映画「鉄道員(ぽっぽや)」に登場する幾寅駅(根室線)、ドラマ「北の国から」の舞台となった富良野を通る富良野線、秘境駅も通る“日本一早い最終列車”(学園都市線)…。旅情、風情あふれる線路や駅は、多くの鉄道ファンにも愛されています。
しかし、JR北海道は去年11月、全路線の半分の区間について単独では維持が困難だと公表しました。もちろん路線の廃止も含まれます。あの衝撃から1年たって、いま、北の大地の鉄道はどうなっているのでしょうか。
JR北海道に路線の在り方を見直すよう最初に提言したキーマン=日本郵船の宮原耕治相談役に直撃しました。
(札幌放送局記者 田隈佑紀)
東京ー福岡の長さを見直し
北海道で見直しの対象になっている路線の総延長、どのくらいの長さになるでしょう? 距離にして東京ー福岡間に相当するのです。
今からちょうど1年前の去年11月、JR北海道がすべての路線の半分に及ぶ13区間=1200キロ余りについて、廃止を含めて路線を見直す方針を発表しました。
JR北海道は、今の路線網を抱えたままでは毎年100億円を超える赤字が続き、2020年度にも会社の資金繰りがつかなくなる苦境に陥っています。かつてない規模の見直しに、地元だけでなく全国に衝撃が走りました。
路線見直しの原点は「安全」
この路線見直しを最初に提言したのが日本郵船の宮原耕治相談役です。日本郵船の社長をはじめ、経団連の副会長なども歴任した宮原氏。
JR北海道が石勝線の脱線火災事故など、重大事故を何度も繰り返したことを受けて国の命令で設置された第三者委員会=「再生推進会議」で議長を務めています。この問題の“キーマン”です。
「路線見直しの原点は『安全』。人命を預かる事業は、絶対的な安全基準を守らなければいけない。限られた経営資源をまず安全に集中的に配分し、配分できないところは、路線の見直しをして、代わりの交通手段を提案して変えていかなければいけない」(宮原氏)
路線見直しは「行政の課題」
しかし、JR北海道が路線見直しを打ち出して1年たっても大きな進展は見られません。それは地元の反発が大きかったからです。JR北海道は沿線自治体との間に協議会を設けるなどして理解を得ようとしましたが、路線廃止の打診すらできない自治体もあります。
「この1年間の議論をひと言で言うと『憂慮』。JRの今のままの状態が続いた場合、財政的な破綻をし、かつて北海道拓殖銀行が破綻したときのような想像以上の影響が起こりかねない。路線見直しは、そうした北海道経済・暮らしへのダメージを避けるための方策だというJR側の説明が足りない。10年、20年、30年先を考えた持続可能な交通体系システムをどうやってつくるか、その議論が必要だが、単純に路線の「存続」か「廃止」かという二者択一の域を出ていない」(宮原氏)
そして、鉄道事業を行う民間事業者と利用者である沿線自治体の個別、直接の話し合いでは問題は前進しないと厳しく指摘しました。将来の地域交通網をどう描くかという大きな議論、全体のビジョンをまちづくりの一環として行政がリードすべきだとしています。
「この問題は、過疎化、人口減少にどう取り組んでいくか、どういう交通システムでまちづくりをするかという点がいちばん大事なポイント。これはすぐれて行政上の課題。北海道知事の主導で権限のある特別委員会のようなものを作って、そこに市町村代表、鉄道やバスなどの事業者、利用者の代表が入って、期限を決めて、交通の将来図をまとめていく。行政の当事者たちが、あと1年以内になんとかしようという一つの気持ちにならないとできない」(宮原氏)
地域交通は鉄道だけじゃない
ところで、皆さんはJR北海道で列車を走らせるとどれくらいのコストがかかっているかご存じでしょうか。
JR北海道の説明だと、路線見直しの対象としている13区間では、運賃収入100円を稼ぐのに平均で600円かかっているということです。路線によっては2000円かかるところもあります。
一方、北海道の路線バス各社の平均は運賃収入100円を稼ぐのにコストは110円余り。宮原氏はこうした収支バランスの元では鉄道の維持は持続的ではないと言います。
「大量に、高速に運べるという特性が生かせるところは鉄道の便利さというのは大事だと思う。一方、極端に言うと一日に何十人しか乗らない、100円の売り上げを得るのに1000円も2000円もかかるというところで鉄道を中心にした交通システムをずっと続けるということは無理、できないと割り切っていかなければならない。選択をして判断していく」
全国には線路や駅舎などの設備・施設などのインフラの維持コストは自治体などが負担し、JRは鉄道の運行コストを負担するという「上下分離方式」を導入しているところもあります。しかし、宮原氏は、慎重に検討すべきという立場です。
「安全の問題があるので、自治体や国が『お金を出せばよい』という話ではなく、未来にわたってそのシステムを守り抜く、という決意がないとかえって危ないものになる。鉄道を残して、人口減少や過疎化が止まればよいが、残念ながらこの流れは続く。そういうことを前提にしたうえで、鉄道を残すのが賢明なのかどうか、判断が必要になってくる」(宮原氏)
“縮小日本”の映し鏡?
今回、JR北海道の見直し対象の基準としたのは、一日の平均利用客が2000人に満たない路線です。
実はこの基準を満たしていない路線は、いまや全国の路線数の3分の1にのぼっているのです。つまり、いま北海道で起きていることは過疎化が進む北海道に限ったことではなく、全国でも起こりうることなのです。北海道の今後は、将来、「縮小社会」に突入せざるをえない日本の姿を映しています。
「北海道という広大な土地に鉄道を中心とした交通システムができたが、人口減少、札幌への一極集中が非常に激しい。北海道が全国に先駆けてこういった問題に取り組まなければいけない。医療、教育の問題も同じ。大きな環境変化の中で新しい交通手段をどうやって確保して、生活のクオリティーをあげていくか。そのためにどうすべきかという知恵を全員で出し合わなければならない。これが日本の先行事例になっていく。北海道モデルというのは大きな注目が集まっていると思う」(宮原氏)
路線バスだけでなく、住民のニーズに応じて運行するオンディマンド型のバス、ライドシェアなど新しい形の交通が次々と生まれています。
宮原氏が言った「大きな環境変化の中、生活クオリティをあげるために知恵を全員で出す」ー。北海道の鉄道だけでなく、縮小時代のあらゆる課題に共通する発想だと感じました。
- 札幌放送局記者
- 田隈佑紀
- 平成22年入局
函館局をへて札幌局
現在 経済分野を担当