地方銀行(以下地銀)の経営が厳しいという報道等が相次いでいます。
金融庁も問題提起を様々に行っています。
ただ、報道でも「地銀」とひとくくりにされており、本当に個々の地銀において経営が厳しいのか、何が問題なのかについては認識がしづらいのではないでしょうか。
今回は、具体的な地銀の決算を確認し、地銀の業績における問題点を考察します。
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金融庁の問題意識
まず、所管官庁である金融庁が地銀をどのようにみているのか、問題意識はどこにあるのかについてみていきます。
以下は金融庁問題認識を公表している金融レポート(平成28年事務年度版)から金融庁の認識を抜粋します。
(ア) 地域銀行の経営状況
金融庁では、平成25 事務年度以降、地域銀行が直面している人口減少や低金利環境の継続といった環境の変化が地域銀行の収益に与える影響の試算を行ってきた。
具体的には、地域銀行全体として、
ⅰ 金融緩和政策の継続により、長短金利差が縮小し、収益性が低下している、
ⅱ 金利の比較的高い既存貸出の返済・借換や保有債券の償還が進み、金利の低い足下の新規貸出や債券に置き換わるため、貸出金や有価証券全体の利回りが低下する、
ⅲ 中長期的にも生産年齢人口の減少により借入需要が低下し、貸出残高が減少する一方、預金保有残高の多い高齢者の割合が増加するため、預貸率が低下する、
といった傾向があることを示し、信用力の高い先や担保・保証のある先への融資、国債への投資だけで収益を確保するビジネスモデルを維持することが困難となる可能性があるとの問題提起を行ってきた。
特に、平成27 事務年度においては、顧客向けサービス業務(貸出・手数料ビジネス)の利益を推計・試算し、2025 年3月期には約6割の地域銀行で当該利益がマイナスになるとの試算結果を示し、一般的に営業経費等で規模の利益が働きにくい中小金融機関を中心に、早期に、環境変化を踏まえて自らのビジネスモデルの持続可能性について真剣な検討を行うことが必要である旨を問題提起した。
こうした中、直近の2017 年3月期決算を見ると、前期と比べ、貸出利鞘が縮小し、役務取引等利益も減少するなど、顧客向けサービス業務の利益は過半数の地域銀行でマイナスとなっており、平成27 事務年度の推計・試算を上回るペースで減少している。
現状、地域銀行のバランスシートの健全性に問題があるわけではないが、多くの地域銀行で顧客向けサービス業務の収益低下が続くといった収益性の問題を抱えている。
(イ) 当期純利益の確保に向けた動き
2016 年度においては、顧客向けサービス業務の利益が減少する中、当期純利益の確保に向け、以下のような動きが見られた。
a) 有価証券運用による収益への依存を高める動き
地域銀行においては、預貸率の低下に伴い、収益に占める有価証券運用の割合が高まっており、リスクテイクに見合った運用態勢やリスク管理態勢の構築がこれまで以上に重要となっている。こうした中、顧客向けサービス業務の利益がマイナスとなっている地域銀行の多くは、有価証券運用による短期的な収益への依存を一段と高めており、その結果、金利リスク量が増加している。
有価証券運用については、リスクテイクに見合った運用態勢やリスク管理態勢を構築し、適切なリスクコントロールの下で収益の確保に結びつけている金融機関が見られる一方、一部の地域銀行においては、以下のような事例が認められた。
ⅰ 当期純利益を確保するため、投資信託の解約益や債券・株式の売却益(益出し)に大きく依存している事例。中には、購入した株式「ブル型ファンド」と「ベア型ファンド」のうち、利益が出るファンドのみを売却する一方で、含み損の損切りを先送りしている事例。
ⅱ 利息配当金収入の増加を図るため、市場環境の変化によっては、将来的に大きな含み損を抱えるリスクを十分考えずに、残存期間が極めて長い債券や投資信託への投資を拡大し、金利リスク等を増加させている事例。
出典 金融庁ホームページ 平成28事務年度金融レポート
以上みてきたように金融庁の地銀に対する問題意識は、「貸出業務では利益が確保できなくなってくるため有価証券運用(国債の運用等)を地銀は増やす」が、「この有価証券運用に依存しすぎると金利上昇リスクに弱くなる」 、「一部の地銀では有価証券の含み損処理を先送りさせている」というものです。
では、実際の地銀の経営はどのようになっているのでしょうか。
