海猫沢めろん×ドミニク・チェン対談(1)「いま小説の世界で一番最先端なのは『小説家になろう』だ」
2017/11/27
WRITERインタビュー・テキスト:Zing!編集部 ピーター/撮影:トライアウト 関水大樹
Zing!でコラム「ひらめけ!視点塾」を連載中の小説家・海猫沢めろんさんと、ITについての著作も多く、経営者、大学教師でもあるドミニク・チェンさん。めろんさんとドミニクさんは絶対に話が合うと見たZing!編集部からのオファーに対しドミニクさんに快諾いただき、対談が実現しました。「文学とテクノロジー」を大テーマにしつつも縦横無尽に駆け巡った刺激的なトークの中で出てきたテーマは「読者の自律性」と「どうやって読む人を増やすか」ということ。小説家、文筆家、ライター、編集者、メディアに関わる人やその志望者の方、本が大好きなあらゆる人たち、みんな必読です! (熱い内容で文字数が多くなったため、3回に分けて更新します)。
●対談記事一覧
(1)「いま小説の世界で一番最先端なのは『小説家になろう』だ」
(2)「読者を育てる『新しい深さ』のヒントは『けものフレンズ』!?」
(3)「読者が変われば、作者も変わる。そこに希望がある」(12/1公開予定)
僕、松岡さんの孫弟子みたいなもんなんです(めろん)
海猫沢めろんさん
海猫沢めろん(以降、めろん):ドミニクさんの著作も面白いんですが、対談が特にいいなと思ってて。松岡正剛さん(※1)との『謎床』とか、『WIRED』の若林さん(※2)との対談とか。
ドミニク・チェン(以降、ドミニク):ありがとうございます。「読んでいない本について語る」っていう「amu」の対談ですね。
めろん:若林さんとのあの対談もかなり読む人にはハードル高いとは思うんですよ。固有名詞がめちゃくちゃ出てくるし。
ドミニク:渋沢栄一(※3)からロラン・バルト(※4)までですからね(笑)。
ドミニク・チェンさん
※1 松岡正剛(まつおか せいごう):雑誌『遊』編集長、編集工学研究所所長、ISIS編集学校校長。日本文化から思想・哲学、芸術、科学まであらゆる知識を持つ編集の巨人。
※2若林恵(わかばやし けい):雑誌『WIRED』日本版・編集長。ドミニクさんは「WIRED.jp」でも連載されている。
※3 渋沢栄一(しぶさわ えいいち):約500の企業を立ち上げた実業家。江戸~大正を駆け抜けた。
※4 ロラン・バルト:フランスの哲学者・批評家。『表徴の帝国』『エクリチュールの零度』などの著作が有名。
めろん:その固有名詞の出方っていうのがすごく広いので、あるジャンルがわかっても他はわからないっていうのがあるかもな、と。でも、僕も興味は雑多で「広く浅く」なタイプなんで、だいたい分かりました。『謎床』もすごく面白かった。
▲『謎床』:松岡さんとドミニクさんの膨大な知識の引用と、対話の中から謎が新しい問いを生んでいくグルーヴ感が面白い。
ドミニク:めろんさんも松岡さんにインタビューされてましたよね。
めろん:そもそも僕、松岡さんの孫弟子みたいなもんなんです。昔、編集の仕事をしてたんですよ。もともとはDTPデザイナーでもあって。
ドミニク:そうなんですね!めろんさんはいろんな仕事をされてきてますよね。
めろん:はい。で、デザイナーの仕事に就くまで、独学でめっちゃ変なことやってて。東京に出て所属したデザイン会社のチーフが松岡さんのISIS編集学校の師範みたいな人だったんですね。その人が僕の師匠でした。僕に対して「君はやばいね、よく今まで生きてこられたね」って(笑)。何もできなかったんですけど「若いから」って雇ってもらって。文字組みの基本から教わりましたね。
ドミニク:なるほど、現場の仕事で学んだ感じなんですね。
めろん:そうです。で、仕事終わったらキャバクラに連れていかれて「今日、我々はダッチワイフの営業マンっていう設定だから」ってお店の女性と会話したり。松岡さんの言葉を解説してくれて「『擬(もどき)』や『仮留め』っていうのはこういうことなんだ」って言うんだけど、「でもそれ違うだろ!」って(笑)。そうやってキャバクラで話すのもその師匠は「全部仕事なんだ」って言う(笑)。言ってることは天才的詐欺師なんです(笑)。で、松岡さんの本を読まされたりしてました。2、3年で会社は潰れたんですが……。でもそのおかげで松岡さんの孫弟子みたいな感じなんです。その後松岡さんと対談させていただいて、30代後半になって編集学校に入ったんです。最初のコースからやりました。びっくりしたのが、そのカリキュラムが、僕が師匠にやらされたことと同じだったんです! おんなじだーと思って(笑)。
ドミニク:それはすごいカリキュラムでしたね(笑)。ISISの編集学校は僕も今度ぜひって言われていて。「守・破・離」(※5)の「守」は導入らしくて、「破」はもう少し難しい。「離」がかなりヤバいらしくて、仕事ができなくなるレベルまで課題が出るらしいです(笑)。
