坂本龍一に才能を見いだされるまで コトリンゴ(前編)
- 2017年11月24日
独自の世界観を紡ぎ出す楽曲、卓越したピアノの演奏力、そして、柔らかく包み込むような歌声で聴く者を魅了するコトリンゴさん。ピアノに触れた幼いころの思い出から、名門音楽院で学び、坂本龍一さんに見いだされたアメリカ時代までを振り返る。(文・中津海麻子)
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モダンジャズ好きの父と、宝塚好きの母
――幼いころ、どんなふうに音楽に触れていましたか?
父がモダンジャズが大好きで、家にはたくさんレコードがありました。私は父の書斎で寝起きしていて、幼稚園に行く支度をしているといつもジャズが流れていたことを覚えています。
もう一つ忘れられないのが、ピアノの上に飾ってあったマイルス・デイヴィスのポスター。真っ暗な中でマイルスが汗だくになりながらトランペットを吹いているのですが、幼い私にはすごく怖くて。「一人で寝られない」と、外してもらうよう必死に懇願しました。
母は生粋の宝塚ファンで、宝塚のレコードもよくかかっていました。母は自分でも入団したかったみたい。その思いを三つ上の姉と私に託しバレエを習わせていましたが、私たちが「行きたくない」と言い出し、母は夢破れて(笑)。そんな両親だったので、いつも何か音楽が流れている家庭でした。
あとは、車の中。家族で出かけると、父は車では井上陽水さんや中村雅俊さんをかけて、姉は洋楽をよくかけていました。歌謡曲やアイドルなど、当時流行っていた曲もよく聴きました。本田美奈子さん、荻野目洋子さん、うしろ髪ひかれ隊……バブルのころですね(笑)。本当にいろんな音楽が自然と耳から入って来ていたように思います。
7歳で作曲に挑戦
――音楽を始めたのは?
5歳からヤマハの幼児教室に通い始めました。周りの友達がみんなピアノを習い始め、「私もやりたい!」と親に頼み込んだんです。教室では踊ったり歌ったり、エレクトーンで合奏したり。すごく楽しかった。
7歳のときには、コンサートに出るために初めての作曲に挑戦しました。でも、2小節や4小節の短いモチーフを書いて先生の元に持っていくと「これはダメ」「ありきたりね」と容赦なくダメ出しされて。私は筆圧が強く、何度も書き直すと譜面が真っ黒になり、それも怒られたり……。初めての曲は「子猫のひるね」という曲でした。その次に作った曲が本当に大変で、泣きながら作リました。
――それでもピアノはずっと続けた?
はい。小学5年からは引っ越した先の名古屋で、グループレッスンと個人レッスンを受けるようになりました。そのころには音大に進学するかどうかを決めなきゃいけなくて。受験の準備をしないと間に合わないのです。でも、あまり興味が持てなかった。当時はまだクラシックにそこまで夢中になっていたわけでもないし、好きなアンサンブルを続けていけたらいいなぁ……なんてのんきに構えていました。
――高校卒業後は神戸にある甲陽音楽学院へ進学します。
中学生のころからアメリカに憧れを持つようになりました。同時に、父がいろんなコンサートに連れていってくれ、ジャズピアニストの大西順子さんのステージを見る機会がありました。ものすごくカッコよかった。一方でポップスも聴くようになり、小沢健二さんのライブではバックで演奏するスカパラのキーボード沖祐市さんのプレイに魅せられました。あんなふうに弾けるようになるには、どうしたらいいんだろう? って。そんな中、大西さんがボストンにあるバークリー音楽院の出身と知って。「そうか、バークリーに行けばジャズを勉強できるのか」と。
甲陽音楽学院はバークリー音楽院の提携校で、バークリーの奨学金試験も受験しやすいと知り、進学を決めました。ジャズは好きだったけれど何も知らなかったし、いろんなことを勉強する「はじめの一歩」として行ってみよう、と。甲陽はとてもアットホームな雰囲気でした。周りにはロック少年とかいろんな生徒がいておもしろかったし、何よりバークリー出身の先生から直接学べたことはとてもよかった。どうしても奨学金をもらって留学したいという強い思いを胸に、2年間がんばりました。
必死だった、米・バークリー音楽院時代
――努力が実り、奨学生としてバークリー音楽院へ。憧れの学び舎はいかがでしたか? 学んだことは?
周りの志のレベルが一気に上がって、カルチャーショックを受けました。みんな一日中練習室にこもって練習しているんです。私も頑張らないと! と目が覚めた思いでした。バークリーで学んだ技術的なこと、たとえばコンピューターで譜面を書いたり打ち込みをしたりは、音楽を仕事にするようになって本当に役に立っていると感じています。
あと、授業でビッグバンドの曲を書く課題があるのですが、学生は作品ができたら”プロジェクト・バンド”という生徒たちの課題のために待機しているバンドに演奏してもらい、録音して提出します。奨学金をもらっている学生は、ボランティアでそのバンドに参加することが義務付けられていて、初見でどんどんいろんな曲を弾くのはとてもいい経験になりました。校内ならアルバイトOKだったので、他の学生の伴奏をしたりも。そうしたことも、音楽の仕事をしていく上ではとてもいい訓練になりました。
――苦労したことは?
