表現の自由と言う権利、間違えて無いですか?

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投稿者: ひのっちぇ  [2017年 11月 27日 09時 01分] ---- ----
良い点
以前から思っていた事が、納得できる理由と共に書かれていて、何かを吐き出せたような、少しスッキリした気持ちになりました。
気になる点
毒者や錯者と表現していた中にあった「キチガイ」という表現が、どうしても気になります。
なにか別の言葉、優し目の言葉に変えることは可能でしょうか。
例えば「おかしい人」だったり「狂人」だったり

完全に個人的な意見ですみません
聞き流してもらっても結構です。
一言
これからも頑張って下さい
黒井 陽斗    [2017年 11月 27日 09時 11分]
感想ありがとうございます。

そうですねやはりキチガイは少し表現が過激かもしれません、仰るように別の言葉に変えてみますね。

それとスッキリしてもらえて良かったです、がんばります、どこかで私の作品をまた見かけ気になったらお気軽にどうぞおっしゃってくださいね。
投稿者: 安積  [2017年 11月 27日 01時 26分] ---- ----
一言
>互いのアンチというものへのスタンスや考えの違いである
そういうことでしたら理解できます。
本題とは異なる点で何度も言葉を重ねてしまい、申し訳ありません。
些末な疑問にも丁寧にお答えいただきまして、ありがとうございました。
黒井 陽斗    [2017年 11月 27日 01時 30分]
感想ありがとうございます。

いえいえ、寧ろ私の作品をきちんと熟読された方だからこそ思われる当然の疑問である、私はそう感じて嬉しく感じています。

こちらこそ素晴らしい感想をいただけて喜んでいます、熟読して頂き有難うございました。
投稿者: 久住 惣太  [2017年 11月 27日 00時 38分] ---- 男性
良い点
真っ当な意見だと感じました。
読者は褒めるだけの装置だと考えている作者が多いんじゃないかと邪推するくらい息苦しい環境だと感じていたので、救われたような気分です。
一言
頑張って書いたのなら正当な評価が欲しいはずだと思うのですが、何で否定は認められないんでしょうね。肯定も否定も含めて正当な評価だと思うんですが……。
黒井 陽斗    [2017年 11月 27日 01時 00分]
感想ありがとうございます。

意見をいうのは自由なんです、ですが互いに人間ですから言い方があるだけで、それを取り入れるかどうかは作者に委ねられて居るんですよね。

だから読者の方は自由に言えばいいと私は感じていますし、相手の意見が気に入らないなら、感想の返信で書けばいいじゃない程度の問題だと思っています。

本当に賞賛しか許さないなろうの風調では読者の方は息が詰まると思います、納得いかなかったら立ち去れと、同調圧力で排斥される世界ではいけないなぁと感じます。

せめて「なるほど、俺には合わん」位は言ってもいいじゃないと思います、いわれた作者は「そうか残念だ、気が向いたらまたきてくれ」とでも返す、創作ってそういうもんだと思います。

相手が嫌味なら、その分だけのエスプリを込めたお返しでいいんじゃない?なんて思いますよ。
投稿者: 尾仲ぷにゃー  [2017年 11月 26日 22時 56分] ---- ----
良い点
拝読して色々考えました、考えさせる良いお話ですね。冒頭のあたり読んでいてドキッとしました。自分も意見を言う権利だけを考えて書かないように気を付けようと思いました。さじ加減が難しいのもそうですが、自分がそれを言うのに考えの芯も大切だなって思いました。

自分の権利があるのだけど他人にも自分と同等の権利があると考えてなくて、自分の権利だけあるようにふるまう人が増えたとしたらおっかないです。
感想の欄で多いような気もしますが、常識の上で良いとされる言葉を権威にして、同調圧力で反論は許さない雰囲気が出来上がるのは残念な気がします。戦前の事を少し考えてしまいます。

肯定だけに包まれるのは気持ちがいいですが、家族と言う集団ですら意見はいつも同じじゃないですし、ネットならなおさらなので、色々な意見があるのを受け入れて穏やかな気持ちで尊重できるよう成熟したいものです。
黒井 陽斗    [2017年 11月 26日 23時 56分]
感想ありがとうございます。

そうなんですよ、家族や恋人の中でも喧嘩があるのに赤の他人なら意見が合わないことなんて幾らでもあるんです。

だったら意見が合わない事を作品にして胸を張って言えばいい、そして出て来た意見を聞いてならこうしようああしようと、自身で決めていくものだと思うのですよ。

何でも他人が言ったから辞めますなんてのは、表現をした自分の作品への責任放棄でしか無いんです、無論ソレも許されるべき権利ですが、作品消すボタンを押すのは他でもない作者なのです。

