幼いころに「虐待」を受けた子どもは、脳が萎縮するという研究がある。
身体を触ったり性行為を強要したりすることだけではなく、大人が性行為を見せたり、嫌がる子どもと一緒に風呂に入ったりすることも、広い意味での"性的虐待"に含まれる場合がある。
性についてネガティブな体験をさせないために、親は何に気をつければいいのか。BuzzFeed Newsは、福井大学子どものこころの発達研究センター教授で、脳の研究に取り組む小児精神科医、友田明美さんにインタビューした。著書『子どもの脳を傷つける親たち』の内容とともに紹介する。
裸でウロウロする父親
「性的虐待」と聞くと、身体の接触や性行為の強要を連想する人が多いですが、ポルノグラフィを見せる、裸の写真を撮る、親が自らの性行為を見せるなども、子どもを傷つける行為だと考えられます。
思春期を迎える子どもと異性の親が一緒にお風呂に入ることは、アメリカでは性的虐待だとされています。父親が裸でウロウロしたり、子どもの体の変化を家族で話題にしたりすることも、その子を育てるうえで適切な行為なのかどうかはそのつど見極めなければなりません。
つまり、親が毎日必死に子育てをする中で、子どものためを思ってしていることが、不適切な関わり方になっている場合もあるということです。家庭といういわば密室での親子の関係について、第三者が客観的に判断をくだすのは簡単ではありません。
こうした関わり方は、事件性のあるいわゆる「虐待」とは認識されていません。
しかし「虐待というほどではない」と考えるせいで、行為そのものが見過ごされ、子どものこころと体の健全な成長・発達を阻むことがあります。「子どものためを思って殴るのだ」といって、しつけの名目で暴力を振るうケースも少なからずあるからです。
「虐待」という強い言葉でレッテルを貼り、親の人格を否定することはかえって、親がその行為を認め、改めるチャンスを奪うことにもなりかねません。
そこで私は「虐待」ではなく「マルトリートメント」(不適切な養育)という言葉を使います。性的に不適切な行為の場合は「性的マルトリートメント」と呼びます。
どんな親でも経験がある
どんな親でも、どんなに気をつけて育児をしていても、マルトリートメントの経験はあるでしょう。
子どもに反抗されてつい、叩いたり、怒鳴ったり。イライラして暴言を吐いてしまったり。用事があって少しの間、子どもを置いて外出したり。
やってしまった行為を取り消すことはできませんが、大事なのはその行為が不適切だったと認め、子どもとの関わり方を改善し、関係を修復していくことです。
娘が3歳のときに父親が風呂に入れるのはよくても、10歳を過ぎて娘が嫌がっているのに一緒に風呂に入ろうとするのは、性的マルトリートメントだといえます。同じ行為でも、子どもの成長や時代の変化、文化によっても線引きは変わってきます。
親の一方的な考えを押し付けるのではなく、子どものこころと体の発達を尊重することが重要です。
恥ずかしいことではない
2〜3歳は、自己と他者、異性との体の違いに関心が高まる時期で、子ども同士でプライベートパーツ(性器など)を見せ合ったりするのはよく見られる行動です。
4歳を過ぎたころから、他者の目を気にするという社会性の発達とともに、そうした行動は減っていきます。
3歳児健診などでは幼児の自慰行為の相談を受けることもあります。体への関心や感覚探求から触っていることもあるため、大人は過剰に反応せず、他の遊びに子どもの気持ちを向けるようにとアドバイスしています。
この時期に、性教育のベースにあたる体の話をきちんと子どもに伝えることが重要です。排泄など日常生活でのプライベートパーツの扱い方について話すことは、子どもにとって性に関するネガティブな体験がなかったかどうかを確認する作業でもあります。
- 「おしっこやうんちは体の健康にとても大切なことなので、笑ったりからかったりするのはよくない」
- 「自分のトイレの様子を他人に見せたり、他の子のトイレをのぞいたりするのもよくない」
- 「他の人にプライベートパーツを見せたり触らせたりしてはいけない」
- 「他の人のプライベートパーツを見ようとしたり触ろうとしたりしてもいけない」
- 「トイレやお風呂で自分で触ったり、病院でお医者さんや看護師さんに見せるのは、病気がないか確認するためなので恥ずかしいことではない」
プライベートパーツは大切な体の部分であり、他者にとっても大切であると伝えます。プールなどでは大人も子どもも水着で隠していて、お風呂や着替えは男女別であることなども、体験を通して説明していくのです。
