「常に最高の状態でいたい」。実現するのは難しいが、高い成果をめざす多くの人にとって共通する願いではないだろうか。なんと、それを実現するための科学的方法がついに解明された!
元マッキンゼーのエリートコンサルタントと、オリンピック出場の選手を何人も育ててきたトップコーチがその方法を解明した。彼らは、脳科学から、心理学、スポーツ科学まで、最新科学のリサーチを徹底網羅し、一流に共通するいい成果を出すためのパターンを探り当てた。
その方法を実践し、時間の使い方、休み方、習慣を変えれば、誰でも「自分を最高の状態」にすることに成功し、驚異の成果を連発できるのだ。
本連載では、その成果をまとめた話題の新刊『PEAK PERFORMANCE 最強の成長術』から、一部抜粋して「自分を最高の状態にする方法」を紹介する。
「ラディッシュ」か「クッキー」、どちらを食べた人が思考力に優れていたか?
1990年代半ばのことだ。
当時、ケース・ウェスタン・リザーブ大学で社会心理学を教えていたロイ・バウマイスター博士は、心と心の限界に対する概念を根本から覆してみせた。
あなたは困難な問題に粘り強く取り組んだ揚げ句、心が折れたことはないだろうか。たとえばダイエット中に、1日中ジャンクフードの誘惑に抗い続けたにもかかわらず、夜中についお菓子に手を出してしまったとか。
バウマイスターは、こうしたごく日常的な葛藤を解明しようと考えた。人間の知力や意志力がガス欠になるのはなぜか、どうやってガス欠になるのかを突き止めようとしたのだ。
この問題に着手するにあたって、バウマイスターは精密な最新型の脳画像診断装置を必要とはしなかった。
クッキーとラディッシュでこと足りたからだ。
バウマイスターとその同僚たちは、シンプルで効率的な実験を計画した。まず、チョコチップクッキーの香りが漂う部屋に、67人の大人を集めた。被験者たちが席に着くと、焼きたてのクッキーが部屋に運び込まれた。
皆の口のなかが唾液で満たされたところで、事態は急展開を見せる。被験者の半数は「クッキーを食べてもいい」といわれたが、残りの半数は「食べてはいけません」といわれたのだ。
さらに追い打ちをかけるように、クッキー禁止令が下された被験者にはラディッシュが配られ、「これなら食べてもいい」といわれた。
いうまでもなく、クッキー組はこの実験をやすやすとこなした。同じ状況におかれた者なら誰でもするように、クッキーを心ゆくまで味わうのみだ。それにひきかえラディッシュ組は、歯を食いしばって我慢した。
「彼ら(ラディッシュ組)はクッキーに強い関心を示した。皿に載ったクッキーをうらめしそうに見つめ、なかにはクッキーをつまんでにおいをかぐ者もいた」とバウマイスターは記している。クッキーの誘惑をはねのけるのは容易ではないのだ。
「ふん。それがどうした?」と思われただろうか。おいしそうなお菓子の誘惑にやすやすと抗える者などいようか、と。
だが、実験は後半にさらにおもしろい展開になる。ラディッシュ組の苦悩は終わらなかったのだ。
2つの被験者グループが食べ終えると、今度は解けそうで解けない問題が提示された(お察しの通り、ラディッシュ組は拷問のような苦しみを味わった)。ラディッシュ組はその問題を解こうと19回チャレンジしたが、8分経過したところで音を上げた。それに対して、クッキー組は、20分以上粘って33回もチャレンジしたのだ。
これほどの差が生じたのは、なぜか?
ラディッシュ組はクッキーの誘惑と戦うために「心の筋肉」(意志力)を使ってしまったが、クッキー組は「やる気の燃料タンク」が満タンだったため、全力で問題に取り組めたからだ。
バウマイスターは同じような実験を繰り返し行ったが、結果はいつも同じ。実験の前半で誘惑に勝ったり、難しい問題を解いたり、難しい判断を下したりして“心の筋肉”を酷使した被験者は、焼きたてのクッキーを食べるといった簡単なタスクをこなした被験者に、精神力が必要となる後半でどうしても勝てなかったのである。
「我慢」がもたらすネガティブな影響とは?
人間は物事を理解して判断したり(認知機能)、欲求を我慢したり(自制心)するが、こうした知力がつまった「タンク」は1つしかないらしい。
何かで知力を酷使すると、別のところで頭が働かなくなってしまうのだ。
たとえば、「絶対にいらだったり、悲しんだりしないでください」といわれて、感情を押し殺して悲しい映画を見ると、その後はおいしそうな食べ物を我慢するのも、何かを暗記するのも難しくなる。
それだけではない。心の筋肉を酷使したあとでは、体を使ったタスク(壁に背中をつけて、空気椅子に座った姿勢をキープするなど)もうまくできなくなる。体は元気でも、精神的に疲れていると、その疲れが身体能力に影響することは研究でも裏づけられている。
言い換えると、「心の疲労」と「体の疲労」は、われわれが考えているほど分離しているわけではないのである。
「愛に飢えて──自制は浮気にどう影響するか」(Hungry for Love: The Influence of Self-Regulation on Infidelity)という絶妙なタイトルがついた実験の話をしよう。
この実験では、恋人がいる大学生32人に、異性(一般人に扮した研究者)とチャットルームでやり取りしてもらう。ところが、チャットを始める前に、被験者の前においしそうな料理が並べられる。被験者の半数はその料理を食べることを禁じられ、残りの半数は好きなだけ食べることが許された。
もう想像がつくだろうか。
食事を禁じられたグループは、チャット相手に電話番号を教える確率が高くなり、なかにはコーヒーを飲みに行こうと約束する者もいた。この研究の著者はこう結論づけている。
「週末に自制を強いられていることが原因で、浮気に走る人もいるのではないか」
パートナーにダイエットさせようとしている人は考え直したほうがいいのでは?(いわれなくても、わかってるって?)
「難問」に立ち向かった人だけが得る特権
最近の研究者たちは、クッキーとラディッシュではなく、精密な画像技術を使って「心の筋肉」を研究している。彼らの発見は実におもしろい。
心の筋肉を消耗した被験者に、fMRI(機能的磁気共鳴断層撮影装置)という、脳の活動状況が見える装置に入ってもらう。その結果、疲れた人の脳は独特の働きをすることが判明した。
肉汁がしたたるチーズバーガーの画像を見せても、難しい問題を解かせても、活発になるのは情動反応を司る部位(扁桃体や眼窩前頭皮質)だけで、合理的で深い考察を司る脳の部位(前頭前野)は沈黙したままだったのだ。
別の実験でも、被験者に自制を強いたあとは前頭前野がまったく活動しなくなったという。精神的に疲れていると、複雑な問題を解くのも、自制するのも難しくなり、マンガやクッキーに手を伸ばしたくなるのには、理由があったのだ。
疲労の限界までバーベルでトレーニングすると、腕が思うように動かなくなるのと同じで、誘惑に抗ったり、難しい決断を下したり、手ごわい問題に取り組んだりして精神力を酷使すると、心はうまく機能しなくなる。
クッキーが食べたい、厄介な問題を解決するのが億劫で仕方がない、体が悲鳴を上げる前に運動をやめたいなどと感じたら、それは心が疲れているからかもしれない。最悪の場合は、大切な人を裏切ることだってあるだろう。
体に負荷をかけたあとに休息すると、前よりタフな体になるように、心もストレスを受けたあとに回復すると、前よりも強くなる。
科学者たちによると、人間は誘惑に抵抗したり、物事を深く考えたり、強く集中したりするたびに、同じことが前よりもうまくできるようになるそうだ。かつては意志力には限界があるといわれていたが、最新の研究はそれに異論を唱えており、小さな成長を積み重ねることで人は鍛えられ、やがて大きく成長するといわれている。
いずれにせよ、意志力であれ、自制心であれ、いかなる知力であれ、心を酷使し続けるとやがて疲れ果ててしまうだろう(少なくとも効率は落ちる)。かといって、まずは小さい問題を解決して力をつけなければ、精神的にタフで難しい問題を解決できるようにならない。
結局、行き着くのは「負荷+休息=成長」という原点なのである。
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今から30年近く前、関西の大学生を中心に運営され、数々の事業を展開したリョーマという会社がありました。リョーマは創業後5年で経営破綻に陥りましたが、同社からは、現KLab代表取締役社長の真田哲弥氏、現GMOインターネット取締役副社長の西山裕之氏、現Indeed Japan代表取締役社長の高橋信太郎氏、NIKKO創業者の加藤順彦氏など、数多くの起業家が輩出されています。
今回は杉山さんに、ご自身の原点でもあるリョーマでの体験について伺いました。聞き手は、株式公開後も精力的に発展を目指す“ポストIPO・スタートアップ”を応援するシニフィアン共同代表の、朝倉祐介さん、村上誠典さん、小林賢治さんです。(ライター:石村研二)
リョーマ出身者の成功が周りの仲間を感化した
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):杉山さんの経営者としてのキャリアの原点は、おそらく学生時代に関わられていたリョーマにあるのではないかと思います。そうそうたる起業家の方々を輩出していて、僕からすると幕末の松下村塾みたいな存在に感じられるのですが、リョーマでのご経験は杉山さんにどのように影響しているのでしょうか?
