刑事被告人として公判出廷のため護送車で長野地裁松本支部に入る元大東建託社員のG氏。(11月10日)
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2年前の2015年。年の瀬も押し迫った12月25日クリスマスの日、アパート販売最大手・大東建託株式会社(熊切直美社長)松本支店=長野県松本市=で建築営業を担当する男性社員(40代)が、顧客とその家族の頭や顔をハンマーで殴って瀕死の重傷を負わす事件が起きていたことがわかった。新聞・テレビは社名を伏せて報じたため、大東建託社員の事件であることは、これまで知られていなかった。この、いわば「見えない大東建託事件」の刑事公判が、今年11月9日~21日、長野地裁松本支部で、裁判員裁判によって開かれた。検察は懲役20年、弁護側は12年を求刑し、30日に判決を迎える。公判廷から見えてきたのは、狂気というほかない猛烈なノルマ主義と、それに応えようと契約獲得に奔走し、モラルを失って破滅にいたる、「優秀」で「忠実」な社員の姿だった。彼を凶行に追いやった張本人でありながら、他人ごとのような顔をしている大東建託の無責任体質も浮き彫りとなっている。傍聴メモから、詳細を報告する。
【Digest】
◇ 大東建託社員による「見えない」凶悪事件
◇ 殺人未遂など6件の起訴事実
◇離婚を機に入社、パワハラの洗礼
◇助手席ダッシュボードを蹴り続けた課長
◇GPS監視、24時間電話にでろ
◇軍隊式教育に電通鬼10則
◇不正は当たり前の職場
◇ 大東建託社員による「見えない」凶悪事件
11月9日午前10時。青空に紅葉が鮮やかな松本城公園のわきにある長野地裁松本支部の法廷に、手錠と腰縄をつけられてひとりの男性が入ってきた。大東建託松本支店建築営業2課に所属していたG氏(45)である。くたびれた黒い背広に青いネクタイをつけ、弁護人の横に座った。黒ずんだ顔をやや下にむけ、ひざの前に両手をあわせてじっとしている。表情は穏やかだ。どこにでもいそうなふつうの中年男性である。
あらかじめ、関係者・法人の名前の扱いについて説明しておきたい。本稿では、犯人(被告人)の氏名は本人や家族のプライバシーに配慮して「G」と匿名表記とし、「大東建託」という会社名は社会的責任を負う大企業であるということから実名で表すことにしたい。
筆者がこの事件に目をとめたのは2016年1月。「大東建託」をめぐるトラブルについて記事を発表したところ、匿名の書き込みが筆者のブログになされた。
松本市 殺人未遂 G(実名) 検索してみて下さい。社員が地主に。。
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新聞記事を調べてみると、たしかにGという人物が長野県で逮捕されたとある。ハンマーで人を殴った殺人未遂容疑だ。「社員が地主に」という書き込みからすれば、どうやらGは大東建託の社員らしい。筆者は取材すべく基礎情報を集めはじめた。
しかし、すぐに壁にあたった。記事には「大東建託」の社員であるとは一言も書いておらず、確信が持てない。そこで筆者は、知り合いの大東建託関係者にたずねてみた。結果、どうやら本当らしい、とわかった。ただ、事件の内容は依然としてわからなかった。詳しい報道もない。内容を知るには公判を傍聴するしかなかった。
公判は、なかなかはじまらなかった。傍聴のできない「公判前整理手続」と呼ばれる、密室の手続きが延々と続いた。筆者は毎月のように裁判所に電話をかけて照会した。そして、1年以上もこうした作業をやった結果、ようやく今年10月終わり、「公判日程がきまった」との返事を得た。事件発生から2年になろうとしていた。
なお、こうした事件照会を、筆者のような記者クラブに属さないフリージャーナリストができたのは、大マスコミが犯人の氏名を、「実名で」報じたからである。名前がわからなければ、公判傍聴の手がかりすら得ることはできなかった。捜査機関の一方的な言い分を容疑者や被告人の実名入りで無責任に垂れ流す犯罪報道の弊害はきわめて大きいが、匿名報道になれば筆者のような立場で公判傍聴しようとしても困難になるといった問題がある。
ともあれ、以上のような経緯で、筆者はG元社員(逮捕から数日後に懲戒免職)の刑事公判を傍聴し、事件の輪郭を知ることができた。予想したとおり、「大東建託」の問題体質を抜きにしては、説明のつかない事件だった。
