社会人ドクターとして博士号を取得しました

もう3ヶ月くらい経ちますが、2017年9月15日に東京大学大学院工学系研究科で博士(工学)の学位を取得しました。自分自身が入学するまでにいろんな社会人ドクターの方のブログを読んで参考にしたので、もしかしたら参考になることがあるかも?と思い、自分の経験を記録しておきたいと思います。

入学のきっかけ

現在は某通信事業者のR&Dで働いています。もともと修士を卒業するときに博士号は取りたいと思っていたけど、経済的な事情で就職し、働いてお金貯めたら博士号を取ろうと思っていました。幸い就職した会社に社会人ドクターを支援する制度があったので、応募しました。また、将来的な選択肢を広げるという意味でも博士号を取ろうと思っていました。

研究室選び

修士まではコンピュータビジョンやコンピュータグラフィックスの研究をしていたけど、業務ではTwitterデータの分析やサービス開発をしていて、研究内容が大きく変わっていたので出身研究室ではないところに行きました。偶然、当時の上司が東大松尾先生と知り合いで、そのツテで紹介していただき東大松尾研究室に行くことになりました。当時(2014年)は今ほどはDeep Learningが世の中的には注目されていなくて、自分の中では松尾研といえばTwitterから地震を検出する研究が有名なのかなと思っていました。なので、Twitterを使った研究ならこの研究室が合っていると思っていました。まさか卒業する頃には周りがDeep Learningの研究だらけになるとは思ってもなかった、笑

ちなみに、出身研究室が業務の研究テーマと関連するならそこに行くのがいいと思います。

出願と入試

松尾先生の研究室は東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻(略称TMI)というところに所属しているので工学系研究科の入試を受ける必要があります。研究科や専攻によっては社会人特別選抜という入試をしているところもありますが、ここはなくて普通に修士から進学する学生と同じ入試を受けました。

社会人で入学する場合は、所属長の承諾書も提出する必要があり、職場の理解は必須だと思います。

入試は、TOELF ITP、論理的思考能力を見るための数理的問題(数学)、小論文、面接(研究プレゼン)でした。数学は20問から15問を選択して回答する形式で、公務員試験みたいな問題から高校数学、大学数学(微分方程式、行列など)まであって、8〜10問くらい正解しないといけないということで、ネットで過去問を探して結構勉強しました。今は入試の形式変わってるみたいですが。

ちなみに東大工学系研究科卒だとTOEFLは免除、TMI卒だと数学、小論文も免除でしたが、自分は他大学卒だったので全部受けました。

面接は20分くらいで修士の研究と博士の研究計画を説明するという内容でした。TMIの教授20名対こちらは1人で圧迫感はありましたが、質疑ではそんなに厳しい質問はありませんでした。入試を受ける時点でジャーナル1本採録済みだったり、他にも国際会議でポスター発表を数件やっていたので研究を進めるという点ではつっこまれなかったのかなと思います。

入学後の生活

無事に入試に合格し、2014年の秋入学で二足のわらじの生活が始まりました。

必須単位は博士論文の研究だけでしたが、それ以外に10単位授業で取得する必要がありました。東大工学系研究科では東工大などと単位互換の制度があります。東工大は社会人向けの大学院のコース(イノベーションマネジメント研究科)があって、土曜や夜間も授業をやっているので、1つはそこで集中講義をとって3週連続で土曜に終日授業を受けてレポートを出して単位を取りました。でも、結局、他にも東大の授業で、原田先生・牛久先生の画像認識や佐藤一誠先生のトピックモデルの授業、松尾先生のWeb工学の授業など面白そうな授業があったので12単位取って卒業しました。

他には、研究室のゼミ(研究会)がほぼ毎週1回2~3時間あり、先生に各学生が研究の進捗を報告し相談する会がありました。研究会はできるだけ参加するようにしました。時期によっては業務都合で1ヶ月くらい参加できないこともありましたが、ジャーナル投稿の前などは毎週参加して先生にアドバイスをもらっていました。このときは仕事で打ち合わせをするときに培った議題を明確にする力が役にたったように思います。具体的には、何が課題でどういうアドバイスをもらいたいのか事前に明確にして研究会に参加していました。

松尾研では博士の学生は半年に1回博士発表といって、研究計画全体の説明や進捗を紹介する機会があり、それをマイルストーンに研究を進めるという効果もあると思いました。あとは、学生が最新の論文を紹介する輪読もあります。松尾研以外の人も参加してDeep Learningの論文を紹介するDL Hacksもあります。私自身は博士論文でDeep Learningは取り組んでいませんが、Deep Learningの知識は研究室の輪読や他の学生さんの発表で得たものが非常に多く、現在の業務に役立っています。

博論初稿・予備審査

私は研究テーマとして、Twitterと位置情報を紐付け、それを活用するという内容に取り組んでいました。Twitterではジオタグと呼ばれる位置情報が付与された投稿もありますが、量が非常に少ないため位置情報との紐付けでは投稿内容や投稿者の情報から場所を特定するということを行いました。活用に関しては、Twitterの時空間検索と位置と紐付いた投稿を使ったPOI推薦の研究をしました。

