PIXTA みずほフィナンシャルグループ(FG)が1万9000人の人員削減を発表し、三菱UFJと三井住友の両FGがそれぞれ9500人、4000人相当の業務量削減を検討中というニュースが、雇用マーケットで激震を生んでいる。銀行が不要な時代がやってきたとか、人工知能(AI)が人間の仕事を奪っていくのではないかなど、様々な見方がある中、転職市場の地殻変動としてこのニュースが暗示している未来と、ビジネスパーソンが生き残るための処方箋について考えてみたい。
■人材不足のマグマが沸騰する時代に、突如氷山が現れた理由
山一証券が自主廃業を余儀なくされた金融ビッグバンから約20年を経た今、メガバンクのリストラ策発表が相次ぎ、世の中を驚かせています。それぞれ期間が異なるものの、今後数年をかけて大量の人員削減効果を生み出していくという方向は同じです。これらは、転職マーケット(中途採用市場)の大きな転換点として受け止めるべき事象といえるでしょう。理由は大きく2つあります。
有効求人倍率と完全失業率の推移 1点目は、このニュースが起こっているタイミングです。有効求人倍率は1.52倍と47年ぶりの高水準を維持し、企業から内定を得た就職希望学生の64.6%が内定辞退している(就職みらい研究所調査。2018年卒業予定の大学生、17年10月1日時点)という、この超人手不足・採用難の時代に、メガバンクの大規模な人員削減策が発表されました。
人材不足が過熱し赤いマグマが沸騰する中に、メガバンクで3万人超の雇用が失われるという氷山が突如現れたようなものです。高温と低温のギャップで、大きな音とともに水蒸気が激しく立ち上っている状況を思わせます。
2点目は、それが押しも押されもせぬ人気企業で起こっていることです。就職情報サービスのディスコの「キャリタス就活2018」が発表した就職希望企業ランキングで、みずほFGは1位、三菱東京UFJ銀行は2位、三井住友銀行は5位となっています。半世紀ぶりの人手不足で、採用に苦しむ企業があふれる時代に、就職人気ランキングの頂点にある企業群が大量の人員削減策を発表するというのは、奇怪な現象というしかありません。
20年前の金融ビッグバンは、「終身雇用の崩壊」と自己責任論を中心とした「成果主義の浸透」という時代の変わり目を告げる号砲となりましたが、今回は、いったいどんな変化を暗示しているのでしょうか。
■旧来の雇用システム崩壊と、姿を見せ始めた新しいルール
3メガ銀の人員削減策の発表を受けて、当事者である三菱東京UFJ銀行の三毛兼承頭取は、「伝統的な商業銀行モデルはもはや構造不況化している。非連続的な変革が必要だ」と語っています。総論としてはその通りなのでしょうが、具体的には何が起こっているのか。その背景にある要因を、各メディアは多様な視点で分析しています。
(1)「マイナス金利」説
最も多い分析は、日銀によるマイナス金利政策の長期化や人口減などで、国内の銀行業務が構造不況の色合いが濃くなってきたことが引き金になっているという視点。国内銀行の貸出約定平均金利はマイナス金利導入直前の2016年1月から2割近く下がっている状況です。メガバンクは4割近くを海外で稼いでおり、国内の収益の落ち込みを海外で補う構図となっています。これでは国内業務の効率化やリストラは避けられず、環境がさらに悪化すれば大量の希望退職の募集などに踏み込まざるを得なくなるリスクもあります。
(2)「AI変革」説
もう1つが、AIやフィンテックと呼ばれる金融技術の進化によって、銀行業務そのものが消滅しつつあるという説。特に資金決済など、従来、銀行が担ってきた業務が急速に新しい仕組みに置き換わりつつあることが、大きな影響を生んでいるという指摘です。ATMやパソコンを使った振込に変わるレベルではなく、銀行そのものを経由せずにスマートフォン端末だけで決済ができてしまう新しい仕組みが進展しつつあります。こうなると、頼みの綱の海外売り上げも奪われていくことになります。
(3)「仮想通貨」説
3つの目の視点が、ブロックチェーン技術を使ったビットコインなどの仮想通貨の進展。これが広がれば、伝統的な銀行は致命的なダメージを受けることになります。しかも、たった数年で景色が一変するくらいのスピード感があるため、意思決定に時間がかかっていては銀行側の打開策自体も消滅しかねない勢いです。