めろん:すごいですよね。いろんな人を集めていろんなことをやる。松岡さんの考えに、「学びは教えないと完結しない」っていうのがあって、受けるだけじゃなくてアウトプットもちゃんとしないといけないから、全部やらせるんですよね。
ドミニク:めろんさんの松岡さんへのインタビューを読んだとき、ちょうど『謎床』の校正をしているときで、僕の考えてることとすごく共通するなあと思ってました。
めろん:僕も本を読んでて、たぶんこの人は分かり合えるな、という感じがしましたね。 だから今日は無限に話ができると思いますよ(笑)。
※5 守・破・離(しゅ・は・り):日本の武道、茶道、芸術における修行・学びや師弟関係のあり方を表した言葉。
「ITと文学の交差点」に僕は一番興味があるんです(ドミニク)
めろん:僕がドミニクさんの名前を知ったのは、舞城王太郎さんの小説のタイピングログを取る、というのをやられてたときだったと思います(※6)。
ドミニク:タイプトレースですね。10年くらい前に友達と作ってたんです。僕がICC(インターコミュニケーションセンター)で2003年から2006年まで働いてたときですね。
めろん:実は、ドミニクさんが何をやってる人なのかいまいち分かってなくて。アーティストみたいだし、会社もやられてるし、本を出したりもしているし。ご自分としては何と名乗っているんですか?
ドミニク:年々経験を重ねていくと自己紹介がうまくなるはずなんですが、僕は年々自己紹介が下手になってます(笑)。どうしようかなと。
めろん:分かります! 全く僕も同じで。毎年新しいことをやっていってるんですよ。去年からアナログゲームを作ってて(※7)。ボードゲームを作ったので、ボードゲーム作家という肩書がまた増えてしまいました(笑)。でも、高橋源一郎さん(※8)と会った時に「いろんなことをするのが作家という仕事だから」って言われて、なるほどと。なので、作家って名乗っておけばいいのかなと。
ドミニク:僕はアーティストと名乗ったことはなくて、逆にオーガナイズしたり編集したりする側なんですよね。編集者であって、思想家でもあって。僕は実は今年の4月から、初めて自分が作った組織じゃないところに所属しています(4月より早稲田大学文学学術院・表象メディア論系准教授)。
めろん:でも一貫してテクノロジー・ITに関わってこられたんですよね。
ドミニク:はい、そうですね。今日のお題でも「文学とテクノロジー」ってあるんですけど、まさに「ITと文学の交差点」に僕は一番興味があるんです。
※6 TypeTrace(タイプトレース):ドミニクさんが代表を務める株式会社ディヴィデュアルが開発したタイピング情報を時間情報とともに記録・再生できるソフト。小説家・舞城王太郎さんがこのソフトを利用し『タイプトレース道〜舞城王太郎之巻』を執筆し話題になった。 http://www.ntticc.or.jp/ja/feature/2012/Internet_Art_Future/Works/work05_j.html
※7 RAMCLEAR(ラムクリア):海猫沢めろんさんと、ツムキキョウさんによるアナログゲーム制作ユニットのこと。「畳地獄」を皮切りに、「ヘルトウクン」をリリースしている。
※8 高橋源一郎(たかはし げんいちろう):小説家。『ジョン・レノン対火星人』『日本文学盛衰史』『さよならクリストファー・ロビン』など著作多数。
原体験は、『攻殻機動隊』にあるんです(ドミニク)
ドミニク:その原体験はどこにあるんだろうと考えると、やっぱり『攻殻機動隊』(※9)にあるんです。僕は東京生まれのフランス国籍なんですが、東京にあるフランス人学校に通っていました。父親の転勤でフランスについていって、11歳から17歳までパリにいました。その時はパリの高校に通ってたんですけど、ある日、映画『攻殻機動隊』がフランスでも封切りになったというから学校をサボって映画館に観にいったら「なんだこれは!」ってなって。何回も通ってセリフを覚えました。セリフの一つ一つが刺さったんですよね。
※9『攻殻機動隊』:ここでは映画監督・押井守さんによる映画版『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』を指す。『新世紀エヴァンゲリオン』と並んで、その後のアニメ、表現全般に大きな影響を与えた。
めろん:日本にいた僕らの世代は 『攻殻機動隊』といえば漫画なんです。やっぱり映画版は日本のオタクからすると、「萌え」っとした部分がスポイルされてるように感じたんですよね。忘れられてるんですけど士郎正宗さん(※10)って萌えとメカの人だったんですよ。だから僕は映画を観ても「はぁ? お洒落になったなぁ!」って感じでした(笑)。
※10士郎正宗:漫画『攻殻機動隊』の作者。漫画版はコマの外に描かれた膨大な解説コメントが特徴的で、士郎さんによる世界観構築がどれだけ深くなされているかが分かる。
ドミニク:僕は逆に押井さんのオシャレな世界から入ったんですが(笑)、後に士郎正宗さんの原作も30回以上読み返してますね。
めろん:原作を読んだとき、違和感はなかったですか?
