- JUST IN
(経済社会情報番組部ディレクター 大隅亮)
速くて小さい! 夢のコンピューター
2017年10月24日の午前10時ごろ、都内にあるベンチャー企業の一室が沸きました。
スーパーコンピューターを管理するモニターの画面には「13.77ペタ」という数字が浮かびました。日本の歴史上もっとも処理速度の速いコンピューターが誕生した瞬間でした。その2日後には、「14.13ペタ」を達成、これは1秒あたり1京4130兆回の計算速度です。ことし6月に発表された最新の世界ランキングに当てはめると6位に相当する性能で、省エネ性能を示す、消費電力1ワットあたりの計算回数では、1秒間に146億9000万回と、世界1位に相当します。
記録を出したスーパーコンピューター「Gyoukou(暁光)」は、ベンチャー企業のExaScalerとPEZYComputingが開発し、神奈川県にある海洋研究開発機構(JAMSTEC)に設置されています。
1台の大きさは業務用のコピー機ほど。最大の特徴はこの「小ささ」です。これ1台で、私たちが持っているスマートフォン100万台と同等の計算ができると言います。従来のコンピューターとは比べものにならないほどコンパクトなのです。
すでに研究室や民間企業の一室にこの超小型のスーパーコンピューターを導入する動きが始まっていて、脳機能のシミュレーションなど、これまで解けなかった難問の解決にも使われています。将来1社に1台スーパーコンピューターが設置される時代が来るかもしれません。
小さなベンチャー企業がなぜ?
驚くのは、これを開発したのが、小さなベンチャー企業だということです。
スーパーコンピューターは科学技術や軍事開発にとって欠かせないことから、世界各国が国家プロジェクトとして開発競争を繰り広げています。日本では国家プロジェクトである「京」の開発に1,000人以上の開発者が参加し、構想から6年かけて完成させましたが、この規模は国際的には珍しくありません。
ところが今回のベンチャー企業でスーパーコンピューター事業に参加しているのは25名ほど。協力会社を合わせても、ごく少人数で制作しました。そして開発に乗り出してからわずか3年半での快挙達成でした。
えっ、液体につけても大丈夫なの!?
人員の少なさをカバーしたのが、独創的なアイデアの数々でした。今回のスーパーコンピューターを見てまず驚くのは、機械類が液体にじゃぶじゃぶと浸かっていることです。
ほとんどの人が「壊れないんですか?」と聞くそうですが、これは電気を通さない性質の「フッ化炭素」という特殊な液体なので大丈夫です。空気を送って冷やすより、30倍も効率よく冷却できると言います。
スーパーコンピューターに詳しい世界的な研究者、ジャック・ドンガラ氏も視察に訪れ「これほどユニークなスパコンを実用化しているのはほかに知らない」と話していました。
異業種からの参入が常識を変えた
さらに、スーパーコンピューターの頭脳にあたる「プロセッサー」も独自開発、驚きのアイデアが詰まっています。私たちがふだん使うパソコンには必ず1枚プロセッサーが入っています。そしてその中では、2つから8つの「コア」が計算を行っています。
それに対して今回スーパーコンピューターのために設計されたプロセッサーには2,000以上のコアが組み込まれています。パソコン数百台分の処理を、たった1枚のプロセッサーが行うのです。
ベンチャー企業を率いているのは、齊藤元章さん(49歳)です。
もともとは、東京大学の医局で働く医師でした。大学院生の時にベンチャー企業を設立し、20年近くアメリカで医療システムの開発・販売をしてきました。実は齊藤さんは当時「CTスキャン」を開発していたそうですが、膨大な画像を処理するのには、コアの数が多いプロセッサーが必要だと感じていたと言います。こうした異業種での経験が、イノベーションを生み出したのです。
中国一強時代を変えられるか?
今回、ベンチャー企業が出した処理速度は「14.13ペタ」。これは日本一速いわけですが、実は世界の中ではまだ上がいます。2017年6月の世界ランキングでは、世界1位の中国は93.0ペタという処理速度で圧倒的な存在です。そして中国は5年以上、世界1位を守り続けており、まさに「中国一強時代」といえます。
TOP500 Awarding Ceremony at ISC High Performance 2017 in Frankfurt, Germany
私は「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組の取材で、半年にわたって齊藤元章さんに密着してきました。途中、予期せぬ問題が重なってコンピューターがまったく動かない時期もあり、撮影していて心苦しい時もありました。
2017年11月には最新の世界ランキングが発表されますが、王者・中国に対して、齊藤さん率いるベンチャー企業がどこまで迫ることができるかに注目しています。番組では、舞台裏で起きていたドラマや、ネコ好きのお茶目な素顔も放送する予定ですので、ぜひご覧ください。「プロフェッショナル 仕事の流儀 齊藤元章」
12月放送予定です。
- 経済社会情報番組部ディレクター
- 大隅亮