杉山全功氏(以下、杉山):なんでしょうね。5年とか10年とか長い期間一緒にいたわけではないし、ビジネスのノウハウやテクニックを吸収し合ったというのも、実は意外と少なかったんですね(笑)。
でも、同じ時代・時間を共有した仲間なので、リョーマ出身者の誰かが後になって成功したり失敗したりする中で、どこかお互い切磋琢磨しあっているというのはあります。この間、陸上の100メートル走で桐生祥秀選手が日本人として初めて10秒を切りましたけど、こうなったら次々と10秒を切る人が出てくるんじゃないかっていう予感がするじゃないですか。誰か一人が堰を切ったら、周りも感化されて一気に行く、みたいなね。仲間とのつながりの中で誰かがうまくいったら俺も頑張らなきゃ、といった引っ張り合いはある気がしますね。
村上誠典(シニフィアン共同代表):たしかに、近くで誰かが堰を切ると、自分もできそうな気がしますね。
杉山:そうですね。たとえば上場にしても、周りにやったことある人がいなければ、まったく違う世界の話のように聞こえてしまうと思うんです。でも、学生の時の仲間が上場したっていう話を聞くことが何度もあると、それが特別に感じられなくなるというか、それをやることに違和感がなくなる、というのはあるかもしれないですね。
朝倉:シリコンバレーと日本の違いも、そこにあるように思うんですよ。僕は去年までスタンフォード大学で客員研究員をしていましたが、学校にいると、スタートアップをやっている学生や教員、先輩が周りにたくさんいるので、起業することが何か特別なことだとも感じられないし、抵抗もなくなる。そういう場の中にいるかどうか、が大きい気がするんです。僕は杉山さんも登場されている『ネット起業!あのバカにやらせてみよう』という本を学生時代に読んで非常に感銘を受けたんですが、日本のネット業界の礎を築いた方々が総出演しているじゃないですか。「俺たちならできるだろ」といった熱気や雰囲気が伝わってくるんですね。
杉山:たしかに、そういう空気感はあったし、今思えばそれが大事だったのかもしれないですね。当時はそんなに意識してなかったですけど。当時は、ドロップアウト組というか、大きな組織に適合しない人たちが集まっていて、それでそういう空気感が醸成されていたんでしょうね。それに資金調達能力もないしITもなかったので、やれることってだいたい代理店業だったんですよ。その中でリスクをとって商売をして、運のいい人間が大きな仕事を掴んで大きくなっていくような感じでした。
でも今は、ITを使えば設備投資もあまりいらないし、資金もあまり必要ない。しかも、メーカーになることができますよね。価格決定権を握って、利幅の大きいビジネスをすることもできる。そうやってビジネス構造自体が変わってきてるから、起業自体がやりやすくなってますよね。
経営者が必要なスタートアップ、絶賛募集中!
小林賢治(シニフィアン共同代表):起業自体はやりやすくなっても、日本のスタートアップの多くは代替わりのタイミングを上手くつかめていない印象があります。ミクシィやヤフーは経営者の代替わりによって会社が大きく変わりましたが、なかなかそういう例は少ないですよね。杉山さんの場合、後進に譲ろうと思うタイミングというのはいつなんですか?
杉山:理想は、自分がいなくても回るな、と思ったときですね。enishの場合は創業者に返したんですが、マーケットの環境の中でちょうど、ガチガチにやるマネジメントから、もっと現場の意思疎通を優先したマネジメントに移行したほうがいい時期に当たっていたんですよ。それに、スタッフも揃ってきて創業者がマネジメントに手が回るようにもなっていたので、良いタイミングで交代できたと思います。
朝倉:enishを退任なさってから今は「就職活動中」だそうですが、次はどんな事業に携わりたいとお考えですか?
杉山:あまり事業そのものにこだわりがないと言うと語弊があるかもしれないですけど、「これでなくちゃいけない」っていうのはないんです。ただ、ゼロから1というのは向いていないと思うので、1ないしコアなところができてこれから成長したい、というところと組んで何かできたらと思ってます。
朝倉:杉山さんにお力添えをお願いしたいという方にはどんどんと声を上げてもらえるように、しっかり宣伝しないといけませんね(笑)
今日はどうもありがとうございました!
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あいさつの後に間髪入れずご当地ネタ 小泉進次郎に学ぶ“つかみ”のコツ
前回の連載、「女性に好かれる褒め方は『具体的に』『みんなの前で』『1人ずつ』が鉄則!」では、女性の褒め方についてお伝えしました。そこで今回は、会話の“つかみ”のコツについてお伝えしましょう。
会話のつかみというのは、簡単に言えば「ボールの投げ方がうまい」ということ。特に女性の場合は、変なボールを投げてしまうと、「そんなところを見てほしいんじゃないのよ」としらけてしまいます。「そこを見てくれたのね!」というつかみが言えて及第点なのです。
“つかみのプロ”といえば、自民党の小泉進次郎さんでしょう。彼は女性ファンも多いのですが、つかみの一言が何とも素晴らしく、彼女たちのハートをつかんでいるのです。
彼の応援演説をいろいろ研究したのですが、とにかく始めの声かけに間髪がないところが特徴です。
大きな声で「みなさーん、おはようございまーす!」と投げかけ、一瞬で自分に注目を集めるところから始まり、その後すぐさま、演説している地域にゆかりのある「ご当地ネタ」で聴衆に好感を持たせます。
衆院選の札幌での応援演説では、あいさつの後、「北海道といえば大泉洋さんですけど、今日は小泉で勘弁してください」というつかみでした。実にうまいですね。
そして、集まった聴衆だけでなく、お店から顔を出した人がいれば「お蕎麦屋さんのお母さん、お仕事中にありがとうございます」、予備校から顔をのぞかせた生徒がいたら「今だけは勉強を休んで」などと、どんどん具体的に声をかけていきます。
普通の男性が、進次郎さんほどのつかみが言えたら、モテてモテて仕方ないでしょうね。でも、ご安心ください。進次郎さんほどでなくても、コツさえつかめばモテる男になれます。
私が普段、目にするお見合いの場では、コミュニケーション下手な男女がやり取りすることが多いので、相手に好感を持たれれば成婚の確率はまちがいなく上がります。つまり、会話のつかみで相手に好印象を与えておけば、本題であるデートでの会話はたいしたことなくても、うまくいくものなんです。
初対面のつかみは 自己紹介型と妄想型
それでは、初対面の相手に対するつかみで使える、二つのフレーズを伝授しましょう。
まず、一つ目は自己紹介型です。
「こんにちは。山田太郎です。よくある名前ですよね」というように、自分の名前を名乗るとともに、名前の説明をする。名前を名乗るだけだと忘れられがちですが、一言説明を添えるだけで耳に残るものです。
そしてもう一つが妄想型です。
「伊集院華子さんですね。お名前を聞いた時からすてきなお名前だなあと思っていました」というように、相手の名前から「どんな人かなぁ」と想像し、自己紹介の時に伝えてみましょう。例えば「温子」さんなら「優しそうな人なんだろうなと思っていました」といった感じです。名前を褒められて嫌な人はいません。
ビジネスシーンでは 名刺と相手の名前からヒント
この二つは男女の場合ですが、同性の場合が多いビジネスシーンでの会話のつかみもあります。ビジネスマンが初対面で行うのは名刺交換ですが、その際に使えるつかみです。
まずは、名刺からヒントを得るテクニックです。
「貴社のロゴはかっこいいですね。これは何がモチーフになっているんですか」というように、名刺の中に書かれているロゴやイラスト、テキストから、気になったことを軽く聞いてみましょう。会社に興味を持たれたことに、相手は好印象を持つはずです。
続きまして、相手の名前をフルネームで呼び、感想を言うというのもあります。
まず「海山良夫さんですね」というように、名前を呼んでみること。普通は、名字しか呼ばれませんので、相手は「おっ!」と思います。
そこですかさず、「海山という名字はめったにないですね」と言えば、「そうなんです、これは私の地元に多い名字で…」などと自分から話をしたくなります。
この際に使えるフレーズはいくつかあります。「変わった読み方ですね」「きれいな文字のお名前ですね」「どんな意味がこもったお名前なのですか」などと、名字や名前に興味を持って質問をしてみましょう。
自分の名前についてはどんな人もエピソードを持っていますので、話すことはうれしいもの。本題に入る前に相手がいい気持ちになること請け合いです。
相手にインパクトを残すなら、大事なのはやっぱり初対面。営業マンはもちろん、「自分は印象が薄いかも」と思っている人がいたら、必ずやってみましょう!