ドミニク:いやぁ、正直「押井守もヤバいけど、士郎正宗もヤバい!」でしたね。押井さんのバージョンでいつも思い出すくらい印象的だったのが、東京湾の船の上で少佐(※11)とバトー(※12)が酒を飲みながら話すシーンでの、
「その気になれば体内に埋め込んだ化学プラントで、血液中のアルコールを数十秒で分解してしらふに戻れる」
っていうセリフ。全く恣意的に、体内の状態や感情までもコントロールできてしまったサイボーグの悲しみというかブルースみたいなものを感じられて、衝撃的でしたね。しばらくこの感情に名前がつけられなくて悶々としてました。あれは「哀愁映画」だと思ってます。
めろん:ハードボイルドですね。
ドミニク:映画はそうなんだけど、原作を読んでるとハードボイルドな面もありますが、全体的にめっちゃ明るい。少佐もバトーも押井版ほど逡巡してないし。それでも、めちゃくちゃ濃密なリアリティがありますね。
めろん:それは押井さんの影響が大きいのかもしれないですね。
ドミニク:原体験はそうですね。でも世界の裏側を支えているロジックや設定は士郎正宗の緻密な織物のように築き上げた世界があって、その上に押井守版が可能になってるんだなって。
※11 少佐:『攻殻機動隊』のメインキャラクター・草薙素子(くさなぎもとこ)。映画と漫画でだいぶ性格が違う。
※12 バトー:『攻殻機動隊』の登場人物。大きな身体と戦闘スキルを持つ、人間味あふれるキャラクター。
『攻殻機動隊』は漫画とアニメ2つあってようやく1つというイメージがある(ドミニク)
ドミニク:当時いたフランスでも漫画・アニメって同世代のティーンたちのあいだでは共通言語になってて、アフリカ出身の友達ともイタリアからきたやつともアニメの話ができるんですよ。『北斗の拳』とか『キャプテン翼』が有名でしたね。『キャプテン翼』はなぜかフランスだと『オリーヴとトム』ってタイトルなんですけど(笑)。
めろん:フランスでのアニメの需要のされ方については、トリスタン・ブルネっていう人が『水曜日のアニメが待ち遠しい:フランス人から見た日本サブカルチャーの魅力を解き明かす』という本で書いていたのを読んでおもしろかったです。グレンダイザーが人気だっていうのは知ってたんですけど、詳しい理由とかも書いてあって。クールジャパンの話も出てきます。クールジャパン以前に、「ジャパニメーション」って言われ始めたのって『AKIRA』(※13)とか『攻殻機動隊』辺りからじゃないですか?
