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cover ■「ニセ医学」に騙されないために

 ホメオパシー、デトックス、千島学説、血液型ダイエット、ワクチン有害論、酵素栄養学、オーリングテストなどなど、「ニセ医学」についての本を書きました。あらかじめニセ医学の手口を知ることで被害防止を。

2017-12-05 日本の成人でも甲状腺がんの過剰診断は起こっている

[]日本の成人でも甲状腺がんの過剰診断は起こっている 日本の成人でも甲状腺がんの過剰診断は起こっているを含むブックマーク Add Star

2017年11月26日に、科学技術社会論学会第16回年次研究大会に続けて行われた自由研究集会『データで探究・対論「福島小児甲状腺がん多発問題」』に参加した。念のために言っておくが、私は誘われた側だ*1。sivadさんは「散々ごねて林さんにオープンな議論の場を用意してもらったあげく…」*2などとツイートしているが事実と異なる。これって歴史修正主義というやつですかね?

誘っていただいた林衛氏については、■コレステロールを下げると危険なのか?■コレステロール大論争で科学リテラシーを学ぼうなどで、このブログでも紹介している。■ニセ医学に騙されているのに境界線上の事例を検討できようかでも指摘したように、林衛氏はニセ医学に騙されているような人物であり、福島小児甲状腺がん多発問題のような議論の余地のある事例について検討する能力があるのかどうかきわめて疑わしいと私は考えている。にも関わらず、自由研究集会に参加したのは、林衛氏以外の参加者には話が通じるかもしれないと期待したからである。

結論から言えば、集会に先だったメールのやり取りでも、会場でも、林衛氏以外の参加者とは有意義な対話ができた。最終的に意見の一致に至らなくても、なぜ私が意見Aを主張しているのか、あるいは、なぜ相手が意見Bを支持しているのか、お互いに理解できることは素晴らしい体験である。素晴らしいというかこれが普通なのであるが、「こちらの言っていることは全く伝わらない」「何度も同じ話をさせられる」「挙句の果てにこちらが言ってもいないことを言ったとされてしまう」という経験をさんざん繰り返していただけに、余計にその素晴らしさがありがたかった。

メールや会場でのやり取りを私の一存では勝手にオープンにはできないので、ツイッターで公開されたものの一例を挙げる。会場において林衛氏は、日本における甲状腺がんの罹患率と死亡率の経時的変化のグラフを持ち出して、過剰診断ではないと仰った。添付資料には「少なくとも日本に関しては、Welchが主張する罹患率が上昇するが、死亡率は変わらないという状況ではなさそうである」ともあった(韓国の甲状腺がんの過剰診断を否定していないだけsivadさんよりは理解している)。ツイッターでも、検診の有効性についての議論に続いて林衛氏は以下のようなツイートをした。

会場でも「それは全然違います」と二度ほど申し上げたはずが林衛氏には伝わっていない(他の参加者には伝わったであろうと私は感じた)。このグラフは先進国でよくみられる甲状腺がんの過剰診断のパターンを示している。典型的であるとすらいえる。とくに2000年ごろから男女ともに罹患率が上昇しているのが見てとれる。これが過剰診断でなければ何なのか。甲状腺がんの真の増加であるなら、ほんの10年で罹患率が約2倍になるような未知のリスク因子が日本にあることになる。ぜひとも論文を書くべきだ。

死亡率の推移はもっと緩やかである。男性はほぼ不変、女性は1975年ごろをピークに減少しつつある。これも先進国ではよくあるパターンである。原因は複合しており明確に原因を同定することは困難である。治療法の進歩、喫煙や肥満や医療被曝といったリスク因子の変化、死因統計のルール変更などが関与していると考えられる。

林衛氏は「藤本イズム」が死亡率減少に寄与したと主張したいようだが誤りである。藤本イズムとは甲状腺外科医である藤本吉秀先生が提唱した、甲状腺がんが疑われる中でも予後のよいグループを見分けて、診断・治療介入を抑制しようとする考え方である。たとえば、リンパ節転移がない径1 cm未満の微小甲状腺がんは、即座に手術をするのではなく、まずは経過観察をして、腫瘍径が増大したりリンパ節転移が明らかになった時点で治療介入する、などである。

こうした治療介入を抑制する方針は、甲状腺がんによる死亡率の減少には寄与しない*3。可能性だけをいうならば、わずかに死亡率を上昇させることだってありうる。経過観察をしているうちに「手遅れ」になる症例があるかもしれないからである*4。会場で二度ほど、「もし韓国において『藤本イズム』に基づいた介入がなされていたとしら、甲状腺がん死亡率は下がると思いますか?」と林衛さんに質問したが、返事がないどころか、質問の意図すら伝わらなかったようである。「藤本イズム」の利点は、死亡率を上げずに介入の頻度/侵襲性を下げることにあって、死亡率を下げることではない。

また、一般論であるが、集団において罹患率が上昇して死亡率が減少するパターンは、検診が過剰診断を生じつつ死亡率を減少させているときに見られる。「死亡率が減少しているから過剰診断ではない」とは言えない。おそらくはWelchらによるこの図からそのような誤解をしたのであろう。

f:id:NATROM:20150324161244j:image

Welch and Black, Overdiagnosis in cancer., J Natl Cancer Inst. 2010 May 5;102(9):605-13より引用。全文は■Overdiagnosis in Cancer(PDFファイル)で閲覧可能。

Welchらは、真の増加と過剰診断の見分け方について述べたのであって、この図では検診の有効性については述べていない。林衛氏はWelchの議論を理解していない。

林衛氏が今回のエントリーに何か反論がある場合は、このブログのコメント欄か、あるいはメールでお願いしたい。ただし、メールについては公開することもある。ツイッターでは、字数制限があることに加え、以前の指摘を全く無視して同じことを繰り返すような不誠実な論者とは議論は困難である。以前より私は「ブログのコメント欄か、あるいは文字数制限がなく、恣意的に削除されることがなく、議論の流れが見やすい場所」での議論を希望していたが、林衛さんには同意していただけなかった。メールであれば少しはましかとも考えたが、やはり以前の指摘を全く無視して同じことを繰り返され、しかも字数制限がないために量が膨大になり、かつ論点が散漫になり、林衛氏とは議論にならなかった。特定の論点について発言を容易に一覧できるオープンな議論の場が望ましいと考える。

*1https://twitter.com/SciCom_hayashi/status/899861783787126784

*2https://twitter.com/sivad/status/923113166346657792

*3:治療介入の抑制は過剰診断の減少にも寄与しない。よしんば治療介入をゼロにしたところで過剰診断は減らない。治療介入しようかどうしようかという判断が必要になった時点で診断されているからである

*4:日本においては数百人規模のコホート研究を行って、そうした「手遅れ」になる症例はないか、あったとしても稀であることが示されており、海外でも抑制的な治療介入が標準になっている

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