(結婚相談所マリーミー代表 植草美幸)
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衣料品専門チェーンのしまむら(埼玉県)が、組織や売り場改革に乗り出している。2000店舖の節目に取り組み始めた「業務プロセス改革」だ。3000店舗体制の実現に向けら戦略を、しまむらの野中正人社長に聞いた。(「ダイヤモンド・チェーンストア」編集部 下田健司、田中浩介)
2000店舗の節目に 組織運営を見直す
──2016年2月期から改革に乗り出しています。
しまむらが抱える課題として、硬直した組織運営の仕組みがあり、これが業績低迷の原因になっていました。
野中正人(のなか・まさと)/しまむら代表取締役社長。1960年7月22日生まれ。84年3月中央大学法学部卒業。同年3月しまむら入社、鴻巣店勤務。85年9月商品部第2課コントローラー。87年2月商品部第3課バイヤー。92年2月商品部第7課長。94年2月経理部経理課長。98年2月商品4部長。99年2月経理部長。2003年5月取締役人事部・総務部・経理部統括。05年5月代表取締役社長に就任。
チェーンストアは、規模拡大に合わせて組織の運営を見直さなくてはなりません。しかし、当社はマイナーチェンジを繰り返してきただけで、根本から仕組みを変えてきませんでした。すると、店舗数が増えるにつれて「例外」がどんどん増えていきました。
社員の多くは、仕組みを変えて解決しなくてはならないと頭の中では分かっていても、実際には人を増やして対応することが多かったのです。人を増やせば一時的に楽になるかもしれませんが、改善しようというモチベーションが薄れてしまいます。
このような状況を打開するため、16年2月期に国内外合計の店舗数が2000店舗に達したことに合わせて、16年2月期から3ヵ年計画で組織や働き方の見直しを図ってきました。
具体的には、「2000店舗、変革の年」というテーマを設けて、特に業務プロセスの改革を進めてきました。チェーンストアの経営は「標準化」(Standardization)、「専門化」(Specialization)、「単純化」(Simplification)の3Sが基準ですが、当社では「仕組み化」(Systematization)を加えた4Sを徹底することにしたのです。
バイヤーの業務内容と 評価方法を変える
──どのように業務プロセスを見直されたのですか。
まずは、商品調達を担当するバイヤーの業務を見直しました。
当社はチェーンストアですから、「高感度」「高品質」の商品を低価格で提供することを使命としています。スケールメリットを生かしてすべての商品を全店で扱い、「売り切れ御免」で新しい商品を次々と投入しています。
しかし、実際には全店で同じように売れるわけではありません。ですからバイヤーは早期に売り切るため、売り上げが見込める店舗に重点的に商品を配分していました。そのためバイヤーは、常に店舗ごとに数量を打ち込む入力業務に追われていました。また、売り上げの少ない店舗には一部の商品が届かないため、店舗間の売上格差が広がっていたのです。
この状況を解消するため、入力業務を見直し、基本的には全店に同じ枚数を納品するようにしました。これによりバイヤーの入力作業を大幅に削減できました。また、売り上げの少ない店舗にも、ほぼすべての商品が入るようになり、売り上げを押し上げることにつながりました。
また、バイヤーの評価期間も「月単位」から「週単位」に変更しました。
例えば在庫について、従来は月次の決算を迎える毎月20日の在庫金額でバイヤーを評価していました。しかし、そのことで新しい商品を投入するタイミングが毎月20日過ぎの数日に集中していました。その結果、店舗の作業量が集中し、店舗従業員にかかる負荷が大きくなっていたのです。
人手不足に直面する中、作業量の変動幅が大きいために、店舗従業員の重要業務である接客がおろそかになってしまうケースも発生していました。一方、物流面では、納品が集中する毎月20日過ぎの数日は、チャーターしている配送トラックだけでは間に合わないため臨時便を手配していて、物流コストが高止まりしていました。
バイヤーの評価期間を変更したことによって、毎月20日過ぎに集中していた店舗作業を平準化することができ、接客にも時間を割けるようになりました。
同時に、販売計画も週単位に変えました。その結果、店舗の販売動向にきめ細かく対応できるようになりました。新商品投入のタイミングが週次となり、納品数量が安定するようになったため、チャーター便の積載効率も高まり、臨時便を減らすこともできました。
設備は10年ごとに 売り場は3年ごとにリニューアル
──新商品投入を週単位に変えたことにともない、売り場づくりも見直したのですか。
店舗数が増加するにつれて、バイヤーも在庫を管理するコントローラーも本社での業務が増え、売り場を見る時間を確保できなくなっていました。そのため店舗では大量の在庫を抱え、売り場に古い商品が並んでいました。見映えのしない、旬の感じられない売り場になっていたのです。
そこで週単位の販売計画の実施に合わせ、売り場づくりについてあらためて社内で議論しました。その結果、女性のお客さまに買物を楽しんでもらえるような売り場をめざそうという結論に至りました。
女性向けでいちばん伸びしろがあると期待しているのがアウターです。17年2月期から新しい売り場への改装を進めており、アウターを売り場中央に広くレイアウトして、着こなしやコーディネートの提案に力を入れています。毎週、季節感あふれる新商品を投入し、高速回転させることで、いつ来店されてもお客さまを飽きさせない、楽しい売り場にしています。
一方で、肌着や靴下などの実用衣料の売り場を縮小し、アイテム数を約3割減らしました。しかし、実用衣料は目的買いをするお客さまが多いので、1アイテム当たりの在庫量を増やして、欠品させないようにしています。
このほか、売り場の目新しさをよりいっそう打ち出すため、これまでよりも低い什器を導入して、売り場全体を視認しやすくしました。17年2月期は主力の「しまむら」業態の約半数の店舗を改装しました。今期中に全店舗を改装する計画です。
これまで、老朽化した設備を刷新するため、10年ごとにリニューアルしてきました。今後は、設備とは別に3年ごとに売り場のリニューアルを行う考えです。
──そのほか売り場をサポートするために、どのような改革を進められているのですか。
業務内容を一つひとつ見直し、これまで人が行っていた仕事でも、テクノロジーに置き換えられるものは置き換えるようにしています。
先ほど、全店に同じ数量の商品を納品すると説明しましたが、当然ながら立地や商圏による売り上げの多寡によって店舗ごとの在庫量には差がでます。そこで、在庫の多い店舗から少ない店舗に商品を移送する指示を自動化し、適切な在庫に調整できる自動移送システムを開発しました。バイヤーが投入枚数を調整して入力するよりも、納品してから自動で調整した方がはるかに効率的です。
また、売れ行きに応じて自動的に値下げするシステムも導入しました。商品の消化率や販売期間など一定の条件を設定し、在庫が設定した基準に達したら自動で値下げの指示を出せるようにしています。ただ、値下げは利益に大きくかかわってくるので、最終的にはコントローラーが判断するようにしています。
このようにIT化を含めた業務プロセス改革を進めて、本部と店舗の業務量や作業量を減らすことができれば、本部は先々の計画を早めに進められます。店舗は作業量の平準化が図られることで、チェーンストアの店舗運営に徹することができるようになります。
一連の業務プロセス改革を通じて、従業員の意識が変化していることを実感しています。これまで「そうは言っても…」が口癖だった社員が「今度はこうしてみよう」に変わりつつあるのです。「変革」を掲げて3期目となる今期は、社員が自発的に仕組みを変えてくれることに期待しています。
国内市場は今がチャンス 大都市部への出店を強化
──今後の出店戦略を教えてください。
17年2月期末に国内だけで2000店舗を超えました。チェーンストアの成長エンジンは店舗数を増やすことですから、3000店舗まではわき目もふらず、とにかく店舗数を増やしていく考えです。
国内の「しまむら」業態は1365店舗(17年2月20日現在、以下も同じ)となりましたが、まだまだ出店の余地はあり、2000店舗は可能でしょう。とくに東京や大阪など人口の集中する大都市部への出店を増やす方針です。東京であれば山手線内や東急線、京王線などの沿線に店舗を出したいと考えています。しかし「しまむら」の標準的な売り場面積の1000平方メートル前後にこだわっていると出店は難しいので、500平方メートル前後の小型店の開発に再度取り組もうと考えています。
もちろん大都市部だけでなく、地方にも出店します。現在、1600〜1700平方メートルの大型店の実験も行っており、これがうまくいけば売り場面積の異なる複数の店舗を組み合わせてシェアを高めることができます。既存店の近くに出店をすれば当然既存店の売り上げは落ちますが、そのエリアでのトータルのシェアは確実に高まるでしょう。
若者向けのカジュアル衣料を扱う「アベイル」は301店舗となりました。17年2月期は商品構成の見直しなど既存店に力を入れたため出店は5店舗にとどまりましたが、今期は積極的に出店していく考えです。
また、ベビー・子供用品の「バースデイ」は240店舗となりました。17年2月期は「しまむら」よりも多い30店舗を出店しており、今期も同じようなペースで出店する計画です。衣料品に加えて、子供用品がひと通り揃う専門店としての認知が進んでおり、既存店は好調を維持しています。
靴専門店の「ディバロ」は17年2月期に100坪以下の9店舗を閉鎖し、11店舗となりました。これからは150坪を標準店として出店を加速し、早期に100店舗体制とする方針です。
国外では、台湾が順調です。17年2月期は3店舗を出店して42店舗となりました。今後も年間2〜3店舗を出店していく予定です。中国は上海に出店しているのですが、厳しいというのが正直なところです。現在の11店舗を維持しながら、中国のマーケットに合わせた品揃えを探っていく考えです。
──国内の衣料品市場をどのように見ていますか。
国内は、今が事業拡大のチャンスと見ています。衣料品業界は為替が安定せず、売り上げが伸びない「衣料品不況」に直面しており、閉鎖する店舗が増えていく可能性が高いからです。そのぶん、当社が出店する余地も増えると前向きにとらえています。
国内の衣料品市場は漸減しています。今後もその傾向が続くでしょうが、枚数ベースでみると減少幅は小さいと見ています。高単価の商品が売れなくなる一方で、リーズナブルな商品へのニーズが高まっていると感じています。われわれにとっては大きなチャンスであり、「しまむら」に見向きもしなかった消費者の来店が期待できる状況にあるのです。とくに店舗の少ない大都市部には、多少無理をしてでも「しまむら」を出店していく価値はあると考えています。