ドミニク: そうですね、でも士郎正宗やProduction I.G(※14)のラインと、日本政府が輸出しようとしたラインってやっぱり違う気がしてます。日本独特のコマ数の少ないリミテッド・アニメーションの文脈の中でも、映画『攻殻機動隊』はやっぱり浮いていた。「士郎正宗×押井守」というコンビネーションは、最初からもっとユニバーサルな世界観を作ろうとしている。大友克洋の『AKIRA』からの系譜で、後にウォシャウスキー兄弟が『マトリックス』(※15)を作る流れですね。
めろん:確かにそうですね。政府がやりたいものと現場でウケてるクールジャパンは完全にズレてる。
ドミニク:僕が感じ入った『攻殻』における哀愁みたいなものは、実は本家日本ではそれほど取り沙汰されていない。
めろん:僕は大人になってから映画版を面白いと思ったタイプなんですよ。10代、20代は士郎さんの「萌え」的なものが好きで、むしろ細かいところはどうでもよかった。でも大人になって哲学的なことを考え始めると、一周回ってそこに来た感じです。先に行ってた感はありますよね。伊藤計劃さん(※16)の『虐殺器官』とか『ハーモニー』と『攻殻機動隊』を並べても、絵はともかく設定にはそれほど違和感がない。それがいまだに通用するって結構すごいことだなって。何十年も経ってもまだいけるのかと思って。
ドミニク:「超細かくできた世界の箱庭シミュレーションゲーム」みたいな感じがするんですよね、士郎さんの世界って。『アップルシード』(※17)も国連の未来像みたいなものですよね。現代的な文脈で読んでもかなりリアリティがあって。今アメリカが分裂したらあの世界になりかねないな、とか。士郎さんの頭の中でぐるぐる回る別世界が作動している感じ。その緻密さで世界を構築するって並大抵のことじゃないですね。
めろん:僕、神山健治さんの『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』(※18)を見たとき、やっと『攻殻』がアップデートしたなあと思ったんです。続編は、士郎さんがやって、押井さんがやって、というその延長線上だろうなと思ってたんです。そしたら神山さんなりの新しい『攻殻機動隊』になっていて。びっくりしましたね。
※13 『AKIRA』:漫画家・大友克洋さんによる漫画および、関連するアニメ映画作品。海外でも人気の高い、1980年代を代表するサイバーパンクの傑作。
※14 Production I.G:『攻殻機動隊』シリーズ、押井守監督作品などの作品のアニメ制作を手がけている会社。
※15 『マトリックス』:ウォシャウスキー兄弟(姉妹)による映画作品。日本の漫画・アニメの影響を強く受けた作風や哲学的なテーマ、斬新な映像手法が話題を呼んだ。
※16 伊藤計劃:小説家。『虐殺器官』『ハーモニー』などの優れたSF小説を執筆したが、夭折。「伊藤計劃以前/以後」という言葉があるほど作品発表後、影響力を持ち続ける。Zing!でも吉田隆一さんが『視れば揺らぐこの宇宙』で『ハーモニー』について考察している。http://eonet.jp/zing/articles/_4101283.html
※17 『アップルシード』:士郎正宗さんのSF漫画作品。22世紀を舞台に、国際政治、テロ、戦争などを詳細な設定とともに描く。数回アニメ化もされている。
※18 『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』 :神山健治監督によるアニメ作品。漫画原作や押井守監督作品と異なる設定も多いパラレルワールドが舞台になっている。
ドミニク:確かに『S.A.C』は『攻殻』という作品の生態系にとっても、すごく幸せなことだったんじゃないかなと思いますね。
めろん:タチコマ(※19)がフューチャーされてたじゃないですか。あれも最近のAI(人工知能)の議論の本質をついているとと思いますし、かなり射程が広がったと思います。素子もかなり可愛くなってたし。一番かわいいのはタチコマなんですけど(笑)
ドミニク:そうそう、その上でフレデリック・ジェイムソン(※20)とか大澤真幸(※21)とか最後に出てきてすごいな、と(笑)。
めろん:『攻殻』の世界に大澤さんの名前が出てきたときは超ビビりました(笑)! 不意打ちでしたね。
ドミニク:『攻殻』が生態系というのはそういう意味なんです。モチーフは原作を基点にしながら、未来社会の人間像をそれぞれの作家が描けるプラットフォームになってる。たとえば士郎さんの原作では、どこかの国の大使官邸を襲撃するとき、バトーが少佐を無線で呼び出しますけど、ちょうどその時、少佐が休暇中で友人たちとバーチャル世界でセックスしてるんですね。「すごい感度の強い素子を手に入れたから、快感が倍増ね」みたいな話をしていて、同じ身体のカスタマイズでも快楽をポジティブに描いてる。同じ身体のアップデートでもそういう享楽的な側面を描く士郎正宗と、押井守版での身体性までもカスタマイズできるが故の悲しみ、神山版での現代社会との接続、みたいなバリエーションが総体として一つの世界になってますね。だから、『攻殻機動隊』は漫画とアニメ2つあってようやく1つというイメージがあるんですよね。
※19 タチコマ:『攻殻機動隊』に登場する、AIを搭載した「思考戦車」。漫画でも映画でも、見た目も声も性格もかわいらしい。