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建築営業社員が、顧客と家族をハンマーで殴って大けがをさせる凶悪事件を起こした大東建託松本支店(松本市) |
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◇ 殺人未遂など6件の起訴事実
公判最初の手続きは、検察官による起訴状の朗読である。若い検事が読み上げた起訴内容は、計6件。
そのうち、もっとも重大なのは、顧客家族3人をハンマーで殴った殺人未遂罪、そしてその1週間前、この家族の家に火をつけてボヤ火災を起こした現住建造物等放火罪である。
なお、煩雑さを極力さけるため、被害者である顧客を、アルファベット大文字で「A」「B」とし、被害者以外で事件に関係する顧客を、小文字で「p」「q」「r」と表記した。
【現住建造物等放火】
2015年12月18日深夜、顧客男性B(76)の木造住宅に新聞紙にライターオイルをしみこませて玄関付近など3ヶ所に点火、縁側など0.1㎡焼損した。
【殺人未遂】
2015年12月25日午後5時半ごろ、B方にて、Bの頭部をハンマーで数回なぐり、脳挫傷など全治7ヶ月のけがを負わせた。妻(73)、長男(46)に対しても、頭や顔をなぐり大けがをさせた。
そして、この凶行にいたる前段階として、2件の詐欺と窃盗、建造物損壊の4件の犯罪に問われている。
引き続き、検事が読み上げた起訴状より――。
【詐欺罪(その1)】
2014年9月12日。顧客男性A(85)に対し、アパート建設の着工時金名目だと嘘をつき、松本市の82銀行から786万円を引き出させて詐取した。詐取した786万円は、別の顧客pのアパートの着工時金に使った。
【建造物損壊】
2015年1月3日午前2時半ごろ、A宅の便所窓枠などに、ライターオイルをしみこませた新聞紙で火をつけ、窓枠や壁をこがした。47万円の損害。
【窃盗】
2015年3月4日午後4時8分、82銀行の2つの支店で、Aの銀行キャッシュカードをつかってそれぞれ58万円と42万円引き出し、窃取した。盗んだ100万円は別の顧客であるqのアパート建築受注金に利用した。
【詐欺(その2)】
2015年8月19日。「アパート建築の追加費用が必要」とAに嘘をつき、800万円を別の顧客であるrの口座に入金させた。その際Aに「rは工事業者」と嘘をついた。だまし取った金は、rのアパート新築のための着工時金(の返済資金)にあてた。
起訴状朗読につづく罪状認否で、G被告人と弁護人は、2点をのぞいて起訴事実を認めた。争いになった点とは、Bさんの妻と長男を殴った際に、殺意はなく、殺人未遂ではない、傷害である、という点。それから、Bさん宅に火をつけたが、独立して炎上する状態ではなかったので、放火の既遂ではなく未遂であるという点だ。
どのような経緯で、こうした事件に至ったのか。以下、時系列で整理してみていく。.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
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元大東建託社員G氏の刑事公判が裁判員裁判によって開かれた長野地裁松本支部。 |
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初公判の模様を伝える地元の新聞(2017年11月10日付朝刊。左は信濃毎日新聞社会面、右は朝日新聞長野中南信面)。大東建託の社名は事件発生当時からいっさい報じられていない。 |
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松本市内に店舗を構える大東建託の関連会社。関係者を除き、G元社員の凶悪事件と大東建託の関連を知っている松本市民はほとんどいない。 |
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顧客Bさん一家が大東建託社員のG氏(当時)によって殴られた現場付近(松本市)。 |
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