更別村の村役場裏にある公園。公園などの村の施設は非常によく整備されている。


 北海道・十勝平野のほぼ中央に位置する帯広十勝空港。上空から見渡しても限りなく畑が続いている。日本の大規模農業のメッカである。

 空港からクルマでわずか10分のところに更別村はある。東京・羽田空港へ約1時間半。電車やクルマで札幌へ行くよりも近い。雪もあまり降らず渋滞など全く無縁なことを考えると北海道で最も便利な場所と言えなくもない。

 その更別村の人たちは裕福だ。

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日本で最も外車の保有台数が多い

 1世帯当たりの保有農地は平均で約43.5ヘクタール。バチカン市国ほどの広さがある。農林水産省の調査によれば、日本の農家の平均耕作面積は2017年に1世帯当たり2.41ヘクタール。大規模農家が多い北海道を除けば1.72ヘクタールまで下がる。

 北海道の平均(24.72ヘクタール)に比べても更別村の農地は約2倍の広さということになる。日本離れした巨大農家なのだ。

 1戸当たりの耕作面積は日本一。これは当たり前として、ほかにも日本一がいくつもある。例えば、トラクターの所有台数。3~4台のトラクターを所有している農家はざらにある。

 しかも、そのほとんどがドイツなど外国製で1台当たり数千万円もする。大きいものではタイヤの直径が成人女性の約2倍にも達する。

 農家や自治体にに経営コンサルティングをしているグロッシー(帯広市)の北村貴社長によれば、「北海道の十勝地方は日本一の外車保有率なんです。中でも更別村は特に多いと思いますよ」という。

 そう言われてよく見ると、あるわあるわ。東京の六本木交差点でよくみかけるようなドイツ製4輪駆動の高級車が何気なく駐車場に止まっている。

 「もっともトラクターも“外車”なので、それが保有率を高めているという事情はあります。しかし、大規模農家さんの多くが高級乗用車に乗っているのは事実です」

 北村さんは外車保有率日本一の理由をこう種明かしするが、本州の農村部の狭い道で大活躍している軽自動車が似合わないのは間違いない。

 農家1戸当たりの平均収入は約5000万円。経費などを差し引いた世帯所得は約1500万円になるという。11月から3月までは厳しい冬で農作業ができないため、米国や欧州、オーストラリアへ研修に行く農家も多いそうだ。

パチンコの売り上げも日本屈指

 一方で、「パチンコの売り上げも日本屈指。ほかに大した娯楽もないので仕方がないのでしょうね」と北村さん。高い所得を生かしてエンターテインメント産業(?)にも貢献しているようだ。

 仕事も豪快、研修も遊びも豪快。日本の逞しい豪農の人たちが集まった村なのだ。しかし、そんな豊かな村にも悩みがある。

 大規模化の成功体験から抜け出すことができないのだ。

 確かに今の状況は北海道の大規模農家にとって良い環境であることに間違いはない。しかし、米国が脱退を宣言したとはいえTPP(環太平洋パートナーシップ)協定の推進に日本は進んでいる。

 そうなれば、北海道よりはるかに大規模な農業を展開するオーストラリアやニュージーランドなどから安い農産物が入ってくる。大規模化だけでは対抗するのは難しい。

 更別村など十勝地方で作られているのは、じゃがいもやグラニュー糖の原料となるビート、小麦、たまねぎなど、大規模化に向いた農作物で、日持ちがするために輸入農作物と真っ向勝負になる。

 少々古くなるが、2012年に「韓国も注目、TPPも怖くない強い農業を実現した町」として宮崎県の綾町を紹介した。前田穣町長は次のように語る。

 「ニーズを追うような企業はいずれ潰れる。生き残る企業はニーズを追うのではなくニーズを作っている。農業も同じ。大事なのはトレンドだ。次はこうなるというトレンドを読んで先手を打っていく必要がある」

 綾町は日本の高度成長期にいまのTPPを予測していたかのように、40年前から町を挙げて有機栽培に取り組んできた。その結果、いまでは作付けした瞬間に売り先が決まると言われるほど安定した農業を展開している。

1世帯あたり90ヘクタールまで大規模化進む

 前田町長は「TPPは全く怖くありませんよ。TPPが本当に怖いのは海外と同じような大規模農業を展開している北海道でしょう」と話す。

 実際、更別村では新しいトレンドを読んでTPPに対処しようというよりも、さらなる大規模化で対抗しようとしているようにみえる。

 更別村・企画政策課政策調整係の今野雅裕係長は次のように話す。

 「更別村の農業は大規模化の勢いが止まりません。このまま行くと1戸当たりの耕作面積が90ヘクタール近くまでに達するのではないでしょうか」

 90ヘクタールと言えば、現在の約2倍である。いまでも日本一の耕作面積を誇っているのだから圧倒的な大規模農家と言っていい。

 ちなみに100ヘクタールには達しないのか今野係長に聞いてみた。答えは「個人経営の限界ですから」だった。農業法人化して外から労働力を入れない限り100ヘクタールの壁は乗り越えられないと言う。

 もちろん、その道もあるのだが11月から3月まで冬に閉ざされた時期に仕事がないなどの問題があって難しい。

 つまり農家の経営を根本から見直さない限り、同じ作物を作る大規模化は90ヘクタールが壁となるというのが今野係長の見立てだ。

 更別村で農業の大規模化が進むのにはいくつかの理由がある。

農地がどんどん大きくなる理由

 まず最初に挙げられるのは、農家の人たちがひと際農業生産に熱心だということだろう。少しでも良いものを少しでも安く作りたい。その気持ちが大規模化へ向かわせる。

 2つ目は土地が手に入りやすいことだ。後継者がいないなどの理由で農家が廃業を決めたとき、その農地は隣り合った農家が優先して購入できる権利がある。

 更別村ではそのような理由で農地が売りに出されると、すぐに近隣の農家に買われてしまうという。都会から移り住んで農家を営もうとしても、ここでは農地が手に入らない。自然と大規模化が進んでいくのだ。

 以前、北海道の名峰・羊蹄山の麓にある真狩村(まっかりむら)を紹介したことがある(「農家が減っても農地は減らない、真狩村の強い農業」)。この村でも農地は出てくるそばから売れてしまう。

 高級食材の「ゆり根」の大産地として農家の意欲が非常に高く、よそ者が新規参入する余地がないのである。農業の大規模化は農家の意識が高い地域の特徴の1つと言えるかもしれない。

 3つ目の理由は当然だが大きな農地を買えるだけの経済的余裕がある点だ。農業でしっかり稼いでいるからにほかならない。

 農業で高い収入を確保し、さらに大規模化を進めて収入を増やす――。まさに大規模農業における成功体験の真っ只中にあると言っていい。

 普通なら、「このまま突っ走って何が悪い」と思いがちだ。もちろんそういう農家も多いに違いない。しかし、更別村では「ちょっと待てよ」と、自らを客観的に見られる余裕があった。

 「このまま大規模化を進めるだけで生き残れるのか」

 更別村の将来を憂う一部の人たちが集まり、様々なアイデアを出し合った結果、出てきた1つの方法が「熱中小学校」の誘致だった。身についた成功体験を“否定”するにはどうしても意識改革が必要となる。

 そのために世界を見て己を見直す必要があると考えたのだ。

(つづく)

筆者:川嶋 諭