神奈川県藤沢市にある湘南高校 神奈川県の名門公立高校、湘南高校(藤沢市)。ノーベル化学賞を受賞した米パデュー大学特別教授の根岸英一氏のほか、元東京都知事の石原慎太郎氏や、スポーツキャスターとして活躍した佐々木信也氏など多様な著名人を輩出。最近ではドラフト会議で日本ハムに指名された東京大学の宮台康平投手の出身高校として話題になった。文武両道の湘南を訪ねた。
■宮台投手 東大文1に現役合格
「明るくてまじめな生徒でしたが、とにかく野球モードと勉強モードの切り替えがすごくうまかったと聞いています」。湘南の稲垣一郎校長は、宮台投手についてこう話す。東京六大学で頭角を現したが、湘南時代も激戦の神奈川県の春の地区予選ではベスト8まで進んだ。
稲垣校長は、「左腕の速球投手と評判だったが、勉強は、授業のほかは電車の中とか、寸暇を惜しんでやっていたとのこと。文武両道ですね。湘南の成績トップ層は彼のようなタイプが多い。1時間もムダにしない」という。宮台投手は高校3年の夏以降に引退し、1日12時間勉強して現役で東大文科1類に合格し、法学部に進学した。エースとして東大の15年ぶりの勝ち点に貢献。一方で法律の勉強にも意欲的に取り組んだという。
甲子園で優勝した経験もある 小田急線の藤沢本町駅から徒歩7分のところにある湘南。敷地面積は約4万6千平方メートルもあり、広いグランドに体育館は2つもある。首都圏有数の男女共学の進学校として知られるが、スポーツ施設も充実している。湘南は1921年の開校以来、「三育(知育、徳育、体育)」を推進し、なかでも「体育」を重視、高校野球の甲子園大会やサッカーで全国制覇したこともある。
ラグビーも神奈川の公立高ではトップレベル、フェンシングも強豪校として有名だ。また、文化部も盛んで、合唱部も神奈川県代表として全国高校文化祭にも出演した。部活だけではなく、スポーツ・行事をバネに人材を育成しているのが湘南の特徴だ。
■体育祭に3千人の見物客
稲垣校長は、「ウチの生徒やOBたちは『湘南の体育祭は日本一』だと言ってはばかりません」と話す。日本一といっても定義は曖昧だが、そのスケール感と派手さは地元では有名、保護者を含め地元から毎年3000人あまりが見物につめかけるという。何がそんなにすごいのだろうか。
湘南高校の体育祭。看板の設置工事など作業は大がかりだ=同校提供 湘南の1学年の生徒数は約360人。40人制で9クラスあるが、9月の体育祭では高1~3年まで縦のクラスに9色のチームに分かれて勝敗を競う。走ったり、跳んだりの競技はもちろんあるが、メインは工夫を凝らした仮装や大道具、小道具を駆使したダンスなどのテーマイベントだ。川崎啓子副校長は、「ディズニーランドのパレードのようだといわれることもあります。大道具というのは、自作の動く家などで、かなり大仕掛けです」という。
5×6メートルの巨大看板を9チームごとに制作し、装飾美も競う。各チームごとに総務長と呼ばれるリーダーを選び、実に1年かけて企画を練り、看板や仮装、各道具づくりなどの準備をする。「1つのプロジェクトを各生徒が得意分野ごとに分担して準備作業を進める。スポーツの得意な生徒は競技のプレーヤーになり、理系の得意な生徒は大道具や看板づくりなどの設計や制作を担当し、絵の得意な生徒は看板そのものを描くわけです。運動の得意な生徒も苦手な生徒も関係なく、全員が参加して一つの事業をやり遂げることで自然に見えない力がついていくことに意義があります」(稲垣校長)という。
東京工業大学に進学した湘南OBは、「体育祭の準備ばかりやって、勉強した記憶がない。とにかく自由な学校だ」と話す。
仮装など派手なイベントで盛り上がる体育祭=湘南高校提供 しかも湘南では、4月から11月上旬まで、昼休みの時間に「対組競技」という名目で何らかのスポーツイベントをやっているという。「この期間はほとんど毎日、生徒たちが自主的に企画してやっています。ただ、全員強制ではなく、運動の苦手な生徒に無理強いはしない。選手と応援に分かれて盛り上がります」と体育教師でもある塚越幸雄教頭は話す。上半期はスポーツなどの行事に費やし、「後半の11月~3月は、まさに勉強モード。受験生中心に猛烈に勉強し、追い込みをかけます」(稲垣校長)
