電子マネーと先富論と貧富の差

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どうもテレビの報道は「中国の電子マネー普及率ってすごいぜ―」一辺倒で、こうやって実際に行ったレポで見る風景は少し違っていて面白い。
当然というか、やはり外国人観光客に中国の電子マネーは使いづらい。



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アリペイと愛国心

中国はひたすらでかい。

都市部から何時間もかかる貧農の果てにすらECサイトで買い物すれば届けてくれる、というのが今中国で日本とは比較にならないほどECが伸びた理由でもある*1
中国は国土が広く日本のように道路が舗装され鉄道が通っているところばかりではないからこそECサイトが威力を発揮する。

そしてECで培った電子マネーのノウハウと知名度を、最大手ECのアリババがそのままアリペイ(支付宝)に使うことで、電子マネー決済が普及する導線が出来上がった。

もちろん中国は、実質的に中国共産党(以下、中共)の支配下なので、そういう電子マネーの促進も中共の国策として進められている。
今や都市部であれば屋台からホームレス、結婚式の祝い金まで電子マネーによる決済で済ませることもできる。

ただ中共がどれだけ電子マネーを進めても高齢者はついていけない。
モバイル決済利用者の数は、2016年時点で40歳以下が93.2%に対し、50歳超が1.6%だという*2
だから高齢者相手には、モバイル決済セミナーが対面式で行われている。

日本で電子マネーが進まない理由のひとつとして、高齢者がついていけないというのも大きい。
お構い無しでガンガン進めるのも中国らしさ。

www.dailyshincho.jp

「マンガで読む嘘つき中国共産党」の著者 辣椒氏によるアリペイとジャック・マー評。
アリペイの個人情報は、中共に筒抜けですよ、と。
中国でそれなりに成功するというのは、つまり共産党と上手くやっているということですからそりゃあそうでしょう。
今度、日本でも展開するそうですが……自分はやめときます。


先日、テレ東WBSでファーウェイの新型スマフォの特集があった。
その中でファーウェイが創業したアパートを大浜レポーターが現地取材していた。
取材班がアパートに住む中年女性にインタビューでスマフォを持っているかを聞くと、ファーウェイのモノを使ってると答えた。
続けて曰く、

好きっていうか、愛国心だね。
習近平総書記が中国製を買いなさいと指導しているから。

日本で「愛国心で国産を使ってるのよ―」とはあまり聞かない。

あの国は、株価が下がれば政府が介入し、国策で自国の消費を進め、国策で電子マネーの普及を促進させてる。
ファーウェイも国策、電子マネーも国策。
この辺はGoogleの中国進出失敗が書かれた「グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ」を読むと、中国で海外の企業が中共を相手に個人情報を守るのが難しいのがよく分かる。

グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ
スティーブン・レヴィ
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他にもニュースでは、顔認証で決済が済むスーパーマーケットも紹介されたりしている。

電子マネーの履歴も、顔認証データも、あらゆる行動データを中共は握りたいし、握ることができる。
もはや監視する必要もなく、電子マネー化が進めば国に仇成す金の流れも一目瞭然、通信内容も見れるビッグデータは全て中共の掌の上。
GoogleもFacebookも必要ない。
中国は、電子マネーもアリペイも芝麻信用もビッグデータもある。
すべて手前の国の中で揃えることができるんだから外国の技術は必要としない。

親中的見解

なぜ中国人は財布を持たないのか (日経プレミアシリーズ)
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ところで中国の電子マネー事情が知りたくて中島恵「なぜ中国人は財布を持たないのか」を読んでみた。

面白いのは面白いんだが、中国各地での電子マネー事情のレポが全編あるのかと思いきや、電子マネーに関してはかなり薄く、あとは「今の中国は以前とは違うんだよ」「中国は怖い国ではないよ」という著者の主張が展開される。
いや、現代の電子マネー事情が読みたかったんだ……。

著者は親中らしく、たとえば言論統制に関しても「大したことない」「現地の人たちはあまり気にしてない」とうそぶき、海外ともウィーチャットでやり取りできるからなんの問題もないという。
曰く、

ウィーチャットが人気になった理由の一つは、政府の検閲がほとんど及ばない、あるいは、ほぼ機能していないので自由に書ける、仲間内だけで交流できるという点だろう。
検閲から完全に逃れているわけではないが、あまりに量が多すぎるので、ふだんは事実上チェックするのが不可能なのだ。

とあるのだが、どうも座りが悪い。

検閲が殆ど無い→
ほぼ機能しない→
検閲から逃れているわけではない→
量が多いから不可能だ

これでは「中共が検閲を行おうと思えばいつでもできるが、今のところやっていないから自由だ」としか読めないがそれは「自由に書ける」とは呼ばない。

WeChatに関しては、
japanese.engadget.com

WhatsAppは9月25日前後から使用不可能となっており、事実上の遮断状態に。一方のWeChatに関しては、プライバシーポリシーの改訂で、ユーザーの個人情報を中国政府と共有することがある旨を公開しています。

こういうニュースも先日あった。

中国製のWeChatを残して米製WhatsAppは使用不能に。
共産党大会前の措置で、監視を一本化しようという意図が丸出しだが、中共は隠そうとも思っていない。
Chatアプリなんて止めようと思えばいつでも一方的に止められる。
監視もしているよ、と。

mirai.doda.jp

こうした「政府の力の強さ」について聞くと、ついつい続けて聞きたくなるのが「そんなに強権的な政府というのはある種の恐怖政治だったり、監視されているという感じがしたり、息苦しくないんですか?」という質問。今回、インタビューした20代〜30代の方々に、この質問をぶつけていくと、非常にあっけらかんとした回答が相次いだ。

