当たり前のように聞こえるかもしれないが、長時間労働が常態化している会社に転職してはいけない。なぜなら、今後、そうした企業は存続できなくなるからだ。その理由は3つある。1つめは、人材を採用できなくなり、それが既存従業員の長時間労働を誘発、離職率を高め、さらに採用難を加速するという悪循環。2つめは、アブセンティーズム(absenteeism=労働者の欠勤)に加えてプレゼンティーズム(presenteeism=出社しているが、何らかの事情により生産性が下がっている従業員の増加)が起き、組織の生産性が下がる。3つめはイノベーションが起きなくなる。どういうことか、具体的に見ていこう。
■長時間労働を放置し続ける会社は採用できなくなる
「働く場所として、長時間労働の会社と短時間労働の会社どちらを選ぶのか?」という質問に対して、今この瞬間にライフとワークに条件や制約がなければ、長時間労働でもよいと考える人もいるかもしれません。しかし、中長期的な視点では、将来的に、育児や介護などにより時間の制約を持つ可能性が高くなります。シニアの労働参加も増加していくことを考えると、体力的観点からも、長時間労働の企業を選択できない、しない人が増加していくことでしょう。
すでに、その兆候は見えています。リクルートワークス研究所が実施した「全国就業実態パネル調査2017」(インターネットモニター調査、サンプル数4万8763人)の調査結果を紹介します。2015年12月に非就業であった人の就業意向と就職活動の状況を調べたところ、大きく3つに分類できることがわかりました。
2015年12月時点で、
(A)非就業だが就職活動をしている人は、非就業者全体の4.9%
(B)就職活動はしていないが、就業希望がある人は、その倍近い9.5%
(C)残りの85.5%の人は就職活動をしておらず、就業も希望していない
就業意欲という観点では、(A)が一番高い状態ですが、割合としては一番少ないことがわかります。この人たちが1年後の2016年12月にどの程度就業したのかをみると、就業率は、(A)61.5%、(B)25.2%、(C)6.5%と、就業意欲の高い順に就業率が高くなっていることが確認できました。
ところが(C)の人たちは、就業意欲・就業率ともに低いのですが、非就業者に占める構成比が85.5%と圧倒的に多いので、1年後の2016年12月時点の就業者に占める割合で見ると、(A)3.0%、(B)2.4%、(C)5.6%となり、(A)(B)の合計よりも、(C)就業を希望していなかった人の数が多いのです。つまり、働いている人や就職活動をしている人の大半は、必ずしも働く意欲が高いというわけではないのです。
加えて、この3つの分類の人たちが、就職先を選ぶ際に、「勤務時間を選べることが決め手になったかどうか」も聞いています。「あてはまる」と答えた人は、(A)8.8%、(B)22.1%、(C)24.6%となり、就業に積極的でない(C)の人たちは、就業に前向きな(A)の人たちの約3倍も、勤務時間を選べる点を重視していることが分かります。この傾向は、今後、高齢化が進む中で、高まることはあっても低くなることは考えにくいです。
働く意欲が高くない人の方が圧倒的に多い、さらに、その人たちは働く時間を選択できることを重視している、という点を踏まえると、長時間労働を放置している企業の採用競争力は低下していくといえます。仮に採用できたとしても、定着せず、採用難・人手不足のスパイラルから抜け出せなくなるでしょう。
■長時間労働がもたらす欠勤の増加、生産性の低下
長時間労働とストレスには正の相関があります。そして、ストレスが高まると、心身に不調をきたし、会社を欠勤する・休むなど、アブセンティーズムが起こります。このアブセンティーズム自体も当然、問題ですが、同じくらい怖いのは、出勤しているのにもかかわらず、何らかの事情で生産性が低下しているプレゼンティーズムが起こることです。出勤しているので勤怠データ上は問題が把握できません。しかし、意欲低下やミスの多発など、生産性が下がった状態なのです。
注意が必要なのは、このプレゼンティーズムは、こうした従業員のすぐそばにいる人にしかわからないということです。人事部門など第三者にはその状態が把握できないので、専門的な対策もできず、知らず知らずのうちに組織の生産性が大きく下がってしまいます。この意味では、勤怠データなどによって可視化できるアブセンティーズムよりも、見えにくいプレゼンティーズムの方が問題は大きいかもしれません。
