北朝鮮兵脱北の劇的映像から分かること
国連軍司令部は22日、北朝鮮兵が軍事境界線を越え、韓国へ脱北する様子を捉えた驚くべき映像を公開した。
北朝鮮兵は13日、共同警備区域(JSA)の境界線付近へ車で乗りつけて下車し、後ろから銃弾を浴びながら、境界線の反対側まで全速力で走り抜けた。
JSAは全長250kmの非武装地帯(DMZ)の中で、両国の兵士が直接向かい合う唯一の場所だ。板門店の村にあり、韓国人にとっては人気の観光名所だ。
韓国支援部隊を統括する国連軍司令部によると、映像は朝鮮戦争後に締結した休戦協定を明らかに違反している様子を捉えている。北朝鮮兵が境界線の反対側へ向けて発砲し、境界線を越えている様子が映っている。
それと同時にこの映像は、脱北の瞬間に何が起こり、両側の兵士がどのように対処したかも捉えた珍しいものだ。
脱北兵は捕まる寸前だった
監視カメラ映像を見ると、大胆にも脱北を決行した兵士が生き延びたのは、実に驚異的な結果に思える。兵士の車が衝突し下車した数秒後に北朝鮮の警備兵が追いつき、至近距離から発砲しているのが分かるからだ。
脱北兵は道路を走って渡り、数メートル先の韓国側で倒れこんだ。あと一歩のところで追手は、それ以上先まで追跡できなくなる。兵士は韓国の「自由の家」らしき建物の低い外壁の下に横たわっているのが見える。
脱走防用の物理的障壁がない
車両に乗った脱北兵は北朝鮮の検問所らしき場所を猛スピードで通り過ぎ、境界線のすぐ手前まで乗りつけて下車し、南側に向かってただ走って境界線を越えた。
車両が最後に故障しなければ、車のまま境界線を車で越えていた可能性も十分ある。車輪が外れてしまったとの情報がある。
DMZは厳重に警備されているが、JSAには目で確認できるフェンスや車止めの柱、あからさまな障壁がない。厳密にはまだ戦争状態にある二国間の境界には、そうしたものがありそうなものだが。
北朝鮮の検問所にさえ、車両侵入を防ぐゲートはない様子だった。
こうした障壁が見当たらない理由は、そもそも朝鮮戦争の休戦協定で定めたJSAの設置目的に由来すると言える。
韓国国防安保フォーラムの上級研究員、ヤン・ウク氏はBBCコリアに対して、「この区域は、休戦委員会の協議用に、中立の場として設定されたもの」だと説明。両国の休戦協議はかつて定期的に開催されていたという。つまりJSAはそもそも、両国の軍が実際に協力し合うための場所なのだ。
「南北の軍はJSAで協力していた。共同警備区域という名前からも明らかだ」
JSAの警備は当初は緩やかなものだったが、1976年にポプラの木を剪定(せんてい)しようとした米兵を北朝鮮兵が殺害した、いわゆる「ポプラ事件」以降、新たなルールが定められ、双方の軍が自国側の境界を越えてはならないことになった。
とは言うものの、実際には隠れる場所はほとんどないとヤン氏は話す。韓国側の自由の家は建物の南側中央にしか入り口がなく、脱北者が建物内に隠れるのは難しい。
別の北朝鮮兵が境界線を一瞬越えた
脱北兵を追跡した警備兵1人は、自分が韓国側に侵入したことに気づき、慌てて立ち止まった。警備兵は後ろを振り返り、警備詰め所の裏に隠れていた仲間のもとへ急いで戻った。
国連軍司令部によると、この行為は厳密に言うと休戦協定違反にあたる。
軍事境界線は南北を隔てる仮の実効支配地域を区切るものだ。しかし実際には、JSA全域を通じて必ずしも明確には示されていないようだ。
JSAには境界線をまたぐ建物が6棟並び、各建物はコンクリートで底上げされた地面で隔てられている。
しかし国連軍司令部が公開した映像では、脱北兵はそのうちの1つの建物の隣にある草むらを走って行った。追手の警備兵は韓国側に踏み入るまで、自分が境界線を越えたことに気づかないようだった。
劇的な逃走の経路
1. 脱北兵の運転する車両の車輪が外れ衝突
2. 複数の北朝鮮警備兵が状況調査のため、板門閣から現場に急行し始める
3. 北朝鮮の警備兵1人が建物の西側の詰め所から走り出てくる
4. 脱北兵を追っていた別の北朝鮮兵が境界線を越え韓国側に入ったことに気づき、慌てて戻る
5. 脱北兵が韓国側の自由の家付近で倒れこみ、低い塀のそばで枯葉に埋もれて横たわる
JSAでの軍事行為には厳格なルール
国連軍司令部は22日、北朝鮮軍の兵士が脱北兵に発砲した際、JSA内で韓国方面に向けて発砲したのは協定違反だと述べた。
朝鮮戦争の1953年休戦協定では、北朝鮮と韓国は共に「JSA内や、JSAから、JSAに向けて、いかなる交戦的行為も行わない」と合意している。
国連司令部勤務の米軍広報担当者は、韓国側は銃で応戦せず「称賛に値する自制力」を示したと話した。
広報担当者はBBCに対し、今回の調査内容は「通常の方法」で北朝鮮に伝達したと述べた。つまり、軍事境界線上で読み上げた内容を、北朝鮮側が録音したということだ。
現在は、今回の件や再発防止法について、直接協議する意向があるか北朝鮮の返事を待っているところだ。
北朝鮮の即応態勢を見る珍しい機会
今回の脱北劇の間、北朝鮮の警備兵たちは明らかに十分武装していたが、困惑している様子が見てとれる。
脱北兵が逃走し始めた時、北朝鮮軍は検問所で兵士を止める機会もあったが、それどころか兵士は猛スピードで通り抜け、検問所の北朝鮮兵はパニック状態になっているようだった。
その後、境界線で警備していた兵士は韓国側に侵入し、逃げる脱北兵に向かって発砲する。混乱のさなか兵士らが協定上のルールを忘れた事故なのか、それとも協定違反を決意したのかのどちらかだ。
この直後、北朝鮮兵の一団が困惑した様子でJSAの北朝鮮側をうろうろし、その後、立ち去って行った。靴かズボンのすそを直すのにライフルを下ろす兵士さえいた。
使用された武器については、複数のアナリストが指摘している。
「理屈の上では、JSAで許可されているのは自衛用の短銃だけだ。しかし実際には、(北朝鮮)兵士はそれより大型の銃器を持っている姿が確認されており、そのため韓国軍もまた、重火器を念のため準備している……攻撃などに備え」と、ヤン・ウク氏はBBCに話した。
国連軍司令部によると、韓国側は脱北兵救出のため、事前に策定した計画を迅速に実行した。脱北兵に爆弾が仕掛けられているかどうか分からないまま、救出にあたったのだという。
40分ほど待機した後、韓国兵2人が脱北者に向かってほふく前進で慎重に近づき、脱北兵を引きずって連れ出した。
JSAでの脱北は言うまでもなく、軍事境界線を越えての脱北は極めて珍しい。そしてこれほど劇的な脱北劇は、前代未聞だ。
(英語記事 North Korean defector: What we've learned from dramatic footage)
(英語記事