9月卒業を目指していたので予備審査は半年くらい前の4〜5月くらいになるわけですが、研究室内では予備審査の2ヶ月くらい前(2月)に博論の初稿を先生に提出するように言われていました。yu4uさんのブログにもあるように、ジャーナルになった論文をつなぎ合わせたような博論を最初は書いていたのですが、それでは博論全体としてまとまらず苦労しました。

予備審査は5月の連休明けで、その1ヶ月前に副査の先生方に博論を簡易製本してお送りする必要があり、3月〜4月中旬までは博論全体のまとめに注力していました。予備審査は主査(指導教員)と副査の先生4人に対して発表1時間、質疑1時間の長丁場。資料を作りながら「このページはまだ説明しにくいな」と思っているページは余計な説明をしてしまい時間がかかるので、序論と説明が整理できていないページだけ一度原稿を書いてみたらうまく流れるようになりました。

予備審査の結果は、発表後に別の教室で先生から呼ばれるまで待っていてその場で聞きます。結構厳しい質問が多かったのでドキドキしながら待っていました。修正点はいくつかありつつ、無事、予備審査は合格でした。予備審査の当日も博論全体のまとめ方についてはコメントをもらいましたが、副査の先生からアドバイスをもらい本審査向けにはうまくまとまったと思います。

本審査

次は本審査が8月上旬。

その前に、大学の事務に学位申請の書類を提出する必要があるのですが、そこで地味に大変だったのが、ジャーナルを共著で出した人から博論にその内容を入れてもいいという同意書(自著で!)をもらうこと。自分の場合はある程度近くにいる人だったのでよかったけど、海外と共同研究とかしてたらどうなるんだろう?と思いました。

本審査では、まず予備審査でいただいたコメントに対して博論をどう修正したかを説明し、それから本論を説明しました。本審査も発表1時間、質疑1時間。本審査の質疑は穏やかでした。

その他

卒業要件は明文化はされていませんでしたが、一般的にはジャーナル3本でしょうか。私の場合は、ジャーナル2本採録、1本条件付き採録+α(始めたばかりの研究)で博論をまとめました。論文の見通しを立てやすくするためスケジュールが決まっている論文誌や特集号に投稿していました。

私が博論でメインで扱ったTwitterを分析する研究は2010〜2013年くらいがピークで、その後は論文数は落ち着いていると思います。私の研究は実際のサービスに適用する上で出てきた課題を解いた感じなので、すごく新しい研究というより最新の研究を実用化する上での課題を解決したという感じになっています。

業務でもTwitterの検索などのサービスを開発していましたが、残念ながら私の卒業に合わせるように自社でのサービスも今年6月にクローズになってしまいました。入学当初は研究内容と業務内容が近かったのですが、卒業時点ではスマホでの状況認識などの研究に業務がシフトしていて業務と学業の両立も大変でした。ただ、私の周りでは上司を含め社会人ドクター経験者が結構いて、職場からの理解は得やすい環境でした。

博論の謝辞を書きながら、職場、大学、家族など本当にいろんな人のおかげで学位を取得できたと感じました。特に、家族の理解が得られたおかげで休日にまとまった時間を研究に当てられたのは大きかったです。あと、在学中に子供が生まれたり、家族が入院したりしました。ドクターの審査関連の日程とかぶらなかったのは不幸中の幸いかなと思います。子供からは「勉強しないで遊んで」と言われることもありましたが、子供が私の真似をして電子辞書をキーボードに見立てて「勉強中」と言ってる姿を見て研究に興味を持ってもらえればいいなと思いました。妻の祖母が博士取得をすごく応援してくれたのは嬉しかったです。妻の祖父は九州大学の教授だったのですが、東大で博士号を取ったらしく、そんな関係で1〜2年に1回会うかどうかくらいにも関わらずいつも気にかけてくれていて励みになりました。

(社会人)ドクターのメリット

  • 収入が安定している。
  • 大学で専門知識のある人とディスカッションできる。
    松尾先生はWWWに何本も論文を通していて、トラックチェアを務めるなどWebマイニングで有名。研究室の学生もKDD、IJCAI、Recsysなどトップ会議の本会議に採録されていて刺激になる。
  • 大学が契約していればいろんな論文が読める
  • 社外の人脈が広がる。
  • 問題解決の訓練になる。
    これは社会人に限らずドクター全般だと思う。業務でも課題設定、解決策、効果計測という流れは同じなので、そのトレーニングにもなると思います。

社会人を経験してから博士課程に行くと研究の課題設定でリアルな問題を設定できて論文のイントロでも納得感が出るかなと思います。

社会人博士に関するブログ

偉大なる諸先輩方のブログも参考になりました。

http://d.hatena.ne.jp/yu4u/20160922/1474526568
http://rand.pepabo.com/article/2017/05/24/doctor-matsumotory/
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/5893/research_diary_for_Dr.html
http://www.statsbeginner.net/entry/2016/08/07/181546
http://yumulog.hatenablog.com/entry/2016/08/11/160825
http://d.hatena.ne.jp/takmin/20140329/1396087917
http://www.tamochan.com/?p=112