが、それももういなかった。
リサが死んだのはゴウダにとって予想外であったが、分体の力を知る者がいなくなったと考えればそう悪くもなかった。
それにラファルは死んだが、ラファルから別れた分体が砂漠での伝手を広げている。外征派と懐柔派が本国にいて綱引きをしている間に、一歩も二歩も先んじることができる。
「……ゴウダさん、おはようございます」
ゴウダの座るテーブルに朝食を並べる人の良さそうな女、『魔力操作』という加護を持つマドカ・クボであった。
人の害意に無頓着で、召喚されて早々に己が持つ神の加護を安易にアルバウムへ漏らした結果、アルバウム側が送り込んだ男に籠絡されかかっていた。
そこをゴウダが救い、その信頼を勝ち取ったというわけである。
ゴウダにはすでに体育教師であったという自覚はなかった。そもそもその体育教師ですら、楽に稼げる公務員という意味合いでしかない。
なんの冗談かこんな世界に来てしまったが、こんな世界に来てまで子守をする気は毛頭なかった。
ただ、それが利用価値のある子供であるなら話は別で、リサにしろ、マドカにしろ、利用できるのならばいくらでも付き合ってやる気であった。
「おはよう。今日も美味そうだな」
「いつもと変わりませんよ、もうっ」
マドカは顔を真っ赤にして、パタパタとキッチンに逃げていった。
このマドカが加護を用いて制作したのが、ゴウダの切り札の一つ、『魔力貯蔵庫』であった。
十分の一以下になった分体の力でも魔法具の使用を可能にした画期的な魔法具で、魔力を溜めておく電池のようなものであるが、いまだこの世界には存在していないものである。
自分の魔力を溜めておくこともできれば、空気中の魔力を少しずつ吸収し、自動で充当することも可能。
魔力をエネルギーとして扱うことができる。
これはこの世界を一変させる。
サウラン砂漠東部のコネクションと懐柔派での地位、そして魔力貯蔵庫。
目下の問題といえば、消えた勇者たちの行方とラファルの裏を探ろうとしているコースケの動きであるが、どちらも大きな問題ではなかった。
用務員が生きていたのも驚きであったが、調べた限りでは塵芥にも等しい存在である。高位魔獣が厄介といえば厄介であるが、所詮は獣。人の社会では猫の手ほども役には立たない。
この世界に召喚された当初こそなんの冗談かと思ったが、この程度の世界ならば地球ほど難易度は高くない。
『互助会』の連中は侮れないが、すでに懐に入っている。序列を上げれば、黙らせることは容易い。
ゴウダは新聞に、コーヒーモドキを一滴垂らした。
黒い滴は容易に文字を滲ませ、呆気なく新聞に穴を空ける。
それを見て、ゴウダは小さく嗤った。
*******
龍華国の友好使節団は盛大にもてなされ、精霊教国レシハームと、レシハームにあるミド大陸諸国の租借地での活動は上首尾に終わった。
半龍の皇子を代表に大星や玉英、美児、そして芸女である宵児と黒天千尾狐を随行員として参加していたが、美児と宵児の二重奏、大星と玉英の演舞は龍華国の文化に馴染みのないレシハーム人やミド大陸の高官たちにもてはやされた。
忙しい日々はあっという間に過ぎ、大星たちは無事、龍華国へと帰ってきた。
龍華国では初めての外国旅行を無事に勤め上げた大星たちの元には、連日連夜人がおしかけ、おなじみの宴会が毎夜繰り広げられたという。
それから十数日後のこと。
「――龍華のさらに東には、もう一つ大陸がある」
そんな宴会の場に、突然ふらりと姿を見せた半龍の皇子の言葉に、大星は耳を疑った。
東には海しかない。そう言われていた。
もちろん大陸のある可能性はあるが、その狭間の海域には強力な魔獣が回遊しており、幾度か試みられた遠征のすべてが失敗したと師匠である閻老師から教わっていた。
「我らが祖の龍人族は、かつて東の果てからやってきて、この大陸を平定したという。だが、いつしか純血
の龍人種がいなくなり、渡ることができなくなったのだ」
確かに、種として最強である龍人族ならば、単独で行き来もできたかもしれない。
