その行為が犯罪になることもありえます(写真:amadank / PIXTA)

無理やりに土下座をさせるのは「強要罪」

土下座を強要させる。過度な暴言を浴びせる。不手際に対して必要以上の謝罪や金品を要求する――。

百貨店やスーパー、コンビニエンスストアなど流通サービス業が主に加盟する産業別労働組合「UAゼンセン」が、顧客の悪質クレームに声を上げた。11月16日、厚生労働大臣に労働者を守る措置を国として講じるように要請書を提出した。

UAゼンセンがこれに先駆けて今年6~7月に行った調査では、アンケート回答者の7割以上が、客から何らかの迷惑行為を経験したことがあるということが明らかになった。少し前の話となるが、衣料品チェーンの「しまむら」で客が店員に土下座を強要し、ツイッターに投稿した事件(2013年9月)をはじめ、接客スタッフが客から過度の謝罪や暴言などを受けたというニュースはしばしば報道されている。

上記調査によると「迷惑行為」を受けた従業員の1%が、その影響で精神疾患に陥ったということだ。

もちろん、従業員側の不手際に対し、客の立場からすれば一定程度のクレームをつけたくなるのは、人間としての心情であろう。ただ、それが行きすぎてしまうと、最悪は法律にも抵触し、「犯罪」となる可能性がある。

たとえば、無理やりに土下座をさせるのは「強要罪」、怒りに任せて胸ぐらをつかむのは「暴行罪」、その結果、ケガをさせれば「傷害罪」に問われるかもしれない。また、店頭で大声を上げ続けることは「威力業務妨害罪」に当たる可能性がある。

迷惑行為を続けた際に、「お引き取りください」と言われ、それでも居残り続けた場合は、「不退去罪」に該当する場合もある。店舗などのパブリックな場所であったとしても、その場所の所有者や管理者から退去を求められて退去しなかった場合に成立する犯罪だ。

接客スタッフの立場になってみると、突然、悪質なクレーマー客と対峙することになって心の準備ができていないと、相手の勢いにのまれたり、どうしてよいかわからず頭が真っ白になったりするだろう。ただ、行きすぎた悪質クレームが刑法上の犯罪に問われる可能性があるという点から、「不当な要求に応じる必要はない」というスタンスを取ることは可能だ。

「必要以上の誠意」を要求するのも不当

接客スタッフの不手際に対して、「必要以上の誠意」を要求するのも不当だ。私は、会社の懇親会で行った居酒屋で、店員さんが手を滑らせて、スーツにビールをかけられてしまったことがある。

その際、ミスをした店員はすぐにおしぼりで拭いてくれ、本人と店長から丁寧に謝罪をもらい、「お詫びとして飲み放題を時間無制限にさせていただきます」という提案を受けた。同僚からは「お前、ケガの功名だな」とジョークも飛び、和やかに問題解決となった。

この事例において、私がもし金銭的要求をしたら、「� クリーニング代」「� 新品を弁償」「� �・�に加え慰謝料」のどこまでが認められたであろうか。

正解は、原則�までである。

どんなに愛着があるスーツであったとしても、クリーニングをしてきれいになるならば、それで原状回復が果たされたことになり、客はこれ以上の要求はできない。

仮に、しょうゆをこぼしてしまったなどでクリーニングをしてもしみが残って原状回復できない場合であっても、そのスーツを中古品として売った場合の時価相当額が賠償の上限となる。すなわち、すでに袖を通してスーツが中古品になっている以上、原状回復義務があるのは中古品としての限度になるので、新品を弁償させることは原則としてできない。まして慰謝料は、よほど特殊な事情がなければ法的には認められない。

法外な金銭を請求しようとするクレーマーは、よく「誠意を見せろ」という言葉を使うが、「誠心誠意の謝罪+原状回復義務」を果たしたなら、それ以上の「誠意」を求められても応じる必要はないということである。

もちろん店の経営方針として、新品を買える金額を支払うという判断もあると思うが、それは経営者や店長が判断することなので、現場の担当者としては、その場で答えを出さずに「責任者に報告のうえ、ご回答いたします」と保留をすればいい。

クレーマーによっては、その場で念書を書かせようとしたり、従業員個人に金銭を要求したりするケースもあるようだが、そのような要求に従業員個人は安易に応じてはならない。

