単純計算で20兆円を超える旧日本軍遺棄化学兵器処理費――中国に全面的に平伏す“覚書”、北部戦区の有力な資金源に
戦後70年以上が経った今も、最大の戦後処理と言われる事業が、莫大な国費を投入して粛々と行われていることをご存知だろうか? 旧日本軍が中国本土に遺棄したとされる化学兵器の処理がそれである。日本政府による処理事業が中国本土で始まったのは17年前。日本では殆ど報道されることのない“最大の戦後処理”なのだが、中国では違う。中国政府は、事ある毎にこの問題を持ち出しては報道を繰り返している。「第2次世界大戦中に日本軍が化学兵器を製造・使用し、中国等の被害国の戦闘員や無実の民間人に多数の死傷者を齎した」。今年8月、中国外交部の定例記者会見で、報道官の華春瑩はこうコメントし、最後に次のように締め括った。「日本が軍国主義の侵略の歴史を深く反省し、中国に遺棄された化学兵器を1日も早く廃棄し、清潔な土地を中国人に返還するように促す」。2000年に政府予算28億円で始まった遺棄化学兵器処理事業の予算は膨れ上がり、今年度は361億7000万円が計上された。過去18年間で、凡そ3700億円余りの国費が投入されている。これだけの莫大な資金を投入して、黒竜江省北安市での発掘・回収作業を開始して以来、今までに5万6149発を回収。そのう内、4万5624発を処理してきた(※今年3月末時点)。そして、遺棄化学兵器処理の本丸とも呼ばれる吉林省ハルバ嶺での発掘・回収作業が本格化しようとしている。
吉林省敦化市ハルバ嶺。北朝鮮との国境に近いこの土地は、30万~40万発の遺棄化学兵器が埋設していると推定される中国最大の埋設地帯。中国側の説明によれば、1950年から1960年にかけて、当時の東北行政委員会及び東北軍区部隊が、今後暫くは使用することのない僻地・山中・沼沢地からハルバ嶺を選定。各地に散らばっていた旧日本軍の遺棄化学兵器を埋設したものだという。謂わば、遺棄化学兵器の墓場だ。冬場には-20℃近くにまで冷え込むこの土地の一角には、マスタードガス等が詰め込まれ、錆び付いたままの化学砲弾が堆く積まれている場所も見られる。長年の腐食のせいか、中には砲弾から中身が漏れ出しているものもある。現在、この地域にメディアが入ることは許されていない。何故なら、この地域の周辺には、北朝鮮有事に常に備え、北朝鮮貿易の実質的な窓口となっている北部戦区(※旧瀋陽軍区)の軍事施設が点在しているからである。過去18年の歳月をかけ、3700億円余りの事業費を投じて処理したのは、凡そ4万5000発余り。このハルバ嶺にあるとされる30万~40万発の遺棄化学兵器を処理するのに、一体どれほどの時間と費用がかかるのか? 勿論、一概に比較等はできないが、単純計算で年間処理できるのが凡そ2700発。仮にハルバ嶺に埋設されているのが30万発として、111年――。途方もない年月だ。その費用たるや、ゆうに20兆円を超えてしまう計算となる。この“終わりのない戦後補償”を仔細に見ていくと、中国側の強かな計略に手もなく捻られた日本政府の構図がまざまざと見えてくる。日本が化学兵器禁止条約を批准したのは1995年(※条約発効は1997年)。自民党・さきがけ・社会党の連立政権が前年に発足。時の首相は、社会党出身の村山富市だった。国際的に化学兵器禁止への動きが加速し始めた1992年、スイスのジュネーブで開かれた軍縮会議の席上、突如、中国代表がこんな演説を始めた。「ある外国が中国に残した化学弾の内、中国は30万発を処理した。けれども、未だ200万発以上が未処理である。また、20万トンのマスタードガスを処理したが、未だに100万トンが残っている。被害者は2000人以上に上っている」。日本と名指しこそ避けてはいるが、“ある外国”が日本であることは明らかだった。化学兵器禁止条約の成立に向けて、中国はこの頃から国際的な世論作りに積極的になっていく。中国は、各国に働きかけては、化学兵器禁止条約に遺棄化学兵器の“廃棄条項”を書き加えることを強く主張し始める。
