悪い意味で「日本的心情」は、震災前に戻った。むしろ悪化したかもしれない。
私は東京に生まれ、大学と縁の深い所で精神科医として生きていた。心理学的な立場から、個人と集団・社会との関係について考えていた。
日本社会には、集団やその伝統と個人が、相即不離で密着している状態を理想化する「日本的ナルシシズム」という病理性があり、そのことが、精神科病院への患者の長期入院の問題、一部のうつ病の発生や遷延化、自殺の問題と関係があると考えていた。
2011年に東日本大震災が発災し、原子力発電所事故が起きた時に、「日本的ナルシシズム」の観点から説明できる社会的事象が多いと感じた。
信頼できる「型」があり、それに沿っている時の日本人の素晴らしさと優秀さ、それと同時に、その「型」が失われた時の混乱と無為無策のコントラストを強烈に感じていた。
「この原発事故の問題に真剣に取り組んで、根本的な所から考え直して新しい動きを始めなければ、日本社会は本当にダメになってしまう」と、そんな不安を感じて、2012年4月から東京電力福島第一原子力発電所に近い福島県南相馬市に移住して、活動を始めた。
あの時は私だけではなく、悲惨な震災の経験の中にも、これから新しいものが生まれるかもしれないという期待が、もっと強かったと思う。
しかし「日本的心情」は、驚くほどに底堅く、変わらなかった。むしろ震災を経て、居直って開き直る傾向が強まったようだ。
それまでは、それなりに「ウラ」を隠して「オモテ」を取り繕うことができていた。しかし今はそれが崩壊し、「ウラ」が露出し続けていることについて、どうしようもできない。
どうしてこうなってしまったのだろうか。私も移住をして5年半以上経ったところで、自分の行ってきたことを批判的に反省したいと考えた。こちらに来て活動を始めて、自分の考えや行動が正しかったと確信を深めた部分もある。
しかし、自分の思考や行動の中に、それまでは自覚が乏しかった重要な誤りがあったことにも気がついた。
今回はそれを明らかにすることで、自分がそれを明確に修正していく指標としたいし、同様な問題に取り組んでいる方々の一助になってほしいと願っている。
まずは、先達の言葉に耳を傾けたい。取り上げるのは日本論の古典的名著、1967年に出版された中根千枝の『タテ社会の人間関係』である。
日本社会の心情的な問題点の解明は、この世代の業績で完成されていた。その後に出たものは、比較的良質なものであっても、その焼き直しでしかないし、ほとんどが劣化コピーとなっている(自分が書いた『日本的ナルシシズムの罪』も、そうなっていないことを願うばかりである)。
問題は、約50年もの間、明らかにされていた課題への取り組みが十分に果たされなかったことだ。
そのことを解き明かす鍵となるのが、次の文章だと考えている。