私は電話が苦手だ。電話恐怖症だ、と思う。
26年間生きてきて、自分から電話をかけたことが一度もないし、折り返しも基本的にしないで「電話くれた?」とLINEで返すし、そもそも、かかってきたものに出ること自体ができない。
着信すると「うわっ電話っ」と思い、ひぃっとなって、画面を見つめて固まり、「一体何の用なんだろう……」と考えているうちに留守番電話となる。
電話が苦手な理由は沢山あるのだけど、まず怖い。日常に対しての割って入り方が、強引すぎると思う。こちらの都合を一切おかまいなしに、ある瞬間、突然に、ぶっ込んでくるところが不躾だと思う。
あまりに突然のことすぎて、何の話であれ心の準備ができていないし、外面の用意が間に合わない。大体の用件も見えないところも、かなりイヤだ。心細い気持ちになる。
業務電話は、まだ良い。かろうじて、出られないこともない。場合によっては出る。仕事の場合は名前を見ただけで用件に察しがつくことも多いし、何より、業務電話というのは必ず用事がある。用事があるということは、その話が終わった段階で、電話の切り際というタイミングがごく自然に発生する。だから、まだ良い。
「何してるの?」から始まる電話は恐怖
この世で1番怖いのは、用件が特にない「暇電」というやつで、これは一定層の女子と、ほとんどのカップルが行っていると思う。「何してるの?」「とくに何も」「そっか」で始まる、あの電話が私は本当に苦手で、用件がない電話というのは、話が終わるという概念がないため、切るタイミングが一切ない。すごく困る。終わりの見えなさ、大体の尺さえも見えない感じが途方に暮れる。始まった瞬間から、私は一体今からこの電話に何時間拘束されるんだろう、と先が思いやられる。
「好きな人と電話したくならないの? 声を聞きたくならないの?」と訊かれることがあるけれど、そんなことより会いたいし触りたい。声を聞いただけでは、どう電話を切っても、その後さみしい。
それに、電話だと、沈黙があまりにも沈黙すぎる。声しか情報がないだけに、沈黙が沈黙でしかなさすぎて、だから、ある意味でまだテレビ電話の方がマシだったりする。どっちもイヤだけれども、顔という情報がある分、電話特有の沈黙の闇の深さがいくらか軽減される。顔の見えない電話で、言葉が途切れて、沈黙が訪れた時、この空気は本当に一体どうしたらいいのだろうと、特急の電車でストッパが欲しいタイプの腹痛に襲われた時くらい、追い込まれる。あんなにも差し迫って追い込まれる瞬間は、日常において、電話の沈黙と車内のお腹ピーピー以外ないと思う。
そういうわけなので、私は基本的に、電話をしないスタイルで生きていて、好きな人からの「電話していい?」にさえも、「今、人といるんだよね」「まだ帰ってなくて」「今電車」「今お風呂はいってる」「今日友達の家に泊まってる」「のどが潰れてる」など、どうにか通話に不都合そうな理由をつけて、電話以外でそのやりとりをする流れに持って行く人生を送っている。
ところが数年前、どうしても通話ボタンを押さざるをえない状況に追い込まれたときがあった。
ひどくダメージを受けた寝バックレ事件
その日、私は、人生で初めて(そして唯一)の告白をしていた。
3ヵ月間の片想い期間を経て、だんだんと相手からの好意を感じられるようになってきていたいい雰囲気な時期に、彼がデートを寝バックレするという事件が起きた。動物園に行く予定だったのだけど、前夜から連絡が途切れ(泥酔)、やっと連絡が取れたのが当日の18時過ぎだった。もう閉園している。
寝バックレされたことや、会えなかったことがどうというより、私とのデートの予定が彼にとっては深酒の抑止力にならなかったらしいことにヘコんで、彼はあまり楽しみじゃなかったのかもしれない、と思うと私はひどくダメージを受けていた。
可愛いスタンプと交互に「本当にごめんなさい」と、彼の平謝りが展開されていくLINEのトーク画面を見つめながら、なんだか、今とりあえず気まずい空気にはなっているから告白をする良いタイミングかもしれない、と不意に思った(「好きだ、この人に告白をしたい」と思った2ヵ月前から常に告白するタイミングはうかがっていたのだが、告白というのは空気をガラッと変えてしまう発言という点で一種の気まずい話題であり、とても切り出しづらくて、穏やかな日常には告白するタイミングがない、と悩んでいた)。
私は彼に「言いたいことがある」と切り出した。
彼は「えっ? 何?! ちょっと待って!」と、私からの深刻なトーンでの切り出しに、ひどく狼狽し、猫がウロウロして汗をかいているスタンプなどを織り交ぜながら15分ほど「たんま!」をかけてきた後、「心の準備できました、どうぞ、、、」と私の話を聞く態勢に入った。
しかしながら私は人生初の告白であり、本当は2ヵ月前から言いたかったのに全然言えなくて「どうすれば告白ってできるんだろう……」と悩み倒していたほど言い淀んでいたことだったので、どうぞと言われてもそう簡単に言い出せず、「言いたい、、、言えない、言いたいのに、言えない!」と大騒ぎとなった。彼の方も「何なの、心臓が痛い!」と言って、私と同じくらい切羽詰まっている様子で、猫が爆発するスタンプを連打していた。
その間、私は同時進行でグループラインにも「いま告白してる」と発言していて、友達からの応援を浴び続けていた。そうして、どうにか勇気をかき集めた私は(2時間かかった)、ついに「好きです」と送信したのだった。
「続きをどうぞ」と言われても…
すると彼は「え?!!!」と、かなり驚いていて、「ちょっと待って」と言った後、なんと電話をしてきた。
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