「だが、西の国々はそこを目指しているという。あの砂漠を横断しようというのもそれが目的らしい」
「どうしてそれを」
「レシハームへは遊びに行ったわけではないからな。こうして外へ目を向けることが決まった以上、それを指を咥えて見ているわけにはいかぬ」
「では、我らも砂漠を?」
「いや、海を行く。陛下が密かに海域を調査をしてくださり、一つだけ航路を見つけてくださった」
事実、先祖返りの龍人である皇帝陛下くらいしか調査は不可能であろう。半龍人である皇子ですら、そんなことは不可能である。
あとは、龍人族以外が自力で行けるかどうかが、問題であった。
「我は東への遠征を命じられた。そこで閻一門とお主、それに黒天二尾狐の同行を頼みたい」
幾人もの達人を輩出している閻一門に、皇帝ほどではないとはいえ半龍人の皇子を越えるであろう黒天二尾狐。戦力としては十分である。
もっとも拒否することは出来ない。
陛下、ひいてはその子である皇子の命令は絶対であった。
「黒天二尾狐は宵児にしか従いませんが、宵児はただの芸女です。荒事には不向きです」
「わかっておる。褒美をとらす。東との交易を切り開いたあかつきには、そなたに東の大陸との交易を許可しよう。そなたの妻である美児の精霊魔法習得も認めよう。宵児と黒天二尾狐には、御免状を与え、芸女としての活動を妨害しておる輩の排除も我が直々にやる。
それに、かの白い魔獣とそのハンターも国賓とする。人品卑しからぬ者ならば、我が国に来ずとも後ろ盾になってもよい。すべては陛下から許しを得ている。無論、捨て駒扱いなどせぬよ。船の上でそんなことをしてみろ、船ごと沈められてはかなわん……それにな、我の兄弟姉妹も動いておる。確実に汝らに接触するであろう」
何もかも知られているということに皇帝の力の一端を垣間見るが、待遇は破格で、商人である大星にとっても否やはない。
蔵人たちのことにしても、国賓というのは破格である。皇帝から庇護されながら、皇帝以外から何かを強制されることはないという立場であった。無論、敵対行為や利敵行為を行えばその限りではないが、山野に篭ってひっそりと生きる程度、市井で普通に暮らす程度ならば、自由が許される。
この国に来るかどうかは定かではないが、受け入れる準備をしておいて損はない。
そもそも、断るという選択肢はない。
出る杭は引き抜かれ、抜擢される。そうでなければ、薪にされる。
皇帝に逆らうということはそういうことであった。
ただ短い付き合いであるが、目の前の皇子がそんなことをしないのはわかっている。が、他の皇子皇女がしないとは言い切れない。
大星はさすがに悩むが、当の宵児はあっさりと言ってしまった。
「――そのお話、お受けしたいと思います。そのかわり、私も同行させてください」
弾いていた二弓二胡を置いて、宵児が跪き、答えた。その横では黒天二尾狐も僅かながら平伏している。
誰のためでもない、自分のためであった。
御免状。
それさえあれば黒陽と共に生きることが許されるという代物だ。
国賓待遇と同じく、罪を犯さぬ限りは、市井にひっそりと生きることも、芸女として盛大に名を挙げることもできる。権力に利用されるということは極端に減るだろう。
宵児には、いつか黒陽と別れることになるのではないかという恐れがあった。
だが、御免状を得れば、ずっと一緒にいられる。
自分は蔵人ほど強くない。
芸女として、市井でしか生きていけない。
ならば、ここに賭けるしかないではないか。こんな機会はおそらく二度とないのだから。
「――さすがは侠帯芸女といったところか。……野暮を承知で聞くが、それはあの蔵人という男のためか?」
侠帯芸女の情は恐ろしいまでに深く、濃いという。
「――あの男は宿敵です。いつか芸女としての腕を認めさせるまでは、死なれては困るのです」
妖しく、決然と微笑む宵児。
「恐ろしいやら、羨ましいやら。我も一度会ってみたくなったな」
そんな宵児に、半龍皇子は愉快そうにくっくっと笑った。
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