そこは他人に攻撃されたからではなく、自身の理由をきちんと語って欲しいそう思うのです。

自分と違うスタンスでも頑張る姿に応援したくなる場合だって有ります、それが叱咤激励ということも有りますが、邪魔だと思われる日もあるでしょうが、感想の書き手の態度や受けての感情もあると感じています。

作品という世界に批判を許さないのは、確かに共産主義や軍事政権に近いと感じますし、賞賛しか許さないのであればマンセーしか許さない北の国のようだとも感じますね。
投稿者: 安積  [2017年 11月 26日 22時 22分] ---- ----
気になる点
感想返しへの返信となってしまって申し訳ありません。
主旨とは違うところをいつまでも言うのは自分でもどうかとは思うのですが、どうしても気になってしまったので。

黒井陽斗様が、アンチの意味を昔の和製英語としての意味合いで使われているということは分かりました。
しかし、アンチをこの意味に使いたいと思っているから使うという理由ならまだ理解できたのですが、
>アンチと言う言葉を拡大解釈や都合よく理解して使う輩のために元の意味を変えるのもどうかなぁと感じる
>正しい元の意味を皆さんに知ってもらう方がいい
という言葉には頷くことが出来ませんでした。

正しい意味をと仰るのであれば、アンチの正しい意味とは原義である
anti‐【接頭辞】「反対・敵対・対抗・排斥」の意
こちらの方なのではないでしょうか?

私には黒井陽斗様が使われている意味も拡大解釈としての原義から離れた和製英語の使用法のひとつとしか思えないのです。
ヘイターの意味で使っている今の人たちと変わらないのではないかと。
自分が正しいと思っている使い方以外は認めたくない、と仰っているように感じ、そのためにせっかくのエッセイの主旨が薄れて見えてしまいました。
一言
批判どころかわずかにでも否定的な意見は受け付けない、ミスなどの指摘も受け付けない、称賛しか受け取らないというなろう作者や、おもねる読者しかいない、という一部の感想欄を不自然とは思っています。
ですので、エッセイの主旨には概ね賛同していることは、改めて書いておきたいと思います。
黒井 陽斗    [2017年 11月 26日 23時 37分]
感想ありがとうございます。

まず言葉という物の成り立ちを考え、そして原点として使われる意味を知ってほしい、そこでアンチと言う言葉の意味を考える、これが私の意図するところですね。

そうしておっさんが言ってるのも間違ってるよと感想に書くのは自由です、その指摘に至ればいいんです、そうして互いの価値観の違いを認めればいいんですよ。

互いにこう思うからこうしないか?と言い合えば良いと感じていますし、アンチの意味も知らずに皆さんがヘイターと混同していると語りたいのが今回の私のスタンスなんですね。

だから私の意見が気に入らないなら反対しても良いと私は思っていますし、仮に敵対しても中の人同士が理性的に語り合い、殺し合わないならなんの問題もありません。

意見が対抗状態になったら互いに自分の思うことを書きなさい、自分が気に入らないなら私の意見を排斥し押しのけるも有りだと私は語っています。

ただし、それは互いに権利を持った物同士が理性を持ってやるのが表現の自由であり、それが表現の場において使われるアンチという言葉の意味だと私は記憶していますから、仰るような疑問を持たれる方もいると感じますし、その点を完全には否定はしません。

突き詰めてしまえば私が感じていることですし、この問題が起こる原点は、沢山の人がそれぞれのアンチという言葉にを持っているイメージが違う、つまり中世ヨーロッパ風と同じ問題なわけです。

ですがアンチの言葉の意味と表現というものを包括的に考えれば、自身の考えがそう間違っていないとも感じていますから、簡単にも下げないだけなのです。

もし安積さんがこのお返しで納得していただけるなら嬉しいですし、もし納得出来ないと感じられるのでしたら、互いのアンチというものへのスタンスや考えの違いであると、私の表現を寛大に許容して頂けるとうれしく感じます。
投稿者: kyouryou  [2017年 11月 26日 22時 06分] ---- ----
気になる点
内容とは直接関係ないのですが、気になったので。

全体的に句読点の使い方が変です。
明らかに文が終わっているのに読点(、)になっており、機械的に段落というか文の塊の最後だけに句点(。)を打っているので不自然な印象を受けます。

意図してのものだったらすみません。
黒井 陽斗    [2017年 11月 26日 22時 24分]
感想ありがとうございます。

多分修正したりしたせいで、文章の長さや勘案したりして書いているのでそういうところがありまで、ちょいちょい直しています。

後私自身が元々好む句読点を使うと他の方には読みにくいらしく、色々駄目なのかなと思って練習だったりも踏まえていますので、読みなおして自身でも可怪しい部分もあったりとするので、隙を見て直すと思います。