いまメガバンクを襲い始めている雇用危機は、AIによる雇用システム変革の序章にすぎないという見方もあります。変革の波は決して金融機関だけではなく、家電や鉄鋼、自動車といった、これまで日本経済をけん引してきた大手企業と傘下のグループ会社、膨大な数の中小取引先企業に波及しかねないものです。
マイナス金利やAI、仮想通貨などは、どれも単なる引き金の一つにすぎず、通底する流れは、やむことなき合理性の追求による「生産性革命」が始まろうとしていることにあるのかもしれません。
■転職市場の変質にどう向き合うか カギは自走性と独立
新卒や転職といった雇用市場も、これからは一気に変化が加速する可能性があります。足元の雇用情勢は意欲が旺盛で、求職者側にとってきわめて有利な売り手市場の状況にありますが、この状態がいつまで続くのかは不透明です。むしろ10年後、20年後のキャリアを考えると安穏としていられる状況ではありません。働く側として、これからの市場の変化にどう向き合うべきなのでしょうか。
●世界中を駆け巡る「生産性革命」の流れの中で、現在の日本がすでにかなり遅れた位置取りになっている(グローバルなウェブサービス、クラウドサービス、シェアリングエコノミーにおいて日本発の企業がない、など)
●この「生産性革命」が生み出す改善度合いが、かつてない歩幅でやってくる
●今回の変化が、これまで経験してきた変化とは異なる次元の速さでやってくる
といった状況から、まず想像できるのは、特にホワイトカラー領域における、これまでの出世競争(有名大学への入学競争、有名企業への入社競争なども同じ)に勝ち残ることや、とにかく一つでも多くの資格を獲得しておくことなどのキャリア的な保険は、まったく意味をなさないリスクが高まるということです。
非連続な変革が起こる際には、過去のシステムやルールの中で機能した価値が壊滅してしまうことは、歴史が証明しています。まずは、これらの変化が起こるときに、「どのような人材であれば活躍できるのか」を自分なりの視点で想像してみることです。誰かに聞けばどうやればいいかがわかるマニュアルのない世界では、暗闇の中でも手探りで自分独自の地図を描いていける「自走性」こそが、個人として独立的に存在する前提となります。
既成の権力や成功パターンに頼らず、自立自走で考えて生きる、という習慣を手にした上で、インディペンデントコントラクター(専門スキルを持った独立事業主)としてキャリアを構築できるかどうかにトライし始めるべきだと考えています。独立事業主といっても会社を辞めなければいけないわけではなく、会社に勤務しながらでも、自分の中で契約内容と成果物、価格という考え方を導入するだけで、仮想的に挑戦を始めることも可能なので、かなりおすすめです。
生き残るための方策として、デジタルや英語などのスキル学習の話題になりがちですが、むしろそれ以前に、働き方のスタンスを自律的なものに切り替えることのほうが重要だと考えています。
もしホワイトカラーに限定せずに、スキルフルな世界で「生産性革命」を生き残ろうとすると、農業技術者や料理人、建築関連の職人など、デジタルの影響を受けにくい世界でのスキル習得は、まだまだ有効だと思います。年齢的に新しい価値観を持つことが難しく、変革との共存にモチベーションが持てないという場合は、職人のようなリアルな世界でのスペシャリストを選択する人が増えるかもしれません。
※「次世代リーダーの転職学」の黒田真行氏の連載が書籍になりました。詳細は略歴の下の書籍紹介をご参照ください。
黒田真行 ルーセントドアーズ代表取締役。日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。1989年リクルート入社。2006~13年まで転職サイト「リクナビNEXT」編集長。14年ルーセントドアーズを設立。「Career Release40」http://lucentdoors.co.jp/cr40/

著者 : 黒田 真行
出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,512円 (税込み)
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