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【延命治療】救急医が台無しにしやがって……

テーマ:「延命治療」とは何か? 無意味な治療と必要な治療を分けるもの

 救急医は本能的に、苦痛を感じている患者さんを目の前にすると、「苦痛を取り除きたい」「救命したい」という本能を持っている人種です。夜中の救急外来で多忙を極める時など、冷静な判断力が低下しているときほど本能が前面に出てくるものです。

 ずいぶん前になりますが、救急外来で勤務をしている後輩救急医から午前2時に「心不全の治療で悩んでいます」と電話がありました。

 50歳代の男性が夜中に息苦しくなって救急車で搬送されたとのことです。血圧が非常に高く、血液中の酸素濃度も非常に悪い。胸部エックス線写真では肺に血液がうっ滞している肺水腫という状態で、急性心不全としては典型的な病状です。

 緊急の治療が必要な状態なのですが、呼吸状態を改善するためにNPPV(Noninvasive Positive Pressure Ventilation:非侵襲的陽圧換気というマスクによって行う人工呼吸)を行い、血管を広げる薬剤を投与すれば、多くの場合は数時間で状態は良くなる――。この治療方針は、数年の救急医療のトレーニングを積めば迷いなくできるはずです。

 救急専門医の彼が、夜中に心不全の治療で悩むとはどういうことなのだろうと、不思議に思いながらさらに話を聞くと……。

 この方は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気で、年齢は若いのですが、ベッド上での生活をされていました。病状が進行すると呼吸筋も働かなくなって、呼吸をすることも十分でなくなり、亡くなる可能性がある病気です。

 ALSという病気は尊厳死、あるいは終末期医療で必ず話題になる病気です。この方の場合、かかりつけの医師、ご家族、本人との話で、ちょうど3か月前に、「気管に管を通すなんてとんでもない。マスクによるNPPVを含めて人工呼吸器の装着は望まない。心臓が止まった時も蘇生治療は行わない」という方針が確認されている、とご家族からはっきり聞いている。ただ、正式な書面は確認できていません。

 つまり、呼吸をする筋力が低下して息苦しくなっても、「人工呼吸器をつけるということはしません」という意思表示をしている人が、心不全で息苦しいという症状で受診した症例なのです。

 現場の救急医は、「今回、息苦しくなった原因は、ALSによる呼吸をする筋力の低下ではなくて、心不全によるところの方が大きいのではないかと判断できる。この状態であれば、心不全の治療を実施することで息苦しさが改善する可能性が高い。NPPVを数時間装着すれば、8割以上の可能性で良くなり、もう一度NPPVを外すことができるのではないか」と考えました。

 しかし、NPPVの装着は望まないという意思確認が、これまでの患者さんと医療者間の協議で行われています。この方にもしNPPVを装着し、「自分の予想が外れて、NPPVを外せない状況になったらどうしよう、今後の治療はどうしたらいいのか」と後輩は悩みました。家族からも「その機械は使わないことになっていますから」とはっきり言われているので、どうすべきか意見を聞きたい――という相談でした。

 救急医としては治療を行えば80%以上の高い確率で、症状は改善しNPPVも外すことができると考えているが、患者さん本人は苦しんでいて、コミュニケーションを図るのも困難な状況です。家族には「今回の病態はNPPVを装着しても、朝までに外せると思うのですが」と説明しても、「やめてください」という返答です。

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81件 のコメント

なぜ?

モモ

延命治療を望まないと、在宅医療の医師と家族の間で決まっていたなら、 なぜ救急車を呼んだのか? 救急車を呼ぶのではなく、在宅医師に連絡するのが当然...

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希望する治療法があるのなら

kazusa

救急に頼らず日々意志の疎通を行ってる医師に頼るべきだった思う。 「命を助ける」に主体を置いた、手段を問わぬ緊急性で救急に頼るのだから やはり文句...

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<難しい>

SHO

家族が救急車を呼んだことが間違いというわけではないだろう。 たいていの人は呼吸苦にさらされる人の姿を見慣れていないので、患者周囲の人間は楽にして...

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