意図しているというより文字を書き慣れてないおっさんなので、完成に時間がかかってる感じでしょう。

投稿者: C  [2017年 11月 26日 18時 31分] ---- ----
良い点
ぬるま湯に液体窒素を投じたところ。
感想欄が爆発してる(笑)。
気になる点
エッセイに対する意見に限定しない方が良かったのかも。
一言

こんばんは。

批判を許さない空気は気持ちが悪いものです。
鏡張りの部屋に閉じこもって、映った影を賛美し続けるような狂気を感じます。

それがこのサイトには満ちているように、だいぶ前から感じていました。

その行き着く先が相互クラスタと同種の効果を発揮しているあたり、業が深いと申しましょうか。

「じゃあお前は否定的な感想を書くのか?」
と言われたら、あまり書きません。

そもそも駄作なんか、感想が浮かぶほど読まないですから。
そういう意味で言うと、批判してくれる人はすごいと思います。
耐えて、堪えて、読んでくれてるんですから!

……絶対できない自分には。


その批判が例え
「いやいやこの後にその理由は説明されるんだよ」
という内容であったり、
「いやいやそれは一般的な事例で言うとこうなるんですよ」
という内容であってもそれは、構成に難があるとか説明不足描写不足ですから、学ぶところはあります。
(改稿はしませんごめんなさい)

私の場合、「書き方が判りにくいんだよ!」という反論できない批評もいただきます。
(直しませんごめんなさい)

誤字脱字や設定の矛盾を指摘してくださる方なんて、有難くて感動します。
構成への意見をくださった方もおられ、無数の編集者に囲まれてる気分です。


そこまで深く突っ込まれなくても効果はあります。

面白かった。
つまらなかった。
感心しました。
あきれました。

などなど、否定も肯定も作品の糧です。
言葉の裏を読むのは面白いですし。


このエッセイのおかげで「言いたいことを我慢しない人」が増えるといいのですが。


中傷や罵倒が増えるかもしれない?
……いや、そんな悪い人なんてそういるもんじゃないですよ。

たぶん(笑)。
黒井 陽斗    [2017年 11月 26日 19時 18分]
感想ありがとうございます。

私の所爆発してないですよ?寧ろ皆さん理性的で素晴らしい言葉を残していると、私は感動しています、やっぱり色々考えている、なろうは世間で言われている様な隔離所じゃない、そう感じています。

エッセイといったのは、作者の愚痴を拾っているからという理由があるから、エッセイは作品の形を借りた作者の感情や考えが出るものですので、より作者の生の声に近いかなと。

私も仰るような閉塞感をなろうに感じているんですよ、もっと言いたいことを言ってもいい、やりたい事をやればいい、どうして感想までも賞賛というテンプレでなければ無ければならないと感じるのです。

私は多様性が許容される世界が好きなので、価値観が違っても生きていける世界がいいと思っています、だとすると互いの権利を認め合うしか無いでしょ?と思うのです、作品という表現を作者がしたのなら、感想という表現を読者に許すのは当然でしょう、ですがの間には互いを許容する寛容さを持って敬意を払いつつ行うべきである、そう私は感じます。

作者だって仰るように感想に応える応えない自由は持ち合わせているのです、構成の都合が悪いなら都合が悪いといえばいい。

後で語られるなら、良く気が付いたな!だがそれは今言えん、もうちょっと先に答えがあるから楽しみにするんだな!なんて言えば気になって読んでくれるかもよなんて思います、私だったらこんな返答する作者がいたら、即効キュンと来てファンになります。

それに皆さん理性的ですから、中傷罵倒が増えると思えないんですよ、仰るように興味がなければそこまで労力を割くなんてしませんよ、そこまで根性ある人は多分作品書き始めるような気がしますしね。
投稿者: 袋小路 めいろ  [2017年 11月 26日 16時 06分] ---- ----
一言
仰りたい事は理解できますね。
後、物理学的な権利と義務に、私的思考を混ぜた文章体という印象を受けました。

内容の方ですが、アンチとしているからいけないのかもしれせんね。反対という意味合いが強いですから。
観測者という位置が、もっとも適しているように感じます。声の聞こえる観測者という立ち位置ならば、仰りたい事もよくわかる。
作品を深く知り、知識を集めて批評しなければ、何も言えない事をわかっている人が必要だと、僕も思います。

気楽に使えるという言葉の気楽には、濃密な数々の言葉が含まれている事をちゃんと知っておくのは、別段、可笑しな話ではありませんし。
自らを高めたい、もしくは人気になりたいのであれば、それに対して実験し、結果を得る事がなろうでは出来るけれど、真ん中の説明文を提示してくれる事が少ないという意味も含んでいるかなぁとは感じました。
実験、面白かったから、結果では、作者側の未来は、先細りしてしまうかもしれませんね。
黒井 陽斗    [2017年 11月 26日 18時 52分]
感想ありがとうございます。