※20 フレデリック・ジェイムソン:『言語の牢獄』などの著作で有名な思想家・フランス文学者。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』のなかで引用されている。
※21 大澤真幸:『性愛と資本主義』『虚構の時代の果て――オウムと世界最終戦争』『不可能性の時代』などの著作がある社会学者。
人間がいない、人間を超えた、人間以外の文学を読みたいと思ってます(めろん)
めろん:いま話をしていて、宇川直宏さん(※22)が以前おっしゃってた人工知能の話を思い出しましたね。人工知能には決定的に欠けている部分があって、つまり「人工知能にはブルースがない」と。そうなんですよ、人間にはブルースがある。まさにそういうことですよね。
ドミニク:へぇ、そうなんですね。宇川さんは僕にとってはリアルに神的な人なのですが(笑)、人工知能はダメと否定するのではなくて、人間のブルースを人工知能を使って深められないかっていうのが今の僕の関心事なんです。
――最近ドミニクさんが言われている「ウェルビーイング」(ドミニクさん翻訳の『ウェルビーイングの設計論-人がよりよく生きるための情報技術』など参照)もそういう流れですよね。
ドミニク:はい、ウェルビーイングに興味を持つのもそうです。めろんさんの『明日、機械がヒトになる』(『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』)もそういう話ですよね。
めろん:そういう方向です。人間が作っているものである限り、人間をブーストしたり人間の幸せ度を上げたり、という目的がある。デバイスって人間を外すと意味がわからなくなるんですよね。「それ、なくてもいいんじゃない?」ってなっちゃう。結局ルポでは最終的に幸せの問題に行ってしまったんですけど。実は心のどこかでぼくは、人間がいない、人間を超えた、人間以外の文学を読みたいと思ってます。グレッグ・イーガン(※23)なんかの作品はかなりそこに近接していて、人間が出てこない。何万年も先のAIたちが宇宙を開拓しているみたいな話。でも、そこにも人間のブルースみたいなものがある。それはやっぱり人間が書いているからしょうがないんでしょうけど。
ドミニク:僕もグレッグ・イーガンが士郎正宗と並んで好きな作家のひとりで。ぶっちゃけて言うと、僕が現代で一番感動する表現形式はSFなんです。グレッグ・イーガンにせよテッド・チャン(※24)にせよ、テクノロジーという器を借りてまだ見ぬ人間を描いているんですよね。イーガンだと、ソフトウェアと化した人類が宇宙を旅する途中で、滅亡しようとする星の身体を持つ人間を助けようとするけど、間に合わないで滅亡してしまうという話。あとは『万物理論』のなかで、最後に敵対していた自分と異なる性の人と抱擁するシーンで、いまだ見ぬセクシュアリティを描いていたり。そういうことに僕は一貫して心を震えてるなぁって最近気づきました。
※22 宇川直宏(うかわ なおひろ):現代美術家、映像作家など幅広い肩書きを持つ表現者。ライブストリーミングチャンネル「DOMMUNE」を立ち上げた人でもある。
※23 グレッグ・イーガン:『万物理論』『ディアスポラ』『順列都市』などの作品を生み出しているアメリカのSF作家。
※24 テッド・チャン:アメリカのSF作家。宇宙人の言語を解析する内容と形式が最後に一致する展開が感動を生む『あなたの人生の物語』は『メッセージ』として映画化もされた。
純文学はテクノロジーを使って人間性を拡張することをなぜかあまり考えない(めろん)
めろん:僕はもともと萌えコンテンツを消費するだけのオタクだったんで、小説はラノベ(ライトノベル)から入ったんです。ラノベの起源がいつかは諸説あるんですが、比較的初期にハヤカワのSFにはアニメっぽいイラストが使われていたり、SFとラノベの繋がりは深いんですよ。初期のラノベはファンタジーが多かったし、女の子向けのはミステリーもあった。ところがジャンルとしての純文学だけは、ラノベとの接点があまりないんです。僕は流れ流れて、いま純文学を純文雑誌で書くことが多いんですけど。やっぱり空気が違います。純文学の人たちは人間性を信じていますよね。文章の美しさとか、アートに寄っていてそれはいいんですが、テクノロジーを使って人間性を拡張することをなぜかあまり考えない。僕は文学自体がテクノロジーで、それは似たようなものなのにな、と思う。けどそうならない。なぜそうならないかというと、テクノロジーに対するフォビア(※25)というか、軽薄なイメージがあるんだろうと思うんです。
ドミニク:確かに、それはある気がしますね。
めろん:文豪のイメージって、やっぱり携帯電話を持っていなくて、和服を着ているような感じですよね? でもそれって伝統芸能になりつつあると思っています。
ドミニク:落語だと、扇子の代わりにiPadとかじゃだめだってことですよね。
めろん:ええ。そういうのに危機感を持ってる世代とそうじゃない世代で分かれている。でも、それが文学シーンの面白いところだと思ってるんです。例えば上田岳弘さんが、スマホと連動して『キュー』(※26)っていうAIものの新連載をしていて。『新潮』とかはそこを意識してアップデートしようとしている。村田沙耶香さんも、かつてのジェンダーSFが試みていたことを、より広く伝わるように書いてる。でも、もっともっと風呂敷を広げていいと思うんです。