「僕らの時代は1980年以降の鄧小平の改革以降の若手官僚が中心だから、とても現代的」

「見張られているとか、窮屈ということはなくて、非常に自由にやっているよ」

そして、たしかにこういう流れを背景にして、街中には新しいビジネスを自由に仕掛けるベンチャー、新しい仕組みというのが目立ったのも事実だった。

こちらも同じだが、上海で著者が体験し現地で書かれている。

だが上海などの大都市部とそれ以外の中都市部、さらに農村部では全く異なると思うのだが、こういう記事が書かれるのがいつも都市部の経験からなのは、どうしてなんだろう。

上海だけが「現在の中国」ではない。
どちらかといえば外面のいい看板としての大都市でないほうが「中国の実際」だと思うんだが。

農民工

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先日、中国の農民工をレポした「中国農民工 食いつめものブルース」が発売された。

中国には、都市籍と農村籍があり、これが長年の貧富の差につながっている。
最近の電子マネーの普及があーだこーだなんてのは当然ながら都市部の話。
農村で電子マネーが普及してるなんて話は聞かない。

ジャーナリストが中国に行って電子マネー事情の本を書くなら都市部ではなくって、農村でのECや電子マネーの普及について取材してほしいんですよ……。
そういう農村こそトラヒックが改善されることで生活が変わる。
あるいは、都市部に住む農村籍の人々の暮しとか。
どうして貧富の差がある国で「富」ばかりを見て語るのか。

農村籍に関しては現在、制度が改善されつつあるものの、農民工の高齢化が進んでしまった。
大都市は相変わらず農村籍に対しては居住が制限され、中都市部での農民工は職能が無いために仕事にあぶれる人も多く、だからといって勝手に屋台を開けば警官に追い出され、泣く泣く田舎へ帰ることになる。
家族全員でトラックに住んでいる長距離トラック運転手だっている。

鄧小平が唱えた先富論によって結果的に格差は広がり縮まることなく、現在に至った。

「我們的政策是譲一部分人、一部分地区先富起来、以帯動和幇助落伍的地区、先進地区幇助落伍地区是一個義務*3
だが実際は富を手に入れたものと貧しいものの差は広がり、縮まる様子は見えない。

数億とも言われる農民工の生活や経済の格差は果たしてどうなってるのか。
その辺、置いてけぼりにして「中国すげー電子マネーすげー日本ダメだわー」というのは、ベクトルが違うだけで日本すごいポルノと大差ない。


一つ断っておくが、自分は中国が嫌いではない。
電子マネーの普及もすごいな~と感心しているから報道も観る。
映画も見るし本も読み漁っている。

たしかに深センなどの技術開発スピードはすごいし、あのフットワークの軽さこそ見習うべき部分だろう。
モノづくりのひとたちが深センに憧れるのはよく分かる。

だが、大都市を訪れた日本人があっけらかんと「中国は怖くなんてないですよ―」と書いている意見は果たしてどうなんだろう。
技術が発展し、KLOUTのような芝麻信用が中国人の生活を数値化するから生活態度も良くなった。
それはわかるが、それが「だからあの国は怖くない」に繋がるのには、違和感を感じる。
それは単に「中国を訪れている日本人が中共にとって脅威ではないから」でしかないと思うのだが。

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もし怖い国でないなら、どうして芸術家のアイ・ウェイウェイは監禁されたのか*4

2012年、中国貴州省で、両親が出稼ぎに出かけ留守となった家で四人兄妹が農薬を飲んで自殺した事件があったが中国当局は報道に制限をかけた(金順姫「ルポ 隠された中国」)。
これが何十年も前ならまだしも数年前の出来事。

新疆ウイグル地区には仕事を求めて漢族が押し寄せ、ウイグル人を追い立てた。
おかげでウイグル人の怒りはテロという形で中国へと向けられている。

ネットでは政府に反抗的な書き込みを多なったユーザーが拉致されたりすることもある。

中国は変わっても、中国共産党は変わってはいない。
「怖くない」のは、事件に巻き込まれることもなく、中共の敵でもなく、ひととき滞在する外国人だからでしかない。

「国を良くしようと逆らわなければいい国です」「遊びに行くだけなら怖い国ではありません」という国をいい国と呼ぶのか。
そりゃあサファリパークだって車から降りなければ安全。
ですが、オリの中から外を見て「あのジャングルは世間で言われるほど危険ではない」と語るのは正しいのか。

それを言うなら日本だってとてもとてもいい国ですよ。

勝手に国有地を売却しても有耶無耶になるような国ですが、総理大臣の悪口をネットに書き込んでも当局に監禁されませんから。

「プロパガンダは楽しい顔でやってくる」
眉に唾をつけてこれからも見ていきたい。

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たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)
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*1:以前、BSのノンフィクションで、ネット注文したTシャツを届けるところをやってた

*2:11/13 WBS放送内で紹介されていた中国支付計算協会のデータによる

*3:先富論 - Wikipedia

*4:映画「アイ・ウェイウェイは謝らない」参照のこと