■70分授業 進行は早い
11月下旬になると、勉強モードが全開となり、広い校内から喧噪感が消える。湘南は70分授業だ。通常の高校は50分のところが多いが、「前回の授業の復習をして、演習をこってりやり、各生徒の発表などをやると、70分授業が理想的」と稲垣校長は話す。ただ、授業の進行速度は速い。「例えば、森鴎外の『舞姫』に普通の高校が10時間かけるとしたら、ウチは3時間で終わらせる」という。
「湘南の教員には気合いが必要。新しく赴任してきた先生には過去の教え方は捨ててくださいといいます。高いレベルの授業が求められ、アクティブ・ラーニング(能動的な学習)は当たり前。一方、行事になると、生徒が主体で先生はサポート役に徹する必要があるのです」(稲垣校長)
■東大合格者は回復傾向だが
授業ではアクティブ・ラーニングが当たり前=湘南高校提供 17年の合格実績は東大は18人、東工大13人、一橋大6人、京都大学5人。国公立大学の合計合格者は156人だ。1970年代には東大に70~80人が合格してベストテンの常連校だっただけに、もの足りない数字だ。神奈川県では栄光学園や聖光学院など中高一貫の私立男子校が台頭して公立高が低迷、「湘南の東大合格者は、2000年代初頭には1ケタ台にまで落ち込んだが、その後、学校改革を推し進めて20人前後にまで回復した。だが、まだこれからだ」と稲垣校長は強調する。
東大合格者でみると、今年、ライバルの神奈川県立の横浜翠嵐高校は16年の20人から34人と躍進した。首都圏で湘南と同様に文武両道を標榜する埼玉県立の浦和高校は32人、都立西高校は27人。湘南、浦高、西高の3校は海外研修や対抗戦、ディベート大会など交流を深めており、切磋琢磨(せっさたくま)する関係だ。稲垣校長は「現在の生徒の能力なら、湘南は30人近くまではいけると考えている」という。
進学実績向上のため、模試の積極導入のほか、今年から高3に対して図書館を21時20分まで開放することにした。下校時間は19時30分だが、学校側に登録した受験生には延長が認められる。すでに約360人のうち150人強が登録、放課後の図書館は熱気に包まれているという。
湘南高校の稲垣一郎校長 湘南OBは多士済々だ。校内にはOBが運営する「湘南高校歴史館」があり、その中には著名OBの人脈地図がある。ただ、「湘南出身者は官庁や企業にたくさんいますが、OB会をつくったりせず、群れないといいます。個をしっかり持って自分の意見をいえる人が多いからですが、結局、息が合うのか、仲良くなるらしい」(稲垣校長)。
国際政治研究者で、東京大学政策ビジョン研究センター講師の三浦瑠麗さんは、「湘南時代は、集団行動が苦手で、あんまり授業にも出ず、江ノ島とか、鎌倉あたりを勝手に散歩していました。でも今は湘南の先輩にあたる(外交評論家の)岡本行夫さんによくお世話になっていますね」と笑う。
■江ノ島をブラブラ、123位の生徒がノーベル賞学者に
ノーベル賞受賞者の根岸氏。10月20日に母校を訪ねて後輩の前でこう語った。「高1のときは勉強もせず、江ノ島辺りをブラブラしていたら、成績は123位。まずいなと思って勉強して学年で1位になった。東大に入ったが、実は学んだものはなかった。米国に渡って初めてすごいと思った。隣には普通にノーベル受賞者がいる、そんな環境だったからだ。君らも海外に飛び立ちなさい」。湘南は今年、根岸氏が特別教授を務める米インディアナ州にあるパデュー大などで海外研修を実施。40人あまりの生徒が参加した。ほかにも浦高や西高など首都圏の有力公立高校で連携してスタンフォード大など米国の名門大への海外研修もスタートしている。
「もっとも困難な道に挑戦せよ、というのが湘南のモットーです。授業と行事、部活動と3つもやるのは大変ですが、この困難を超えていかないと、国際社会で活躍するリーダーには育たないでしょう」と稲垣校長。文武両道の湘南。新たなグローバル人材の育成に燃えている。
(代慶達也)
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