ドミニク:僕も、別に純文学の人が全員スマホや人工知能のものを書くべきだとは思っていないんだけど、インターネットのリアリティがない世界の物語と、逆にそのリアリティを突き詰めた物語という形式が二極化していて、あまりその中間がないように思える。もっと自然に、現代や近未来的なものがないかなと。そこにはまだ溝がある気がしてます。
めろん:そうですね。僕は大江健三郎さんが今ネットをやりまくってニコニコ動画を見まくって小説に取り入れたらとんでもないものになるんじゃないかなって(笑)! そういうキャッチアップはすぐに可能なのに、しないのはなぜなのかなって思うんです。
ドミニク:そこら辺はこれから文学がどこに向かうかのヒントになると思ってて。ぜひお聞きしたいですね。
※25 フォビア:「恐怖症」のこと。
※26 『キュー』:上田岳弘さんと『新潮』、Takram、Yahoo!JAPANとのプロジェクト。AIをモチーフに、スマートフォンで文学を体験させようとするもの。
「俺の本は読まれてる」って思ってるけど、実売数は恐ろしいことになってる(めろん)
めろん:たしかに純文学の世界は二極化していますけど、若い作家はよく考えていると思います。スマホなんかも作品の中に自然に出てきますよね。昔の人ってスマホや携帯をあまり積極的に出そうとしなかった。「スマートフォン」ってカタカナが入ると字面が崩れて……みたいな。そういう人は文学が言語芸術だと思ってるから、言語空間を日本語として書きたいというか。テクスチャが崩れる感じですよね。身体性と結びついた「文体」を崩されると思っちゃうんでしょうね。デバイスがあるから自分の感覚が変わるということではなくて、それを言語空間に落としたときに、自分の言語空間が侵食される感じを持ってるんじゃないかなと思いますね。
ドミニク:でも「生みの苦しみ」じゃないけど、そこの違和感を乗り越えないと新しい文体は生まれない気もするんですよ。
めろん:そうなんですよね。でもそれを望まない読者もいるわけですよ。「俺が読みたいのはこれじゃない!」みたいな。ファンがいてこその問題なんで。編集者といま話すと、高齢の作家ほど、部数の話ができないらしいんです。昔のイメージで「俺の本は読まれてる」って思ってるけど、実売数は恐ろしいことになってるんです。ある程度ビックネームでも、その実売数にショックを受けて書かなくなっちゃうとか。
ドミニク:しかし、それで閉じこもっていたら縮小再生産の方向になっちゃいますよね。
めろん:僕は危機感が足りないんじゃないかと思ってますね。これまで純文学の世界は原稿料でなんとかなったり、大学の先生になる道があったりしたけれど、これからはなくなっていきます。肩書きを守るために書き続けているタイプの人は、みんないなくなるんじゃないかと思います。
いま小説が一番読まれている場所は「小説家になろう」だと思う(めろん)
めろん:いま小説が一番読まれている場所は「小説家になろう(以降、「なろう」)」(※27)だと思うんです。「なろう」は小説投稿プラットフォーム。インターフェイスは20年前くらい前の感じのキストベースで、ジャンル分けやランキングを見ることができて、投稿されたものは無料で全部読めるんです。
ドミニク:おお(サイトを見ながら)。これはケータイ小説とは違うんですか?
めろん:違いますね。実は未だにケータイ小説は売れ続けているし、なろうの読者とは別なんです。『恋空』(※28)がヒットした時代があったじゃないですか。あの時代から何が違うのかって言うと、「なろう」はテキスト量が違うんですよね。いま連載しているトップの小説はすごいですよ。単行本10巻分くらいの文字量なんです。
ドミニク:ええ!
めろん:読んでいる層が40代とかなんで、一般のライトノベルみたいな厚みじゃなくて、ライトノベル2冊分くらいをソフトカバーにしてそれを1500円とかで売る。
ドミニク:原稿料とか編集費はかからない?
めろん:ないです。このサイトは運営しているだけで、何もお金をとらなくて、みんなが投稿していくんですよ。そうするとみんながタダで読んで、読まれたらポイントが加算されてランキングが上がるんです。ランキングは年間、月間、週間、日間であるんです。「なろう」小説でランキング上位のものは書籍化するとだいたい売れるみたいです。
※27 小説家になろう みんなのための小説投稿サイト:日本最大級の小説投稿サイト。読者は無料で小説を閲覧でき、読者が評価をすることで作者はポイントを得られる。そのポイントの多さがランキングに反映される。
※28 『恋空』:美嘉によるケータイ小説。漫画、テレビドラマ、映画にもなったベストセラー作品。
「なろう」の作品の動きは株と似ているんですよ(めろん)
めろん:僕の知り合いの至道流星さんがやっている「トークメーカー」っていうサイトがあるんですけど、そこで作家を集めてチャットベースの座談会を定期的にやっているんです。前に「なろう」の作家を4、5人集めてすぐに電子書籍化したんです。その電子書籍を僕はよく編集者に薦めてるんですけど、みんな結構衝撃を受けるんですよ。
――私もめろんさんに薦められて読んだんですが、ヤバかったです。
ドミニク:どんなふうにヤバいんですか?