今回は池田泉州銀行の決算をみていくことにします。
池田泉州銀行の中間決算状況
ここでは地銀大手の池田泉州ホールディングス傘下の池田泉州銀行の事例を取り上げます。
2017年9月中間時点で実質業務純益(≒本業の利益、一般事業会社の営業利益に相当)が赤字となっているためです。
【池田泉州銀行 2017年9月中間「単体」決算】
業務粗利益(一般企業の売上高に相当) 143億円(前年同期比▲183億円)
実質業務純益(一般企業の営業利益に相当) ▲90億円(前年同期比▲187億円)
経常利益 64億円(前年同期比▲35億円)
中間純利益 43億円(前年同期比▲44億円)
この数字をみると池田泉州銀行は業績が急降下しています。
売上高(=業務粗利益)は半減し、営業利益(=実質業務純益)は赤字転落、ただし、経常利益・当期利益は何らかの利益を計上し赤字転落を免れた、といったところです。
では、どのような要因で赤字転落となったのでしょうか。
以下で詳しくみていきます。
池田泉州銀行の赤字要因
池田泉州銀行の2017年9月中間期の業績について、もう少し詳細をみていきます。
一般企業の売上高に相当する業務粗利益について内訳を確認します。
業務粗利益 143億円(前年同期比▲183億円)
うち、資金利益 247億円(同▲11億円)
うち、役務取引等利益 27億円(同▲3億円)
うち、その他業務利益 ▲131億円 (同▲171億円)
※その他業務利益のうち、国債等債券損益=▲130億円(同▲159億円)
ここで留意点があります。
銀行の決算は、一般的な企業と異なり売上高に相当する業務粗利益が項目によってはマイナス(赤字)となることもあります。
今回の池田泉州銀行の場合はまさにその事例に該当します。
すなわち、池田泉州銀行の貸出および有価証券運用による利息等が計上される資金利益は前年同期比で「▲11億円(率では▲4.1%)しか」下落していません。
銀行がマイナス金利政策の影響のおかげで貸出業務が儲からなくなってきているといっても急激に貸出等の収益が落ちる訳ではないのです。
では、今回の決算が売り上げ急減・本業利益赤字となった要因は何でしょうか。
それが、上記の「その他業務利益」であり、その内訳としての「国債等債券損益」なのです。
この国債等債券損益で▲130億円の損失を計上したため、業務粗利益(≒売上高)が急減し、実質業務純益(≒営業利益)も赤字に転落したのです。
業務粗利益は、例を出すと、貸付金の金利収入から預金の利息支払(費用)分を引いた後に残った収益です。(同様に国債の運用により獲得する国債の利息収入から国債の運用に費やした費用(預金の利息支払額等)を控除したものも業務粗利益となります。)
当然、費用が収入を上回るときもあり、今回の場合は費用が収入を上回ったので業務粗利益のうち「その他業務利益」が赤字となったのです。すなわち、運用で収入を見込んでいた国債等の債券での運用が、結果として赤字になってしまい収入を費用が上回ったのです。銀行にとってみれば、預金の利息を預金者に年1%払わなければならないところ、国債が年0.5%でしか運用ができないため、差し引きで損失となってしまったようなものです。
なお、業務粗利益の定義については以下、みずほ総研のホームページから引用しておきます。
業務粗利益とは、銀行の本業の収益から費用を差し引いたもののこと。預金、貸出金、有価証券、債券等の利息の収支を表す「資金運用収支」、為替等の各種手数料の収支を表す「役務取引等収支」、金利スワップ・先物・オプション等のデリバティブ取引や商品有価証券取引等の短期自己売買を目的とした取引等の収支を表す「特定取引等収支」、外国為替や債券のディーリングによる損益等の「その他業務収支」の4つからなる。
出典 みずほ総合研究所ホームページ
以上が池田泉州銀行の業務粗利益が急減し、実質業務純益が赤字になった表面的な要因です。
では、これほどの損失を国債等債券運用で計上した理由はなんだったのでしょうか。
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池田泉州銀行が債券運用で損失を表面化させた理由
池田泉州銀行がこのタイミングで債券運用での損失を顕在化させた理由はなんでしょうか。
これは、冒頭に述べた金融庁の意向が働いていたか、もしくは金融庁の意向を忖度していたことは間違いないでしょう。
