私たちの身の周りに普通にいるハエ。ゴミ箱の周囲を飛びまわったり、ひょっとするとあなたの食事の上に嘔吐していたりするかもしれない。だが、水中で呼吸するハエにはめったに出会わないだろう。
米カリフォルニア州にあるモノ湖には、世にも奇妙な毛むくじゃらのアルカリミギワバエ(Ephydra hians)が生息している。強いアルカリ性の湖に潜ってエサを取ったり産卵したりできる「潜水」バエだ。このハエが水に潜るときは、体の周りに気泡ができ、ハエはその中で呼吸できる。(参考記事:「女性の頭から生きたゴキブリを摘出、インド」)
米ワシントン大学の博士研究員候補生フローリス・バン・ブリューゲル氏は、ナショナル ジオグラフィック協会研究・探検委員会の資金援助を受けて、モノ湖にすむこのハエを研究している。その結果、潜水バエが過酷な環境の湖に潜れる秘密は、びっしりと生えた体毛にあることが明らかになった。この論文は11月20日付けの学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された。(参考記事:「【動画】なぜ逃げられる? 蚊が飛ぶ瞬間の謎を解明」)
水のなかを歩き回るハエ
アルカリミギワバエは、マーク・トウェインが約150年前に書いた『西部放浪記』にも登場する。「本当に、見ているだけで楽しませてくれるハエですから」と、バン・ブリューゲル氏は言う。
まず、その数の多さに圧倒される。アルカリミギワバエはモノ湖の周辺に大量に密集し、ハガキ大の空間に2000匹以上を数えることもある。バン・ブリューゲル氏は、夏のピーク時には約1億匹に達するのではないかと推測する。
近づいて観察すると、さらに面白いことがわかってくる。「小さな気泡に入って、水のなかを歩き回っているのが見えてきます」(参考記事:「ペニスでメスの首刺すネジレバネ、壮絶な繁殖行動」)
バン・ブリューゲル氏の研究チームは、モノ湖のアルカリミギワバエが体を濡らすことなく水に潜れる謎を詳しく調べることにした。モノ湖の塩分濃度は海の3倍で、アルカリ性ははるかに強い。そのような環境で年間を通して生息しているのは、光合成を行う藻類と小さなエビだけである。つまり、ハエには天敵がいない。