―― それで、大学卒業後、イチから修業を開始されたわけですね。修業の中で何が一番大変でしたか?
「大
変というより奥が深いのは糊を作る工程ですね。今朝も作りましたけど、1週間くらい煮るんですよ。糊は染料屋でも売っていますが、やはり理想の固さがある
ので自分で作りたい。夏は柔らかくなりすぎないよう糠を少なくしたり、冬は逆に柔らかくしたり、季節によっても微妙な調整が必要です。糊置きはこの仕事の
最も重要な工程の一つなので、まずは良い糊を作れるようになることがスタートですね」
―― 時間をかけて試行錯誤しながら、最高の糊を作り上げていくと。
「そうです。たとえば、昔は薪を使って火を入れていたんですが、ある時から炭に変えてみるなど、自分なりに改良はしています。炭だと煙も出ませんし、日持ちも良い。ただ、15年やっていても未だにうまくいかないこともありますよ。だから奥が深い」
―― 糊置きが重要とのことですが、ここでミスしたらやり直しですか?
「いっ
たん布に糊がつくと染料をはじくため、後工程で色が乗りにくくなります。そのため、糊を置く分量や場所がズレると大きくは直せません。一発勝負に近いです
ね。だからといって、のんびり作業もできない。糊置き後は素早く裏返して刷毛で水をかけ、布に糊をしっかり溶け込ませる必要があるので、スピーディーかつ
正確な仕事が求められます」
―― 複雑な図柄になると、糊置きも大変そうですね。
「小さな旗の方が細かい線になってくるので、より高い技術を必要とします。また、最近はお子さんのお祝い用の室内飾りの需要も増えていて、こちらは名前や生年月日など細かい文字を入れるぶん難易度は高いです」
―― 糊置きが終わったら、いよいよ彩色。職人としての技術が問われる糊置きに対し、彩色はセンスが問われる工程ですよね。色の使い方で、工夫している部分はありますか?
「さまざまな配色にトライするようになりました。思い
切って地色をピンクにしてみたり、あとは波の濃淡とか本当に微妙なところなんですが新しい色を使ったり、ぼかしてみたり。もともとセンスがあった人間では
ないので、これはもう、日々勉強ですね。この道に入ってから美術館に行く回数も増えました。最初は仕事のためでしたが、今は純粋に絵を見ることも好きにな
りましたよ。昔は大嫌いだったんですけどね(笑)」