山道を走っている途中に側道を見つけて、夫がちょっとこっちに入っていってみようと言い出した。面倒くさがりの私はそういうとき大抵いい返事をしないのだが、その日は何となく乗り気になり、いいね、行ってみようと応じた。
側道はアスファルト舗装された道だったが、路面はボコボコで木の枝もたくさん落ちていて、車の気配のない道だった。
側道はきちんとカーナビにも表示されて、ナビによると少し先には展望スペースもあるようだったので、そこを目指した。その場所は山道の途中で、少し開けた平地になっていた。展望スペースというわりには景観がいいようにも見えなかったが、とりあえず車を乗り入れてみたところで、夫が変な声を上げた。
「首吊ってる…」
見ると、展望スペースの端に止められている車と、後ろの茂みの間に人影が見える。全く動かない。
「嘘でしょう?どうしよう?」と動揺する私に、確認してくるから車で待っているようにと、夫はその現場から出来るだけ遠いところに車を止めて外に確認に行ってくれた。
何が起こってるのか分からず車を降りて夫の後に続きたがる子供を宥めている間に、夫が戻ってきた。
マスクと帽子で顔が隠れているからはっきりは分からないが恐らくもう息はない、高齢の男性、車の中には遺書らしき殴り書きのメモが見えた、と…。
その後は、110番通報したのに現在地が上手く伝わらなかったり、やっと来た警察に調書を取るからと夫があれこれ聞かれたり、子供がトイレに行きたがったのでその辺で用を足させたりした。全然車通りが無かった道に急に何台かの車が通り始めて、なぜ私たちが見つけてしまったのだろう…と何とも言えない気持ちにもなった。
恐らく事件性はないがもし何かあったら再度事情を聞くためにと、夫の連絡先を警察に伝えてようやく聴取から解放された頃には、すっかりドライブという気分では無くなっていた。
そこでふと思い出した。
その日は奇しくも私の祖母の命日だった。
それを聞いて、ご遺体を目にしても終始冷静だった夫が初めて青ざめた。
「それを聞いて今日で一番ゾワッとしたよ」
夫が側道行きを提案したとき、私がいつものように反対したら、私たちはあの人のことは見つけなかっただろう。
祖母のことを思い出した瞬間「あの人、一人であんなところで可哀想やわ。助けてあげて」とおっとりした祖母の声が聞こえたような気がした。
普段は非科学的なことは信じない私が「呼ばれた」かもしれない唯一の経験だ。