一般教養のカリキュラムも取っていて、それが大変でした。英語のエッセーを書く授業は本当につらかった。奨学金をもらっていると、いい成績を出さないと学校にいられなくなるので、音楽以外で足を引っ張るわけにはいかない。またもや先生に怒られながら(笑)、必死に取り組みました。
それと、ごはん。みんな学校から帰らないで練習しているので、私もほとんど家に戻りませんでした。家にいるときも、寝ているとルームメートが電子ピアノの鍵盤をたたく「カタカタカタ!」っていう音が壁伝いに聞こえてきて、「はっ、私もやらないと!」。そんな強迫観念にいつもかられていたこともあって、どんどん食生活がいい加減になっていったんです。もともとは健康体なんですが、ドーナツとコーヒーを主食にしてたら貧血になっちゃって。たんぱく質を取らないとダメなんだって、これもいい勉強になりました(笑)。
坂本龍一のラジオ番組に曲を送って
――卒業後もアメリカに残り、音楽を続けました。音楽を仕事にしようと思っていた?
卒業はしたものの正直迷っていました。ジャズを勉強したのに、自分が本当は何がやりたいのかがわからなくなって……。そんな中、卒業祝いに父が贈ってくれたパソコンに、打ち込みアプリ「Garage Band」が入っていました。そして、打ち込みで曲を作る楽しみに目覚めていきました。
それまで歌ったことはなく、経験がないので歌おうという選択肢も浮かばなかったのですが、打ち込みで作った曲に何か生の要素を入れると途端に曲が生きたものになる気がして、初めて歌ってみました。何か楽器があればその音を使えたんでしょうけれど、電子ピアノしか持っていなかった。苦肉の策で自分の声を使った、という感じでした。
――そうして作った曲を坂本龍一さんのラジオ番組のオーディションコーナーに送り、坂本さんの目に留まります。応募したきっかけは?
私の作った曲をどう思ってもらえるのか、誰かの感想が聞いてみたいと思っていました。でも、いわゆるヒットソングになるようなポップスじゃないので、聴いた人に難しいと思われちゃうかな、とも。そんな中、坂本さんのラジオではいつもおもしろい作品を紹介していたので、送ってみようと。たとえ変な曲だと思われても、坂本さんと面識があるわけではないので恥ずかしくない、という軽い気持ちでした(笑)。
ジャズ仲間にジャズじゃなくてポップスを作っていると知られたくなくて、隠していました。だから、ラジオに応募するために即席でペンネームを考えた。それが「コトリンゴ」です。小鳥が好きだったのと、父が贈ってくれたパソコンがMacだったので「Apple」もかけて。
次につながるなんて考えてもいなかった。ところが、ラジオのディレクターさんから「曲を紹介したい」と連絡をいただいたのです。
(後編は11月28日配信予定です)
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コトリンゴ
1978年、大阪生まれ。神戸・甲陽音楽院を卒業後、ボストン・バークリー音楽院に留学し、ジャズ作曲科、パフォーマンス科を専攻。学位を取得後、ニューヨークを拠点に演奏活動を開始。2006年、坂本龍一に見いだされ、日本デビューを飾る。2017年11月8日、ニューアルバム『雨の箱庭』をリリース。現在までに、カバーを含む10枚のソロアルバムをリリースした。
ロングヒットとなったアニメーション映画「この世界の片隅に」(2016年)の音楽を担当。第40回日本アカデミー賞優秀音楽賞、第71回毎日映画コンクール音楽賞、おおさかシネマフェスティバル2017音楽賞を受賞した。映画、アニメのサウンドトラックや多数のCM音楽を手がけるなど、クリエーターからの支持も高い。卓越したピアノ演奏と柔らかな歌声で、浮遊感に満ちたポップ・ワールドを描くアーティストとして活躍中。
コトリンゴ オフィシャルサイト:http://kotringo.net/ktrng/index.html
【ライブ情報】
《コトリンゴ 10周年記念にまだまにあいますか?&アルバム発売記念ツアー》
2017年
11月25日(土)高知・蛸蔵
11月26日(日)愛媛・松山モノリス
12月3日(日)名古屋聖マルコ教会
12月23日(土・祝)東京・恵比寿The Garden Hall
*special band ver.コトリンゴ(vo & pf)/ 鈴木カオル(drums)/ 須藤ヒサシ(bass)/ 副田整歩(sax)/ 川上鉄平(tp)
2018年
2月16日(金)兵庫・兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール
*special band ver.コトリンゴ(vo & pf)/ 鈴木カオル(drums)/ 須藤ヒサシ(bass)/ 副田整歩(sax)/ 田中充(tp)
and more!!!
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