この記事について
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171203-00010000-yomidr-sctch&p=1
きちんと理解していない人が的外れな意見で炎上させているの、見ていられなかったので書きました。
できる限りわかりやすく平易に書こうとしていますが、そのために誤解を招く表現が生じた場合は適宜修正を加えます。
三点あります
③やめてほしいこと
まずそもそも発達障害かどうかというのは医師にしか「診断」できません。臨床心理士がそうでない人間がそうかもしれないと思うのはあくまで「推測」です。そして発達障害に理解のない人間が「あの人発達障害なんじゃない?」と言うのは悪口になります。
発達障害であると「診断」されている場合、その人あるいはその人の保護者は困っている可能性が高いです。どちらかでも困っていなかったらわざわざ医者にいって診断などしません。困っている原因が発達障害であるとわかれば対処法がわかってうまく付き合っていくことができるかもしれません。この診断はレッテル貼りのためのものではなく、今後「発達障害によって困っていること」をうまく対処していくためのものです。
くだんの記事は決してレッテル貼りをしたいわけではなく、単にケースの話をしています。
「発達障害でない人間」は通常、他者への発話の際に波風をたてない言い方を把握しています。また、相手によってもそれを変化させることができます。「めんどくさいから一人で行くわ」という発言に嫌な気持ちにならないグループもあるでしょうし、仮に思うことがあっても相手を攻撃しないグループであれば、同じ内容の発話であっても話は全く違うでしょう。しかしこの記事にこの事象がケースとして乗っているということは、この女子中学生はこの発言の後「仲間はずれにされて部活にいづらくなって」います。
・その後女子中学生は仲間はずれを受けて困った
この場合、怒るべきはこの記事を書いた人ではなく、「めんどくさいから一人で行くわ」という発言に対して許容せず排除するような環境がつくられていることではありませんか? また、この女子中学生でない他者が似たような発言をしてそれが許容されるかどうかは、この女子中学生には全く関係のないことです。
その発言をしても許されるかどうか判定のできる人間とは違い、このこの女子中学生は仲間外れになりました。「なじみたい」のに「なじめない」という時点でこの女子中学生は困っています。これがエスカレートするといじめに発展する場合もあります。女子中学生って、異端に対して厳しいですよ。「自分は別に平気だった」という人もいれば、平気じゃない人もいます。平気だと主張する人は平気なのでしょうが、それを当事者に押し付けるのはおかしいんじゃないかと思います。
誤解しないでほしいのは、私はいじめの原因が発達障害者にあると言いたいわけではありません。いじめをするのはいじめる側が悪いです。そしていじめを許容する社会の歪さを表しています。しかし、女子中学生が「発達障害」であることによって「一般的な社会性に欠けた言動をすることがある」「その相手がどう思うか気持ちを考えられないことがある」ことで女子中学生が不利益を被っている場合、純粋に支援するべきです。
また、発達障害に対して理解が進んでいないことについては、ケースの女子中学生の発言に対して仲間外れを決行することからもわかります。記事に対するネガティブな反応が仲間外れをする側でなく発達障害のケース自体に向いていることも「ああ理解がすすんでいないんだな」という印象を深めました。発達障害者でないならこの記事のケースに自己投影するのはおかしなことです。
基本的に前提として発達障害者、またはその保護者が困っている以上、支援する必要があります。
この症例においてはすでに女子中学生はおそらく発達障害と「診断」されていています。あなたが医師でもなんでもなく、女子中学生の他の言動をみたこともないのであれば、あなたが彼女を発達障害であるかどうか決めることではありません。そして女子中学生の発言の一つのみを見て「自分もこれぐらい言うしこんなの発達障害じゃないじゃん」と思い込むのは、発達障害に対する偏見を表しています。
もしもあなたに発達障害者は奇声を発したりブツブツ言ったりするものだという思い込みがあるのだとしたら、それは数多くある例のうちの一つでしかないと言わせてください。
→あなたが発達障害でないなら発達障害と言うのは絶対にやめてください。冗談だとしても迷惑になります。この記事はあなたが発達障害であるかどうか診断するものではありません。あなたが普段このように言うことがあることと、記事の女子中学生がこのように言うことは別の事象です。あなたが本来憤りを感じるべきはこの発言をしたことでその女子中学生がその後いじめられたであろう環境にあるべきだと私は思います。
・職場でいじめを受け、発達障害だとレッテルを貼られ退職に追い込まれた。しかし診断結果は発達障害ではなかった。
→大変な思いをされましたね。しかしそれはその職場の人間があなたに対し行ったことであり、この記事はあなたがに対してレッテルを貼るものではありません。同一視してまるで自分がこの記事によって攻撃を受けたように言うのはやめてほしいです。
この世界でのコミュニケーションはだいぶ部分が「発達障害でない人間」で構成されています。そのため広汎性発達障害の人たちがコミュニケーションの場にいるとき、発達障害出ない人間らしく発話や行動することによって「発達障害でない人間」から異質なものに受け取られることが多々あります。「発達障害でない人間」がコミュニケーションをとるときにはある程度相手がどこまで許容するのか何がアウトなのか把握し、会話のなかで「相手を傷つけないであろうと思われる語彙」を無意識に選んだりすることが「できる」ことがほとんどです。場面などによって「できるがしない」場合もあるでしょうがそれは「できない」ではありません。
ここが一番重要なのですが「本人または周囲が困っていること」「対処法がわからずうまく付き合っていけないこと」がトリガーですので我々が「え~〇〇ちゃん/くんは別に発達障害っぽくなくない?」などというのは本当に的外れです。この手の発言はむしろ迷惑であることを知っていてほしいです。あなたにとってそれは発達障害者に対するいわゆる「誉め言葉」なのかもしれませんが、本人がそのことについて本当に困っている場合、無理解を悟って悲しくなります。「○○ちゃん/くんって発達障害なんじゃない?」というレッテル貼りと同等にやってほしくないことです。本人が困っていることについて、主治医でもなんでもない他者が判断することではありません。
もしもあなたがこの記事に対して疑問に思うことがあったなら、まず広汎性発達障害についてきちんと調べてみてください。なぜそれが「障害」だと言われているのかについて考えてください。当事者が困っていることについて、「障害じゃない」なとどいうのはやめてください。当事者が困っていなければ、それが「障害」と定義されることはありません。