ある日君の名を知った
出会ったのは20年以上前だ。私はもちろんそいつもボロボロのズタズタの格好をしてバンド活動に勤しんでいた。工事現場のアルバイトで顔を合わせ、「お前〇〇に似てんな」と私が初対面にも関わらず失礼な事を言って死ぬほどムカついたと後に言っていた。バンドも一緒にやったし、一緒に飲んで道端で暴れたりとあの頃は無茶苦茶であった。ここで書けることなど殆ど無い。楽しいも苦しいも金が無いも腹減ったも全て共有した。目指すものなど何もなく、ただただその日を生きて、そしてクソダルい明日を待っていたのだ。楽しかった。
何も知らずにはしゃいでたあの頃へは戻れないね
私は30歳を手前にバンドを辞めた。もう若くないのだ。最後のライブでは二人でボロボロと泣きながらお疲れお疲れと肩を叩きあった。その日から私はバンド関係の友人と一切の連絡を断つ。未練などない。仕事だ。仕事をするのだ。大人になるんだ。音楽すら聴かなくなった。専門書やビジネス本などを読み漁り、働き倒した。
考えすぎたりヤケ起こしちゃいけない
そんなこんなで15年ほど音楽から離れていたわけだがその間にもそいつからはちょくちょく電話が鳴っていた。慣れないサラリーマン生活をしていたので、私はその電話に出なかった。いや、出れなかった。何も結果を残せていないサラリーマンであった私は、嘘を言いたくないしそんな情けない姿を知られたくなかったのだ。いや違う、未だそういう生活をしていた彼らを羨ましがっていたのかもしれない。こんな情けない私と好きなことを続けている彼ら。好きな事を続けるのはそれなりの覚悟が必要だし、それなりのものを捨てないといけない。そんな彼らと自分を重ね合わせ比べると、そこには黒く渦巻く嫉妬のような感情が私の中に生まれた。
人は一人になった時に愛の意味に気付くんだ
彼は去年死んだ。
何も知らずにはしゃいでたあの頃へ戻りたいね
彼が死ぬ少し前に私の電話が鳴っていた。その時私はバンド活動を再開する事を決めていたので、奴を驚かそうと電話に出なかった。ライブハウスで顔を合わせて肩パンでもしてはしゃごうと思っていた。その報告をする前にあいつは死んだのだ。あの時の電話になぜ出なかったんだ。出ていたら死んでいなかったかもしれない。意地を張らずにもっと会っていれば良かった。後悔の念は幾つも私を責めた。そしてあいつが死んで1年が経とうとしているわけだが、あいつの命日に今年最後のライブが入った。呼びやがったなと私は思った。よし分かった。その日私は出来る限り大きな音で、出来る限りの大声で、貴様が羨ましくなるような音を出してやろうじゃないか。きったねぇ格好で、きったねぇ音で、クソみたいな雑音を垂れ流してやろう。我儘は承知だが、私が好きな人達は私より先に死なないで欲しい。