私がどちらかと言えば、頭が硬い方なので物理的な考えが多いかもしれませんね、なるべく解りやすく書こうとするとこんな感じになってしまいます。

仰る言葉をお借りするなら、作者も読者も実は互いに観測者であり実験者だったりするんです、例えば私がこうして作品を出す実験をして感想ブクマ評価という結果を得るように、読者の方はポイントやブクマ感想を渡してどのような変化を起こすか、どちらも立場が違うだけでやってることは仰る実験なのですよ。

そこを考えると、この実験はとても楽しくクリエイティブです、ですが互いに影響を与えるという部分を忘れると、とたんに危険な実験になり思わぬ事故が起こったりします、それがネットの怖い部分であると知ってほしいからこんな風に書いてみました。

そしてアンチ、これについては私は昔のアンチの感性を持っているのでどうにも今のアンチは納得出来ないので、もう一度原点の意味に戻らないかなと思ったりしているんです、ヘイトスピーチする暇があるなら、互いに討論すればいいじゃないと思うんですよ。

そして一点集中が気に入らないなら作品で語ろうよ、なんて思うわけです、それをすれば自分の感想欄が論議の場になりますから、皆さんと意見を一対一で言い合うことが出来ます、盾を構えず相手の意見を飲み込みきちんと返す、これで短編でしたら次回の作風に長編の途中なら今の作品に活かす、これでいいんじゃないかと感じています。
投稿者: いかぽん  [2017年 11月 26日 13時 41分] ---- ----
一言
こちらのエッセイの内容も表現の自由を間違っているように思いました。

僕は一時期憲法学を学んでいたことがありますが、「表現の自由の制限」という論点において「義務」という要素は通常介在してきません。
表現の自由の制限は、他の自由、他の権利と衝突したときに発生します。

例えば日本では表現の自由が認められているからどんな差別的発言も認められるかというと、これは日本国憲法第十四条の法の下の平等という権利と衝突するため、どちらの権利がより優先して守られるべきかという観点で権利の衝突が起こります。

法的な表現の自由の制限に関してはこうした論点で語られるべきものであり、本エッセイの内容は筋がズレているというか、特定の結論を導きたいために種類もレベルも違ういろんな議論をごちゃまぜにしたものであると感じました。
黒井 陽斗    [2017年 11月 27日 08時 59分]
誤字発見施錠→世情です
黒井 陽斗    [2017年 11月 26日 18時 29分]
感想ありがとうございます。

私が義務と言っている部分、自身が権利の権利だけでなく相手の権利も尊重することです、それは憲法の骨子の部分、全ての人が等しく権利を持つ、ここに掛かるんですよ、これは相手の権利を尊重する義務を同時に科しているのです。

そうじゃなきゃどんな憲法解釈もできませんから、文面だけで考えるのではなく、ご自身が言うように包括的に考えるのが憲法なんですね。

そして解釈を求める時は様々事情を考え導き出します、文面だけではなく事情や施錠などもある程度勘案して、その時にあった結論を出すわけです、そうじゃなければ裁判なんて必要ないですし、機械的に片付けて行くでしょう。

ですがそう成らないように世論を入れる為に裁判員制度なんてものを入れたのですよ、そう考えると様々な勘案は法解釈や憲法解釈には必要だと私は考えています。

自由というのは非常に難しい権利ですから、色々考えることが大事なんですよ。
投稿者: ふじわらしのぶ 2017年度版  [2017年 11月 26日 12時 35分] ---- ----
良い点
 私は表現の自由という言葉は嫌いですが、このお話はとても良いものだと思いました。
一言
 寛容の精神で、より多くの人々の意見を聞き入れよう。一番難しいことなのではないかと思われます。
黒井 陽斗    [2017年 11月 26日 18時 14分]
感想ありがとうございます。

所詮は作品って料理みたいなもので、人には好みがあるし、どんな食べ方するなんてわからない訳です、薄味だと怒る人もいれば、甘すぎてダメだ、辛すぎて食えたもんじゃないなんていう人も居るでしょう、それはあくまで個人の感情です、だからこうしてくれ!なんて店主である作者に言うのはいいんですよ。

だけど言い方一つで店主が店を畳みたくなる言葉だってあるし、店主は貴方の好みじゃない別の人にむけて書いているのかもよ?なんて事を考えたりするんです。

そこを見極めるのもひとつの手かもしれないし、脱サララーメンのように粗製濫造する人が多いなら、こういう事を考えて書いてみてはどうかと訴えるのだって手だろうと感じます、もちろんそういった場合、過度に攻撃するのはいただけないですけどね。
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