池田泉州銀行は地銀の中では大手であり、財務体力も問題ありません。
先に含み損を出して、財務体質をよくしておこうという行動です。
では、ここで池田泉州銀行の有価証券の状況について確認しておきます。
【その他有価証券の含み損益の状況(2017年9月末時点、単体)】
※括弧内は2017年3月末時点と比べた増減額
株式 +243億円(▲117億円)
(国内)債券 +7億円(±0億円)
外国証券 ▲24億円(+138億円)
REIT +17億円(▲11億円)
投資信託 ▲58億円(+28億円)
この有価証券の含み損益の状況をみると分かるように、池田泉州銀行は2017年3月末で多額の外国証券(主に米国債と想定)の含み損がありました。マイナス金利政策が導入された影響もあったのでしょうが、利回りを確保するために米国債へ投資したのです。しかし、それが失敗に終わったということでしょう。
どのように失敗したかは以下をみれば確認できます。
(なお、株式の含み益が急減しているのは外国証券の含み損処理のために、株式を売却したからと想定されますが、ここでは本筋と外れるため特に触れません)
【有価証券のうち「ドル債」の保有額】
2016年3月末 1,720億円
2016年9月末 2,647億円
2017年3月末 2,206億円
2017年9月末 1,173億円
【「ドル債」の含み損益】
2016年3月末 +14億円
2016年9月末 +17億円
2017年3月末 ▲131億円
2017年9月末 ▲7億円
この推移でみて分かるようにマイナス金利政策が導入された2016年2月以降、池田泉州銀行は多額のドル債(≒米国債がほとんどと想定されますが)を購入しました。
当初は運用に問題はなかったのでしょうが、2017年3月末時点では急激に含み損が膨らんでいます。
この時期、金利や為替が大幅に変動したとまではいえませんので、筆者の想定では含み益を出せる米国債だけを売却し(=利益計上)、含み損が出ている米国債はそのままにしておいた(=利益計上せず)可能性があります。そうすると含み益と含み損の合算では含み益だけが減少してしまい、含み損が大幅に拡大します。
これが筆者が想定する池田泉州銀行のドル債の含み損拡大要因です。
そして、2017年9月の中間期では、この拡大した含み損を一気に処理したということです。
ドル債の残高は一気に半分まで低下し、含み損もほぼ一掃されました。
損失の先送りを行わなかったという観点では評価できる対応でしょう。
バブル後の不良債権処理の時代には、処理を先送りにしてしまい、結果として損失を拡大させた銀行の歴史があるからです。
以上が、池田泉州銀行の2017年9月中間で決算が、地銀がかかえる問題の一つのケースとして象徴的であった点の説明となります。
池田泉州銀行の決算評価
では参考までに、池田泉州銀行の国債等債券損益を除いた「実質的な」決算はどうだったのでしょうか。
池田泉州銀行は国債等債券損益の影響を除いた「コア業務粗利益」「コア業務純益」を決算資料でも明記していますので、その数値についてもみておきましょう。
【中間決算数値】
コア業務粗利益 273億円(前年同期比▲25億円)
コア業務純益 40億円(前年同期比▲28億円)
このように国債等債券損益の影響を除外したコア業務粗利益からみると大幅な減収とまではいえません。
しかし、コア業務純益はかなりの大幅減益になっていますので、内容について詳細を確認してみましょう。
2016年9月中間時点のコア業務純益=68億円からの変化値
貸出金利息 ▲8億円(=貸出金にかかる利息収入が減少)
預金利息 +3億円 (=預金金利の引き下げによる預金利息の支払が減少)
有価証券利息 ▲9億円(=米国債等債券の利息収入が減少)
市場関連利益 ▲10億円(=デリバティブでの利益等が減少)
その他 ▲5億円(=経費増等)
以上合計▲28億円の減益要因により2017年9月中間のコア業務純益=40億円
以上の通りとなっています。
債券投資の処理がなかったとしても本業の利益は厳しいことが分かります。
ただし、貸出金利息と預金利息の影響差額である▲5億円は前期のコア業務純益からみると▲7.4%となっています。
むしろ有価証券投資の減益や市場関連利益の落ち込みの方が大きいのです。
すなわち、本業の利益は減益になっていますが、減益幅はそこまで大きくないということも事実です。数字は冷静にみていく必要があります。
印象だけで地銀の決算が厳しいと判断するのは良くないということです。