締結国は、この条約に従い、他の締結国の領域内に遺棄した全ての化学兵器を廃棄することを約束する。そして、この条約が締結する1年前の1994年には、中国ははっきりと旧日本軍が中国大陸で残した化学兵器について激しい調子で非難した。そこには、明確に実数までもが記されていた。中国人民解放軍傘下の出版社が発行する月刊誌『解放軍生活』は、“200万発の毒ガスが露出”という特集記事の中で、「1950年代から1992年まで、黒竜江省・吉林省・遼寧省・江西省等から旧日本軍の遺棄化学兵器が多数発見され、中国建国から3000人以上の被害者が出た」と主張。「旧日本軍が遺棄した化学弾は200万発に及び、中でも吉林省ハルバ嶺砲弾溝には180万発が埋まっており、その殺傷能力は広島に落とされた原爆に匹敵する」と記述した。こうした中国側の一方的とも思える主張は、日中間の現地調査等により、徐々にその数字等が修正されていった。しかし、日中共同調査、また化学兵器禁止条約の締結等を受け、1999年に日中間である覚書が交わされる。『遺棄化学兵器の処理に関する覚書』がそれだ。この覚書は、遺棄化学兵器の処理に決定的な重みを与えた。覚書の第2項には、次のように記されている。「日本政府は、“化学兵器禁止条約”に基づき、旧日本軍が中華人民共和国に遺棄した化学兵器の廃棄を行う。上記の廃棄を行うときは、日本政府は化学兵器禁止条約検証附属書第4部(B)15の規定に従って、遺棄化学兵器の廃棄のため、すべての必要な資金・技術・専門家・施設及びその他の資源を提供する。中華人民共和国政府は廃棄に対し適切な協力を行う」。
つまり、日本政府は「中国全土に残る遺棄化学兵器は全て旧日本軍が残したものである」とほぼ全面的に認め、更には「その廃棄の為の資金・技術・専門家・施設、その他の資源全てを提供するのは日本政府である」と約束してしまったのだ。この18年間に3700億円余りの資金が日本から流出している根拠は、この覚書によるものなのである。覚書は当時、首相の座にあった小渕恵三(※故人)内閣の下で行われた。署名をしたのは、“チャイナスクールの大物”中国大使だった谷野作太郎。中国側は外交部の王毅。現在、外交部長(※日本の外務大臣に相当)である王毅は当時、外交部長助理、つまり代理の職にあった。小渕は、日中国交に道を開いた田中角栄直系の政治家で、旧田中派の流れを汲む親中派。また、小渕を支える官房長官には、これまた中国と関係の深い野中広務が控えていた。こうした内閣にあって、谷野と共に外務省アジア局長という要職に就いていたのが、チャイナスクールの中心人物とされた阿南惟茂だ。中国に全面的に平伏すかのような覚書は、こうした背景があればこそのものだった。勿論、異議が無かった訳ではない。先の大戦に敗れた日本は、『ポツダム宣言』に従い、“完全武装解除”を行った。中国戦線においては、旧満州や万里の長城以北の部隊はソビエト軍へ、それ以外は中国軍(※当時は国民政府。中国共産党が建国を宣言するのは1949年)に降伏&武装解除を行い、兵器・施設は没収され、その所有権は両国に引き継がれた。つまり、遺棄したのは旧日本軍ではなく、日本軍から引き継いだ旧ソビエト軍、或いは中国軍の可能性が高いのだ。日本軍から引き継いだものの、化学兵器であるだけに扱いに窮し、その後に埋めてしまった可能性も否定できない。勿論、元々旧日本軍が中国大陸に持ち込んだものだから、日本が責任をもって処理するという姿勢を否定している訳ではない。ただ、少なくとも、日本が本来負うべき責任の範囲を科学的・客観的に精査する作業が、政府を上げて行われるべきだった。先の覚書で中国に全面的に平伏してしまったら、日本政府は今後、無尽蔵に費用を捻出し続けることを強いられるだけだ。しかも、その費用は本質的な遺棄化学兵器の処理にかかるだけではない。処理に付随する2次・3次の問題にかかる費用とて、尋常な金額ではない。意外に思うだろうが、中国の環境基準は世界最高水準とも言えるほどの高さを誇る。あの北京のスモッグ、各地で起こっている深刻な環境汚染等からすると信じ難いことなのだが。高いが故に、その抜け道、つまり賄賂が横行する温床ともなっている。その基準そのものが、大きな利権にも繋がっているのだ。それは、この遺棄化学兵器処理の現場でも同じ利権構造が生まれることを意味している。