既存事業だけでなく、新しい事業を立ち上げるのも今がチャンスでしょう。M&A(合併・買収)を含めて、可能性を検討していきたいと思います。
20年2月末までに 全店で電子マネー対応
──ネット通販(EC)についてはどのように考えていますか。
リアル店舗ばかりを増やしていけばいずれ限界にぶつかりますから、ECにきちんと対応していかなくてはならないと思っています。
ECに限らず、消費者が求めていることについては、できるだけ対応していきたいと考えています。今期から電子マネーを導入するためにレジを順次入れ替え始め、20年2月期末までに全店で電子マネーを利用できるようにする計画です。
お客さまの利便性を考えると、自社ポイントや共通ポイントの導入も検討すべきかもしれません。実際に導入するかどうかは慎重に詰めていきますが、これまでのように「やらない」と決めつけるのではなく、なんでも検討していくつもりです。
──SPA(製造小売業)志向の企業が増えていることについて、どのように見ていますか。
SPAであるとか、SPAでないとかをそれほど区別する必要はないと思っています。
お客さまの生活を豊かにできる品質であり、流行を取り入れた商品を低価格で販売することが当社の使命です。これを実現するサプライチェーン・マネジメントを自社だけでやるのか、取引先を含めた複数社でやるのか、どちらであってもローコストで運営することが最も重要になると思います。
当社は全店で販売する商品を増やしており、SPA企業並みの数量を発注する場合もありますので、それなりのスケールメリットを発揮できていると思います。また、われわれが扱う商品は、サプライヤーが当社向けに開発しているものがほとんどですから、今のところはSPAにこだわる必要性を感じていません。
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「派遣社員の選考や面接をしてはならないが、会社見学と表現するならば、1回は実施してもよい…」。派遣社員就業には“掟”があり、掟破りの手口も横行している。しかしこの掟も掟破りも、そもそもトンデモな理由から生まれている。(モチベーションファクター株式会社代表取締役 山口博)
派遣就業を巡る“掟”を あの手この手で破る
派遣社員が就業したり、就業先企業が派遣社員を受け入れたりするにあたっては、トンデモな掟が存在している。「就業先企業は、どの派遣社員に就業してもらうかを選択することができず、従って、派遣社員の選考や面接をすることができない」というものだ。
このように書くと、違和感を覚える読者が多いに違いない。「自分の会社では、選りすぐって派遣社員を採用している」「受付スタッフは派遣社員だが、明らかに選考しているはずだ」「先日、派遣社員の面接が行われていた」という反応が聞こえてくる。
「派遣社員の選考や面接をすることができない」という掟があるが、「選考や面接をしている」というのが実態である。そう、この掟には、さまざまな抜け道があるのだ。
就業先企業は派遣社員の選考をすることができないので、派遣社員の履歴書を取り寄せて見ることができない。そのかわりに、「キャリアシート」という名の、派遣社員の氏名や年齢、学歴、過去に就業した企業などの詳細や固有名詞を伏せた資料が、派遣会社から就業先企業へ送付される。就業先企業の人事部は不便ではあるが、固有名詞が伏されたキャリアシートをもとに選考している。
面接することができないので、「派遣社員の採用面接」という表現をすることができない。その代わりに、「派遣社員の職場見学」という表現が用いられる。
選考や面接をすることができないので、職場見学(という名の面接)は、一度きりしか実施してはならない。例えば、派遣社員に社長秘書として働いてもらいたい場合、ボスになる社長と人事部長、そして候補の派遣社員の三者が、会えるようにスケジュール調整しなければならない。もしそれができなければ、事前に顔合わせすることがなく就業が開始されたり、逆に見合わせたりする。
この職場面接のアレンジは結構面倒で、就業先企業の人事部はスケジュール調整に難儀しているものだ。
全国で行われている 不毛なやり取り
就業先企業と派遣会社との間では、次の会話が必ずと言っていいほど繰り返される。
・「履歴書は送ってもらえないのか」に対し「送ってはいけないことになっているのでキャリアシートを送る」
・「面接はいつにするか」に対し「面接という表現は使ってはいけないので職場見学と言ってくれ」
・「職場見学は一度しかできないのか」に対し「一度しかできない」
実に不毛なやりとりである。
人事部の派遣社員担当者は、履歴書ならぬキャリアシートの読み方に慣れ、職場見学という表現に慣れ、スケジュール調整に長けて一人前と言われるのだ。こうしたことを覚えることが、果たして生産的なことなのだろうか。
そもそも、この派遣就業を巡る掟の存在自体がおかしい。派遣社員からみても、就業先企業からみても、お互いによく知らないのに、就業するかしないかを判断せざるを得ないなんて滅茶苦茶である。
「正社員採用ならいざ知らず、派遣社員なのだから、そういうものだろう」と考える派遣社員もいるだろうし、「派遣社員採用に労力をかけられない」という人事部担当者もいるだろう。しかしこのことが、派遣社員の定着を阻害しているのではないか。そして実際、この掟がおかしいからこそ、前述したようなキャリアシート作成や職場見学という抜け穴を多くの企業が利用するのだ。
私には、この掟が派遣社員にも、派遣会社にも、そして人事部にも、何のメリットももたらさないと思える。三者それぞれ、費やさなくてもよい時間と労力を負担し、あげくの果てに派遣社員の定着率を悪化させている。全国で行われている時間と労力の総和を想像すると、気が遠くなるような話だ。
派遣会社の過剰反応が 生産性を低下させる
実は、この話には、なんともやるせないオチがある。
この掟は、「労働者派遣(紹介予定派遣を除く)の役務の提供を受けようとする者は、労働者派遣契約の締結に際し、当該労働者派遣契約に基づく労働者派遣に係る派遣労働者を特定することを目的とする行為をしないように努めなければならない」と定めた労働者派遣法26条7項に基づくものだ。
法律の文末に注目してほしい。「努めなければならない」とは、いわば“努力目標”と受け取るべき表現だ。そもそも努力目標なのであれば、三者の前記の反応は過剰過ぎるのではないか。にもかかわらず、義務として派遣社員や就業先企業に強要される一方、掟破りが横行しているのは、過去に業務停止に直面した派遣会社の過剰反応であると思えてならないのだ。
派遣社員は、就業先企業によって雇用されるのではない。雇用ではないので、選考も面接もしてはならない。この理屈は分からなくはないが、多様化する働き方を認めて就業力を増大させ、そもそも生産性を高めていくためにはどうしたらよいかという視点から見れば、この掟自体が、生産性向上の阻害要因になっていることは、確かではないだろうか。
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外食チェーンはあの手この手で“胃袋”を奪い合っている。せっかく店でおなかを満たすなら、料理と共にそのビジネスモデルまで味わい尽くしたくはないか。『週刊ダイヤモンド』11月11日号の第1特集「味から儲けの仕組みまで 外食チェーン全格付け」の拡大版として、「週刊ダイヤモンド」と別テーマあるいは未掲載箇所をたっぷり盛り込んだ経営者たちのインタビューをお届けする。第7回は回転寿司大手であるスシローと元気寿司の経営統合を主導する米卸大手、神明の藤尾益雄社長に聞く。(『週刊ダイヤモンド』編集部 大矢博之)
――9月29日、スシローと元気寿司の経営統合が発表されました。米卸大手の神明がなぜ回転寿司業界の再編を主導したのでしょうか。
ふじお・みつお/1965年生まれ。89年神明入社。常務、専務を経て2007年より現職。13年カッパ・クリエイトホールディングス会長兼社長、14年元気寿司会長 Photo by Hiroyuki Oya
まずわれわれが2012年に元気寿司に出資した理由からお話ししましょう。当時、私は出張先のインドネシア・ジャカルタで昼食を取るため、現地の回転寿司店を訪れました。回転レーンなどといった内装は日本の回転寿司店と変わらず、午後2時過ぎなのに行列ができていました。
寿司を食べてみて、驚きました。日本の寿司と比べて遜色ない味だったのです。興味を持ったので寿司を分解し、シャリを調べました。どう見ても日本米ではなく、カリフォルニア米。そこは残念でした。
海外でも回転寿司店がこれだけ流行っている。店の従業員も客も現地の人なのに、日本の回転寿司店と変わらない光景が広がっている。寿司は世界に広がると確信しました。
帰国後、海外進出に積極的な回転寿司店を調べ、元気寿司の存在を知りました。当時で海外に80店以上を展開していて、今は160店を超えています。すごい会社だなと感じ、元気寿司の大株主だったグルメ杵屋に接触しました。グルメ杵屋の社長は、ダイエーの中内功さんが主催していた経営者の2世が集うビジネスクラブに共に参加していて、よく知る間柄でした。こうして元気寿司の株を30%弱取得したことが、回転寿司業界に参入するきっかけとなりました。
――海外展開が目的なのですか。
回転寿司は国内でも大きな産業ですよ。しかも、居酒屋大手の優良店の月商が1000万円の時代に、回転寿司店は月商2000万円、優良店は3000万円を超えます。
回転寿司店は二世代、三世代と大人数で訪れやすく、祖父母が孫を連れて来ることができる。0歳から100歳までを満足させる底力があり、家族のコミュニケーションの場としても活躍している。子供の好きな食事のアンケート調査でも、寿司は上位に入ります。
元気寿司に出資した際、「なぜ異業種に参入するのか」とよく言われました。でも、寿司はネタとシャリでできています。だから米のプロが取り組むべきビジネスです。米卸にとって、寿司店はまさにど真ん中の、力を投入すべき業態なのです。
――米卸にとってメリットはどこにありますか?
米の消費量は年々減っています。昭和の時代には年間1300万トン、1人当たり月に10キロ食べていたのに、今や年間の消費量は750万トンにすぎません。600万トンも食べなくなったという恐ろしい減少量です。
米離れの理由には、炭水化物を控えたダイエットなどもありますが、食べるまでに炊いて蒸らすなどの手間がかかることも一因です。だからわれわれは、米を炊き、すぐに食べられるご飯の状態へと加工して届けることに注力しています。
とりわけ寿司は、ネタの鮮度とシャリの味という、外食でも素材勝負の業態です。米の消費を拡大するためには、外食産業の存在は欠かせないのです。
――元気寿司とスシローの統合の狙いは?
