SNSやネット記事で「アメリカ(ヨーロッパ)の大学生は在学中に100冊は本を読む。それに比べて日本(以下略」という話を目にすることがあります。その真偽・賛否・内容はともかく,言語学をやる学生向けに和書で100冊選ぶとしたらどうなるのかなと思いリストアップしてみました。
もちろん私一人ではどうにもならず,何名かの方々に推薦頂きました。お名前を挙げると分野が丸わかりで何らかの迷惑がかかるかもしれないので記すことはしませんが,あらためて感謝申し上げます。
私の専門分野や好みの問題で偏りもありますが,個人が出すブックリストってそういうもんだと思うので,どうかご容赦を。また,学生が読むには難易度の高いものもそれなりに含まれています。私としては「ぜひ読んで!」というものから「一度手に取ってみて!」というものまで差があるのですが,そのあたりは特に記していません。そういうこともあり,個別の本について詳しいレビューはつけておらずごくごく簡単な紹介にとどめています。いずれにせよ,まずは手にとって眺めてみることからしてもらえればと思います。
最後に,特に各分野専門家からすれば内容・分類に不満もあるかと思います。そういうときはぜひ「あなたの100冊」を作ってみてください(100冊にこだわる必要はないけれど)。
総説・概説書(20冊)
[1]-[4]は言語学がどういう学問分野かを知るものを中心にいわゆる入門書的なものと網羅的な概説書になっています。[5]-[8]はより科学としての言語学についての方法論や具体的な考察になります。[9]-[11]は日本語に特化した分析をしています。母語を基盤に考察することは言語学のトレーニングとして基礎となると思われるので,そのためのものとして挙げています(母語を研究すべきという話ではありません)。[12]は日本語の研究をする上での問題のありかや研究の進め方について知るのに適しています。[13]は多様なトピックを短くまとめています。[14]は言語学史について比較的読みやすく書かれています。[15]-[20]はいわゆる古典を中心に選びました。
- 上山 あゆみ (1991)『はじめての人の言語学:ことばの世界へ』くろしお出版
- 黒田 龍之助 (2004)『はじめての言語学』講談社
- 大津 由紀雄(編) (2009)『はじめて学ぶ言語学:言葉の世界を探る17章』ミネルヴァ書房
- 井上 和子,原田かづ子,阿部 泰明 (1999)『生成言語学入門』大修館書店
- 松本 裕二,今井 邦彦,田窪 行則,橋田 浩一,郡司 隆男 (1997)『岩波講座 言語の科学〈1〉言語の科学入門』岩波書店
- 郡司 隆男,坂本 勉 (1999)『言語学の方法』岩波書店
- 井上 和子(編) (1989)『日本文法小事典』大修館書店
- スティーブン・ピンカー(著), 椋田 直子(訳) (1995)『言語を生みだす本能(上)(下)』NHKブックス
- 沖森 卓也,木村 義之,陳 力衛,山本 真吾 (2006)『図解日本語』三省堂
- 益岡 隆志,田窪 行則 (1992)『基礎日本語文法 改訂版』くろしお出版
- 庵 功雄 (2001)『新しい日本語学入門:ことばのしくみを考える』スリーエーネットワーク
- 定延 利之(編) (2015)『私たちの日本語研究:問題のありかと研究のあり方』朝倉書店
- 斎藤 純男,田口 善久,西村 義樹 (2015)『明解言語学辞典』三省堂
- 加賀野井 秀一 (1995)『20世紀言語学入門』講談社
- エドワード・サピア (1998)『言語』岩波書店
- フェルディナン・ド・ソシュール(著), 影浦 峡,田中 久美子(訳) (2007)『ソシュール一般言語学講義:コンスタンタンのノート』東京大学出版会
- ノーム・チョムスキー(著),福井 直樹,辻子 美保子(訳) (2003)『生成文法の企て』岩波書店
- ノーム・チョムスキー(著) 福井 直樹,辻子 美保子(訳) (2017)『統辞理論の諸相 方法論序説』岩波書店
- レイ・ジャッケンドフ (2004)『心のパターン:言語の認知科学入門』岩波書店
- ジョージ・レイコフ,マーク・ジョンソン(著),渡部 昇一,楠瀬 淳三,下谷和幸(訳) (1986)『レトリックと人生』大修館書店
音声学・音韻論(10冊)