いずれにしても、長時間労働は、アブセンティーズム、プレゼンティーズムの両方を引き起こすきっかけとなっていることが多く、従業員の心身の健康や組織の生産性を著しく下げる要因となるのです。
■長時間労働は、イノベーションを阻害する
「人材マネジメント調査2015」(リクルートワークス研究所)の結果に基づく分析によると、イノベーションの創出は、ダイバーシティー(多様性)&インクルージョン(一体性)と、プロフェッショナル人材育成という2つの要素と相関があることが分かりました。つまり、ダイバーシティー&インクルージョンが進んでいて、様々な人が、その人らしく業務に取り組み、さらに専門性が発揮できる組織になることで、イノベーションが起きやすくなるのです。
また、ダイバーシティー&インクルージョンの実現には、働き方改革などによる労働時間の縮減が有効であることも分かりました。長時間労働を前提にした働き方では、様々な条件や制約のある人が、その人らしく労働参加することは実現できないというわけです。
長時間労働の縮減により生み出された時間を健康、育児、介護、家事、地域活動、ボランティア、学び、副業・兼業などに使うことで、普段、職場では出会えない多様な人たちと接することができます。その経験は、働く人の視野を広げたり、新しい視点をもたらしたりします。事業や経営に多様な価値観や視点が反映され、イノベーションが起きやすくなることは想像できると思います。
逆にいえば、長時間労働を放置すると、健康を阻害し、育児、介護、家事の時間を持ちたい人や、これらに時間を充てる必要がある人は、就業継続できなくなります。組織を運営する側の視点では、新たな人材採用・育成に多くのリソース(労力やコスト)を割く必要が出てきます。また、従業員が職場以外で学んだり、副業・兼業を通じた新たな知見を習得したりする機会を持てず、職場に新たな発想が生まれにくくなります。
最近は、短時間勤務制度を持つ会社も増えてきましたが、短時間勤務者には、補助的な仕事を担当させていて、基幹業務、ましてやイノベーションにかかわるような業務を任せないことが多いのが実態です。これは、長時間労働を前提とした従来の働き方の枠組みの延長にすぎず、イノベーションは起こるべくもありません。
■長時間労働の改善は現状把握から
では、労働時間を縮減するにはどうしたらよいのでしょうか。
前述の「全国就業実態パネル調査2017」によると、正社員で1週間あたりの労働時間が40時間以下の人は15%程度にすぎず、45時間以下では58%、週60時間以上働いている正社員も10%弱いるということがわかっています。
最も重要なのは、労働時間の把握、特に、どのような業務にどのくらいの時間をかけているかを正確に確認することです。スケジュールに「会議」や「研修」といった、わかりやすい区分の予定に加えて、それ以外の作業やタスクについても、具体的に入力してみましょう。1週間終了後に振り返り、本来業務、周辺雑務、手待ち時間に分類し、割合を算出し、何にどのくらいリソースを割くのがよいか、チェックします。
この分類の構成比は業界・職種ごとに傾向が異なるので、まずは「働き方改革の進捗と評価」( http://www.works-i.com/pdf/170623_hatarakikata.pdf )の11ページ「表10」を見て、自身と同じ業種・職種で働く人の全国平均と、自身の現状とを比較してみるとよいと思います。
先日、経営者を対象に、労働時間縮減の進め方に関する研修の講師を務めました。出席者には、事前にお願いして、研修当日に、自社の長時間労働気味の従業員(匿名)のスケジュールを持参してもらいました。そして、前述のように、本来業務・周辺雑務・手待ち時間の観点で仕事の質と量を精査していただきました。
すると、従業員個人のレベルでは解決できない「無駄」があったり、この業務にそこまでリソースを割かなくてもよいのに、という「優先度」の認識のズレがあったりと、経営者の観点でも、まだまだ労働時間を削減できる余地があるということがわかったのです。
労働時間を減らしていかないと、企業は存続できなくなる、待ったなしの状況なのです。あなたの職場や転職候補先はいかがでしょうか。
※「次世代リーダーの転職学」は金曜更新です。次回は12月1日の予定です。この連載は3人が交代で執筆します。
中尾隆一郎 リクルートワークス研究所副所長・主幹研究員。リクルートで営業部門、企画部門などの責任者を歴任、リクルートテクノロジーズ社長などを経て現職。著書に「転職できる営業マンには理由がある」(東洋経済新報社)、「リクルート流仕事ができる人の原理原則」(全日出版)など。 本コンテンツの無断転載、配信、共有利用を禁止します。