こうした話をする中で、年齢的にまだ知っているはずのないことを子どもが知っていたら、現実にそれを見たり聞いたり、体験したりしたからにほかならないと考えられます。
そんな話を聞いた場合はまず、話してくれた勇気を肯定的に受け止めている、と真摯に伝えます。そして、どんな体験でも安心して話していい、あなたは決して悪くないのだとしっかり伝えることが重要です。
身近な大人に助けを求められるか
性的マルトリートメントをしてしまうのは、実父母や義父母のほか、知り合いの家族、親戚など、子どもの身近にいる大人が多いです。閉鎖的な環境で密かに行われることが多く、なかなか表面化しません。
私が相談を受けた中には、母親のいないところで母親の恋人に性的な行為を強要され、子どもが訴えたのに母親が無視したケースがあります。
夫が娘に性的マルトリートメントをしていても、自分がDVを受けているために何も言えないという母親もいます。
身近な大人からの性的マルトリートメントは、長期間にわたって繰り返されることが多いのが特徴です。子どもは大人に言いにくかったり、年齢が低いと自分でも、されたことの意味がわからなかったりすることもあります。
女児だけでなく、男児も被害に遭うことがありえます。周囲の認識がまだ低いため、女児よりも予防が不十分だったり、打ち明けても大人に信じてもらえず被害が表面化しづらかったりするのも見過ごせない問題です。
つらい記憶をとどめたくない
マルトリートメントを受けた子どもの「こころの傷」を可視化するために2003年に始めたのが、脳を撮影した画像によって脳への影響を調べる研究です。大人の不適切な関わりによる過度なストレスで、子どもの脳は「変形」するということが明らかになりました。
体罰、暴言、面前DV(子どもの目の前でのドメスティック・バイオレンス)などマルトリートメントの種類によって、ダメージを受けやすい脳の場所は違います。
性的マルトリートメントについては、アメリカ人学生554人の調査で、「小児期に性的マルトリートメントを受けた経験のある」23人と、「まったく被虐待経験がなく、精神的なトラブルも抱えていない」14人の脳皮質の容積の違いを比較しました。
性的マルトリートメントを受けたグループは、健常なグループと比べ、後頭葉に位置する「視覚野」の容積が減少していました。
視覚野とは、目から入ってくる外界の情報を受け取る場所です。なかでも、いちばん先に情報を取り入れる場所を「一次視覚野」といいます。
思春期前の11歳ごろまでに性的マルトリートメントを受けた学生は、特に一次視覚野の容積減少が目立ちました。被害を受けた期間が長ければ長いほど、一次視覚野の容積が小さいこともわかっています。
視覚野は目の前のものを見るだけではなく、映像の記憶形成とも強く関わる場所だと考えられています。つまり視覚野の容積減少は、「視覚的なメモリ容量の減少」につながっている可能性があります。一次視覚野の容積が小さい人ほど、視覚による記憶力が低いこともわかりました。
なぜ、性的マルトリートメントが脳を萎縮させるのか。子どもにとって過度なストレスであり、危険や不安である状況なのに、誰も助けてくれなかったら、子どもは自力でなんとかするしかありません。
「見たくない」「受け入れたくない」と感じ、そうした苦痛を伴う記憶を脳内にとどめておかないために、また繰り返し呼び起こさないために、視覚野の容積が減少したと推測できます。
とりわけ、子どもがもっとも頼りにしている親や養育者から過度なストレスを受け続けると、その苦しみを回避しようとするかのように脳は変形していくのです。
とてもショックが大きい研究ではありますが、特に子どもの場合、その後の適切な対応や養育によって、回復する可能性は十分にありえます。
「虐待後」ではなく日常の性教育を
「性的虐待に遭った子どものサインをどう見抜けばいいのか」という質問を受けることがよくあります。もちろん、子どもの行動を観察して、PTSDなどによる異変に気づくことは大事です。
ただ、そうした狭義の「虐待」にとらわれず、子どもが置かれている環境をいま一度、注意深く見守ることが、そもそもの性的被害や加害を避けることにつながります。
家庭内の環境は安定しているか、性的な刺激の多い環境ではないか、子どもは衝動をコントロールできているか、学校や地域で強制的に人を操作するような対人関係を学習していないか......。
排泄のこと、健康のこと、プライベートパーツのこと。そして自分を大切にし、他者を大切にすること。子どもの発達段階に合わせた「性教育」を、日常の場面で意識して説明していくことがとても重要だと思います。
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