検索をかければ、いつでもどこでもあらゆる情報が手に入る。ニュースアプリを使えば、自分好みの情報が自動的に届けられる。そんな時代に価値のあるコンテンツとは、どんなものだろうか。
リクルート住まいカンパニーが運営するオウンドメディア『SUUMOタウン』は、読者だけでなく、書き手からも支持を集めているサイトだ。
横関さん(左)と岡さん。岡さんは、はてなブログではTaki名義で食べ歩きブロガーとして活動しており、『SUUMOタウン』への寄稿を一つのきっかけとして、リクルート住まいカンパニーの入社に至ったという
その内容は、不定期に更新されるエッセイを中心としており、「お役立ち情報」の発信が主流のオウンドメディアとしては異例のスタイルだ。いったいどんな意図があるのか。そして、オウンドメディアとしての効果を上げているのか。
同サイトを運営する、ネットビジネス統括本部の横関崇志さんと岡武樹(たつき)さんに話を聞いた。
ぼんやりと「住み替えたい」と思っているユーザーにアプローチしたい
――過去に『はてなビジネスブログ』のインタビューで、「『SUUMOタウン』は、“集客の実験の場”として立ち上げた」とお話しされていましたね。
横関 『SUUMOタウン』の立ち上げを検討していた2013年頃は、コンテンツマーケティングブームの黎明期。コンテンツによる集客がトレンドになりそうな機運があったので、とりあえずやってみよう、と。
ただ、すでに住まいと暮らし全般を扱う「SUUMOジャーナル」があるので、“カニバらない”ように少しだけテーマを絞って、「街」に特化しました。
実は、エリアに関するコンテンツのニーズは割と高く、住宅系サイトの多くがエリアに関するコンテンツを手がけています。『SUUMOタウン』のメディア自体を街に特化させたのは、メディアの切り口としておもしろそうだというのはもちろんですが、住み替えを検討中の人たちのことを考えて、という理由もあります。
「SUUMO」で恵比寿駅周辺の賃貸住宅を検索した結果一覧。ページ下部に、指定エリアの家賃相場といった情報とともに、『SUUMOタウン』の関連記事が表示される
――そういう意味での“集客の実験の場”なんですね。ということは、SUUMOのサイトトップから『SUUMOタウン』へは誘導していないんですか?
横関 はい。そもそも、集客チャネルの1つという位置づけでスタートしているので、『SUUMOタウン』は基本的に記事のPVで売上を立てるモデルではありません。不動産会社の方々に反響を返すという、ユーザーと不動産会社のマッチングが基本のビジネスモデルになっています。
岡 SUUMOで物件を探している時点で、ユーザーはある程度「このエリアがいいな」とイメージを持っていますよね。『SUUMOタウン』では、そうではなくて、漠然と引越ししたい、まだしたいとも思っていないような人に記事を読んでいただき、「この街いいかも」、「こんな街あったんだ」という街との出合いの機会をつくって、その後でSUUMOで他の記事や物件など色々見てもらえたらいいなと思っています。
横関 ウェブマーケティングの手法としては、他にSEOやリスティング広告がありますが、これらはすごくプル型(ユーザーが能動的に情報を取りに来るよう働きかける手法)なんですよ。部屋を探している人を捕まえてきて、コンバージョンさせるわけですから、CVR(コンバージョン率)がすごく高い。リターゲティング広告なんて、そもそも興味ある人へアプローチします。でも、それって顕在化している顧客に対しては強くても、そのほかに弱い。要は、ユーザーがぼんやりと「住み替えたいな」って思った瞬間へのアプローチが難しいんです。
一方、ネットで拡散された記事って、テーマ自体にあまり興味がなくても「話題になってるから」「このライターさんが好きだから」と見てみるじゃないですか。顕在化していないニーズに対してアプローチできるのが、バズを狙ったコンテンツマーケティングのメリットなのかな、と。コンテンツマーケティングのすべてが潜在層向けとはいえませんが、第一に潜在層へのアプローチを狙っています。
――ソーシャルで記事を拡散させることで、将来的に家を探したい方も含めて、タッチポイントを増やすのがメディアの目的ということですか?