[1]-[2]は音声学全般に関する入門書になっています。[3]も全般を扱いますが,特に調音的側面について詳しいです。その上で[4]-[5]で音響的側面や聴覚的側面について特に学ぶことができます。[6]-[8]は日本語を中心とした音韻論に関する本になります。それに対して外国語(未知の言語)の分析について広く扱っているのが[9]になります。[10]は音声学ですが,上では扱われていない,だけど重要な側面について詳しく書かれています。
- ジャクリーヌ・ヴェシエール (2016)『音声の科学:音声学入門』白水社
- 川原 繁人 (2015)『音とことばの不思議な世界』岩波書店
- 斎藤 純男 (2005)『日本語音声学入門 改訂版』三省堂
- レイ・D・ケント,チャールズ・リード (1996)『音声の音響分析』海文堂
- 杉藤 美代子 (2012)『日本語のアクセント,英語のアクセント:どこがどう違うのか』ひつじ書房
- 窪薗 晴夫 (1999)『日本語の音声』岩波書店
- 窪薗 晴夫 (2006)『アクセントの法則』岩波書店
- 田中 伸一 (2009)『日常言語に潜む音法則の世界』開拓社
- 柴谷 方良,影山 太郎,田守 育啓 (1981)『言語の構造 音声・音韻篇』くろしお出版
- 森 大毅・前川 喜久雄・粕谷 英樹 (2014)『音声は何を伝えているか:感情・パラ言語情報・個人性の音声科学』サイエンス社
形態論・統語論(10冊)
[1]-[3]が形態論について書かれたものになります。[4]はタイトルからすると異質に思えるかもしれませんが,形態論・統語論のやや高度なイントロになりますし,第4章は国文法の活用論について詳しく問題点も含め書かれています。[5]-[8]は生成文法による統語論で,[5]と[6]で具体的な分析にバランスよく触れることができると思います。[7]-[8]は生成文法の変遷やそこでの分析が具体例とともに取り上げられています。[9]-[10]はやや高度ですが,重要な文献と位置づけられるのでここに入れました。
- 窪薗 晴夫 (2002)『新語はこうして作られる』岩波書店
- 影山 太郎 (1993)『文法と語形成』ひつじ書房
- 影山 太郎 (1999)『形態論と意味』くろしお出版
- 益岡 隆志,郡司 隆男,仁田 義雄,金水 敏 (1997)『岩波講座 言語の科学〈5〉文法』岩波書店
- 郡司 隆男 (2002)『単語と文の構造』岩波書店
- 岸本 秀樹 (2009)『ベーシック 生成文法』ひつじ書房
- 北川 善久・上山 あゆみ (2004)『生成文法の考え方』研究社
- 井上 和子(2009)『生成文法と日本語研究―「文文法」と「談話」の接点』大修館書店
- 原田 信一 (2001)『シンタクスと意味―原田信一言語学論文選集』大修館
- 三上 章 (1960)『象は鼻が長い:日本文法入門』くろしお出版
意味論・語用論(10冊)
[1]は単語の意味,文の命題的意味,文脈的意味を包括的に扱った入門書になります。[2]-[3]は形式意味論を扱っており,[2]で考え方をつかみ記号については[3]で学ぶというのが一つのスタイルになると思います。[4]-[5]は認知意味論に関するものですが,やや難易度でギャップがあるかもしれません。[6]-[9]は語用論に関するもので,[8]-[9]はポライトネスに関するものです。[10]は統語論,意味論,語用論と広い話題を扱っていますが,それらのつながりを特に知識状態との関連で見ることができるでしょう。
- 金水 敏,今仁 生美 (2000)『意味と文脈』岩波書店
- ポール・ポトナー (著),片岡 宏仁 (訳) (2015)『意味ってなに?形式意味論入門』勁草書房
- 田中 拓郎 (2016)『形式意味論入門』開拓社
- 谷口 一美 (2006)『学びのエクササイズ 認知言語学』ひつじ書房
- 野村 益寛 (2014)『ファンダメンタル認知言語学』ひつじ書房
- 松井 智子 (2013)『子どものうそ,大人の皮肉:ことばのオモテとウラがわかるには』岩波書店
- 加藤 重広 (2004)『日本語語用論のしくみ』研究社
- 福田 一雄 (2013)『対人関係の言語学:ポライトネスからの眺め』開拓社
- 滝浦 真人 (2008)『ポライトネス入門』研究社
- 田窪 行則 (2010)『日本語の構造:推論と知識管理』くろしお出版
世界の諸言語(10冊)