めろん:まずその座談会に集まった作家は、元ラノベ作家が多いんですよ。商業ベースの作家なのになぜ無料で出しているのかっていう。
ドミニク:「なろう」じゃなくてもう「なっている」人たちなんですね。
めろん:なんでかって聞いたら、「もうラノベが売れなくなってきた」と。ラノベを出すことができても、初版部数が少ないようなんですね。「重版がかからなかったら3巻でやめてくれ」と出版社に言われる。これが「爆死」って呼ばれている状態で。でも3巻で終わるって分かったらやる気が出ないしもう書けない……ってなっていく。そこから上がることはない。でも、1つのラノベを出すのに労力がすごいらしいんですよ。企画書を10本くらい書く。で、編集者がその企画書の中から3、4本選んだら編集部みんなで企画会議をするんです。これで行こう!って。それで1本決まったら、じゃあ書いてくださいってなって、ラフを書くんです。
ドミニク:すごいな、漫画編集っぽいですね。
めろん:でもそれだと、1冊出すのに半年くらいかかるんですよ。自分たちとしては書きたいものが10本20本あってどれもヒットするかもしれないという予感があるのに、何で落とされるんだっていうのがある。じゃあ俺らはそんなのよりも違うシステムで判断してほしい、と。「なろう」に作品を出してランキングで結果が出れば納得できるじゃないですか。ダメだったら書き換えてブラッシュアップできるし。っていうので、「なろう」にみんな行ったんです。でも恐ろしいことに、従来の、紙の書籍の読者と読者層が大きく違った。まず、読者の読むスピードが早い。毎日10枚20枚の原稿を1カ月毎日更新しないと客がいなくなる。ランキングも下がる。ランキングのポイントも目安が明確に出てて、3万ポイントたまったら書籍化ライン。10万ポイント行ったら書籍化したらヒットする……っていうのがもうみんな分かってる。だから株みたいに、商業化するなら1万ポイントがギリギリで、そこまで行かないなって思ったらもう連載をやめなさいって、その座談会では作家の方が言ってるんですよ。完全に『ジャンプ』(『週刊少年ジャンプ』)システムですよ。アンケート主義です。そういう中で彼ら元ラノベ作家がやるんですけど、最初はやっぱりうまくいかない。この座談会のなかではその攻略法も言ってるんです。
ドミニク:どういう方法なんですか?
めろん:まず「なろう」では、小説に「チート」「異世界」「転生」みたいなタグが小説に対してついているんですけど、この3つ以外はやらないでください、と。それ以外をやっても絶対に勝てないから。次に、月刊ランキング上位のもの10作品くらいを全部読み込む。そうしたら今のトレンドがわかるから、そのトレンドのタグのものに絶対に行け、って言うんですよ。
ドミニク:ひぃー……(笑)。
めろん:株と同じなんですよ。今のトレンドを読んで、これが下がるか上がるかを見て、これが来そうだな、でもここから大きく外したら絶対無理だからここは行かなきゃいけない、と考えてやる。
以下『WEB作家でプロになる(1)書籍化の方程式』(トークメーカー新書)より引用
◆WEB小説で勝つためには、成功しているデイトレーダーのように日々変動を追い、分析し続ける姿勢が必要。
◆王道、鉄板の予想できる展開が六六%、予想を外す展開が三三%。これが「オリジナル」を生み出す完璧な配合比。
◆小説家になろうでは、ポイントによって書籍化のラインが明確に分けられる。
◆ポイントの分析を心掛けよ。
◆伸びが悪ければタイトルを変えていく。
◆中身は同じでも、パッケージを変えれば売れ行きは変わる。
◆小説は中身で勝負など嘘である。
◆缶詰でも店でも小説でも、成功を勝ち取るのに、中身の良し悪しの影響はかなり小さい。
◆WEB投稿者は、創作者であるだけでなく、デザイナーであり広報マンであり経営者でであることが必要。
フィードバックがないと、誰もいなくてもいい、売れなくてもいいってことになっちゃう(めろん)
ドミニク:元ラノベ作家の人たちはもともと編集部・出版社にコントロールされるのを嫌って、よりダイレクトなフィードバックを求めて「なろう」に来てるんですよね? でもより強固なルールに支配されてるとも言えるんじゃないですか、「チート」「異世界」「転生」しか書けないっていうのは。
めろん:そうなんですよ。そこやっぱり議論になるんですよ。
ドミニク:これどっちがいいんですかね。出版社の支配なのか、毎日書かないと落とされる世界、なのか。