一方、企業側としては従業員を客の迷惑行為から守るために何ができるだろうか。会社として取り組める対策のポイントは3つある。

マニュアル整備と、接遇研修の充実による対策

第1は、迷惑行為対応のマニュアル整備だ。

クレーマーなどの迷惑行為への対応を現場だけに任せきりにしていては、従業員によって対応にバラツキが生じるし、経験が浅い従業員にとっては負担が大きくなってしまう。

そこで、会社として、従業員が迷惑行為を受けた場合の標準的な対応手順をマニュアル化し、各現場へ配布しておくのである。これまでに受けた悪質な迷惑行為と、どのように解決を図ったかを具体的事例として蓄積し、共有を図ることも大切であろう。また、ロールプレイング研修を行っておくことも効果がある。

そのように準備をしておけば、いざ迷惑行為に直面したとき、従業員は会社のマニュアルに沿って対応しているという安心感や自信が持てるから、暴言や不当な要求に対する対抗力も高まるのだ。

第2は、社員への接遇研修の充実である。

最初はクレーマーになるつもりがなかった客が、対応した従業員の対応が悪いと感じたため、「クレーマー化」してしまうという事態はしばしば発生する。

このようなタイプのクレーマーに関しては、従業員の顧客対応のスキルが向上すれば、「クレーマー化」を防ぐことができる場合が多い。

私の知人が航空会社で経験したことだ。彼が飛行機に搭乗して指定された席へ着席したところ、後ろの席の乗客の手癖足癖が悪く、頻繁にいすの背を押されたりたたかれたりするので、どうしても我慢ができず、席の移動をお願いしようと思った。そこで、キャビンアテンダントに声をかけようと少し身を乗り出したところ、「ご着席ください!」と有無を言わさぬ強い口調で彼が注意を受けてしまった。

実際、航空法のルールがあるので、離陸後、水平飛行に入ってシートベルト着用サインが消えるまでは待つべきだった彼に非がある。しかしながら、彼はその瞬間、後ろの席の客とトラブルを抱えている心理状態の中、しかるような口調で一方的にシャットアウトされてしまったので、不快感が込み上げてきたそうだ。もし、彼が自分を抑制できていなかったら、「なんだキミ、その態度は!」と爆発していたかもしれない。

このとき、そのキャビンアテンダントが柔らかく「後ほどお伺いします」のような言い方をしてくれれば、彼も「『すみません、今は離陸前でしたね』と笑顔で応じられたと思う」と話していた。

極端な例かもしれないが、人間の怒りや不快感はちょっとしたことで増幅しかねない。社員の接遇研修を充実させることにより、従業員がつねに客側の気持ちを考えた発言や行動をとることができる社風をつくっていくことで、クレーマー発生のリスクを減少させる効果が期待できる。

やみくもにお客様第一主義を掲げない

第3は、「行きすぎたお客様第一主義」に走らないということだ。

「お客様第一主義」とか「お客様は神様」というスローガンはよく使われるが、おカネを払ってくれるお客様を大切にしなければならないのは当然のことである。

ところが行きすぎたお客様第一主義は、場合によっては逆に、クレームの原因になってしまうおそれがある。

たとえば、受注生産の会社で、「急に御社の商品が必要になったので、明日までに納品してほしい」というような依頼が顧客からあった場合、どう対応するかである。もちろん、時と場合によるが、二つ返事で「はい、直ちに対応します」と返事をすることは簡単だが、一方で従業員に徹夜で仕事をさせていたら、従業員は疲弊してしまう。

そして、一度や二度は従業員に徹夜をさせてつじつまを合わせたとしても、同じことが続いてギブアップしたら、「前回までは対応してくれたのに、今回は対応してくれないとは何事だ!」と、悪質クレームとまでは言い切れないが、「無茶ぶり」のクレームにつながってしまうのである。

お客様のために頑張ってきたのに、結果的にそれが裏目に出て、最終的な顧客満足につながらず、従業員も長時間労働を強いられて、何もいいことがない。

このような「行きすぎたお客様第一主義」によるクレームの発生の弊害を避けるためには、経営者は、やみくもにお客様第一主義を掲げるのではなく、自社のキャパシティを把握し、標準納期を設定したり、サービスメニューを明確化したりすることなどを通じて、顧客満足度と従業員の過重労働防止のバランスを図っていく必要がありそうだ。