[1]は様々な言語を4ページにまとめており気軽に読めます。[2]-[3]は類型論ですがアプローチが異なります。[4]-[5]はフィールドワークを行う言語研究者によるエッセイですが,言語そのものに関する話題も多いです。[6]はそのようなフィールドワークによる個別言語研究の一つの大きな成果物です。[7-[10]は日本,および近隣の地域の諸言語について知るためのものになります。[7]は特に中国の方言や少数言語に関してページが割かれており,[8]-[10]は日本の少数言語を扱った本になります。
- 梶 茂樹,中島 由美,林 徹 (2009)『事典 世界のことば141』大修館
- 角田 太作 (2009)『世界の言語と日本語:言語類型論から見た日本語 改訂版』くろしお出版
- マーク・C・ベイカー(著),郡司 隆男(訳) (2003)『言語のレシピ:多様性にひそむ普遍性をもとめて』岩波書店
- 大角 翠 (2003)『少数言語をめぐる10の旅:フィールドワークの最前線から』三省堂
- 梶 茂樹 (1993)『アフリカをフィールドワークする:ことばを訪ねて』大修館
- 内藤 真帆 (2011)『ツツバ語 記述言語学的研究』京都大学出版会
- S.R.ラムゼイ(著),高田 時雄,阿辻 哲次,赤松 祐子,小門 哲夫(訳) (1990)『中国の諸言語:歴史と現況』大修館書店
- 中川 裕 (1995)『アイヌ語をフィールドワークする:ことばを訪ねて』大修館
- 田窪 行則(編) (2013)『琉球列島の言語と文化:その記録と継承』くろしお出版
- 呉人 惠(編) (2011)『日本の危機言語:言語・方言の多様性と独自性』北海道大学出版会
歴史(6冊)
[1]-[3]は日本語史を扱ったものです。[1]はコンパクトに日本語の歴史を解説したもので,[2]は個別文献(日本書紀)の内容ですが,論証の過程が詳しいです。[3]は文献以前の日本語がどのようなものかを検討した論文集です。[4]は印欧比較言語学の入門書になります。[5]は[4]と異なるアプローチによるものです。[6]は図表も多く,気軽にヨーロッパの言語の歴史を眺めるのに適しています。
- 近藤 泰弘,月本 雅幸,杉浦 克己 (2005)『新訂 日本語の歴史』放送大学教育振興会
- 森 博達 (1999)『日本書紀の謎を解く:述作者は誰か』中公新書
- 服部 四郎 (1959)『日本語の系統』岩波書店
- 吉田 和彦 (1996)『言葉を復元する―比較言語学の世界』三省堂
- R.M.W. ディクソン(著),大角 翠(訳) (2001)『言語の興亡』岩波書店
- ヴィクター・スティーヴンソン(著),江村裕文ほか(訳)『図説ことばの世界:ヨーロッパの言語史』青山社
獲得と喪失・言語と心理(7冊)
[1]は平易に書かれた啓蒙書になります。[2]-[4]が言語獲得について書かれたもので,[2]は心的辞書の発達について詳しく,[3]は網羅的に関連トピックを扱っています。[4]-[5]は言語の喪失(失語症)に関するものです。[6]-[7]は心理言語学について個別の話題の他,言語障害についても扱っています。
- 広瀬 友紀 (2017)『ちいさい言語学者の冒険:子どもに学ぶことばの秘密』岩波書店
- 今井 むつみ (2013)『ことばの発達の謎を解く』筑摩書房
- 岩立 志津夫,小椋 たみ子 (編)(2017)『よくわかる言語発達 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)(改訂新版) 』ミネルヴァ書房
- 佐野 洋子,加藤 正弘 (著) (1998)『脳が言葉を取り戻すとき―失語症のカルテから』NHK出版
- 渡邉 修(監修),福元 のぼる,福元 はな (著) (2010)『マンガ家が描いた失語症体験記高次脳機能障害の世界』医歯薬出版
- 福田由紀(編)(2012)『言語心理学入門 言語力を育てる』培風館
- 針生 悦子(編)(2006)『朝倉心理学講座 5 言語心理学』朝倉書店
応用言語学・外国語学習(5冊)
[1]は第二言語習得に関する入門書になります。[2]-[3]は外国語学習についての啓蒙的な本ですが,一般言語学とのつながりが強めです。[4]-[5]は日本での英語教育に関してどのように導入・普及していったか,英語教育論にどのような問題があるかを実証的に考察しています。