覚書に則り、処理現場では処理施設の建設から始まるが、そこでは必ず中国側の環境基準の調査から始まる。木を1本切り倒すのにも立木補償が発生。作業員の糞尿処理は、日本の浄化施設での浄化では中国の環境基準を満たせず、タンクローリーで遠隔地まで運ばねばならない。万が一、処理の過程で有毒ガスが発生した場合の水源や動植物への影響についても検討を強いられ、動物実験を行っての基準値策定まで、其々の処理施設で義務付けられている。勿論、建設には地元の建設会社や作業員を雇わねばならない。こうした現場で使われる機材・重機・大型トラックに至るまで、地元の戦区の関連会社のものを使わねばならない。処理事業の周辺では数多くのビジネスが生まれ、その大半に軍が関与している。向こう何十年続くかわからない処理事業の本丸であるハルバ嶺を抱える北部戦区は、国家主席の習近平よりも、失脚した薄熙来(※元重慶市書記)や周永康(※元中央政治局常務委員)の人脈が太く、現在でも北朝鮮利権を握り、北京政府には面従腹背を続けている。ハルバ嶺での処理作業は、戦区の有力な資金源でもあるのだ。「日本からの資金は地元軍部の利権構造に組み込まれているようだが、そこはブラックボックス。日本も中国ほどではないにしろ、外務省・防衛省の利権構造が出来上がっている。化学兵器の処理施設にしても、永田町で有名な政界フィクサーの名前が取り沙汰され続けている」(自民党幹部)。遺棄化学兵器の処理作業が中国国内で利権構造を生み出すのと同様に、日本側でもその余禄に与る仕組みが作り上げられている。膨大な国費投入を差配する為、外務省は内閣府内に“遺棄化学兵器処理担当室”というチャイナスクールの拠点を持つことができた。また、防衛省にとっては、その天下り先を探すのに難渋していた陸上自衛隊化学学校のOB等を、それなりの待遇で現地に派遣することが可能になった。かなりの人数が現地で働いており、化学学校OBらにとっては重要な再就職先ともなっている。現地にある遺棄化学兵器の処理施設では『神戸製鋼』等の機材が使われているが、先の自民党幹部が指摘しているように、その選定には政界フィクサー・Aの名前が見え隠れしている。中国での化学兵器処理は、ハルバ嶺の他にも、広東省広州や山西省太原でも今後予定されている。つまり、日中両国政府の間で築き上げてきた岩盤のような利権構造はまだまだ続き、一層肥大化していく様相なのだ。確かに、習が綱紀粛正を唱え、軍部にも容赦なくその鉄槌を振るうようになり、あからさまな賄賂等が跋扈するようなことは減ったという。抑々、化学兵器禁止条約では、遺棄化学兵器に関して、原則として10年以内の廃棄を求めていた。1997年の条約発効から10年なら、2007年までの筈である。しかし、老朽化した遺棄化学兵器の処理がその期間ではできない為、「2022年までに処理完了を目指して最善の努力をする」と国際機関の了承を得ている。それがまた、中国(と日本政府)の都合で延長され、更なる膨大な国費が投入される可能性も全く否定できない。日中の利権構造が続く限り、日本の血税は毎年、着実に中国軍へ贈呈されることになるのだ。先の大戦への反省とは別問題として、納税者はそろそろ、この理不尽に気付くべきである。 《敬称略》
中国人の嘘にだまされない7つの方法 (宝島sugoi文庫) [ 石平 ] | 中国と韓国は息を吐くように嘘をつく/高山正之【1000円以上送料無料】 | 〈親米派・親中派〉の嘘 日本の真の独立を阻むものの正体/福山隆/池田整治【1000円以上送料無料】 | なぜ中国は平気で嘘をつくのか 比較研究/日本人と中国人/杉山徹宗【1000円以上送料無料】 |
スポンサーサイト