回転寿司の国内市場を広げることです。現在、寿司全体の市場は約1.5兆円ですが、回転寿司が占める割合はまだ約4割。ですが、回転寿司は1兆円まで拡大できる余力があり、まだまだ出店する余地があります。回転寿司は米の消費をけん引すると考えています。
また、これは私の持論ですが、どんなカテゴリでもチェーンのトップ3しか生き残れません。米や魚の価格も上昇しているため、原価が高くなり、人件費のコストも増えています。かつて1店舗の損益分岐点は月商1500万~1600万円程度でしたが、いまや1800万円まで上がっています。元気寿司だけでは規模の問題がありました。スシローと元気寿司の統合で、調達力を高める必要があります。
――元気寿司とスシローで商圏が重複する店舗の閉鎖についてはどう考えていますか。
元気寿司は北海道や北関東など、支持されているエリアがあります。一方、スシローは兵庫と大阪に強いといった違いがあります。エリアごとに協議し、店の方向性を考えていくべきでしょう。ただ、元気寿司とスシローで商圏が完全に重複する店舗は2、3店舗程度しかありません。商圏のサイズが大きく、いずれの店舗も好調ならば並存しても面白いと考えています。
――ブランド戦略についてはどう考えていますか。
スシローと元気寿司の魚べいを並存させていきます。この2つのブランドは、客層に違いがあります。
スシローは子供に人気で、家族層に強い。魚べいは学生や外国人に人気。スシローは従来型の回転寿司店ですが、魚べいは4ヵ国語に対応した最新のタブレットを使った注文方式を採用し、白基調のカウンター席が中心の“回らない”回転寿司店です。店の個性の違いを出せると考えています。
――今後の出店戦略の方針は。
これまでの年間出店数は元気寿司が10~15店で、スシローが約30店です。今後についてはこれからの両社の話し合いになりますが、スシローには全国的な知名度があり、郊外ロードサイドの大型店に強みがあります。ですので、これまで手薄だった北陸や四国といった広範囲に進出していけるでしょう。
魚べいは北陸や四国へと手を広げる必要はありません。むしろ、インバウンド客などを狙った大都市を中心に攻めるべきです。
――寿司に使う米は元気寿司とスシローで違います。今後統一していくのですか。
確かに元気寿司は神明の米を使い、スシローは全農パールライスです。ただ、われわれの最大の仕入れ先は全農であり、全農にとっての最大の得意先は神明です。
回転寿司業界をわれわれも独自に調査していますが、100円回転寿司でシャリが美味しいのは元気寿司とスシロー。全農パールライスが研究を尽くしてシャリに合う米をスシローに提案していて、われわれも元気寿司のために専用の米を提供しています。米のプロがついている2社のシャリが、やはり美味しい。
シャリの味には好みもありますので、スシローのシャリを無理やり変えなくてもよいでしょう。米の消費を拡大させて農業を元気にするという最終的な目的は、われわれも全農も同じなので、慌てて米を統一する必要はないと考えています。
――米を統一して販路を拡大できなければ、神明にとっての経営上のメリットはないのでは?
スシローと元気寿司の将来の店舗数は、国内外で1000店や1500店を目指していきます。回転寿司は海外でも成長する余力があり、日本の食文化を海外に広めることを通じて、日本の米などの原材料も海外に広めたいのです。
まず海外の消費者に食べてもらうために外食を使い、「寿司や定食にはやっぱり日本米が一番合うよね」と気づいてもらえれば、海外の食料品店に日本の米が並ぶ時代がやって来るでしょう。
それに加え、海外の元気寿司の店舗で使われている米はわれわれが提案しており、海外展開のノウハウはスシローより元気寿司の方が豊富です。寿司を海外にどんどん普及させ、海外でのわれわれの米の消費が伸びていけばよいと考えています。日本の米を世界に広げていきたいです。
――元気寿司は2013年にかっぱ寿司との統合を発表しましたが破談した過去があります。今回の統合は本当にまとまるのでしょうか。
かっぱ寿司との統合話は、救済型だったという違いがあります。わが社にとって、もともとかっぱ寿司は重要な取引先だったのです。
2000年にわれわれは埼玉県本庄市に精米工場を建設し関東に進出したのですが、当時は販売先がありませんでした。月に5000トンの精米能力があったのに、1000トンしか売れなかった。そのとき、埼玉県を本拠とするかっぱ寿司に飛び込み営業をかけ、取り引きを始めてくれたのです。私は当時、営業本部長で自ら開拓した取引先ですので、思い入れがありました。
その後も、取引量を増やしてくれたかっぱ寿司は、精米工場の主要顧客になりました。ところが、次第に業績が振るわなくなり、米の使用量も減っていきました。そして銀行からの打診があり、私も思い入れのあるかっぱ寿司がつぶれるわけにはいかないと、統合の話を受けたのです。
――なぜかっぱ寿司との統合はうまくいかなかったのですか。
かっぱ寿司は変化に対応できておらず、再建には元気寿司の力が必要だと考えていました。私は元気寿司に対して、「寿司はごまかせない。原価率は上がってもいいから、一番大切なことは集客だ」と言い続けてきました。
回転寿司店の実力を測るバロメータは、既存店の来店客数です。利用客は満足しなければ、二度と来店しなくなる。外食は儲かりにくいビジネスで、黒字にするためには利用客を増やすことが何より大事なのです。
かっぱ寿司は経営効率を追求しすぎているように見えました。営業利益率は12~13%と高いのですが、セントラルキッチンでマグロをカットして凍らせて、店で解凍して提供していたのです。寿司は素材勝負ですから、店内調理や品質にこだわる元気寿司のノウハウを注入するべきだと考えました。
でも、両社は企業文化が違いました。元気寿司は品質にこだわる一方、かっぱ寿司は効率性を追求し、寿司のファミレス化を推進するという意見の相違がありました。おまけにかっぱ寿司は、かつて業界ナンバーワンだったという自信があり、規模で元気寿司の3倍。元気寿司の提案を受け入れませんでした。
そうした状況下でコロワイドから声がかかりました。コロワイドの文化はセントラルキッチンを始めとする合理化。かっぱ寿司と考え方が近いので、コロワイドへの売却が決まりました。
――企業文化の違いは、元気寿司とスシローにもあるのではないですか。
実は元気寿司には、スシローがなぜ人気かを研究する専門チームがあります。元気寿司の法師人尚史社長がチームリーダーで、スシローの店を食べ回っていました。スシローはある意味で憧れの存在なのです。
客が訪れる一番の目的である、寿司を旨くすることに、とにかく力を入れるという共通点があることが、かっぱ寿司との違いです。スシローの水留浩一社長と膝詰めで協議を進めてきた点も、かっぱ寿司の時とは違います。
――統合発表までにはどういう交渉をしていたのですか。
水留社長とは取引先なので面識がありましたが、本格的に協議を始めたのは7月後半です。(スシローの大株主である英投資ファンドの)ペルミラに頼み、話し合いの席を設けてもらいました。第一印象は、はっきり物事を言う人だな、と。
「神明は筆頭株主になって、何かメリットあるの? 元気寿司にはメリットありそうやけど、スシローのメリットはあるんかな」と率直に言われたんですよ。あまりに直球の言葉にびっくりしましたが(笑)、私もこう水留社長に伝えました。
「プロ経営者なのに不器用で、思い付いたことを聞きますね。関西人っぽいから好きですよ。私も関西人なのでどんどん言います」
協議の過程で議論が紛糾したこともありましたけれど、こんなスタートで始まったからこそ、比較的スムーズに密度の濃い話し合いを進めることができたと考えています。
――元気寿司のメリットは分かりやすいですが、スシローにとっての統合のメリットはどこにあったのでしょうか。
Photo by Hiroyuki Oya
それはスシローに聞いた方がいいでしょう。ただ、私の印象では、投資ファンドが大株主の状態が長く続いていたスシローにとって、何十年にもわたる安定株主ができることで、本業の寿司事業に専念できるというムードが社内にできたように感じました。
投資ファンドが株主の場合は「原価率を下げろ」と平気で言ってきます。ですが、われわれが株主としてこだわるのは集客です。元気寿司のように集客をバロメータにするべきだという話は強調しました。
もちろん、国内店舗や物流や調達、魚べいの(タッチパネルで注文して提供する)オールオーダーの仕組みや元気寿司の海外展開のノウハウといった話もしましたよ。人材交流や情報交換で、お互いのメリットは生まれますから。
これは今振り返った上での私の勝手な推測ですが、水留社長はさまざまな質問をぶつけることで、私の本気度を試していたのではないかと感じています。もしわれわれが株主になっても途中で身を引かれたのでは、大変なことになるでしょうから。こうした交渉の濃さの違いがあるので、かっぱ寿司の統合の時とは違うスタートを切ることができたと考えています。
――統合で100円回転寿司業界での地位は盤石になります。最大のライバルはどこですか。
一番の競合は、スーパーの鮮魚売り場で販売される寿司でしょう。鮮魚売り場で職人がさばき、シャリはロボットを使って簡単に作ることができます。買いに行って家で食べるという手間はかかるでしょうが、安くて品質がいいという強みを持っているので最大のライバルですね。
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コンビニエンスストアからATM(現金自動預け払い機)が消える──。今やネット通販市場の広がりでクレジットカード決済は当たり前。店舗でもスマートフォンによる決済や、ビットコイン(仮想通貨)の拡大でキャッシュレス化の波は大きなうねりとなり、否が応でもコンビニATMの存在自体を脅かす。銀行がATMの縮小に動くなかで、最終局面にきているのか。(流通ジャーナリスト 森山真二)
減少する銀行ATMの 受け皿になってきたコンビニ
