「筋トレ後のアルコール摂取は筋肥大の効果を3割減少させる」
2014年、僕らにとって残酷な真実が明らかになりました。この真実をブログで紹介してから多くのコメントをいただき、「筋トレ後の至福のひとときが奪われる!」という悲鳴が渦巻いていたのを覚えています。
しかし現実はどこまでも残酷です。筋トレとアルコールの残酷な真実には続きがあったのです。
2017年、さらなる真実を報告したノース・テキサス大学のDuplantyらこう述べています。
「筋トレ後のアルコール摂取による筋肥大の減少には性差がある」
今回は、筋トレとアルコールの最新の報告をご紹介します。この残酷な真実を受け入れなければならないのは、男女のどちらなのでしょうか。
Table of contents
◆ 筋肥大のメカニズムとアルコール
筋肉はいくつもの筋線維が束になったもので、筋線維は筋原線維が束になったものです。そして筋原線維はアクチンやミオシンといった筋タンパク質によって合成されます。筋肉を肥大させるためには筋タンパク質の合成作用を高めなければなりません。
図:Neuroscience of fandamentals for rehabilitationより引用改編
では、筋タンパク質の合成作用はどのようにして高まるのでしょうか?
ここで重要になるのが「mTOR」という酵素です。mTORは筋タンパク質の合成や分解のシグナル伝達を制御し、筋肥大において主要な調整因子として注目されています(Yoon MS, 2017)。そのメカニズムをミクロな視点から見ていきましょう。
筋タンパク質の合成作用を高めるポイントは「筋トレ」と「食事」です。
筋トレをすることによって、ホスファチジン酸(PA)やインスリン様成長因子(IGF-1)、ホルモンを通じてmTORを活性化します。また食事によって摂取された炭水化物はインスリンの分泌を促し、タンパク質は必須アミノ酸としてmTORを活性化させます。このように見ると、筋肥大には筋トレだけでなく、タンパク質や炭水化物の摂取も重要であることがよくわかります。筋トレと食事が合わさることによってmTORが活性が最大化し、筋タンパク質の合成作用が高まるのです。
Fig.1:Spiering BA, 2008より筆者作成
2014年、初めて筋トレとアルコールの残酷な真実を報告したParrらは、アルコールによる筋タンパク質の合成作用への影響を検証しました。その結果、筋トレ後にアルコールを摂取すると筋タンパク質の合成率が最大37%も減少することを明らかにしました。
Fig.2:Parr EB, 2014より筆者作成
これに対して、2017年、ノース・テキサス大学のDuplantyらは、さらにミクロな視点から検証を行いました。筋トレ後のアルコール摂取がmTORに与える影響を調べたのです。
◆ アルコールによるmTORの減弱作用には性差がある
Duplantyらは、トレーニング経験のある男女を被験者を集めました。被験者はスクワットエクササイズを6セット行い、トレーニング後に水またはアルコール度数15度のウォッカの水割りを平均500mlほど摂取しました。その後、3時間と5時間後にmTORを計測しました。
その結果、水の摂取に比べてアルコールを摂取した場合、トレーニング後3時間のmTORの有意な減少が示されました。これはアルコール摂取がmTORの活動を減弱させることを意味しており、筋トレ後のアルコール摂取が筋肥大の効果を減少させる可能性を改めて証明しています。
しかし、これでDuplantyらの報告は終わりません。
動物研究では、以前からアルコールの摂取がmTORの活動を減弱させるとともに、その減弱効果には性差があることが示されていました(Lang CH, 2007)。
このような知見からDuplantyらは、被験者を男女に分けて、男女間におけるアルコールによるmTORへの影響を比較、検証したのです。
そして、その結果は驚くものでした。
アルコールを摂取した場合、トレーニング後3時間のmTORは男性で有意に減少し、女性では有意な変化は認められませんでした。
Fig.3:Duplanty AA, 2017より筆者作成
この結果から、筋トレ後のアルコール摂取による筋肥大の効果の減少は、主に男性に生じることが示唆されたのです。
女性がアルコールの影響を受けない理由として、DuplantyらはmTORと筋タンパク質の調整因子である4E-BP1の存在を挙げています。4E-BP1は抑制性のタンパク質であり、筋タンパク質の分解を促進します。ラットのオスでは4E-BP1の活動がアルコールにより促進しますが、メスでは影響を受けないことががわかっています(Lang CH, 2007)。
しかし、これだけではメカニズムを完全には説明できないとして、性別におけるmTORとアルコールの関係をさらに検証する必要があるとDuplantyらは述べています。
これらの結果から、筋トレ後のアルコール摂取は筋タンパク質の調整因子であるmTORの活動を減弱させ、筋タンパク質の合成を妨げることによって筋肥大の効果を減少させることが示唆されました。さらに、mTORの活動の減弱には性差があることも明らかになったのです(Duplanty AA, 2017)。
現代のスポーツ医学は残酷な真実にこう付け加えています。
「筋トレ後のアルコール摂取は筋肥大の効果を減少させる」
「そして、その作用は主に男性に認められる」
この残酷な真実を受け入れるべきは、男性であるあなたなのです。
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シリーズ⑩:筋トレの効果を最大にするセット間の休憩時間について知っておこう
シリーズ⑪:筋トレの効果を最大にするトレーニングの頻度について知っておこう
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シリーズ㊳:筋トレとアルコールの残酷な真実(続編)
References
Yoon MS, et al. mTOR as a Key Regulator in Maintaining Skeletal Muscle Mass. Front Physiol. 2017 Oct 17;8:788.
Duplanty AA, et al. Effect of Acute Alcohol Ingestion on Resistance Exercise-Induced mTORC1 Signaling in Human Muscle. J Strength Cond Res. 2017 Jan;31(1):54-61.
Spiering BA, et al. Resistance exercise biology: manipulation of resistance exercise programme variables determines the responses of cellular and molecular signalling pathways. Sports Med. 2008;38(7):527-40.
Parr EB, et al. Alcohol ingestion impairs maximal post-exercise rates of myofibrillar protein synthesis following a single bout of concurrent training. PLoS One. 2014 Feb 12;9(2):e88384.
Lang CH, et al. Skeletal muscle protein synthesis and degradation exhibit sexual dimorphism after chronic alcohol consumption but not acute intoxication. Am J Physiol Endocrinol Metab. 2007 Jun;292(6):E1497-506.