めろん:以前、東浩紀さん(※29)が「朝生」(「朝まで生テレビ!」)に出たときに「『朝生』はニコ動(ニコニコ動画)みたいにコメントを出すべきだ」って話をしてたんですよ。『攻殻機動隊SAC』でもそういうコメント流れてましたよね。あれってどういうことかというと、自分は作家性があって自由なことやりたいって思っても無意識にそういうコメントを見ちゃうと「あれ?」って思うんですよ。そことのせめぎ合いで、そのフィードバックがないと社会性というか、誰もいなくてもいい、売れなくてもいいってことになっちゃう。別に一人で書いて出版しなくてもいいじゃんって。でも、「なろう」のようなプラットフォームで好きなことをやって出したときに自分はプロなのにこんなに読まれないのか……っていう現実を見てしまう。じゃあどうするかっていうと、「ちょっとがんばらなきゃ」みたいな、マインドセットが変わってくるんですよ。「何を俺はしたかったんだろう」となるんです。
ドミニク:まあ、そうなりますよね。
めろん:でも、その座談会で「売れる法則は分かった」って言ってて、まずタグとジャンルを合わせるってことだけど「オリジナリティは3割でいい」と。残りの7割っていうのは完全に同じでいいって言うんですよ。その3割のオリジナリティを出せればいいから、それで満足だっていう作家が多い。逆に言うと3割も作家性が入れられるんだよって。
ドミニク:確かに3割って言われると意外と多いなって。70パーセントはさっき話していたような形式美とか、テクニカルにちゃんとできているかってところなんですよね。
めろん:「なろう」の小説って読むとすごいですよ。全部冒頭は一緒で、まず主人公がトラックに轢かれるんです(笑)。で、はって気づいたら神様がいて、「君は死ぬ予定じゃなかったんだよ」か「君は良いことしたから」って理由で「転生させてあげるよ」となる。
ドミニク:これで「異世界」と「転生」はクリアですね。
めろん:それにあたって「能力のパラメーターを変えられるけどどうする?」って。
ドミニク:で、「チート」もクリアと。
めろん:主人公が「要らない」って言っても実は隠し能力があったりして、転生した世界ではすごく強くて、そういう「すごく気持ちいいこと」しか起こらない。で、この作家たちが言っているのは、「描写なんかしなくていいです」と。細かい描写する暇があったら気持ちいいシチュエーションを1個入れる。たとえば身体検査いったらスカウター(※30)みたいなのが爆発して「なんだこれは!」みたいな。そういう気持ちいいシーンを入れろ、と。
※29 東浩紀(あずま ひろき):思想家、哲学者、小説家、株式会社ゲンロン代表。ジャック・デリダの研究や、オタク文化と現代思想をつなげた考察(『動物化するポストモダン』)などの著作も多い。ちなみに東さんの『弱いつながり』はZing!のコンセプトの参考にさせていただきました。ありがとうございます。
※30 スカウター:鳥山明さんの漫画『ドラゴンボール』に出てくる機械のこと。目に装着するとレンズに対象の戦闘力が数値として表示される。爆発は数値が計測不能であることを表現している。
(2ページ目)(2)「読者を育てる『新しい深さ』のヒントは『けものフレンズ』!?」
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PROFILE
ドミニク・チェン
1981年生まれ。フランス国籍。博士(学際情報学)、2017年4月より早稲田大学文学学術院・准教授。NPOコモンスフィア(クリエイティブ・コモンズ・ジャパン)理事/株式会社ディヴィデュアル共同創業者。2008年IPA未踏IT人材育成プログラム・スーパークリエイター認定。2016年、2017年度グッドデザイン賞・審査員「技術と情報」「社会基盤の進化」フォーカスイシューディレクター。
主な著書に、『謎床:思考が発酵する編集術』(晶文社、松岡正剛との共著)、『電脳のレリギオ』(NTT出版)、『インターネットを生命化する プロクロニズムの思想と実践』(青土社)、『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(フィルムアート社)等。訳書に『ウェルビーイングの設計論:人がよりよく生きるための情報技術』(BNN新社、渡邊淳司との共同監修)、『シンギュラリティ:人工知能から超知能まで』(NTT出版)。
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PROFILE
海猫沢めろん
高校卒業後、紆余曲折を経て上京。文筆業に。『左巻キ式ラストリゾート』でデビュー。『愛についての感じ』で第33回野間文芸新人賞候補。他に『零式』、『全滅脳フューチャー!!!』、『ニコニコ時給800円』 、『夏の方舟』などがある。小説以外でも、エッセイ『頑張って生きるのが嫌な人のための本~ゆるく自由に生きるレッスン』、ルポ『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』など多数。 ボードゲーム、カードゲームなどのアナログゲームを製作するユニット「RAMCLEAR」代表。