セブン銀行などコンビニATMの設置台数は、コンビニ店舗数の増加に伴って拡大してきた。セブン銀行の設置台数が2万3368台(17年2月末)、またファミリーマートが主導し中堅コンビニが加入するイーネットが1万3272台(17年10月末)、ローソンが1万2350台(17年11月末)となっている。
コンビニ各社の出店加速化で、コンビニATMの設置台数も順調に伸びてきた。店舗には必ずATMが付き物だから、今でも台数だけは順調に増えている格好だ。セブン銀行も18年2月期は前期比で900台の純増を見込んでおり、セブン-イレブン店内や店外での設置が進んでいる。
なかでもセブンのATM設置台数は、メガバンク3行の合計の設置台数よりも、さらに多いという存在感を示している。
先述した通り、コンビニATMが銀行ATMの受け皿となってきたのは事実で、セブン銀行は600以上に上る金融機関と提携、またファミマが主導するイーネットはメガバンクや地銀など66行からの出資を受けて金融機関との関係を緊密化、コンビニのATM運営会社は手数料収入を軸に収益を上げてきた。
最近では、稼働率が下がった銀行のATMが“お荷物”となっているという論調も目立ってきている。メガバンクとりそなグループ傘下の2行を合わせた都市銀行の台数は2001年以降、コンビニATMの急ピッチな増加と裏腹に約15年間で1割減少した。
金融機関のなかには「ATMはコンビニに任せればいい」という方針で、自前のATMをゼロにした金融機関もある。
ATMの導入コストは、1台当たり300万円程度とバカにならない。今や積極的に投資する金融機関は少なく、なかには中期的にATMを半減させるという金融機関もあるという報道もある。銀行ATMが漸減傾向をたどっていくのは確かだろう。
利用件数は漸減傾向が顕著 オリンピックがターニングポイント
とはいえ、コンビニのATMが安泰かというとそうでもなさそうだ。
というのも、ATM1台の1日あたりの利用件数を見れば、低下傾向が顕著になってきたからだ。
株式を公開しているセブン&アイ・ホールディングス傘下のセブン銀行の例をみてみると、2012年度に111.1件あったものが14年に100.9件、16年に95.5件まで落ち込み、17年度の計画も期初の94.7件から最近94.3件に修正するという状態である。平均利用件数の漸減傾向は顕著になってきているのだ。
恐らく、ファミリーマートやコンビニ各社で構成するイーネットや、ローソン・エィティエム・ネットワークスも同じ問題を抱えているのは間違いないだろう。
セブン銀行は、ATMさえ設置してしまえば、後はチャリンチャリンと手数料が入る仕組みで、これまでグループの「ドル箱」的存在だった。初期投資も、銀行ATMに比べて不要な機能を省いているため、100万円台後半と銀行の3分の2以下で済んでいるため、積極的に設置台数を増やしてきた。
しかし、セブン銀行も17年3月期の「経常利益」は、ついに前期比1.2%減とわずかながらだが減益に陥った。売上高に相当する「経常収益」も同1.3%の伸び率にとどまっている。
もちろん、ATMが2万3000台以上になり、1台当たりの稼働率が落ちるのは当然だという指摘があるかもしれない。
しかし、セブン銀行の事業活動における「リスク」のところに示されている「リスクの兆候」が表れてきたとも言えなくないのだ。
「将来、クレジットカードや電子マネー等、現金に代替し得る決済手段の普及が進むと、ATM利用件数が減少し、当社の業績に影響が及ぶおそれがあります」
この一文は、セブン銀行の「事業活動リスク」に示されているものだ。まさに、今後はこのような「決済革命」が進みそうなのだ。
これに対し、「いやいや日本人の現金信仰には根強いものがある。そんな簡単に現金が不要な世の中にはならない」と見る向きもいるだろう。
確かに日本人のクレジットカード利用率は15~16%と低い。中国や韓国のように50%を超えているような国は極端なケースとしても、米国ではデビットカードとクレジットカード合わせて35%と現金離れが進んでおり、ネット通販市場のクレジットカード決済比率の拡大で今後は一段と現金離れが進むとみられている。
ひるがえって日本はどうだろうか。今後2020年の東京オリンピック・パラリンピックが一つのターニングポイントになるとみられている。
オリンピックで来日する外国人客の受け入れ態勢の整備として、カード決済は重要なポイントである。そうでなくても訪日外国人は年々増加しており、決済手段としてカード払いができないと、せっかくの訪日外国人客によるビジネスチャンスを逃してしまうことになる。
サヨナラ、ATM 現金よ、今までありがとう
「サヨナラ、ATM。現金よ、今までありがとう」──。
これまでコンビニATMが消費者の現金出し入れの「受け皿」になってきたが…
三井住友銀行は、こんな広告を打ち出しデビットカードの取り扱いを開始した。米国など外国では、クレジットカードのように使い過ぎないデビットカードは人気がある。訪日外国人の増加などもあり、日本での利用が広がると判断してのことだろう。
日本ではネット通販市場も拡大中だ。中国や米国のように急ピッチではないが、2016年の日本国内の消費者向け電子商取引(EC)市場は15兆1358億円に拡大(前年比9.9%増)している。
ネット通販もクレジットカード決済を広げることになり、現金の必要性を希薄させる一因となりそうだし、仮想通貨ビットコインも新たな決済手段として活用する動きがジワジワと広がっている。多様な決済手段の拡大は確実にATM包囲網を築く。
セブン銀行やイーネットなどコンビニATMは銀行のATMの縮小で、残存者利益を獲得するという見方もある。
セブン銀行は、来春からATMによる現金受け取りサービスを展開。オークションやフリマなどの売り上げ金、報酬金など企業から個人への現金送金にATMを活用してもらうというサービスだが、果たしてどれくらいニーズがあるか未知数ではある。
スマートフォンによる決済が進めば現金を持ち歩くリスクも減るし、決済もスマートフォン上で済ますような「Amazon Go(アマゾンゴー)」といった無人コンビニのようなサービスも増えるのに違いない。“脱現金化”は確実に進む。
コンビニからATMが消える日は意外に近いのかもしれない──。
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こんにちは。鈴木寛です。
インテリジェンスを鍛えるには、さまざまな立場の意見を知ることが大切になります。多様性が、知性をはぐくみ、新たなイノベーションを起こすカギとなるからです。
イノベーションは勝者総取りの法則が基本です。二番では特許は取れませんし、論文も受理されません。二番ではダメな世界なのです。一番の論文と一番の特許だけが、知的財産として受理されるというのが、イノベーションという知の競争のルールです。
私はライフワークとして、世界でも高い競争力を有する日本の理系大学の研究教育力を維持しながら、それをテコに文理融合型の人材を輩出し、同時に、多くの課題を抱えている文系教育・研究の大幅な改善をすべく、大学改革に取り組んでいます。
しかし一方で、すべての人々が勝者総取りの競争社会で生きていけるのか、現に、目下最大の社会問題の一つが格差拡大となっています。すべての人が幸せに生きていける、みんなに「居場所と出番」のある社会の構築にも取り組んでいかねばなりません。
誰もが幸せに過ごせる居場所づくりへ 「地方か都会か」二項対立から脱却を
誰もが競争社会に納得しているわけではないし、いったん失敗するとなかなか這い上がれないのがいまの世の中だという認識が、社会の現実として存在しています。
ですから、競争に敗れて、いや、敗れる前でも、自らの判断で競争社会から自発的に離脱して、生きていけるという実態を作っていくことが必要です。
加えて、様々な危機対応の際には、競争モデルは機能しません。しかも、危機の内容が多様化しています。自然災害、感染症の大流行、経済破綻、近隣諸国との諍いなど、目の前にはさまざまな危機があります。さらに、会社や家族や個人のレベルでも、メンタル・ヘルス悪化、病気、失業、貧困などの様々な危機があります。それらの危機に個人一人で立ち向かうことは不可能です。特に、失業者になると都会は極めて生きづらい場所となります。こうした様々な種類の危機に備えるためにも、改めて注目すべきは地方の存在です。
都会に住んでいる人々が、平時のうちから、何かあったときの備えとして、地方との具体的な関係をあらかじめ構築しておくことが必要となっているのです。もちろん逆も真なりで、地方でも何が起こるかわかりません、単に東京との関係の強化のみならず、様々な地域とのネットワークを強化しておかねばなりません。地方か都会かという二項対立で考えるのではなく、都会と地方が徹底的にネットワークでつながっていくこと、地方と地方がコミュニケーションを濃密にしていくことが、今、求められています。
都会に勝る地方の「資本」とは? 地方での生活は実は幸福度が高い
世界的に、幸福の再定義や、幸福をめぐる学際的研究や持続可能な成長についての議論が盛んになっており、OECDなどは、生産資本、人的資本、自然資本、社会関係資本が重要だと主張しています。まさに、地方は、生産資本については都会に負けますが、自然資本、社会関係資本の充実において都会を圧倒します。人的資本については、地域の政策次第です。
経済的にも、名目の「所得」レベルこそ地方は都会に比べて低くなっていますが、所得から必要生活コストを差し引いた「可処分所得」で考えてみると、都会を逆転する地方はいくらでも出てきます。さらに、「可処分時間」で見ると、通勤時間が少ない地方は都会を圧倒します。人々の幸せは、可処分所得と可処分時間によるところが大きいですから、地方の暮らしは、実は幸福度が高いということです。現に、都道府県別幸福度指数では、福井県が毎年トップを続けています。
地方に住めば、生活コストはかなり削減されます。空き家はいたるところにあり、それを利用すれば、都会とは比べ物にならないほどのローコストで一軒家が手に入る。現に、東京に比べて小都市・町村では、住居コストが毎月1万7000円低く、かつ、持ち家率が15%高くなっています。しかも、住居の延床面積は東京の2倍弱です。