横関 そうですね。ただ、SUUMOのCMなどと比べると、「はたしてその意味で効果があるのか」という悩みもあって。テレビCMを打てば、圧倒的多数の潜在層にアプローチできるわけですから。そのため、『SUUMOタウン』は、SEO・リターゲティング広告といったダイレクトに反響を狙いにいくものと、テレビCMみたいに広い認知度アップを狙うところの中間くらいの立ち位置です。
スキマを埋めているとも言えますが、サイトの目的がブレやすく、「もうちょっと反響寄りにしなくていいのか」とか、その逆に「もっと認知寄りに……」と悩むこともあります。いわゆるCVや売上が増えたらOKといった、わかりやすい指標、KPIも明確に答えを出せているわけではないので、すごく難しいところですね。
――なるほど。傍目からは、「我が道を行くメディア」という印象でした。
横関 僕としてはある程度、メディアとして完成させているつもりはありますが、それを組織としてどう取り扱うのか、どれくらい注力すればいいかを、会社に対して明確には説明しきれていないです。
メディアの存在意義を示してくれるのは、PVよりもSNSの反響
――メディアとしての目標値やKPIはまったく設けていないのですか?
横関 置いてないですね。ただ、どのくらいソーシャルで伸びるかは予想しています。
岡 明確なKPIを決めようという話もありますが、先ほどお話したようにちょっと難しいところもあって……。でも、ほかのオウンドメディアの“中の人”に聞いても、「KPIは見てません」って言う方もいるんですよね。
横関 オウンドメディアとして成功しているところって、そんなに見ていないんですよね。だから、オウンドメディアを運営する上で一番いいのは、偉くなることって説はありますよね(笑)
――偉くなる?
横関 たとえば、ぐるなびの執行役員の伊藤周晃(のりあき)さんに話を聞いた時に、「オウンドメディアはすぐ効果が示せるものではない。今すぐKPIを置かずに、一番作りやすいようにコンテンツ作ればいい」という方針だとおっしゃっていて。『みんなのごはん』はそのように運営されているそうです。
岡 『SUUMOタウン』でも、SUUMO編集長である池本(洋一さん)が、世界観を気に入ってくれていて。「これはやるべきだ」と応援してくれているからこそ、今の形でやっていくことができていると思います。
横関 おもしろがってくれる人が社内にも社外にもいるので。反響が大きいのは本当にありがたいですね。
岡 過去に西新宿の記事を読んで感動してくれて、「この先、家を買うことや引っ越すことがあったら、私はSUUMOを使います」って感想をブログで書いてくれた読者の方がいて。そういう声は本当に嬉しいし、こういう声が集まると、定量的な効果が見えにくいメディアの存在意義も感じてもらいやすくなるのでは、と思っています。
――ちなみに、記事を作る上でSEOは意識されているのですか?
横関 あまりキーワードなどは意識していないですね。意識していたら「ごろごろ、神戸」っていうタイトルはつけないと思います。SEOを狙うのがメインではないので。一応、僕はSUUMOのSEO担当なんですけど。でも、広い意味ではこれがSEOになると思っているんですよ。Googleがどんどん進化していけばいくほど、こういったコンテンツが評価されるだろう信じています。
SEOには「流派」があるんですよ。短期で上位を狙いにいくぜっていう、グレーゾーンぎりぎりまで攻めるパターンもあれば、普通にいわゆるSEO的な施策、検索キーワードを入れてそれに関する記事を網羅的に書くのもある。僕はさらに先を行くような、ユーザーに対してちゃんとした記事を提供していれば、いつかはGoogleの評価が追いついてくるだろう、という考え方で『SUUMOタウン』に取り組んでいます。
横関 Googleには世の中のSEOをやっている人たちに対して「Googleはこういう考えでアルゴリズムを作っています」ってアナウンスする人がいるんです。僕の大学時代からの友人の長山一石(かずし)がその立場でイベントに登壇したことがあって、彼は「Googleを追いかけるんじゃなくて、Googleに追いかけられるようなサイトを目指してください」って言ってたんです。そんな抽象的なことを言われても、どうしたらいいんだって話なんですけど(笑)。
コンテンツ制作を手がける上で、媒体によっては「キーワードにこれを入れてください」とか「これに関して記事を書いてください」という作り方をしますよね。でも、僕らはどちらかというと、「人」を気にしているんですよね。これを読んだ人がどう思うかとか、これを読んだらどういう動きをするかとか。ブコメ(※はてなブックマークのコメント)やTwitterの反響を見ながら考えているっていうのは結局、対ユーザーで考えています、と。それが将来的にはSEOにつながるんじゃないかと信じて、Googleが追いかけてくれるのを待ってますという感じですね。