- 白井 恭弘 (2008)『外国語学習の科学:第二言語習得論とは何か』岩波書店
- 大津 由紀雄 (2007)『英語学習7つの誤解』NHK出版
- 黒田 龍之助 (2000)『外国語の水曜日―学習法としての言語学入門』中公新書
- 寺沢 拓敬 (2014)『「なんで英語やるの?」の戦後史 —《国民教育》としての英語、その伝統の成立過程』研究社
- 寺沢 拓敬 (2015)『「日本人と英語」の社会学—なぜ英語教育論は誤解だらけなのか』研究社
言語と社会(4冊)
[1]は社会言語学全般の入門書で,[2]は談話関連の,[3]は変異理論中心の概説書になります。[4]はスポーツやポップカルチャーなどとのつながりをもとに書かれたやや高度な本になります。
- 石黒 圭 (2013)『日本語は「空気」が決める:社会言語学入門』光文社
- 岩田 祐子,重光 由加,村田 泰美 (2013)『概説 社会言語学』ひつじ書房
- 日比谷 潤子 (編) (2012)『はじめて学ぶ社会言語学:ことばのバリエーションを考える14章』ミネルヴァ書房
- 南 雅彦 (2009)『言語と文化:言語学から読み解くことばのバリエーション』くろしお出版
手話(4冊)
[1]は手話やろう者について知るのによいノンフィクションです。[2]-[3]日本手話の文法について知るのに有用です。[4]は日本手話と日本語対応手話(手指日本語)の違いについて写真を多く使って説明されています。
- オリバー・サックス(著),佐野 正信(訳) (1996)『手話の世界へ』晶文社
- 岡 典栄,赤堀 仁美 (2011)『文法が基礎からわかる 日本手話のしくみ』大修館書店
- 松岡 和美 (2015)『日本手話で学ぶ手話言語学の基礎』くろしお出版
- 木村 晴美 (2011)『日本手話と日本語対応手話(手指日本語):間にある「深い谷」』生活書院
文字(6冊)
[1]は文字を言語学の観点からみるのに適しています。[2]は世界の文字の網羅性が高い本です。[3]-[4]は日本語の文字に焦点を当てたもの,[5]-[6]は英語の表記・スペリングについて知ることのできるものです。
- フロリアン・クルマス(著),斎藤伸治(訳) (2014)『文字の言語学 : 現代文字論入門』大修館
- 世界の文字研究会(編) (2009)『世界の文字の図典 普及版』吉川弘文館
- 林 史典 (編) (2005)『文字・表記』朝倉書店
- 中田 祝夫,林 史典 (2000)『日本の漢字』中央公論新社
- ビビアン・クック(2008)『英語の書記体系』音羽書房
- サイモン・ ホロビン (2017)『スペリングの英語史』早川書房
コーパス言語学(4冊)
[1]はコーパスというものが何かということや,価値,応用範囲を知るのに適しています。[2]は研究事例が豊富に含まれています。[3]-[4]は国立国語研究所で作成したコーパスについて詳しく知ることができます。
- 前川 喜久雄 (編) (2013)『コーパス入門』朝倉書店
- 石川 慎一郎 (2012)『ベーシック コーパス言語学』ひつじ書房
- 山崎 誠 (編) (2014)『書き言葉コーパス ―設計と構築―』朝倉書店
- 小磯 花絵 (編) (2015)『話し言葉コーパス ―設計と構築―』朝倉書店
その他(5冊)
ちょっと分類しづらいものを中心に取り上げています。[1]は従来の文法,音声研究でノイズのように見なされてきた事象に焦点を当てて説明されています。[4]-[5]は特にコンピューターと言語との関わりについて知る上で有用です。
- 定延 利之 (2005)『ささやく恋人,りきむレポーター:口の中の文化』岩波書店
- 寺尾 康 (2002)『言い間違いはどうして起こる?』岩波書店
- 浜野 祥子 (2014)『日本語のオノマトペ:音象徴と構造』くろしお出版
- 川添 愛 (2017)『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット:人工知能から考える「人と言葉」』朝日出版社
- 小町 守 (監修),奥野 陽,グラム・ニュービッグ,萩原 正人(著) (2016)『自然言語処理の基本と技術』翔泳社
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