衣類については、シェアすればそれほど新しいものを買わなくても着まわせる。ベビーカーやベビーベッドなども自治体で貸し出しているとこもあれば、すでに乳児期を過ぎた子どもを持つ知人からもらうという選択肢もあります。
食についても、小都市・町村の食費は東京より毎月1万6000円低くなっています。さらに、農山漁村では食費は極めて安いですし、お隣同士で物々交換もあります。現在でも、食と住を合わせて、月々平均3万5000円程度、生活コストが抑えられています。
年収200万円で生活も貯金もできる 教え子たちが実践するライフスタイル
実は、すずかんゼミでは、「血のつながっていない親戚づくり」「何かあったときの疎開地づくり」、「キャッシュミニマム生活」といったコンセプトで、鹿児島県の長島町や群馬県の南牧村(消滅可能性ナンバーワンの村)に、実際、拠点を持っています。学生に住んでもらったり、頻繁に通ってもらったりしました。
実際に、南牧村にいた男子学生は、その地域のお年寄りのアイドル的存在にもなってしまい、毎日夕飯の誘いが来たそうです。食事の帰りにはキャベツやコメやいろんな食材をお土産として持たされて、物々交換ならぬ物の寄付で都会暮らしよりも豊かな食生活を送っているくらいです。一人暮らしならば、年収が200万円ほどあれば、十分に生活でき、貯金もできるといいます。
衣食住と並んで必要なものといえば、医療介護と学びです。今や、こちらのほうが重要かもしれません。しかし、これも都会が必ずしもいいというわけでなく、例えば、小・中学校の学力については、秋田、福井などがトップですし、人口あたり東大・京大合格者数では奈良県がトップです。健康寿命では、山梨、静岡、沖縄、秋田といったところがトップクラスです。要は、地域次第ということになります。
地方の弱点は、緊急手術や難易度の高い治療ができるような急性期医療体制です。医師配置や搬送体制も含めて、確かにこれらを整える必要はあるものの、私見ですが、地方は生活コストがかからないのですから、年金に向ける予算を医療介護や教育に向けるべきだと思います。
そうすれば、都会にも劣らない医療介護体制は提供できます。学びについても、地方のほうが子どもの数が少ないので、教育予算を少し増やせば、子ども一人あたりの投資を増やすことができます。すでに教師と児童の比率を見ても、国際交流や留学体験支援など、地方の子どものほうが行政からのサポートを手厚く受けています。都道府県別高校生人口あたり、東大、京大合格者の割合だと奈良県がトップ。旧帝大に広げてみると、奈良県は3パーセント以上、福岡、北海道が2.5パーセント以上と続き、富山、石川、宮城、京都、兵庫、愛知が2パーセント以上となります。いづれも、東京の1.5パーセント以上、神奈川、千葉、埼玉の0.5パーセント以上をはるかに上回っています。また、海外留学する高校生の比率は福井がトップです。
“7分の4の都民”という生き方 地方創生で議論すべき多拠点居住
これから地方創生・活性化を議論する際に、定住人口だけではなく、マルチハビテーション(多拠点居住)人口、交流人口、関係人口についても議論すべきです。関係人口というのは、実際には、その地域に訪れることは少なくても、その地域のことを常に気にかけ、地域の人たちとネットなどでコミュニケーションをとってくれたり、地域のことをSNSなどで頻繁に紹介してくれたり、地域の産品などを購入してくれたり、ふるさと納税をしてくれたりする人が含まれます。
これからの時代、どの自治体であっても、定住人口を増やすことは至難の業ですが、ネット環境が整い、高度高速交通体系が整備された今や、多拠点居住人口、交流人口、関係人口を増やすことは、より容易になっています。
複数の居住空間を行き来しながら生活するマルチハビテーション型のライフスタイルを広めていくことは極めて有効なのですが、そこに大きく立ちはだかるのが交通費の問題です。逆にいえば、交通費の問題さえクリアすれば実現性はかなり高まると思います。
たとえば、高速道路、新幹線、高速バスを無料化または大幅に低廉化する――。そうすればセカンドハウスを持つということも実現できると思えるのではないでしょうか。同時に金曜日か月曜日をテレワークにすれば、週末を地方で過ごすことは荒唐無稽な夢ではなくなってきます。
そうなると7分の3、地方にいることになります。もちろん、生活スタイルによっては7分の4日や5日でもいいし、1年のうち2ヵ月が地方住まいとなってもいいでしょう。そのまま退職後は、地方の広い家に住み着いてもいい。
“7分の4の都民”というケースが出てくれば、都民税も7分の4を支払い、残りの7分の3を地方に支払うということも出てくるでしょう。そうなれば、地方への財源移譲になります。その移譲された財源を、交通費の補助金に使うこともできます。
大きなネックである移動コスト解消へ 新幹線やバスの弾力的な運賃見直しを
新幹線も、料金体系をもっと弾力的に導入したほうがよいと思います。お客さんが乗っていない新幹線の運賃をもっと安くすることができるでしょう。JRと自治体とでぜひ検討してほしいと思います。夜行バスの料金を自治体や政府が負担すれば、無料バスも実現可能です。無償化でなくても、低廉な定額制にするという選択肢もあるでしょう。かつて通信費は通信量に応じて料金が決まる従量制でしたが、いまは定額制になっていることと同じように、長距離交通でも交通費が定額制になれば、利用者は倍増します。
また、高速鉄道が通っていない地方はヘリコプターをシェアするというアイデアはどうでしょうか。ヘリコプターの年間の維持費は1台およそ1億円といわれています。3000~5000万円程度で実施しているところもあります。市町村組合で借りれば、もっと安くなるでしょう。たとえば、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県、岩手県の三陸沿岸の移動手段としてヘリコプターを導入してシェアする。緊急時には災害対応に、平時には通常移動に使います。そして地方都市への移動にヘリコプターが使えるようになれば、都会の人々を呼び込むにも、相当な魅力的なアピールになります。
そうやってモビリティを高めることで、交流人口が増え、経済が発展し、ライフスタイルも多様化していく。そうなれば人口減少社会になった日本でも持続可能な社会が作れるかもしれません。
交通費が削減できれば、都会と地方、地方と地方をつなげる構想はさまざまな分野におよびます。
人材シェアとネットの組み合わせ 地方大学の教育の質を高められる
教育でいえば、地方大学か都会の大学かという二元論で考えるのではなく、連携が可能になってきます。富山大学と信州大学と金沢大学は新幹線がつながったので、3大学で教員をシェアするという発想も出てきます。埼玉大学と群馬大学と信州大学だって連携できるでしょう。新幹線の日帰りネットワークは確立されているわけですから、あとは連携と移動のコストをどうするか圧縮するかという問題だけです。そうして質の高い教員をシェアすることができれば、結果として質の高い人材の輩出もできるようになります。
さらに、ネットを利用し、オンデマンドで講義を行えば、どこにいても大学の授業が受けられます。こうやって世界最先端の授業を提供する。しかしながら、教育はどうしてもフェイス・トゥ・フェイスでやらなければいけない部分があるので、各大学でアクティブラーニング型のゼミを行う。そうなると教育の質はもっと高めることができます。
実際に慶応大学湘南藤沢キャンパスでは、地域おこし研究員制度を作りました。これは地方でフィールドワークをしながら、授業はオンラインと、たまに大学で集中講義を受けることで慶應義塾大学の修士課程の修士が取れるという制度です。修士はその地の現場を熟知したコミュニティプロデューサーになれるわけですから、よりその地域にあったソーシャルビジネスモデルを考え出すことができるようになります。
地域創生に関しては、政府や自治体の補助金目当てで、地域再生のプロなどと称するさまざまなブローカーまがいの人たちが自治体に集まってきます。実際に詐欺のような被害にあった自治体もあると聞きます。しかしそこでアカデミズムがその地域にどっぷりつかって研究している学生をプロとして養成できれば、胡散臭いプロは排除することもできるでしょう。
インターネットと高速交通体系をフルに活用し、いまある社会リソースを徹底的にシェアしていこうという発想と議論がまだまだ乏しいということです。インテリジェンスの世界ではゼロかイチかという考えはバッドアンサーです。ゼロとイチの間にあるところから解を求めていかなければなりません。そのためには、たとえば都市と地方をどうするか、地域創生をどう考えるかというテーマであっても都市対地方という二項対立でとらえるのではなく、都市も、地方も、という発想をしていく必要があるのです。
そのためにはそれぞれのリソースをシェアしあわなければなりません。ネットの整備がここまで進んだのだから、次は、人と人との関係をつくること、そして、移動交流コストのダウンに取り組むことが重要だと思います。
(東京大学・慶応義塾大学教授 鈴木 寛)
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「仕事の速さ」を加速する 誰にでも真似できる方法がある
みなさんこんにちは、澤です。
前回の「複業で収入アップできる人は「2つの時間感覚」を意識している」には、おかげさまでたくさんのフィードバックを頂きました。
「時間の使い方を見直すきっかけになった」
「すでに到来している複業時代に対応しようという気になった」
「新しい働き方を目指そうと決心した」
と、新しい一歩を踏み出そうという決意に満ちたものが数多く寄せられ、とても嬉しく思いました。中には「もう少し深堀りしてほしい」という要望もあり、その1つが「仕事の速度をアップする方法」についてでした。
連載記事を書く上で、「読者の方々が再現できる仕事術」を扱うのが私のポリシーですので、今回は誰しもがチャレンジできる方法論や考え方について、私なりの考えをお伝えしたいと思います。
超スピード仕事術は シリコンバレー流に学べ!
