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「モビリティの未来」は
いまつくられる

ILLUSTRATION BY THOMAS HEDGER

VRを用いて自律走行車に「なりきってみる」という奇妙な研究に、ダイムラーが真剣に取り組むワケ

VRヘッドセットをかぶったまま台車に乗って自律走行車になりきる奇妙な研究を、ダイムラーの研究者たちが続けている。その見た目とは裏腹に、非常に真剣な研究の狙いとは。

TEXT BY JACK STEWART
TRANSLATION BY HIROKI SAKAMOTO/GALILEO

WIRED(US)

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PHOTOGRAPH COURTESY OF MOOVEL LAB

あなたは台車のような乗り物の上で、うつ伏せになっている。まるで肩のマッサージでも受けるかのような姿勢だが、これはリラクゼーションの時間ではない。頭にかぶった仮想現実(VR)のヘッドセットを通して目に飛び込んでくるのは、色のきらめきや、見たことのない眺めの世界、人のようなかたちをした赤い線の集まりだ。

右手にジョイスティックを握りしめて乗り物を前進させているあなたは、決断を迫られる。そのまま前進して、人間かもしれないボンヤリした影にぶつかる危険を冒すのか。それとも脇によけて、なにも映っていない暗闇に飛び込むのか──。

この“体験”は電動四輪車「The Rover(ザ・ローヴァー)」によるもので、ドイツのシュツットガルトを拠点とするダイムラーの実験部門「moovel Lab(ムーヴェルラボ)」のエンジニアチームが手がけた。なんと「自律走行車としての人生」を体験するためのものだ。

VRヘッドセットは表示されるのは、自律走行車が読み取った周囲の環境を示すデータを模倣したもの。うつ伏せになるのは、エンジニアチームが体験者にリラックスしてもらいたくないからだ。

「わたしたちは、自律走行車そのものになることを体験してみたかったのです。もし座っていたら、クルマを運転しているのとほとんど変わりませんから」と、設計者のひとりであるジョーイ・リーは語る。「この姿勢だと、無防備感が尋常ではありません」

自動運転技術が徐々に実世界に入ってくるようになると、ハンドルを握る人間は、気づけば道路をロボットと共有するようになる。しかしそうしたロボットは、運転に対して人間とはまったく異なるアプローチをとっている。歴史を研究する者なら誰でも知っているように、紛争の主なきっかけは、他者に対する誤解だ。

moovelのエンジニアたちは、道路上の皆がうまくやることを望んでいる。それはつまり、人間とロボットが、何らかの文化交流を試みるということだ。

エンジニアであれば、どのようにしてクルマがレーザーからポイントクラウド(点群)を構築し、あるいは機械学習アルゴリズムを走らせて、そのデータを使って操舵角や加速度を決定するのかを説明できる。だが、エンジニアではない世間一般の人々にとっては、こうした概念を抽象的にではなく、具体的に理解するのは容易ではない。この不格好な台車に乗ってみることは、1,000回分の講義にも勝るかもしれない。

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IMAGE COURTESY OF MOOVEL LAB

The Roverは、3Dカメラからデータを集める。その3DカメラはマイクロソフトKinect向けのセンサーのように、周囲の動く物体をモニターする。そしてシンプルなLiDAR(レーザーレーダー)センサーが、こうした物体からの距離を測定する。そしてオンボードコンピューターがこれらすべてをひとまとめにして、たまに合体しては認識可能なかたちになるマルチカラーの一連のラインを、ヘッドセットを通して搭乗者に示す。

コンピューターは全力を挙げて、それが何なのか(歩行者なのかクルマなのか)を推測する。そして、その推測にどのぐらい自信があるのかをパーセンテージで搭乗者に教える。これは自律走行車の世界のとらえ方を、いわばアーティスティックな、人間が理解できるやり方で表示したものだ。その目的は経験をシミュレートすることであって、LiDARやレーダーのデータに関するコンピューターの理解を完全に再現することではない。

これまでにmoovelのチームはThe Roverを展示会やカンファレンスに出品し、非公式のメディア取材などで使ってきた。彼らは、こうした問題について人々に考えてもらいたいと強く思っており、実際に手で触れるようにすることで議論がしやすくなると確信している。搭乗を志願した人のほとんどは、楽しくて全体的に有益な体験だったと感じているという。

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PHOTOGRAPH COURTESY OF MOOVEL LAB

魂のないロボットに「なってみる」体験は無意味に思えるかもしれない。だがmoovelの研究者たちは、人間と自律走行車の間に生じる理解やコミュニケーション、さらには共感に価値を見出している。多すぎるほどのカメラやセンサーを搭載した自律走行車は、全知全能に違いないと思い込まれがちだ。しかし、見ることと処理することは異なるプロセスである。

意思決定を行うAIは、カメラの前に現れる物体を認識し、それに反応しなければならない。だが、そのAIは人間にとって一種のブラックボックスだ。それは、ぶつかってはいけない物の事例をいくつも使いながらAIを訓練してきた開発者たちにとってさえ同様である。moovelは、その仕組みや潜在的な限界についての基礎くらいは、誰もが理解しようとすべきだと考えている。

「マシンは必要なものを認識できていると人々が確信するには、センサーがどのくらいあれば十分なのか。われわれは、それを提起したいのです」とリーは言う。

自律走行車が走る道にあなたが飛び出したとき、クルマは確実にあなたに気づき、あなたを人と認識して止まるだろうか? 自動運転のタクシーに乗っているときに雪が降り始めた場合、前方の視界はどの程度の影響を受けるのか、あなたは知っているだろうか? 得られる答えが増えればそれだけ、誰もが安心して暮らせるようになるはずだ。

自律走行車を実際に開発している人々は、こうしたコミュニケーションギャップから不安を取り除くことに取り組んでいる。WaymoやUberはそれぞれ、クルマが何をしているのか、クルマは世界をどのように見ているのかといったことを人間の目にもわかるように変換するインターフェイスをすでに開発している。

自動運転の「オートパイロット」モードで走行しているテスラのクルマも、計器群で見ているものをかいつまんで説明してくれる。これによって人間は、オートパイロットが前に割り込んできたクルマに本当に気づいたかどうかを簡単に二重チェックできるのだ。

たぶんいつの日か、絶対に事故を起こさないコンピュータードライヴァーが“ハンドル”を握るユートピア的な未来が実現すれば、どれも必要なくなるだろう。けれども当面は、われわれがこれまで一度も遭遇したことがない「仮免許」の自律走行車が、人間と道路を共有することになる。双方が理解を深め、ほんの少しでも共感をもてば、高い安全性が実現するのではないだろうか。

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