大学生の時、クリスマスに単発のバイトをやった。シャンパンの試飲販売。デパ地下でお客さんにシャンパンを配る仕事だった。男女2名でペアを組み、男性はディレクター、女性はコンパニオンという立場で働く。シャンパンを配るのはコンパニオンの役目で、ディレクターは現場全体の指揮・管理を行う。僕はディレクターという名目だったが、そんな立派なことは何もしなかった。コンパニオンの後ろに立って、カップを補充したり、ゴミを捨てたりする。基本的にはそれだけだった。
その日にペアを組んだコンパニオンは、髪の短い小柄な女性で、年齢は僕と同い年だった。気さくで明るい子だった。仕事中、コンパニオンは真っ赤なサンタのコスチュームを着るのだが、明らかにサイズが大きめだった。帽子はぶかぶかで、上着の袖も長過ぎた。しかたなく彼女は腕まくりをしていた。
その点を除けば、仕事はスムーズに運んだ。終業の30分前にはノルマを達成してしまった。彼女はお客さんのウケがすごく良かった。セールストークははきはきしていたし、笑顔も好印象だった。僕はひたすらカップを補充していればよかった。
その日の夜、彼女とふたりで飲んだ。どういう経緯でそうなったのか、まるで覚えていない。いったんは現場で解散したのだが、地下鉄のホームでばったり再会して、そのまま飲みに行くことになった。僕の方から積極的に誘ったわけではない。ディレクターがコンパニオンを誘うようなことは、事前に会社から厳しく禁じられていた。万が一、コンパニオンからセクハラ等の抗議が入った場合、ディレクターは即時解雇で、給料も支払われなくなる。そういう契約になっていた。
にもかかわらず、ふたりで飲みに行くことになった。どういう流れだったのだろう。彼女の方が積極的だったという記憶もないので、本当に不思議でしかたない。クリスマスにバイトをしている者同士、妙な連帯感が働いたのかもしれない。
目についた居酒屋に入って、カウンターに並んで座り、ビールで乾杯した。シャンパンは見飽きていたので、ビールやサワーばかり頼んだ。クリスマス気分はゼロだった。
彼女は大学を休学中で、たまに単発のバイトだけやって暮らしていた。バイトを始める前はしばらくひきこもりだったらしい。休学の理由は聞かなかった。あとは下らない話ばかりしていた。仕事中、彼女がずっと腕まくりしていたことをネタにして笑った。サンタが腕まくりをしているのは、なんだか前のめりすぎてイヤだとか、サンタにはあまりギラついて欲しくないとか、そんなことを話した。どうでもいい話だった。
それからふたりで向かいのゲームセンターに入った。彼女はかなり酔っていた。さっきまで着ていたサンタのコスチュームを出して、上着を着てゲームセンターの中をうろついた。ふたりでUFOキャッチャーをやった。彼女はこれみよがしに腕まくりをした。合計二千円近く使って、グーフィーのぬいぐるみをゲットした。店を出ると、自然と手を繋いだ。彼女はサンタの上着を着たままで、僕はグーフィーのぬいぐるみを抱いていた。ふたりで手を繋ぎながら駅まで歩いた。来年から大学に戻る、と彼女が言った。ふたりで同じ電車に乗って帰った。僕が先に降りた。そこでお別れ。グーフィーのぬいぐるみは彼女が受け取った。
それだけだ。後に繋がるようなことはなにもなかった。でもこの話にはオチがあって、それは翌年のクリスマスに訪れる。
その年の冬、僕はどん底だった。夏に出来た彼女が実は二股をかけていたことがわかり、しかももうひとりの男は僕が所属しているサークルの先輩だった。結局、僕は彼女と別れて、サークルをやめた。講義も休みがちになった。クリスマスは何の予定もなかった。
こうなったら最低のクリスマスを過ごしてやろうと思い、TSUTAYAでAVを借りた。帰宅すると、すぐに缶ビールを空けて、DVDを再生した。素人ナンパ物の作品だった。聖夜にひとり淋しく歩いている女性をナンパして、ホテルに連れ込むという内容だ。
冒頭、二人組のナンパ師が街を徘徊していた。ひとりはスキンヘッドの中年男で、もうひとりは茶髪でガタイの良い青年だった。二人はしばらく商店街をうろついたあと、ゲームセンターの前で足を止めた。すると入口からサンタのコスチュームを着た女性が出てきた。顔にはモザイクがかかっていた。
「あの子どうかな?」ナンパ師の二人組が彼女を値踏みし始めた。するとまた入口から、今度は男性が出てきた。ダッフルコートを着た猫背のひょろ長い男で、グーフィーのぬいぐるみを抱えていた。やはり顔にはモザイクがかかっていたが、僕はそれが自分であることが直感的にわかった。見慣れたダッフルコート、グーフィーのぬいぐるみ。間違いなかった。サンタのコスチュームを着た女性が振り返って、僕と手を繋いだ。すごく自然な手の繋ぎ方だった。「なんだ、男連れかよ」とスキンヘッドが言った。僕と彼女はあっという間に画面から消えた。
再投稿は甘え http://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20171129132255