私の親しい知人に、ロッシェル・カップさんという女性がいます。この方は、シリコンバレーで日本人向けの企業支援をしたり、アメリカ進出のためのコンサルティングなどをしたりしています。
彼女と話していてとても参考になるのは、シリコンバレーならではの仕事に対する考え方です。
シリコンバレーで重視されるのは、「完璧を目指す」のではなく、「まず終わらせる」ことだそうです。とにかく、70%の完成度でもいいから、まずは一旦、終わったことにしてしまい、マーケットにリリースしたり、投資家に見せています。そして、多くのフィードバックを受けて、さらに完成度を上げていきます。
つまり、シリコンバレーでは「スピード>品質」という考え方が徹底されており、まずプライオリティ(優先度)の最も高いものから片付けることがカルチャーとして根付いてるようです。
日本では、「完璧でなければ人前に出してはならない」という「恥の文化」が定着しすぎていて、結果として成果物が人の目に触れるまでの時間がかかりすぎてしまう傾向があります。
以前は私も「ちゃんとしなくちゃ」と思いがちであったのですが、そもそも「ちゃんとしてるってなんだ?」と考え始めたら、「こだわるポイントではない」と切り替わりました。彼女に刺激を受けた私は、不完全な状態でもとりあえず情報共有することを恐れないようになり、最近は「プライオリティの高い仕事は、品質よりもスピードを重視」というポリシーで仕事に臨んでいます。もちろん、うまくいかないこともあるし、プライオリティを付け間違えることもありますが、それも含めて「完璧」を目指さずに、「まず終わらせる」が大切です。
結果として、とにかく「何かが進んでいる」という手ごたえを頻繁に感じるようになり、かつ「ここまでやったから次はお願い」と他の人にパスすることもできるようになったと感じています。
日本の極端な完璧主義が、生産性向上を妨げている、という警鐘を鳴らす方は数多くおられます。危機感があるのならば、マインドセットを大きく変えなくてはならないのではないかと思います。とにかく、なにかしら「区切りをつける」ことを意識して仕事をしてみることをお勧めします。
仕事の優先度を決める 4つの視点
では、その「区切り」とは何なのでしょうか。
これは「いったん終わらせた理由」が自信をもって説明できるかどうかです。そこで重要なのは、仕事の完成度ではなく「次のステップに繋げられる状態まで持って行けているか」という点です。
次のステップを誰がやるかは、その都度判断すればよいでしょう。他の人にもできることならば、さっさと渡してしまって自分は他の仕事に取り掛かればいいのです。
「品質よりもスピード」という考えで仕事に取り掛かると、とにかく集中力が増すと私は感じています。集中すれば、早く終わる。早く終われば、すぐに次の仕事に取り掛かれる。一度終わらせた仕事に対してフィードバックがあったら、大急ぎですぐに対応してしまう。こうやって小さめのサークルをくるくる回すような形で仕事を進めていけば、同時にいくつものことを回すことが可能ではないかと思っています。
「そんなに皿回しみたいな仕事の仕方をしていたら、そのうちどれかが落っこちるんじゃないの?」とお思いの方もいらっしゃるでしょう。
たしかにその通りです。そのためには、プライオリティを付ける習慣が必要になります。プライオリティをつけるためには、条件の設定を明確にする必要があります。
その項目には、いくつかの視点が考えられます。
・その仕事を後回しにしたらどんなリスクがあるのか
・その仕事のミスはどれくらい許容されるのか
・その仕事を優先することで自分が得られるメリットは大きいのか
・その仕事は一度やったらどれくらい効果が持続するのか
このようにしてプライオリティをつけていき、どの仕事を優先するのかを考えてみてください。皿回しを喩えにするなら、後回しにしてスピードが落ちても回り続けるお皿はどれなのか、仮に落ちたとしても壊れないお皿はどれなのかが分かってくれば、集中して回すお皿=仕事が分かってきます。
そして、そのお皿を回すことの優先度を上げつつ、周囲のお皿も回せるようになってくれば、パラレルでお皿=仕事を回すことができるようになります。
そして、回し方のコツが掴めたら、回すお皿の量を増やすこともできます。プライオリティがあまり高くないお皿は、他の人に回してもらってもいいわけです。
できるビジネスパーソンは、ほぼ例外なく仕事のプライオリティを瞬時につける名人ばかりです。プライオリティを付ける条件を明確にできれば、悩む時間を最小化させることができ、結果的に仕事の速度をアップすることができるはずです。ぜひともプライオリティ付けの習慣化にチャレンジしてみてください。
スケジュール調整は相手任せでもいい やり取りの回数を極力減らせ
仕事はどうしても他の人との関わりの中で行われることがほとんどなので、自分の思い通りのペースで進められないことが頻繁に発生します。
コミュニケーションというのは、冗長なやり取り(オーバーヘッド)や手戻りの多い行為です。
何しろ自分とは違う価値観・判断基準・理解度・前提知識の人たちとやり取りしなくてはならないので、自分が思考・行動するペースでそのまま進むわけではないからです。なので、コミュニケーションを工夫することも、仕事の速度アップのためには必要不可欠なアクションと言えます。
まず、もっともオーバーヘッドの多い行為がスケジュール調整です。
相手と自分の時間軸を合わせる行為は、ビジネスの中で実は一番コスト(手間と時間)がかかります。ただ、スケジュール調整の面白い特徴は、コストが発生していることが見えにくい点です。そのため、自分の仕事の速度アップの阻害要因になっていることにも気づきにくい側面があります。
このスケジュール調整の時間を圧縮するのは、仕事の速度を上げるためには絶対にやらなくてはならないアクションです。
では、どうすればよいか。
これはもう「無駄なやり取りが出ないように選択を簡単にできるようにする」ということになろうかと思います。そして、前述の「プライオリティ付け」と直結させる必要があります。
その予定は重要なのか? 迷った時は予定調整を相手に任せる
予定調整の依頼が来たら、まずその重要性を測ります。絶対にやるべきものだと判断すれば、入れる隙間を考えます。そして、相手にスケジュールの選択肢を示すことで、決定までの時間を短縮します。
ちなみに自分が相手に仕事を依頼するときには、候補となる日時をいくつか最初に示すことで、決定時間を早められます。ただ、重要度が同程度となる予定が重複した場合は、なかなか悩ましいものです。
そのような場合、私はスケジュール調整そのものを相手に依頼してしまう場合もあります。
相手にとってその仕事のプライオリティが高いのであれば、調整役を買って出てでも依頼をしてくるでしょう。
もし「それは面倒だから自分でやってよ」という反応だった場合、私は自分の貴重な時間を使うことはありません。とはいえ、ここでの「断り方」というのは技が少々要ります。
「私にとってプライオリティが低いので、それはやりません」と言ってしまうと、人間関係にいい影響を与えることはありません。ということで、
「この依頼が先だったら絶対にやらせていただいたのですが、今回は先約を優先させてもらえますか?」
「非常に魅力的なオファーなので、ぜひとも次の機会につながるように先方とコミュニケーションしてもらえますでしょうか」
「本当は喜んで取り掛かりたいのですが、今回は○○部長の顔を立てさせてもらえると嬉しいです」
といった感じで、できる限りポジティブワードを使って断りましょう。時間は有限です。仕事の速度をアップして、もっとたくさんの面白い仕事にチャレンジしてみましょう。
(日本マイクロソフト マイクロソフトテクノロジーセンター センター長 澤円)
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すし詰めの満員電車に長時間揺られ、身も心もくたくた──。こんな通勤風景が変わりつつある。首都圏において鉄道各社がダイヤ改正を行い、有料の着席列車を続々と投入しているからだ。
その流れをつくった元祖といえる存在が小田急電鉄の「ロマンスカー」だ。箱根への観光客が利用するイメージが強いが、実は1960年代から座れる通勤電車として利用されている。平日の朝晩は「数百円を追加して払えば確実に座れる」と支持され、連日ほぼ満席だ。さらに2018年3月、平日朝の輸送能力を4割拡大するダイヤの大幅改正を行うが、併せて通勤向け特急「ロマンスカー」を朝4本、夜1本増やす。
こうした流れをくみ、東武鉄道は東上線に08年、「TJライナー」を導入。好評を博し、今では池袋駅から埼玉方面に向かって午後6時から最終の深夜0時発まで、13本と数多く運行する。昨年からは平日朝の運行もスタートした。
同じく池袋駅を発着する西武鉄道の特急「レッドアロー」も朝晩の通勤時間帯は連日、ほぼ満席。これを受け、今年3月から東京メトロ有楽町線に直通する同様の「S-TRAIN」を走らせている。その他、京浜急行電鉄も特急「ウィング号」を5月から全席座席指定制にし、専用ウェブサイトを設けて発車1分前まで購入可能にした。
有料着席列車が人気の背景には、通勤ラッシュが相変わらずひどいことがある。昨年の首都圏主要31区間の平均混雑率は165%で、30年前の200%台からは改善しているが、依然として高い水準だ。
加えて、有料着席列車を使えば通勤時間を有効活用できることが大きい。実際に車内では、語学や資格の勉強にいそしむ人、夜は缶ビールを片手にくつろぐ人が散見される。
小田急は競合客獲得を狙う
“痛”勤客に喜ばれるだけではない。有料席は鉄道会社にとって新たな収益源になるし、「通勤に優しい電車」と評されれば、沿線住民の獲得にもつながる。
実は小田急は、今回のダイヤ改正でライバルの鉄道会社ユーザーの取り込みも狙っている。具体的には、小田急多摩センター駅や海老名駅など他社と競合する有力ベッドタウンの駅において、始発電車を増やす。特に小田急多摩センター駅始発を6本新設したのは、「京王電鉄ユーザーが当社にシフトすることを期待している。人数にして年間3000万人以上、売上高では同50億円程度の増収を見込む」(星野晃司・小田急社長)と鼻息が荒い。
対する京王も黙ってはいない。来年春、100億円を投じた通勤向け有料着席列車が走りだす。座席に電源コンセントを設けることで、後発ながら差別化を図ろうとしている。さらには、20年にはJR中央線がグリーン車を連結すると発表している。多摩エリアでは三つどもえとなり、ますます通勤向け有料着席列車の競争が激しくなりそうだ。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 柳澤里佳)