山田順(ジャーナリスト)

 いったいなぜ、横綱日馬富士は、格下の平幕力士貴ノ岩を暴行したのだろうか。当初、単なるモンゴル人力士同士の飲み会での乱行と思われていた事件は、不可解な経緯をめぐってメディアが大騒ぎしたため、意外な様相を見せるようになった。ただ、これまでの報道を見ていると、あまりにもピント外れなことが多いので、ここで、きちんと整理しておきたい。

 まず、今回の事件をきっかけに「モンゴル人力士は日本の相撲を理解していない。横綱の品格がない」などという批判がもっともピント外れである。また、「もともと日馬富士は酒癖が悪かった」などと、個人的な問題に矮小(わいしょう)化してしまうのも、事件の本質を捉えていない。さらに、殴ったのがビール瓶であるかどうかも実は本質的な問題ではない。

 ただ、この事件の背景に、貴ノ岩の師匠の貴乃花親方(元横綱)と日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)との間の「確執」があったというのは的を射ている。なぜなら、もしそうでなければ、貴乃花親方は相撲協会への報告をすっ飛ばして鳥取県警に被害届を出したりしないはずだし、伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)の「わび」を受け入れていたはずだからだ。

 今回の事件のキーポイントは、その後に判明し、事件の伏線となった9月25日の「錦糸町ナイト」での貴ノ岩の発言だ。

 このとき、酒に酔っていた貴ノ岩はモンゴル出身の若い衆に説教をしていた。彼には説教癖があるのか、時々声を荒らげるので、同席していたモンゴル出身の元幕内力士や元十両力士(いずれも現在は引退)らが「ほかにお客さんもいる」と注意したが止めなかったという。そのうち、矛先は注意した元力士やそのとき来日して同席していたという白鵬の友人らに代わり、「オレは白鵬に勝った」「あなたたちの時代は終わった」「これからはオレたちの時代」などと言い放ったのだという。
2016年の秋場所で対戦した横綱日馬富士(左)と貴ノ岩=両国国技館
2016年の秋場所で対戦した横綱日馬富士(左)と貴ノ岩=両国国技館
 この話を初めて耳にしたとき、私は、正直、貴ノ岩は、日本の相撲というものを何もわかっていないと思った。ここでいう相撲とは勝負のことではなく、一つの「日本的な組織体」としての相撲である。これを全く理解していないから、こんな言葉が飛び出すのである。