かつて絶対的守護神として君臨したクローザー。ルーキー時代から将来を嘱望された盗塁王。たとえどんな実績があろうと、力が衰えれば非情な現実を突きつけられる。その時、男たちは何を思うのか。
千葉県・鎌ケ谷市に日本ハムの二軍本拠地・鎌ケ谷スタジアムがある。冬が近づき、寒さの増す球場で、朝の9時から若手選手にまじり黙々と走り込むベテランがいる。
今オフ、球団から戦力外を言い渡された武田久(39歳)だ。通算534試合登板、167セーブ。「最多セーブ」を3回獲得し、パ・リーグを代表するストッパーとしてならした。
だが、'13年の31セーブを最後に、近年は負傷に悩まされて登板機会が減少し、今季はわずか7試合の登板にとどまった。
練習を終えた武田が本誌の取材に応じた。
「ただシンプルに、いま辞める理由が見つからないんです。年齢的にも厳しいと言えば、厳しいのかもしれないけれど……」
怪我でもがいているあいだに、入れ替わるようにして、本格派右腕の増井浩俊が抑えとして頭角を現し、武田の戻る場所はなくなっていた。
吉川光夫を巨人に、谷元圭介を中日にトレードしたように、しばしば「血の入れ替え」を行う日本ハムにおいて、武田は14年間ずっとチームを支え続けてきた、いわば「功労者」だ。球団はポストを用意したうえで引退を勧めたという。
だが、武田が選んだのは、現役続行の道だった。
「自分の置かれた状況はわかっています。それでも限界を作りたくない。現役というのは人生に一度しかありませんから。契約上、11月中はここで練習していいことになっていて、球団には感謝しています。
年内には結論を出さなきゃいけないけれど、いまはただ、いつ声がかかってもいいように準備をするだけです」
武田を筆頭に、かつては各球団の主力を担っていたベテランたちが、今オフも次々と戦力外通告を受けた。とりわけ大ナタをふるったのが、今季Bクラスに沈み、「世代交代」を前面に押し出した巨人である。
「希望を持ってリハビリを重ねてきたが、思うような動きができず、何回も心を折られた。このタイミングで身を引いたほうがいいかなと思った」
引退会見で涙ながらにこう語ったのは、片岡治大(34歳)だ。
西武時代4度の盗塁王に輝き、巨人にFA移籍した男も、昨年からは負傷で思うような成績を残せず、二軍でのリハビリが続いていた。
「たいした結果も残せなかったので申し訳ない。ジャイアンツのユニホームを着てやれたことは一番の自慢になるので大切にしたい」
今年、巨人は、相川亮二(41歳)、松本哲也(33歳)と、活躍の場を失ったかつての主力級が次々と引退を表明し、片岡と同じくFA移籍で入団し、選手会長も務めた主砲の村田修一(36歳)までが自由契約となった。
巨人に移籍すれば一躍脚光を浴びられる。しかし、実力に少し陰りが見えれば、また新たに移籍してくる選手にいとも簡単に取って代わられる。巨人というチームの宿命の前に敗れ、男たちはひっそりとグラウンドを去っていく。